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暁の勇者、宵闇に堕ちる。  作者: 篁 香槻
序章 宵闇と暁の狭間で
2/9

敗走と名をつけるには

これは果たして、敗退と呼んでいいものなのだろうか。

……だとすると、自分達は一体何に負けたと言うのだろう。

宵闇の王?いや違う……俺らが負けたものはきっと……。



ロンドは城内を走りながら、その拳を見つめていた。後ろからは漆黒の蔦が城の壁や床の全てを呑み込む勢いで迫ってくる。立ち止まるわけにはいかない。

せめて自分達だけでも一旦体制を立て直し、オラトリオを取り戻さなくては。


オラトリオ…。自分には…自分達には、何を守れて、何が護れなかった?何のために戦ってきた?

最後に謝罪を告げた、オラトリオの悲しい空色の瞳だけが心の表面にこべりつき酷く痛んだ。


ボロボロで、所々装具の隙間から素肌の露出した拳。

たとえ、革と鋼で丈夫にできているこの装備が壊れて、中の拳が砕けようと、腕の一本や二本使い物にならなくなろうと、大切な仲間を、大切な人を守れるなら、そんな代償簡単にくれてやる。それだけの覚悟を持って戦ってきた。だが、何とだったんだ?賢くない自分の思考は堂々巡る。


「何が、してやれたんだ。俺たち。」


ぜいぜいと切れた息の隙間に意図せず、言葉が漏れた。そうして呟いてみて初めて、自分の息が酷く乱れていることを知った。拳に滲む血は無念か後悔か。拳を強く握り込んでいたらしく、手のひらに食い込んだ爪跡をみて、オラトリオもこうして少しずつ自分を傷つけて壊していったのかと思案し、あぁ違うと思い直した。


あいつが背負っていたものは、負わされたものはもっと重くて痛いものだったんだろう、と今更気付いてしまった。


「わからない。」


後ろを走るフーガがポツリと答えた。オラトリオの選択に思い当たるものがあるらしく、酷く虚無のような、必死に心の中に答えを探すような目をして答えた。

ロンドは自分の言葉に答えたフーガの言葉に応えて振り返る。パーティの中で体力が一番の自分は走り切れそうだが、後ろの二人は大丈夫かと同時に様子も見遣った。無事に自分との距離もなくついて来てはいるようだ。


異様なのはそのさらに後ろの景色だ。行きはただの古城だったのに、漆黒の蔦が絡みつき急成長しており、その葉や花がまるで硝子のように輝いている。不謹慎だがその光景に少しばかり美しさを感じてしまった。


「私は、何もできませんでした。」


ワルツは酷く思い詰めている様子で言う。ぎゅうと杖を強く握り締めながら言葉を続ける。


「本当はいつも思っていたのです。身体についた傷は致命傷でない限り、私の治癒魔法で何とでもなりました。オラトリオは皆を、人を庇ってよく傷つきます。だから、分かるんです。オラトリオについていた傷はそれだけで解決するものでなくて……。誰かを救って、その度にさらに大きな期待を背負って……だけれど、この世の全てを助けることはできなくて、彼はあまりに報われなかった。彼は報われたくて戦っていたわけではないのでしょうが、辛い現実、痛い言葉、私たちも一緒に見て、聞いてきたでしょう。私は思って……願っていたのです。気丈に振る舞う彼の、その心の奥に刻まれていく癒されない傷まで癒せたら…と、だから……」


ワルツはそこで言葉を切って立ち止まり、オラトリオの名を呼びながら後ろへ歩き出す。


「馬鹿野郎!!」


最早、反射神経の域だったと思う。俺は即座に後ろへ走りワルツの前に回り込み、その体を無理矢理担ぎ上げた。肩に担がれたワルツの華奢な体は、特に暴れも抵抗もしない。

ただ、見えない俺の背中の後ろで泣いているのだと、しゃくりあげる度大きく痙攣するように動く肺の振動が伝わってきて分かった。


どうして、うちの仲間はどいつもこいつも素直に泣けないのか。勇者とそのパーティだからだろうか。

俺達は希望で、弱さは人々の不安を煽るから、だろうか。抱えてきた苦しみの前ではどうしようもないこの手は、大切な仲間一人抱えてやることで精一杯だ。今は。


「オラトリオ……オラトリオ……」


泣き声に紛れてワルツが何度も何度もうわ言のようにオラトリオを呼んでいた。

俺は、かける言葉も見つからず、歯を食いしばることしかできなかった。


やっとの思いで城外へ出ると、城門が閉まる音がして振り返る。幸い、他の漆黒の魔物は湧いて来なかった。

これは、魔王の意思なのだろうか、そんな気がした。

蔦も城の敷地外には伸びてこないらしいが、城はその外観も漆黒の蔦に覆われていた。不気味なほどに美しい輝きを伴って。


「まるで、黒曜石の城だ。」


そう呟いたのはフーガだ。人の住まう地から遠く離れ、仄暗い終焉の谷にある城は、さらにその様相を禍々しく変化させていた。人の侵入を拒むように城門にも蔦がびっしりと絡みついている。


結果は何となくわかっていたが、フーガが城門へ矢を放つ。その矢は音もなく絡め取られて見えなくなった。

オラトリオはいない。できることが、無い、今は何も。

せめてオラトリオの無事を祈ることしかできない。


俺たちは、ただその場を去るしかなかった。

自分達のリーダーであり、暁の勇者を冠した、しかし、それよりも自分達にとってただ大切な人、

オラトリオを城内に残して。

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