ソラリアの森、攻略会議
五人が到着したソラリアの街は、近くで魔物騒ぎが起きているとは思えないほど賑やかで活気に溢れていた。石や煉瓦などで作られた建物はどれも頑丈そうで、煙突からは暖かな煙や湯気が立ち昇る。事前に聞いていた通り物流の要所になっているため、馬が引く荷台に大量の積荷を盛りに盛って先を急ぐ者や、一時馬車を停車させ酒場や食堂へ向かう者、宿へ向かう者などが通りにひしめき合う。大通りは馬車五、六台が行き交うことのできるくらいの広さがあり、宿や酒場にも馬車の停車場が用意されていて、一軒あたりの敷地が広い。通りの事故防止のため明かりも眩しいばかりに灯っており、雪が降っていることを忘れさせるくらいの光で溢れている。任務で来たため、街の明かりが見えた時は五人とも身構えていたが、想像より遥かに賑やかな市街に毒気を抜かれるような思いがし、暫し五人はぼんやりと「ソラリア」と書かれた門の前で立ち尽くしていた。
やがて、思い出したようにオラトリオが五人を代表して口を開いた。
「うわぁ…賑やかで……えっと、すごく賑やかだね!」
圧倒されてぼんやり市街を眺めながら出た言葉は、意図せず同じ言葉の繰り返しになっており、それを聞いたメンバーは、あれとオラトリオを見たが、目を爛々と輝かせながら街を見る横顔を見て各々顔を見合わせた後、頷きあってその様子を見守ることにした。
ややあって、
「さて、感慨を体感するのもいいものだが、体も冷えてしまうし、もうそろそろ移動しようか?」
とフーガが提案する。
「あぁ、そうだな。オラトリオがあんまりにいい反応するもんで、寒さを忘れるところだったが、このままオラトリオを見ながら凍死するのはごめんだ。一旦移動するか。」
「えぇ、守護団が贔屓にしていて、話を通してある酒場兼宿屋が大通り沿いにあるそうなので、一旦そちらに向かいましょう。食事と作戦会議も必要ですし。」
「……ん?ロンドさん?いい反応って?今、ワルツさんは流して話してましたけど、僕そんな変な反応してましたか?」
「あぁ、してたぞ。」
バラッドがバッサリ言い切ったところで、各々がオラトリオの頭に手を差し入れ、くしゃくしゃとしたり、フードの上から頭を撫でるようにしたり、肩を叩いたりと微笑みながら歩き出す。へっ?とか、えっ?とか、オラトリオが頭にはてなを浮かべてキョロキョロと左右を通りすぎる皆の背中を見送る。先を行ったバラッドが十歩ほど歩いて振り返り、
「おいてくぞー。」
と声をかけたことによって、釈然としない顔で頭にはてなを載せたままオラトリオも急いで街の中へ歩き出した。
守護団が贔屓にしている酒場へは門から十分弱ほどでたどり着けた。両開きの木製の扉を開けると正面に大きめの暖炉、入って右手に調理場と、カウンター席が十ほど、フロアには三十席ほどの客席がある大きな酒場だった。昼食時のため、二十名ほど客がおり、店内はガヤガヤと賑わっている。壁は暖色を基調とした赤っぽい煉瓦で、左奥には二階へ繋がる階段がある。二階には宿泊用の部屋が六部屋ほどあるため。先に店主に話を通し、各々宿泊する部屋に入り、外套など重たい荷物は取り去って、落ち着いたものから食堂に集合しようという話になった。
二十分ほどしてオラトリオが食堂へ降りた時には、既にロンドが階段正面の暖炉端の大きめのテーブルに五人分の椅子を並べて食事をとっていた。肉を香草で焼いたものと豆のスープを美味そうに口にしている。
「ロンドさん早いですね。で、それ美味しそうですね。同じものにしようかな。」
「おー!オラトリオお疲れさん!これ、どっちも結構いけるぞ!任務の前だし、景気付けにお前も肉食っとけよ!後で任務経費として精算してやるから、値段は気にすんな!酒もあるし飲みたいところだが……任務が……なぁ……。」
嘆くロンドのため息を刻むように、軽快な足音でフーガが二階からとんとんとリズムよく降りてくる。
「お疲れ様、二人とも早いな。僕も酒いきたくなるけど我慢だな。任務完了の暁の祝杯にとっておくとしようか。ロンドのそれ美味しそうだ。オラトリオは?……ん!じゃあ頼むな。マスター!これと同じもの二つ追加で!」
「フーガさん!お疲れ様です!注文もありがとうございます!祝杯って、お酒お好きなんですか?」
「嗜む程度だよ。」
「嗜む程度とおっしゃる方が酒豪なのは守護団のお約束ですよ。その感じですとフーガ、あなた相当お酒強いでしょう?マスター!何度もすみません!同じもの、さらに二つ追加でお願いします!」
途中から話を聞いていたのか、揶揄う調子でフーガに話しながらワルツがバラッドと連れ立って席についた。
「そもそも、団員は酒呑み多いだろ。その中で言えば僕なんて嗜む程度だよ。まぁ、僕は基本独り任務だったから独り呑みか、立ち寄った酒場で知らない人と呑むって感じだったけどね……ワルツは呑まないのか?」
「私は……」
「ワルツさん、酒弱そう……。なんとなくだけど……。」
「バラッド!よくわかったな!大正解だ!ワルツは呑むと終わるぞ、色々と!」
ガハハとロンドの豪快な笑いが響く。
「終わるって、一体どうなるんだよ……。」
バラッドが少し引いたような目でワルツを見る。
「ちょっとロンド!……大丈夫です!!そもそも、二度ともう呑みませんから!誓って!」
「あれ!ワルツさんがその反応するの珍しいですね!余程……」
「オラトリオ、これ以上の言及は身の安全のために控える方が賢明ですよ……」
にっこりという擬音が聞こえる笑顔と声で、テーブルにつく全員に明確な殺気が飛ばされている。外気がテーブルに流れ込んだようにキンと凍りついたような緊張感。
「ほい!羊の香草焼きと五種豆ポタージュ!お待ちどうさま!」
その空気を破るようにちょうどタイミングよく良い匂いをたなびかせながら食事が運ばれてきた。
食事がある程度終わったところで、雑談は自然と森の攻略作戦会議へ移りかわっていく。
「今回の目的地はこのソラリア北の森、魔物が蔓延る以前は北からの交通路として基本的に一番使用されていた主要路だったらしい。僕も以前、任務で数日滞在したことがある。その時は特に変わったこともない森だったが……。」
「ですが、数ヶ月前に漆黒の魔物の出現が確認されてから、森で消息を断つ者が出はじめた。その情報は行商人や街の人々の中で瞬く間に広まり、森に近寄るべからずとの暗黙の了解が出来上がり、現在は皆、迂回路を使っているということでしたね。この迂回路が行商の方の不便や、森の魔物が街へ来ないかと街に住む方の不安を生んでいると……。」
「その状況を憂いた方から守護団に依頼が入り、討伐依頼があったのが一ヶ月前。そしてオスカー団長が言っていたように先遣部隊を送ってみたけれど消息不明。」
「団員となれば、町人とは違って魔物との戦いの心得はあるはずだ。それが失踪か、最悪……死亡の可能性もあるんだろ。ってことは、森の中はただの魔物の徘徊地ってだけじゃねぇんだろうな。一筋縄でいかない何かがいるって可能性が高いってことだ。」
「だとすると、もう少し情報が欲しくないか?たとえオラトリオの力があったところで、その特殊な状況とやらに先手を打たれると俺たちだって先遣部隊と同じになる可能性がある。」
「そうですね……。聞き込みをして情報集めをと言いたいところですが、さっきから酒場の会話を盗み聞いていても、現在は本当に誰も近寄らずの状態のようですし、近寄ったものはもれなく失踪してしまう森となれば、有力な情報が得られる可能性は低いでしょう。なので、魔物の侵食により、どのように森が変容したかを予測するのが建設的かと思います。フーガ、あなたが過去に森に滞在した時、他の森とは違った点ですとか、そこにしかなかったものはありませんでしたか?」
「んー……。それなりに前だったからなぁ……。あぁ……そういえば、あんまり見ない形の紫の花が咲く植物が結構な数生えていた気がする。他の森ではあまり見ない下向きの花だったな。」
「……紫で下向きの花?それは鐘みたいな形の花じゃなかったか?で、葉は大きさは結構大きめで先が尖った楕円形じゃなかったか?」
「バラッド!そうだ!その通りだったと記憶している。にしてもなんでわかった?」
「薬学とか植物学を独学で学んでいたから、で、状況からして多分ベラドンナって植物じゃないかと思う。強い毒性があって、葉に浮く油に触れるだけでも皮膚の爛れがあるが、基本的に茎や実、根に至るまでの全部位に毒があって、体内に過剰摂取すると幻覚を見ることもある危険な植物だ。」
「なるほど……。だとすると……。」
少し考えた後、ワルツが続ける。
「オラトリオとバラッドはテイルバレイで目撃したことがあると思いますが、漆黒の魔物の生態として、魔王から生み出された人型や動物型の魔物はその足で移動します。移動先ではその瘴気で土地を侵食し、影響を受けた植物が漆黒化すると報告されています。テイルバレイでは百合の花だったので黒化のみに止まりましたが、漆黒化した植物が元から殺傷能力を持つものなら、より強い殺傷能力を得ると言われています。まだ、未知数な部分は多いのですが……。もしかすると、漆黒の魔物の襲来に加え、ベラドンナの漆黒化が今回の失踪の原因かもしれませんね。」
「漆黒の魔物……そうなのか……。そんなふうに各地を……。」
バラッドが深刻そうに目を伏せる。
「一旦、今の推測から逆算して取れる限りの対策をとって、万全の準備で森に向かおう。毒の回復はワルツに任せておけばどうにかなると思うが、ワルツが毒を食らうと自己回復不可だからどうしようもねぇ、お前はいつも以上に十分に気をつけろ。」
「そうですね。心しておきます。」
「口や鼻を覆える装具も念のため装着するのがいいと思う。漆黒化しているなら、空気中にも毒が舞っている可能性も捨てきれない。」
「はい。準備します。さっき通ってした通り沿いに装具のお店ありましたよね?それで、……まとめると、つまりは、僕たちのすべきことは、この想像が当たっていたとしたら、侵食された全ての花の浄化と、原因となった漆黒の魔物の全てを討伐しなければ、森は元に戻らないってことですよね。」
「あぁ、思ったより大仕事になりそうだな……。草を刈ることくらいはできるが、土地の浄化に関してはオラトリオにしか任せられねぇのが不甲斐ねぇな……。フォローや他の魔物の討伐は出来る限り俺たちがやる。任せておけ。オラトリオお前は無理せず、浄化の体力を温存しておけ。」
「……ちなみに言いにくいことなんだが、俺の炎魔法、今回は上手く使えるか分からない。通常のベラドンナと違うなら下手に燃やすとさらに毒を撒く可能性も捨てきれない。花に襲われても手出しができない可能性がある。一旦人型や動物型の魔物の対処を優先して動くようにする。」
「僕は、弓と風魔法が使えるから、臨機応変に立ち回るよ。上手くいけばバラッドが燃やしたものを上手く処理できるかもしれない。なるべくバラッドの援護をしつつ動く。」
「フーガさん、心強いよ。ありがとう。よろしく頼む。」
「よし。じゃあ、準備を整えて、明日の朝九時ここに再集合だ。暗くなると危ねぇし、さっきマスターに聞いてたら、今日はこの後、夜にかけて吹雪くらしいが、明日のソラリアは晴れだと気象府も見込みを出してるらしいからな。万全で挑むのが良いだろ。……お!そうだ!一番大切なこと言い忘れてた、これは全員に言えることだが、命の危険を感じたらすぐ撤退だ、絶対安易に危険な……死ぬような選択肢を選ぶなよ、いいな。」
各々しっかりと了承の意を示し、その日は解散となった。
本任務は明日。それぞれに心に覚悟を持ちながら夜を迎え、予報通り吹雪となった窓の外に思いを馳せていた。




