邂逅、旅立ち、誓いの花
ロンドとワルツは数時間前に出発した宿に引き返し、夜が明けるまでは他メンバーの看護とワルツの治療のため逗留することとなった。
先ほどの襲撃者を実際に捕らえて守護団への引き渡しができなかったことが悔やまれるが、文字通り燃えて灰と化してしまったのだ、どうしようもない。捕縛し連行できなかったものも心残りだが、何より命を軽んじるあの魔法の使用者に酷く腹が立っていた。裏で何が糸を引いているのか分からないが、どんな奴であれ被人道的な魔法をふっかけてくる目に見えない相手に苛立っているのはワルツも同じに見えた。少なくともワルツは自分より思考するタイプのため、あの後ずっと何か考え込んでいる様子だったが……。
一旦、現状とれる最善策とし、近くの警邏を担当し、同宿に待機していた諜報要員に状況を報告し、団本部に伝令の鷹を飛ばしてもらう事とした。
まだ治療もしていない怪我人のワルツにやらせるのも忍びなかったのだが、
「報告については私から。思うところもありますので、それも含めて上に正確に報告したいので。」
と、ぴしりとワルツに制されてしまった。「お前を見る度に嫌でも目に入る右手の痛々しい怪我を先にどうにかしてくれ」と言ってやりたかったが、変なところで頑固な奴だ、言ったところで返ってくる答えは想像できた。「私の怪我よりも報告の方が組織としての優先度が高いでしょう。」と脳内で再生され、ため息が出る。報告が終わったら、即座に医者のところに連行してやる、とこちらも意地になりながら、個室の壁にもたれて報告をするワルツの声を聞いている。椅子にかけてワルツと向かい合って話す相手の諜報方は大きめのローブを身に纏っており、女性か男性かも分からなかった。これは外で活動する諜報方の正装だ。決まった服装はないが、大きめで容貌や体格のわからない服装でいることが平時の格好だ。と言うのも、何かあったときに顔や姿を覚えられていない方が活動しやすいらしい。時と場合によってそれが怪しまれる場なら普通に人民に溶けむ格好をするらしいが、外の出ているものも多くあまり交流もないので、こういった機会に協力を仰ぐと改めて頼もしく、助かる。
「本部に帰り着いたら詳細な報告は私とロンドから改めてさせて頂きますが、現状で伝えていただきたいことは大きく、二つです。テイルバレイ近辺で怪しい動きをしていた正体不明の一団に我々が強襲されメンバー四名を宿にて待機と判断したこと。怪しい者を制圧、団へ連行しようとしたところ、おそらく遠隔、もしくは発動条件魔法によって相手が灰になった事。これだけ伝えていただけましたら、本部では本件には裏に何かがあると分かるでしょう。遠隔魔法や発動条件をつけた魔法はかなり高位の魔法ですから、その裏にいるものがかなり面倒な何かである可能性もお分かりいただけるはずです。」
ふと短く息を吐き、そこでワルツが表情を少し緩めて目の前の諜報方に言葉をかけなおす。諜報方の容貌は目深に被ったローブで見えなかったが、改まって何か話そうとするワルツの様子に、すっと向き直す気配があった。
「あなたも、この周辺の警邏を担当されているなら十分にお気をつけて。奴らは一見非力な村民のような姿をして助けを求めてきました。少しでも身体の接触を許すと神経毒を使ってくる可能性もあります。街道や正規の道を使う私たちと違って諜報方は隠密行動をとられているので大丈夫かと思いますが、くれぐれもご無理なさらないでくださいね。」
「はい、お心遣い感謝します。それでは、報告いただいた二件、鷹に託しますね。」
そう言うと諜報方は顔の前で何かを包むように手を重ねる。部屋の中の空気が緩やかにその手の中に集結し、そよ風くらいの風が手の中に向かって吹く。ゆっくりと手を開いていくと鷹の形をした透明の風の塊ができていく。見た目には雲のような霧のようなものが幾重にも重なり合って白っぽくも助けた鳥の形が見えている、といった様子だ。作り上げた腕に鷹をとまらせると、先ほどの報告の言伝をボソボソと鷹に向かって囁き、窓を開け放って
「行け!」
と勢いよく飛ばす。外の風を切って風の造形物が飛んでいく摩擦音は甲高い鳥の鳴き声にも似ている。なるほど、あれが鷹か、と感心する。能力や言葉として聞いてはいたが実際に飛ばされるのは初めて見た。その様子を見届けたワルツが立ち上がって、礼を告げる。
「ありがとうございました。それでは、私たちはこれで。」
踵を返しドアノブに手をかけたワルツに諜報方は声をかけた。
「えぇ。お疲れ様でした。その、ワルツさん?でしたっけ?余計なお世話かもしれませんが、お怪我、早めに治療してくださいね。お大事に。」
ワルツが驚いたように表情を強張らせた後、笑顔になり礼を述べた。
「この後診ていただきますね。ご心配おかけいたしました。ありがとうございます。」
ドアを閉め部屋を出ると、ほら言わんこっちゃねぇと無言でワルツの右腕を掴み、ワルツを引っ張って歩く。
「お前、自分の怪我の報告わざと抜かしただろ!正直、他の奴らはお前が治癒してほぼ回復、毒が怖いから念のため待機。お前の右手は結構な大怪我の状態だ。本来はお前が一番休んでるべきなんだよ!」
ワルツは渋い顔で何か言いたそうにしていたが、さっきまでの我儘に折れてやったのはこちらだ。有無も言わせず医者のもとへ連行してやった。
医師のもとに連れて行った後も、「この人に無理やり連れてこられましたけど、治癒術では治さないでください。この傷を上官に見せる必要があります、この魔法の程度がわかるまでは証拠を残したいので止血などの応急処置で!」と言ってのけたため、二度目のため息をつかされることとなった。
翌朝、朝日が登ったとともに体勢を立て直し、ロンドとワルツはテイルバレイへと歩き出す。
「今日は何事もなければいいのですが……。」
「まぁ、少なくとも道中には何もないんじゃねぇか?捨て駒として人間を燃やしちまえるほど警戒心の強い相手のやることだ。昨日の二の舞になる可能性がある。これ以上、下手に尻尾は出さんだろうよ。」
「えぇ……。そうですね。どちらかというと問題はテイルバレイの方です。昨日の諜報の方もその後のテイルバレイについては私たちが聞いた報告以上には調べがついていないとおっしゃっていましたし。」
「諜報は戦闘要員じゃねぇからな。俺らみたいな戦闘要員も向かってる中、危険度不明なところに行かせるよりも、待機命令が妥当なのは俺でも分かる。」
「状況把握は私たちの働き次第というところですね。」
「あぁ。」
隣をゆくワルツの包帯で巻き上げられた右手が酷く痛々しい。ロンドはお前の右腕の調子はと聞きたくなってしまったが、迷いなく前を向いて歩を進めているワルツの姿を見て、過保護すぎか?とこれ以上の言及は避けることとした。
徒歩にて数時間。テイルバレイに近づくにつれて、焦げた匂いと鉄錆に似た匂いが濃く漂ってくる。おそらく人の血液の臭いだとわかってしまい、酷く心が重くなる。
到着し二人して実際に目にしたテイルバレイには思わず声を無くしていた。そこに数日前まで生者が住んでいたことを疑いたくなるような光景。その家屋のほぼ全てが燃え、大きな柱の残骸が黒々と大きな炭となって辛うじて墓標のように立っており、そこかしこに村人の死体が転がっている、もう手遅れだと確認しなくても分かる状態で。血溜まりが泥濘を作っているところもあれば、すでに乾いている血痕もあった。地獄だという言葉が妥当に思えた。
明るく村の中に差し込む日差しが酷く場違いに感じる。まだどこかで燻っているのか、小さく木が燃え爆ぜる音だけが、谷になった村の中に木霊する。
「これは……。」
「なん……。」
それ以上言葉も出てこず、何も話す気になれない。息をすると酷い臭いに心までも侵されてしまいそうだった。
今までも、魔物討伐、内乱の鎮圧や盗賊団の制圧の折、戦地と言われる場所に出たことはあった。目の前で救えなかった命も見てきた。が、全ては救えなくても自分達の力で何かを成せる、ここを乗り越えれば助けられるものがあるという希望を胸に戦っていた。既にもうどうしようも救いのない状況にあまり遭遇してこなかったのだ、と今、痛いほど自覚させられた。同じ戦場で背中を預け戦ってきた仲だ。隣のワルツも同じ気持ちでいるだろうと安易に想像できる。
風が吹いて、はらはらと散り落ちてきたのは今の季節テイルバレイの風物詩になるはずの百合の花びらだった。白百合の美しい場所と記憶していたが、落ちてきたのは毒々しく黒い花びら。独特の黒をしたそれは、漆黒の魔物が取って代わった姿。この場所が紛れもなく漆黒の魔物に侵された証拠だった。
少しの間、二人して村の入り口で放心していたが、弾かれたように正気を取り戻し、望みが薄かろうと構わないと街の中の生存者を必死に探し始める。奇妙なことに花以外は村を襲った漆黒の魔物すら見つけられない。まるで、嵐が過ぎた後の廃墟のような有様だ。
「誰か!いらっしゃいませんか?」
「いたら返事してくれ!王都から来た守護団の者だ!」
自分達の声が木霊して、その後の静寂が耳に痛い。声をあげて歩き回ること数十分、
「望み薄、でしょうか……。漆黒の魔物災害は今までも見てきましたが。ここまでの災害は……。」
「あぁ、類を見ねぇな……おまけにその魔物すらいねぇ。これは一体……」
と話していたところに、人の声がかかり会話を止める。
「なぁ……あんたら、さっき聞こえた守護団の人間だって話は本当か?」
急いでそちらを見返ると漆黒の髪の青年が距離を取ったところに立っていた。青年は目が会った時に少し驚いたような安堵するような不思議な表情を一瞬表情を浮かべた。魔物や悪人ではなく人間の生存者に見える。一見しただけでもかなり衰弱し憔悴した様子だ。その様子と悪意を感じない態度から、先日自分達を襲ってきたものとは違うと判断したワルツが即座に返事を返す。
「えぇ、王立守護団から参りました。私はワルツ、彼はロンドと言います。あなた、怪我をしていますよね?私は回復魔法が使えますので診せていただけますか?」
その言葉に黒髪の青年が返してくる。
「俺はいいんだ……。俺より先に診てやって欲しいやつがいる。あんた、解毒魔法は使えるか?」
「いいって……。あなた、決して平気そうには見えませんが……。私は解毒魔法も心得ています。他にも生存者がいるのですか?」
「あぁ。一人。俺の大切な……人、友……なんだ。どうか、助けてやってくれ。」
よろけた足取りで青年はこちらへ歩み寄ってくる。こちらからも急いで走り寄り、ふらりと前のめりに倒れたところを咄嗟に支えてやった。触れた体はとんでもなく熱くて、その背中には痛々しい引っ掻き傷が三本、深々とその肉を抉っていた。
「おい!お前!とんでもない状態じゃねぇか!何やせ我慢してやがる!ワルツ!こいつ酷ぇ熱と怪我だ!かなり重症だぞ!」
「いいんだ、俺は……俺より先に……どうかオラトリオを……!あの、家の中に寝かせてあるから……。お願いだ、オラトリオを……。」
そう言うなり、助けが来たことに気が抜けたのか意識を失った。ロンドは青年を背負ってやり、ワルツが即座に解毒と回復魔法をかける。
「ロンド、治療の間はあまり動かないでくださいね。傷に響くといけませんから。おそらく、発熱は獣型の魔物の持っていた瘴気によるものでしょう。裂かれた傷から侵食されたものと思われます。」
「あぁ、だろうな。以前の魔物盗伐の時にこいつと同じような症状になった奴を見たことがある。お前昨日から働き詰めだが、解毒と回復、両方いけそうか。」
「えぇ、問題ありません。こちらで生存者の捜索をすることがメインの任務ですし、それを見越して余力は残していますよ。……彼が指していたところにもう一人生存者がいるようですし、少し急ぎます。」
いつになく緊迫した様子を見せていたワルツだったが、一人でも生存者がいたことにロンドは内心酷く安心していた。ワルツもだからこそ死なせまいとして必死なのだろうと見てとれた。
程なく青年の治癒を一通り終え、青年が指した方へ向かう。火に煽られ半分以上煤けていたが、家の形を保った建物が一軒残っていた。もう周囲に火の気配もなく、火の手が迫ることもないだろう。あの様子だ、背中の青年がもう一人の生存者の看護をしていただろうことは想像がつく。この青年もあの状態だったのによくやったものだ。ドアを開けて、部屋の中の入ると、入り口付近に綺麗な水が汲まれた桶が二つほど置かれており、奥から酷く魘された声が耳に入る。声の出どころを見ると、窓辺のベッドの上で眠っている影が見えた。
近寄って見ると金髪の青年が苦しげな呻き声を上げながら、ぜいぜいと呼吸を荒げて眠っていた。窓から射す陽光が、魘されかぶりを振る度、青年の金髪を輝かせる。うわ言の合間に「ごめんなさい。」「父さん、母さん。」「バラッド。」など意味を成す単語が吐き出される。悪い夢でも見ているのだろう。ワルツは急いでベッドに寄ると、かけてあった布団を剥ぎ、怪我の程度と状態を確認する。
「おそらく先ほどの彼と同じです。獣の噛み跡……ここですね。」
そう呟くが早いか、解毒魔法をかけ、優しく話かける。
「オラトリオ、と先ほどの彼は仰っていましたよね。オラトリオさん?もう大丈夫ですよ。どうか呼吸を楽にしてください。」
悪夢を見ているであろう患者に対するワルツなりの気遣いだろう。言葉が届くかは分からないが、少しでも楽になってほしいと願っている。解毒魔法をかけ終わったところで、少し楽になったのか、青年のその寝顔が少しずつ穏やかなものへと変わっていく。そこまで見届けて、少し大きめのソファに背中に負った青年を寝かせてやった。その間もワルツはずっと何かしら話しかけながら治癒を施している。
やがてワルツがホッと一息つき、
「うん。これでもう大丈夫でしょう。二人ともかなり体力的にも衰弱していますので、目が覚めたら何か口にできるものを用意しましょう。他に生存者がいないか探しつつ、村の中で口にできるものが残っていないか探すのがいいでしょう。」
「あぁ。そうだな。それは俺に任せろ。ここは安全そうではあるが、念のため、こいつらの護衛と看護のためにお前はここに残れ。」
「あなた、その指示は……。まぁいいです。わかりました。大人しくここに残ります……。」
ワルツを少しでも休ませたくて青年たちの護衛を理由にしてやった、多少強引だったが上手くいった。意図に気付かれ、ワルツは何か反論しようとしたようだが、護衛のためなどと理由をつけられると断りきれないと知っている。作戦成功だ。
扉を出て行こうとしたところで、一本の剣が入り口の桶とは反対側に立てかけてあったのに気付く。護衛用だろうか?にしては血に濡れていて、使い込まれた跡が残る。戦ったのか?こいつらが?この状況で色々と聞き出すのは辛いこと掘り起こすようで心が痛むが、少し回復したら話してもらうしかないかと思いつつドアを開ける。
「……どうかお気をつけて。」
ワルツの声を背に受けて、片手をあげ、了解の意を示しながら外へ出た。
村の中を一周を見て回ったが、やはり、もうそこには誰も生存者は居なかった。こちらもやはりというべきか、魔物の出現もない。焼け跡と死体、血だまりと黒い花。気の滅入る光景がずっと広がっていた。あまりの光景にため息も出ない。壊滅という言葉はこういう状態を指すのだ。もうここは村と呼べる場所ではなくなっていた。
「誰がその役割を担っていたかは分からんが、村の中にいた守護の者もやられたのか……。」
ぼそりと呟くが、漆黒の魔物に?と考えると時系列が合わない。漆黒の魔物が寄らないように結界を張っていたはずだ。誰かが手引きをして、結界が綻びたところに魔物が押し寄せたと考えるのが妥当だ。だが、こんな長閑な辺境の田舎村を襲わせる理由がわからない。金品目的として、王都や商人街、歓楽街に比べれば金目のものもそこまでは望めないだろう。……では何のために?目的にさっぱり検討がつかない。これ以上考えても自分ではどうしようもないかと、区切りをつけ、青年らの話も踏まえた上でワルツと話すことに決めた。
悲しいほどに人助けはできなかったが、不幸中の幸いとしては、食品や調味料に関してはそれなりにかき集めることができたことくらいだった。これで数日間は生存者二名の命は繋げるだろう。
先ほどの家に帰り着いた後、病人でも喉を通りやすく、加工しやすいスープを作ってやる。守護団に所属しているとそれなりに野営の機会もあるため、団員は全員そこそこ身の回りの雑事ができる。
一旦、先にワルツと食事を済ませ、部屋中央に置かれている四人がけのテーブルにかけ、先ほどの覚えた時系列の違和感について話していた。ワルツも首を傾げたり何かと考え込んでいる様子で、昨日の襲撃者もやはり無関係ではないでしょうね、などと零していたが、やはり目的は?とそこから思考が進まず、それ以上の言及は現段階で難しい様子だった。
そうこうしているうちに、青年一人は夕暮れごろに目を覚ました。先に目を覚ましたのは、助けを求めてきた黒髪の青年で名はバラッドだと名乗った。
「ワルツさんに、ロンドさんだったか?オラトリオと俺を助けてくれたこと、心から感謝します。ありがとうございます。」
赤い瞳で真っ直ぐにこちらを見据えて、頭を下げ礼を伝えてくる。意志の強さの窺える瞳をしていた。ワルツが相手に気を使わせないよう穏やかな笑顔で話す。
「いいえ。お気になさらないでください。当たり前のことをしたまで、ですので。」
「それよりも、食事が摂れそうだったら食うか?喉を通りやすいように作ってある。食事を摂ると少し気分も上がるだろ?」
これは自分の経験からくる言葉だ。生きるための活動をとると少し心が晴れる。
「何から何まで……ありがとうございます。いただきます。」
バラッドは食事を口にして少し心の糸がほぐれた様子だったが、食事をしながらもしきりにオラトリオの様子を気にしていた。
「オラトリオさんのこと、心配ですか?」
「はい……。かけがえの無い、大切な親友なんだ……。」
最後の方は何かを言い聞かせるような、ほぼ独り言のような呟きだった。
「体を蝕んでいた瘴気毒と傷は癒してありますから、遅くとも明日には目覚めるとは思うのですが……。彼、酷く魘されていましたね。村がこの状態なので当たり前とは思うのですが、何か心に大きな傷を負うような出来事があったのですか?……気になっていたのです、ごめんなさいと、オラトリオさんがしきりに仰っていたこと……。あぁ、もちろん話したく無いことは話さなくても大丈夫です……!思い出して辛いことがあれば今は心の内に留めておいてください……。」
「いや、オラトリオから話させるより自分から話したい。」
そう言ってバラッドはあの夜に起きたことを話し出した。村から少し離れた崖上で流星群を見ていたところを獣型の漆黒の魔物に襲われたこと、目を覚ますと村が魔物の大群に襲われていたこと。そこまで言ってバラッドは言葉を切って歯切れ悪く何かを考え込む様子を見せた。
「……今は魔物の姿は見当たらねぇが、その後何があった。」
「……それは……。」
バラッドが言い淀む。
「それは、僕から話します。」
突然ベッドの方から凛とした声がした。驚いてそちらを見るとオラトリオと呼ばれた青年が上体を起こしてこちらを見ている。先ほどまでは閉じられていたが、開かれると美しい空色の瞳が印象的だった。
「まず、おそらく、助けて下さったんですよね?バラッドと僕を助けてくださり、ありがとうございます。」
ベッドの上で居住まいを正し、礼を述べる。丁寧で優しい青年なのだと口調や行動から感じられる姿だった。こちらからも名前と守護団から来たこと軽く紹介する。
オラトリオは「少し前に目を覚ましたので、先程までの話は途中から聞いていました」と前置きして話し出す。バラッドは何か口を挟みたそうに苦い顔をしている。
「その後、僕はバラッドより先に目を覚ましました。村が襲われているのを見て、いてもたってもいられず、村へ向かい、目に入ったものを手当たり次第手に取って、魔物に向かって振いました。枝だったり、火かき棒だったり、剣だったり、と色々だったと思います。無我夢中だったので記憶が曖昧ですが……。」
「だから、手のひらに火傷が……」
とワルツが独り言のように呟いた。
「ただ、僕には剣技の心得も何もありませんでした。だから何故できたのかはよくわからないのですが、僕が手にしたものは全てが光を纏って、漆黒の魔物を切り裂きました。父母の死を目の当たりにしてからは、さらにあまり記憶がなくて……ただ目の前の魔物を滅ぼさなければと必死に剣を振り回しました。気づけば全ての魔物を斬り伏せていました。そこで僕の記憶は途切れています……。」
「その力は……!」
ワルツが面食らっている、その素質は紛れもなく勇者の素質だ。おまけにその話が本当なら、かなりの力を秘めていたと見られる。当人は気づいていない。説明してやる必要があった。
「暁の光を纏う剣閃、それは紛れもなく勇者の素質だ。」
「「……っ!!」」
言ってやると、オラトリオとバラッドが同時に息を呑んだ。多分両者、違う理由が胸の中にあろうことが察せたが。やや沈黙があって、オラトリオがぽつぽつ話し出す。
「そうだったんですね……。僕が……もっと早く気づいていたら、僕は村の皆を、父母を、救えていたのでしょうか……?」
縋るような声だった。その声に応えるように、ワルツが席を立ってベッドの方に歩み寄りながら話す。
「それは分かりません。あなたがどのタイミングでその素質を持ったのかも分かりません。勇者の素質は備わるタイミングも、誰が授かるのかも全て、私たちの……人智で窺い知れることではない、とされているからです。だから、オラトリオさん、あなたは、これ以上自分を責めなくていいのです。」
ワルツがベッドの縁に腰をかけ、オラトリオの瞳を見て告げる。その空色の瞳が泣きそうに歪んだ。
「この状況で、私の言葉は気休めにしかならないと思います。ですが、バラッドさんが生きています。それは紛れもないあなたの力で救えた一人です。だから、これ以上あなたはご自身を責めなくて良いのです。たくさん悪夢も見たのでしょう?私では、想像が及びませんが……辛かったですね。よく頑張ってここまで生きていてくれました。」
その言葉を聞いた途端、オラトリオは堰を切ったように泣き出した。子どものように声をあげて泣く姿に、酷く心が痛かった。助けてやれなかったのは自分たちも同じだ。ワルツはその背をさすってやり、バラッドはずっと顔を伏せたままでこちらも泣きそうに顔を歪めていたかと思ったら、ドアを開けて出ていった。オラトリオにはワルツがついている。バラッドも放ってはおけないと思い、後を追って外へ出ると、ドアの横で壁に背を預け空を眺めて立っていた。
「話したくないんだろ。詳しくは聞かねぇが、お前も抱え込みすぎるな。お前のせいでもねぇよ……。」
そう言葉をかけるとバラッドの赤い瞳からは涙が静かに流れ落ちていた。
「違うんです、俺が悪いんだ……。」
と一言返ってきはしたが、これ以上こちらからは何か言うのは野暮だと、ただ横に立って静かにバラッドの気が済むまで一緒に空を眺めることにした。
あの日から二日間、オラトリオとバラッドの希望で、可能な限り村の人を弔うことにした。遺体はできる限り清め、皆、魔物災害の少ない村の奥に埋葬した。オラトリオとバラッドはこちらから提案せずとも王都へ連れて行ってくれと志願した。特にオラトリオは
「僕に勇者の素質があるのなら、少しでもたくさんの命を救えるようになりたい。」
と強く希望してきた。その姿にロンドとワルツは強く胸をうたれていた。まだ、多くのものを喪ったばかりで、自身の心も癒えぬままだろうに、だからこそかもしれないが……嘘偽りも打算もなく、真っ直ぐに人を救いたいと話す、その純粋な人柄に感銘を受けた。オラトリオを見ていると、勇者はその心根故に力に選ばれるのかもしれないとさえ思えた。
弔いを終えると、村人の墓前でオラトリオは洗い清めた剣先を天に真っ直ぐに持ち、刃のフラーあたりに額を寄せ、静かに目を閉じた。少し後ろでロンドはワルツ、バラッドと共にその姿を見守る。
「皆を守ることができなくてごめんなさい。僕はここを離れ、守れなかった皆さんの分まで、沢山の人を救います。どうか安らかにお眠りください。」
それは誓いの言葉だった。オラトリオが告げると光と風が彼を取り巻き、周囲にぶわりと拡がっていく。光る風が谷から崖上へ吹き渡り、降ってきたのは白百合の花。周囲を見回すと黒花に変わっていた百合の花の全てが白に染め替えられていた。オラトリオは剣を下ろして腰に差し、
「父さん、母さん。行ってきます。」
と両親の墓に語りかけ、こちらに向き直る。白百合の中、美しい金髪と空色の瞳が強い光を帯びてこちらを見つめている。
「ありがとうございました。行きましょう。」
この光景を見た時、オラトリオのそばにいたバラッドはもちろんのこと、ロンドとワルツの心にも、静かに決心が灯っていた。




