堕陽の日
連載小説の1話目です。世界観の説明の多くは2話以降に少しずつ入れていくかと思われますので、現状では少し設定が分かりづらいと思います。申し訳ありません。
ストーリーは、シリアス、鬱々とした展開、救われないことの多い物語になるかと思われます。
今後、話が進むにつれ流血表現や人の死亡描写がある予定です。
「私と共に来い。」
暗澹たる闇の立ち込める古城の中、その言葉が放たれた瞬間。
その城にいた全てのもの、空気や、漆黒の魔物でさえも、時を止めた。
誰が、誰に、なぜその言葉を発したのか、それを瞬時に理解したものはいない。
なぜなら、今は「宵闇の王」と呼ばれる魔王と、「暁」の名を戴いた勇者の一行が互いにその命を賭して刃を交えている最中であるためだ。
昼夜すら分からず、伽藍堂という言葉が良く似合う寂しい影を落とした石造りの城の中。その玉座の間のどこからともなく、物陰や隙間にできたわずかな影から千切れるようにして、無限に湧き続けていた漆黒の魔物。人や動物、昆虫、草花に至るまでを模した真っ黒な影のような姿をしており、目や核のような部分がぼんやりと昏い灰色に光っている。その薄気味悪い目が一斉に勇者の方を向く。
魔物と戦っていた勇者の仲間たちは、その無数の光が照らした先の光景を見て、先ほどの言葉の「私」が「魔王」であり、「勇者」へ「共に来い」と手を差し伸べたのだと知り唖然とした。
状況を呑込んだ仲間たちは、勇者への信頼を言葉に乗せながら、目前の敵へ攻撃を再開し打倒していく。
「はぁ?宵闇さんよぉ?お前気でも触れたのか?今、お前の目の前にいるのは、暁を冠した、お前を打倒しに来た勇者なんだぞ?」
拳に装具を纏い、影の魔物を拳で殴り裂きながら爽やかな栗色刈り上げ頭の青年「ロンド」が吠えた。
そのロンドの攻撃で開けた空間に重ねるように、長い紺の髪を舞わせて中背の青年が前方へ踊り出る。目にも止まらぬ速さで弓を番えては射ち、瞬く間に5本の矢で魔王と勇者のいる玉座の前までの魔物の大半を退ける。凛とした目元に宿る感情は冷静で一切の揺るぎがなく、魔王の言葉に嫌悪感を示していた。
「そういう冗談、魔王も言うものなのか。しかし、あまりふざけ過ぎると痛い目を見るぞ。」
「おぉ、フーガ!さすがだな!早くオラトリオに加勢してやろうぜ!」
「あぁ。」
ロンドとフーガの2人が勇者の方へ歩を向けた時。
「待って!!だめです!!」
2人のさらに後方で杖を構えていた長身の青年がひどく焦った様子で2人の肩を掴む。2人の勢いに引っ張られ、ぱつんと切り揃えた首まである白髪がはらっと乱れ揺れる。
「いきなりどうしたんだ、ワルツ。今こそ好気だろう。」
普段あまり語気を強めないフーガが大切な局面に待ったを食らったことで訝しげに眉を顰める。
「オラトリオの足元のあれを………罠が張られている可能性もあります。無闇矢鱈に突っ込むのは危険かもしれません……!」
魔法を操るため、2人よりも気や空気の流れの察知が早かったワルツの指摘した先には信じがたい光景があった。
勇者オラトリオの足元から、じわじわとその体を黒く染め上げるように花の形をした漆黒の魔物が這い上がっている。地面から蔓が伸び、伸びた蔓にはびっしりと葉が芽吹き、漆黒の花が咲き乱れる。その花には敵意が感じられず、それどころか寄り添うような優しさで勇者を包み込んでいく。勇者のの腰あたりまで真っ黒な花びらで埋め尽くされ、つい焦燥感が喉ついて出た。
「「「オラトリオ!」」」
仲間たちは声を揃えて勇者の名を呼んでいた。肝心のオラトリオの様子も明らかにおかしい。普段なら漆黒の魔物を払うなり、その刃で切り裂くなりするはずだが、一切の抵抗がないのだ。あのまま花が這い上がり続けては、オラトリオは漆黒の魔物に取り殺されてしまうのではないか。仲間の胸に不安が根を張り、一刻も早く対処すべきと危険性を顧みず駆け出し、戦闘体制を取った。
オラトリオの背中越しに見える魔王は、半身を黒く染めた勇者に向かって、真っ直ぐにその左手を差し出している。
オラトリオの手によって、先程まで魔王に向かって振り下ろされていた旭光を宿した刀身からは光が消え、剣を携えた右手もだらりと力なく下がった。そのまま、何の握力も込められず勇者の手をすり抜けた剣の剣先が触れ、僅かに石の床を砕き甲高い音を立てる。続いて柄の金属部が地に臥し、重く派手な音を立てた。
駆け出したロンド、フーガと、詠唱を始めていたワルツは次の瞬間、思わず足を止め、詠唱を止めていた。
剣が手を離れ空っぽの勇者の右手は、ゆっくりと前方の魔王に伸ばされている。
旅をしてきたからわかる。まるで勇者がそれを望んでいるかのように、何かを乞うような自らの意思による動き。
魔王もまた憎らしいほどに優しく、大切なものに触れるようにその手を取った。
仲間たちは、何かしらの呪いや錯乱魔法のようなものがかけられたため勇者が魔王に取り込まれたのだと最後の望みをかけて、魔王に攻撃を繰り出そうとした。
しかし次のオラトリオの一言で、彼らは全てを諦めざるをえなかった。
魔王の手を取ったまま、顔だけ仲間達を振り返ったオラトリオの表情は美しい金糸に隠れがちではあったが、ひどく悲しい空色の瞳で彼は一言、
「みんな。ごめん。」
と言い放った。いつもの彼であることをその声色で察し、紛れもないオラトリオ自身の意図であったことを叩きつけられ、その様子に3人とも言葉を失うしかなかった。というよりも、疑問、怒り、説得……どれも場違いに感じられたのだ。ここまで、魔王城まで至る旅の道中を思い返すと、どんな言葉をかけても今の彼を救えも引き戻しもできないと悟ってしまった。
オラトリオが魔王に向き直ると、漆黒の花はオラトリオの足元から急激にその根を伸ばし恐ろしい速さで辺りを覆い尽くし、最早手を出すことも戦うこともままならなかった。そもそも、彼の足元に根を張った花だ、戦ってオラトリオ自身が無事な確証もない。
打つ手も言葉もなく、仲間たちは一旦、魔王の住まう古城から退避するしかなかった。
退避しながら、唯一振り返って見ることができたのは、魔王の腕にしっかりと抱かれ目を閉じたオラトリオの横顔と、この旅に出て初めて目にしたオラトリオの涙だった。
こうして、玉座に辿り着き「暁」の名を戴いた勇者オラトリオは「宵闇の王」の手に堕ち、
「終焉の谷」にある魔王の城は黒い花に覆われ、その様相から「黒曜城」と名を変えた。
そしてこの日を、人々は「暁」の堕ちた日「堕陽の日」と呼んだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
今後の軸といたしましては、以下の3軸をランダムに(時系列はなるべくわかりやすく)書き進め、各々の思いでこの世界がどうなっていくか…と終結に向かっていく予定です。
主な③軸
①第1話以前、魔王城まで辿り着くまでに勇者が辿ってきた足跡の物語(過去)
②魔王と勇者のその後、黒曜城での出来事(現在)
③仲間達が「堕陽」だと蔑まれながらも、勇者を救う方法を探して旅をする(現在)
最後までお読みいただきありがとうございました。
若輩者ですが、お気に召していただけますと幸いです。
お読みいただけました方はぜひ今後ともよろしくお願いいたします。