五人での旅路
「さみぃ……。なぁ、ちょっと暖の取れる場所はねぇのかよ……。」
「ロンド、我慢しなさい……。」
言ったそばから雪風がヒュッと皆の間を吹き渡り、ワルツもその身を縮めた。
「……確かに王都に比べると隔てるものがなくて、大分と風が身に染みますが……。」
「へぇ?あんたらコンビは団内でもそれなりに一目置かれてるし、任務にも結構出てるから、こういう寒さとか気温変化に慣れてると思ったが意外とそうでもないんだな。」
フーガが心底意外そうに話す。フーガは諜報仕事向けの口調を意識しない際は、冷静な態度こそ崩さないが、かなり砕けた口調で気楽に話すタイプらしく、誰とでも分け隔てなく接してくる。おかげで皆と打ち解けるまでに時間はかからず、目的地に向う道中ですっかりメンバーに溶け込んでいる。
「意外と寒い季節は人も外に出ねぇから、魔物とばったり遭遇とか、わざわざ街路とか野道で盗みやってやろうみたいなやつも少なくて出動が減るんだよ……。」
「それもありますし、そもそもにロンドは寒さに弱めですよね。普段鍛えている割に、なぜかそこには耐性つきませんし……。冬の朝なんて何度起こしてもテコでもベッドから出てきませんから……。……にしても、フーガ、あなたはずいぶん平然とされてますが、諜報だから色んな環境に慣れている、という感じですか?」
「あぁ、その通りだ。寒いとか暑いとか言ってると仕事にならないからな。屋外に潜んで一晩から数日観察を続けるとか、そういう仕事も夏冬関係なくある。」
ロンドが小さくぎぇっと悲鳴を溢す。
「まぁ、そうですよね……。諜報の方のご苦労を考えると、なんだか自分たちの貧弱さが寒さと一緒に身に染みますよ……。」
横目にロンドを見ながらワルツが苦笑する。
「うるせぇな!しょうがねぇだろ、人間なんだ、超人じゃねぇんだから、寒いもんは寒いんだよ……!寧ろ生存本能と危機感が強いんだと思ってくれよ……。寒いと人は生きていけねぇんだよ!」
いつもの胸当てや小手などの装備に追加で冬用のローブや毛皮を纏いはするものの、草原の中に存在する吹き曝し状態のソラリアの街までは、なかなかの冷え込みだった。道中で断続的に降る雪にも散々煽られ、それぞれ目深に被っていた分厚い毛皮や起毛の外套が真っ白になっていた。
王都の守護団からソラリアはそんなに遠くないため五人は指令を拝命後、装備を整え、徒歩で出発し、ちょうど昼ごろには街に到着する予定だ。ソラリアは素朴ながらも、石とレンガ造りの建物が建ち並び、都に近いだけあって、荷運びの中継地点として要所となることも多く、テイルバレイよりは栄えた広い街だということだ。
「オラトリオ、寒くないか?」
「うん、バラッド。僕は大丈夫。なんならテイルバレイの方が寒かったんじゃない?あそこ谷だったからさ。なんなら平原に降る雪、綺麗だなぁって思ってるくらい。一面真っ白で……景色が広いなぁって。バラッドは?大丈夫そう?」
「あぁ、オラトリオはそういうとこ結構、平気だもんな。俺は、ほら、これがあるから。」
そう言ってバラッドが自身の手の上で炎を舞わせた。その気配を感じ取り、前方を歩いていたロンドがすぐさま引き返してバラッドに飛びついてくる。
「おい!バラッド!俺にもそれ分けてくれよ!!俺は寒い!!とんでもなく寒いから!!なっ!!」
「しょうがないな……。はい、どうぞ。」
橙色の炎がバラッドの手の中で丸い玉になり、ロンドの手元からふわりと体全体を包み込み、ロンドが幾分ほっこりした顔をした。
「あったけぇ……恩にきるぜ!!持つべきものは炎魔法使いの仲間だな!」
ロンドは調子良く、ぽんぽんとバラッドの背中を叩く。
「いや、礼には及びません。これくらいなら手遊びの延長みたいなもんだし。」
背後では騒がしく三人がは話している。そんな声を聞きながら、フーガがワルツに問いかける。
「騒がしいな。いつもこんな感じなのか?だとすると、楽しくていいな。僕は、基本単独任務だったし、何なら他の奴と交流することも極力控えるように言われてたから……。」
「そうですね。ここ半年、いつもこんな調子で、随分楽しく過ごせている気がします。任務の性質上、独りを強いられていたあなたと同じに考えるのは少し失礼かもしれませんが、私自身も心底孤独であろうとしていましたし、半年前はこんな賑やかな日々を過ごすとは思えなかったですよ。」
「ん?そうなのか?傍から見るとロンドさんと仲良くて良いコンビに見えてたけど。」
「えぇ、まぁロンドとは以前からそれなりに楽しくやっていましたよ。けれど、私は基本ロンド以外の他の誰かを信用したり、誰かと行動を共にしたりする日が来るとは考えられませんでした。信用や親密さ、自己開示は危険なものだと自分に言い聞かせていましたから……。正直、知り合いになってすぐのあなたにこんな話をすることも半年前には考えられなかったと思います。」
「それは、光栄かな。こんな僕に話してくれて。」
そう言ってフーガが自嘲するように、難しい顔で笑って見せた。その笑顔に違和感を感じ、ワルツの口から思わず疑問が漏れていた。
「フーガ、あなたのそれは、時に団のメンバーすら欺いて任務についていたから、ですか?」
「あぁ……そんな顔してたか?そういうところだろうな。僕は、嘘つき、だから……。」
「そんなにご自身を卑下されずとも、それが任務に必要な振る舞いだったのだとしたら、あなたは悪くないでしょう。」
その言葉を聞いて、フーガは足下に視線を落とす。外套の頭部分に積もっていた雪がはらはらと地面に落ちて散っていく、その数秒の彼の気持ちは読み取れない。だが、すぐに事もなげな表情に戻って顔をあげ、ワルツを見て、幾つか出そうになった言葉を呑むようにして、礼を述べた。
「……。あぁ、ありがとう。……」
ありがとうの先にも口が動いたのが見えたが、フーガの言葉の最後は雪風にかき消され聞こえなかった。対称的に後ろを歩く三人の賑やかな声が雪原に響く。
「テイルバレイの冬は本当にもっともっと寒くて、雪もよく降るんです。雪掻きを怠けると次の日家から出られなくなることもあって、谷だから冷気も全然抜けなくて数日間閉じ込められることもあるくらいで。」
「そんななのか……テイルバレイはいいとこだが、俺は生きていけねぇ気がする……。今でもバラッドがいねぇと凍え死にそうなのに……。」
「なんなら、試しに炎魔法解除してみるか?」
「バラッド!おまっ!やめろよ!凍え死んだら化けて出るぞ!」
「バラッドやめなよ!ロンドさんに本当に化けて出られると僕、色んな意味で怖くて、夜寝られなくなりそう。」
「オラトリオ!お前も言うようになったじゃねぇか!何なら生きてても夜中に脅かしてやってもいいんだぞ!」
「いい年して大人気ないだろ……。」
「ささやかなオラトリオへの仕返しだ!可愛いもんだろ!」
「可愛いってガタイじゃない。」
「何だかバラッドとロンドさんって変なとこで息合うよね。聞いてて飽きないっていうか。任務中だけど小旅行みたいだ。」
「任務中だからって、ずっと気ぃ張ってなくてもいいんだよ。どうにかしねぇとってずっと思ってたらしんどいだろ?ちゃんと救えるものは救う。自分たちのできることをやるでいいんだ。非常時とか有事以外、移動中くらい楽しみゃいいんだよ!どうせ任地に着いたら頑張るんだからよ!」
テイルバレイの悲劇、あれから半年、共に過ごして、寝食も任務も共にして悲しみの中から少しずつ立ち上がっていく彼らを見てきた。ワルツも彼なりに気をまわして彼らが楽しく過ごせるように立ち回っていた。だからか、軽口すらたたき合えるようになったのだ。彼らの明るい笑い声に、ワルツも思わずつられてふっと笑い声をこぼす。同時に隣を行くフーガも微かに笑い声を漏らしており、ワルツと目が合うと、
「本当にいいな、あんたら。メンバーに加えてもらえてありがたいよ。」
と含み笑った。一見、冷静で切れ長の瞳、真っ直ぐな紺のロングヘアから全体的に鋭い印象を受けるフーガの笑顔は、反面、子どものように屈托のないものだった。
白い吐息となって吐き出された笑い声が消えるが早いかロンドが後ろからワルツとフーガを捕獲するように肩に腕を回し、笑う二人を左右に見て、おい!と声をあげる。それぞれに積もっていた雪がぶわりと雪原に舞って風に流される。少しだけ、先ほどより体温もあたたかくなった気がしていた。




