王立守護団にて
ワルツとロンドに先導され、オラトリオはバラッドと横並びで王立守護団の中を歩く。見回すと石造りの立派な建物で、とても沢山の部屋がある。人の行き来も頻繁で、明らかに守護団員ではないオラトリオとバラッドには好奇や興味の目が向けられているのが目を合わせずともわかった。
そのためか、隣を歩くバラッドも落ち着かない様子であたりを周囲を警戒しつつ、少し下向きめで歩いている。いつもあまり焦らないバラッドが珍しく焦っていて、オラトリオ自身もそんな親友の様子や初めて見る景色や視線に心が落ち着かなかった。
そもそも、テイルバレイとその周辺の辺境の村しか知らなかったオラトリオにとっては、田舎町からのお上り状態で、王都に入ってからの風景自体が珍しいものばかりだった。建物は全てが石造り、道も石畳でと、基本的に木と土でできていた故郷とは大分と様相が違っていた。街自体もかなり広く、ぱっと見ただけでもテイルバレイの数十倍はありそうな規模だった。王都のため一番大きな都なのだから当たり前ではあるのだが、歩いて回るならどれくらいかかるのだろうと呆気に取られてしまう。
さっき、ワルツが先にこの後の予定やどこに向かうべきかなどを確認してくれて、今から報告で偉い人に会うらしい。それも余計にそわそわと落ち着かない一因になっている。
二人の落ち着かない様子を悟って、ロンドが振り向き声をかけてくれた。
「ここ、かなり広いだろ。守護団の機能が全部詰まってるからな。生活に必要な個人部屋……あぁー守護団は戦闘員と治癒術師がワンセットになることが多いから個人ってっても二人部屋だな…俺とワルツも同室だ……っと、他には食堂、風呂、手洗い、談話室から、訓練場、資料室、会議室、取調べ室、主賓室、お偉方の常駐部屋……と結構な設備が揃ってる。守護団の仕事と日常生活はほぼ全部この建物の中で賄える感じだな。まぁ、娯楽とか酒場とか面白れぇもんは悲しいくらい全然ねぇから街に出るしかねぇが……。」
最後の方はかなり不満が滲む言い方だったが、ワルツはそのあたりを無視して補足する。
「ですが、全部覚えなくても大丈夫ですよ。この中で困ったことがあれば、都度私たちが同行して案内します。基本守護団内にいらっしゃる間は私たちかロンドのどちらかだけでも常にお二人に付き添えるように進言しますので。ただ、ご自身で覚えておくと便利なのは、生活に使う食堂や手洗い場、浴場などですね。付き添われるのも気まずいこともあるでしょうし……。基本、大勢が使う共有の場所は建物内にいくつか設置してありますので、滞在していただく部屋から一番近いところの道のりを案内しますね。あ、おそらく部屋は私たちの部屋に追加のベットを設置して滞在していただくようになるかと思います。少し狭いかもしれませんが、ご容赦ください。ついでに、偉い方の部屋や主賓室の入口には上等な敷物が敷かれていて、団員の私室にはドアにルームナンバープレートが着いています。職務で使う部屋にはドア上部に釣り看板で部屋名が書かれていますので、あまり部屋を間違えることもないかとは思います。」
「出入りする団員も三百人前後いるな。気さくなやつも多いし、挨拶くらいはしても、全員に畏まって丁寧に接さなくても良いからな。今後お前らがそれぞれ訓練を志願するならそこで関わる上官にだけは丁寧にしておけば大丈夫だ。まぁ、お前らは元から礼儀も正しいし、問題ないと思うけどな。」
「えぇ、そうでね。あと、これはないとは信じたいですが、何かこの団の中でお二人にとって嫌な当たり方をする者がいましたら遠慮なく仰って下さい。私の方からしっかり制裁が下るようにかけ合います。」
言葉も表情も穏やかだったが、内容が穏やかでないことをさらっと言うあたり一見穏やかそうなワルツも芯は強かで、これぞ守護団員なりという感じがして頼もしい限りだった。ロンドがそんな言葉を受け、薄らと苦笑いを浮かべる。
「来たばっかだし、これだけでも大分情報量多いだろ?今はこれ以上今説明しても混乱させちまいそうだし、一旦こんなもんでいいか……?あぁ!これは伝えとかないとな!この後会って報告、聴取をするのは守護団のオスカー団長とアウグスト長官……長官って役職はは、まぁ守護団とか王立系の機関やいろんな組織をまとめてる一番偉いやつって感じだ。オスカー団長は基本は気さくで良い人だ、実力も確かで人を守るための厳しさも優しさも持ってる。尊敬できる人だ。長官サマの方は……俺は気にくわねぇ。」
「ロンド!やめなさい……。」
ワルツは周囲を流し見てロンドを制した後、歩を止め後ろの二人に向き直り、周囲を警戒しながら声を潜めて言う。
「正直、ロンドの言うことは私も同意です……。長官はあまり本音を見せない方が良い方です。聴取があっても詳しい話はしないことをおすすめします。何か訝しんでいることや、あちらの興味を惹く話をするとおそらく必要以上に詮索されると思われます……。私の抱いている印象では、冷たく、人としての思いやりや温かみがないタイプなので、関わると嫌な思いをされるかと……例えるなら氷みたいなかたで、決して善人ではありません……。なるべく私が会話の中心を担いお二人を守ります……。」
ワルツの深黄色の瞳が心配そうにオラトリオとバラッドを見つめる。数日前からロンドとワルツはテイルバレイの村人の埋葬を手伝ってくれたり、言葉や行動の端々で不幸に見舞われたばかりのオラトリオとバラッドを気遣ってくれるのがわかり、自然と心を許していた。だから守護団で保護と聴取をと提案があった時も、悪いようにはならないだろうと安心できたのだ。それに、今のオラトリオが求める剣技の鍛錬にも協力してもらえるというのだから、願ったり叶ったりということもあった。
まだ心の奥に父母を、皆を守れなかった罪悪感は深々と刻まれ残っている。高熱に魘され気を失っている数日の間、何度もあの光景を、悲鳴を、臭いを、絶望感を夢に見た。何度夢の中であの日、あの瞬間を繰り返しても一つも救えはしなかった。漆黒の魔物を消し去っても、何も残っていない焦土が残るだけ。もう起きてしまったものは戻らない。だから今後、少しでも多くの人を救うことによってこの後悔と苦しみを消し去るしかない。
あの時、漆黒の魔物を倒し切って気が抜けたように倒れたオラトリオを運んで、自分も辛い状態なのに一生懸命看護してくれたバラッドに恩返しもしないといけない。彼も旅に同行してくれると言っているし、危険な目には合わせないと心に誓っている。
その後、再び歩き出して守護団の中を行く。内部構造の雰囲気から守護団は三階建ての建物で四角形になっているようだった。かなり広くて大きい。広さにして小さな集落くらいはあるように思えた。四角形の真ん中には、中庭らしきものがあると見えたが、よくみると屋外の訓練場になっていた。さっきの説明からすると三階は偉い方の部屋や、守護団の仕事用の部屋があるらしく、どの部屋前にも敷物と釣り看板があった。
入り口から一番遠い廊下の真ん中にある部屋の前でロンドとワルツが立ち止まる。足元の敷物には守護団を象徴するような盾の絵が描かれている。
「オラトリオ、バラッド。こちらが団長室です。団長と……長官もこちらにいらっしゃるそうで、報告と聴取を行います。着いて早々、休む間もなく申し訳ありません。これが終わったら、なるべくゆっくり過ごして頂けるように進言、手配しますから。」
「いえ、大丈夫です。ワルツさん、お心遣いをありがとうございます。まだ、うまく感情的にならず話せるのかわかりませんが、頑張ってみます。」
「俺も大丈夫です。ありがとうございます。」
二人の返事に応えるように、ワルツがにこりと頷き、続いてロンドの方を見た。
「よし、行くか。」
ロンドは一言答え、団長室の扉をノックし告げる。
「守護団員、ロンドならびにワルツ。テイルバレイより帰還いたしました。そのご報告と生存者二名を連れ立って参りました。」
中から「入室を許可する。入れ。」と声がかかり、オラトリオは緊張と不安に苛まれながらも顔をあげて入室した。




