裏路地の密談
夕暮れに馬車は王立守護団前に到着した。停車してすぐ、ワルツは石畳に降り立ち、ロンドに声をかける。やっておくべきことがある。
「ちょっと。」
一言で少し時間をくれないかと促す。その意図を察したロンドが続いて荷台から降りてくる。
落ち着かない様子で、まだ荷台に残っているオラトリオとバラッドは、馬車の走行中に初めての王都だと話していた。心配をかけないように声をかけておく。
「あと一台、一緒に出立した仲間の馬車が帰ってきたら守護団の中に入り、今回の顛末の報告などをします。その後、お二人の守護団での滞在許可申請などするという流れになると思います。軽く伝令は飛ばしてあるので、お二人の受け入れは滞りなく済むでしょう。これから、少しの間ですが、私とロンドは野暮用がありますので少し外しますね。知らない土地でご心配も多いところお待たせしてしまって申し訳ないのですが、一旦私たちが戻るまで、馬車内で待機していただけますか?数十分で戻ります。」
オラトリオとバラッドは素直に頷いてくれる。二人に礼を述べ、守護団の者が普段あまり使わない裏道にロンドを誘った。
ワルツは、あまり時間もないので、と前置きして、先ほどまで立てていた仮説をできるだけ端的に矢継ぎ早に話していく。ロンドは全て話し終わるまで路地の壁に背を預け、腕を組んで静かに話を聞いてくれた。締めくくりにロンドに言葉を投げる。
「……と、いうわけなのですが、あなたからの疑問や承服しかねる点などはありますか。」
「いや、大丈夫だ。承知した。つまり、お前は今回のテイルバレイ壊滅は意図した人災だと踏んでいて、その首謀者と襲撃理由、ついでに俺たちのことを襲った意味も知りたいってことだろ。で、態々こんな薄ら暗いところで話す理由は守護団の内部のやつも信じてないから下手に必要以上の情報を漏らしたくないってことでいいよな。」
「はい、その通りです。話が早くて助かります。」
「何となくだが、俺も今回のことには違和感があったからな。基本的に集団って概念がないとされている魔物が守護結界の張られていた村に一気に大量に押し寄せたってのも、魔物の生態と襲撃が噛み合ってねぇし、村のあの様子は魔物だけの所業とも思えんからなぁ……。」
「やはりそうですよね……。」
「守護団内でも内密にするのは、それのせいだろ?」
言いつつ、ロンドはワルツの右手を見る。包帯の内側には痛々しい魔法の反撃痕が残ったままだ。
「えぇ、自分の実力を過信する訳では無いですが、私もそれなりの実力は有しています。私の魔法が弾かれたとなると、私以上のかなり高位の魔術師の力ですし、証拠の隠滅を測るあたり、後暗い事情があるのだと思います。確定では無いですが、内部の人間や、守護団と関わりのある王立機関も疑ってかかるくらいが丁度良いと思いました。」
「確かに、その方が動きも身軽に調べ物もできるだろうしな。あの時、同行してた守護団の他の連中は、気を失ってた。敵さんが燃やされたのも、一連の経緯も見てねぇ。俺たちが不信感を持っていることは伏せ、何も気づいていない雰囲気で、事実あったことだけを端的に報告するってことだな。」
「はい。先に鷹で報告した内容をなぞり、テイルバレイの報告もなるべく簡素に留めます。口裏を合わせてください。」
「もちろん、まかせてくれ。その後の調べ物も必要に応じて手伝うぞ。」
「よろしくお願いします。……それと、本当はオラトリオの力についても伏せてあげたいのですが、魔物が消滅した理由について説明がつかないので、報告するしかないですよね……。現状、本人も勇者となることを望んではいますが、勇者の素質を持つと分かると、周囲からの無言の期待や圧力みたいなものを背負うことになりますからね……。」
「……あ、そうだ。俺もお前に聞いておきたいことあるわ。」
「何です?」
「お前、その調べ物以外、今後について考えてるか?主に、あいつら、オラトリオとバラッドのやりたいことにどこまで付き合ってやるって話だ。」
ロンドはそもそも、興味のないとこには思考時間を割かない性格だ。ロンドの聞き方で、オラトリオ、バラッドと共に魔王討伐の旅に出ようとしていることが察せた。その動機無くして、この質問をしてこないだろうと思えたのだ。
「その言い種ってことは、あなたは彼らがその道を辿るなら一緒に魔王を討伐しに行くのでしょう?ならば、もちろん私も守護団の職を辞してでも同行します。」
「おぉ……。お前良く分かったな。話が早くて助かる。……だが、お前の希望としてはどうなんだ?義理で付き合うには大変な旅になると思うぞ、行先は終焉の谷だし、道中は勇者一行としてやるべき事も多いだろう……」
さっきのワルツの言葉をオウム返しして揶揄ってくる割には、後半は歯切れの悪い言葉だった。
「長年あなたと生活も仕事も共にしてきたのです。流石に分かりますよ。それで、その言い方はあれですか?私が命の恩人であるあなたに義理立てして同行希望しているとでも思っていますね?ついでに、私がそんなに薄い想像のみで旅に出ることを決断したと思われるのですか?」
言葉を切ってロンドを見ると図星の様子だった。ワルツは少し見くびられた気がして眉間に皺を寄せるが、言葉は不器用でもロンドなりの気遣いではあるのだろうと声に出そうになった嫌味を飲み込む。
「お心遣いには感謝しますが、あなたが見てきた今までの私はそんなに軽率でしたか?これは何に配慮した訳でもなく、全て私の意思ですよ。私はあなたが助けてくれた後、たくさんの人と出会って関わって来ましたが、心から信頼し、守りたいと願っているものは、かなり限られているのです。今までは、ロンド、あなたくらいのものでしたが、今はオラトリオとバラッド、彼らのことも守りたいと願っていますから。」
「そうか、なら良い。……不思議だよな。まだ出会って数日だが、あいつらを放っておけないと言うか、なんと言うか……。」
「ええ、私も似たような感情です。彼らを守りたい、その道中を少しでも支えたいと思っています。」
「俺、勇者の力を持ったやつは今までも目にしたことがあったが、あんなに濁りなく澄んだ光を纏ったやつは初めて見たよ。」
「そうですね。全ての勇者が、ではないですが、勇者の素質を持つことで、自身が特別であるとの意識が芽生える方や、特別な扱いを受けてしまうため階級意識が強くなる方も多いですからね……。それが纏う光に乗るのでしょうか……?実際、勇者の力は誰にでも備わるものではないですし、魔王を殺せる唯一の権能なので、私たち凡人からすると、とてもありがたいのですが……。少し見ていて複雑な気持ちにはなりますよね……。高潔さを求めすぎるのも違うと思いますが、一部あまり素行の良くない方もいるのを見聞きますし。その点、この表現があっているかは分かりませんが、オラトリオは美しい人だと思いました。彼が墓前で誓いを立てた時、あの光景を見た時、酷く心を打たれていました。彼を守れと本能に叩きつけられている感じがしたんです。」
ロンドとワルツは少し黙り込んで、先日見た光景を思い出す。風と共に舞った白百合の花の美しさは当分忘れられそうにない。二人して、もう少しで日の落ちる空に微かに残る太陽光を見上げる。
「彼、暁になるのではないか、と思えるのです。」
「同感だ。」
「ですが、気がかりです。純粋なので……。」
「そこも同感だ。」
「彼が許してくれるなら、終焉の谷の玉座まで、彼を守りたいです。」
「あぁ、同じだよ。力になってやりたい。」
太陽が沈みきり、あたりが闇に包まれる。
ややあって、ワルツが切り出した。
「さて、話もまとまりましたし、この辺りで戻りましょうか。」
「あぁ、あまり離れてると後ろの馬車も来ちまうし、あいつらも心細いだろうしな。」
「えぇ。」
夜闇の中、二人分の靴音が響く。淀みなく揃った足並で馬車へと戻るその立ち姿に、不安や迷いは微塵もなく、ただ真直に前だけを見つめていた。




