氷輪の支配者
オスカー団長の入室許可の声を合図にロンドがドアを開けて入室する。ワルツは一息吐き、頭の中を再整理しつつロンドに続いて団長室に入る。ワルツが入室して、まず目があったのはドア正面の団長席に座っていたオスカー団長。ロンド越しに目があった瞬間に無言で労をねぎらわれた。しかし、いつもより眉間の皺が深い。おそらくテイルバレイの被害が甚大だったことと、アウグスト長官の存在も大きいだろう、長官と団長は到底馬が合うタイプではない。
当の長官殿は入って左側にある応接用のソファに足を組み、背もたれに腕を伸ばして座っている。長官といっても四十代くらいで、まだ年若いのその男は、黒めのグレーのロングヘアの隙間から氷のように冷たい瞳をこちらに向けている。それなりに筋肉のついた体躯に、黒い上着、黒いシャツ、黒いスラックスと黒づくめの全て上等な着衣を身に纏い、より得体の知れない後ろ暗さを感じさせる。オラトリオと同系統の青い瞳だが、オラトリオとは真逆で輝きを感じさせない分厚い氷のような白に近い青。テーブルともう一脚のソファ越しに距離をとってこちらを睨め付けるか品定めするように見ている。ワルツはさりげなく立ち位置を調整し、長官に一番近い位置につき、彼の無遠慮な視線からオラトリオとバラッドを隠すように立った。ワルツとロンドは守護団員としての礼儀をつくし、まず長官に挨拶をし、団長に帰還報告をする。
「守護団、第六班所属ロンド。」
「同じく第六班所属、ワルツ。」
「テイルバレイの現状確認と生存者保護の任より戻りました。」
「テイルバレイの状況報告につきましては後ほどお話しいたしますが、生存者二名をお連れしております。オラトリオ氏とバラッド氏です。」
「テイルバレイはかなりに凄惨な状態であったとの一報を聞いている。ワルツに至っては任務中に負傷したとのこと。この度の任務、苦労をかけたな。」
なぜ、報告をしていないはずの負傷した事実を知っているのかとワルツ、ロンド両名の中に焦りが生まれる。長めの袖で傷口も隠れている。二人は焦りを見せないように平然を装うことに徹底した。
そこまで話すと、オスカー団長はオラトリオとバラッドに向き直り、口調を柔らかくして話しかける。これ以上傷について追求してこなかったことに安心し、団長の様子を見る。団長も職の割には若く、確か43歳と聞いたことがあった気がする。精悍な顔立ちに燻んだ金の短髪、黒い瞳、忙しさから若干やつれた雰囲気はあるが、年齢より少し若く見える。
「テイルバレイのお二人も道中、お疲れ様でした。口にするのも憚られますが、村の惨状はある程度聞いており、お二人の体験されたものもがとてもお辛いものだったとお察しはいたします。今から団員の報告する話を聞いていただくことや、詳細をお伺いすることが酷なことは承知の上で、申し訳ないお願いとなるのですが、今後の守護のため、どうぞお力をお貸しください。」
「いえ、お心遣い感謝します。オラトリオと申します。まだ、気持ちの整理がついていないことも多く、うまくお話しできるか分かりませんが、何か協力できることがあればぜひお力添えしたく思います。」
「バラッドと申します。お話しできることはあまり多くないかもしれませんが、できる限り協力いたします。」
二人の言葉に団長は礼を告げ、「では」と空気を変えた。
「はい、詳細については私から報告させていただきます。」
ワルツは報告を始める。
「まず結果からお話しいたしますと、テイルバレイは漆黒の魔物に襲われ壊滅、家屋はほぼ全焼しておりました。生存者は、魔物の襲撃当時に村外れにいて、襲撃の只中を免れたこちらのお二人のみです。ただ襲撃当時の詳細については獣型の魔物に襲われ気を失っていたため不明。村へ戻った時にはもう生存しているものはおらず……。守護の者に何があったかはおろか、誰が村を守護をしていたのかすら確認することはできませんでした。その道中ですが……」
「……結局何の収穫もないご報告をご苦労なことだ。」
まだ報告を続けていたワルツの言葉を遠慮なく遮って、左から静かで乾いた低い笑い声が響く。ワルツとロンドは眉をわずかに顰めたが、安い挑発だと聞き流し、ワルツは話を続けようとしたが、アウグストはいきなり立ち上がりワルツに素早く詰め寄って、包帯の巻かれた右腕を掴み、その勢いのまま右側の壁まで強引に引っ張っていき、腕を捻りあげた上で壁に押し付け強引に頭上に固定する。突然の強行にその場の全員が警戒し、中でもロンドはひどく怒っていた。
「いっ!……つっ……うっ……。」
まだ治っていない傷を思い切り掴まれ、包帯越しに血が滲み壁を汚す。無理矢理に捻りあげられたことで関節も悲鳴を上げ、ワルツは痛みに顔を歪めた。
「あんたいきなり何しやがるんだ!その手を離せ!」
ロンドが食ってかかるのを冷たい目の奥で一瞥し、面白がるようにより力を込めて腕を捻り上げる。団長も目に余る凶行に声を上げた。
「長官殿!あなたであろうと団員への必要以上の暴力は見過ごせません……!」
「必要に応じてしている。私は忙しい。怪我を負っていることは諜報からの情報で知っている。何があったのか早く見せていただきたくてね。」
ワルツは痛みに思考を半分持っていかれながらも、残り半分の理性で聞き取った情報を追った。アウグストは諜報の者と言った。馬宿で出会った諜報か、もしくは別動で動いていた諜報がいて、自分たちの姿を見張っていたか、もしくはワルツの魔法を跳ね返した本人からその話を聞いたか……。そしておそらく団長に話したのは長官殿だろう。ワルツの思考を割るようにアウグストは悠然と言葉を続ける。
「あと……」
そこで言葉を切って部屋中にいる全員を見回し、オラトリオとバラッドに視線を固定して言葉を続ける。
「テイルバレイの魔物どもがその後どうなったのか知りたいのだよ。」
言い切って、ワルツを掴んでいない右手で素早く氷の刃を作り出し、ワルツの腕に巻かれた包帯をワルツの腕ごと深めに切り裂く。
「………っ!!!!」
包帯が裂けて傷口と新たについた切り口があらわになるが、ワルツはこれ以上相手を優位に立たせたくない自身の矜持のみで激痛からくる悲鳴を咄嗟に飲みこんだ。
「お前、根性あるね?さすが守護団というべきか、それとも、さすが元裏路地の捨子というべきか?綺麗な顔立ちだから、お前みたいなのは、さぞ沢山、恐い鬼さんに鬼ごっこしてもらったんだろうね?私はお前みたいな腹に何か抱えた奴が一番嫌いでね。私を出し抜けるとでも?この、魔法の反撃痕。それもかなり力の強いものにやられた反撃痕だね。襲われた時、お前は何とも思わなかった?村を見て本当に詳細は不明と思った?何故、今までこの傷を回復させていないのか……あぁ、傷つけられるのが好きなのかい?随分なご趣味だね?折角だから、もう片腕も同じにしてあげようか?」
アウグストがワルツの左腕も掴みあげ、壁に押し当て手首を壁ごと凍らせ固定し刃を押し当てる。
ロンドが堪えきれずワルツを助けようとアウグストに掴み掛かろうとしているのを声で制し、押さえつけられながらも怯まずに言葉を返す。
「ロンド!!堪えなさい!!……長官殿。お言葉ですが、逆にあなたのような方がそれを……私個人の所感や思考を知りたがる理由は何ですか。ただ長官であるから、でしょうか。このように安い挑発までして、あなたは何かを探られることを恐れておいでなのでは?」
アウグストは一切表情を変えぬまま、掴んでいる手の指先を先ほど自ら割いた傷口に差し込む。傷口を抉られる痛みと、相手の無遠慮な指先から体内に直接氷の塊を流し込まれているかのような冷たさが内側に広がる。それでもワルツは少し眉を動かした程度で、声も上げず、アウグストを真っ直ぐに見据え続ける。裂かれた腕の傷から溢れた血がワルツの白髪を赤く染め上げるも、全く引かぬ姿勢を示し続けた。
「私は強情な部下が嫌いなのだよ。立場を弁えず上官を疑うような無礼な者が心底ね。腕一本裂くだけでは、その腹の内を口にせぬというのなら、腕もう一本と言わず、死なない程度に、その腹も名実ともに捌いて覗いてやってもいいな。これも部下への躾の一つだろう。」
そう言って、アウグストは氷の刃でワルツの腹を切り裂こうとする動きを見せる。その場にいる全員が止めに入ろうとしたところ、オラトリオが声を張り上げた。
「待ってください!あなたが遮らなければ、その後の話で出てきたことだと思うのですが、僕が代わりにテイルバレイに魔物がいなくなった経緯をお話しします。」
「ほう。聞かせていただきましょうか。」
アウグストはワルツの腹に刃を突きつけ今にも切り裂けるという体勢を崩さぬまま、視線のみをオラトリオに向ける。
「お忙しいようですので、簡潔に話ますね。僕に勇者の素質が備わっていて、憎しみに任せて全ての魔物を葬り去ったから。以上です。」
オラトリオの発言にその場に居合わせた全員が違った意味合いでそれぞれはっと息をのんだ。
「ちなみに、今後僕はこちらの守護団でお世話になり、勇者として魔王の討伐を目指します。あなたが今手にかけようとされている方は僕の大切な命の恩人で、これからもお世話になる方です。その刃を引いてはいただけませんか?」
「なるほど……。将来の勇者様のお望みとあれば仕方ありませんね。事の詳細など知れましたし、私の得たい情報も手に入りました。さすが勇者様は利口でいらっしゃる。」
氷の刃をすっと消し去って、最後まで押さえつけていたワルツの腕を離し、アウグストが部屋を出ていく。終始、一切の感情を溢さない。扉を閉める前にアウグストはオラトリオを横目で見ながら告げた。
「未来の勇者様。あなたに備わった勇者の素質は願ったとて皆に備わるものではないのです。肝に銘じ、ゆめゆめ無駄にされませんよう。あなたの活躍を願っています。」
これ以上誰かに危害が加わらないようにと、完全にドアが閉じ姿が見えなくなるまで、全員が無言で動かずにいた。
バタンとドアが閉じ、靴音が遠ざかって行ってやっとオスカーはワルツに急いで近寄り、ワルツの腕を固定していた氷を砕いて解放し、傷口をいたわってやりながら口を開いた。
「ワルツ、大丈夫か?この後、すぐ治療をしよう。酷いことを……何だって、あんなことを……。まぁ、前から血筋やら、出自やら、力にひどく執心する人ではあるが……。度が過ぎている。俺も苦手だよ……あの長官サマは……。」
詰めていた息を吐き、ワルツがふらりと傾ぐ。
「団長、ありがとうございます。大丈夫です。それに、オラトリオ。結局一番嫌な役割をさせてしまいました……ごめんなさい……。あんな強硬手段に出られるとは……さすがに予想が……つかなく……」
ワルツは憔悴した様子で、そこで一度頭を押さえ左右に振って、少し考え込む。部屋に暫しの沈黙が落ちる。少ししてワルツは再度話し出した。
「……こうなった以上、オラトリオとバラッドに伏せるのも違いますね……。で、そのご様子ですと団長にはお話ししても、きっと大丈夫ですね……。私は、不自然な魔物の襲撃とテイルバレイ燃え方などの様子から、高位の誰かがテイルバレイ襲撃に一枚噛んでいると疑っています……。漆黒の魔物を村にけしかけた者が、長官以上の者の中にいると予想、しています……。オラトリオとバラッドは知らなかった事と思いますが、テイルバレイには結界を張り、魔物の侵入から村を守っていた、守護術師がいたのです。誰が担っていたのか、知っている者はかなり限られています、村が危険に晒されないためです……。私も存在は知っていましたが、担い手はが誰かは知りませんでした……。守護術師を意図的に襲い、魔物を手引きした者がいる……ただ、既にテイルバレイがほぼ焦土の状態だったため、誰が守護術師であったかも分からず……。襲わせた証拠と呼べるものがなく、詳細も調べきれず……何よりテイルバレイを壊滅させた動機がわかりません。その見えない首謀者の目的と影を追うため……テイルバレイの道中に私たちを襲った襲撃者を灰燼と化した者の反撃魔法で負ったこの右手の魔法痕跡を追おうと、あえて傷跡を回復させず、傷を負ったことも告げず……残していたのですが……。はぁ……先ほど、残念ながらあの方……長官殿の魔法で痕跡を文字通り斬り裂かれ、あの方の魔法元素で上塗りされてしまいました……っ。前の痕跡は、これでは追えません……。あくまでも、……はぁ……未だに全て、私の想像ですが、これで……あの方………………長官殿も……首謀者の協力者である可能性が限りなく高くなりました……。……っはぁ、元々私のような下流の出自の者を踏み潰したい……気持ちはあったのでしょうが……っく……あの方が自身に嫌疑をかけさせてまで守る方となると、さらに高位の方の……謀と結論づけるしかないでしょう……。」
それを聞いたロンドは深いため息を吐き、オスカーは難しい顔をして黙っている。オラトリオとバラッドは酷く戸惑い混乱した顔をしていた。ワルツは息も絶え絶えになりながらも、必死に意識を繋ぎながら言葉を紡ぐ、肺が凍ってうまく機能しないようでに息がうまくできない、心臓が凍りつくように痛い。
「オラトリオ……バラッド……。お二人に伏せるのも酷で、いつか知れた日に余計に傷つけるのでは……と判断し、げほっ……。この場で本件のお話をしましたが、これは私が動き……追い続け……いつか、必ず……っ。決着をつけます。なので、お二人はこれに囚われず、今後のために……どうか真っ直ぐにご自身の、志を貫いてください。はっ…………。そのためなら私は、尽力を惜しみません。だからどうか、これ以上……ぐっ……。無闇に傷つかないでいただけると……嬉しいです……。ごほっ!ごほっ……!ロンド……お二人の今後の滞在許可と……訓練の申請を……頼みます……。私に状態ですが、少し、良くない状態です……。長官殿の魔法はやはり……はぁっ……悔しいですが……強力……ですね……っつ!この感じですと……回復に……時間が……うっ……。」
最後の方は息も言葉も絶え絶えで途切れ途切れになり、そこまで話すと、ワルツは壁に預けていた体の力が抜けたように床に崩れ落ちた。頭をぶつけるすんでのところで隣で支えていたオスカーが受け止める。
「くそっ……!ワルツを医務室に運ぶ。ロンド、できれば体内に流し込まれた氷気も取り除ける力のある治癒術師を呼んでくれないか。あの長官サマ、うちのシマでよくもやってくれたもんだ。イヤミったらしく、体内に氷の魔法元素をしこたま流し込んでいきやがって。まさしく執拗にって感じだな……低体温症に近い症状が出ている。ワルツもよく何でもない顔してさっきまで立ってたもんだ……。手出ししてやれず、すまないな……。」
ロンドはその言葉を聞いてポツリと溢す。
「ワルツは面倒臭くて、負けず嫌いで、頑固なんで……。たまにこういう時は素直に負担を分けてもらいたいんすけどね……。長官サマも、格の違いを見せたかったのと、こいつが折れないのが面白くなかったんでしょうね。……俺だって目をつけられることも、こいつの代わりに傷を負うことも厭わねぇのに……。なんで分からねぇかな!……まぁ、今回はこいつの意地が長官サマに勝ったから炙り出しに成功したと思って怒りをおさめます……。じゃあ、俺は治癒術師を呼んで、三階医務室にいきます。」
ロンドはそう言ってドアを出ていく。
「オラトリオくんに、バラッドくんだったね。それでなくても未だ消えない悲しみの中で疲れているだろうに、ゴタゴタに巻き込んでしまい申し訳ない。さっきワルツの言い残した話だと二人ともここに少し留まって訓練を積みたいという事だな。それならば、私がこの場で直々に許可する。どうか醜い内政は我々に任せて目を瞑って、ここでは心穏やかに前を向いて過ごしてほしい。いいかな?ここにいる間は君たちの身の安全と平安を守りたいと、俺も思っている。」
二人はオスカーに礼を言い、オスカーは二人にワルツとロンドの部屋に戻って今日は休息を取るよう提案したが、ワルツの容体を見守りたいとオスカーを説得し、医務室でワルツの治療を見守っていた。




