第一話 第三十三回魔王討伐へ
エレウテリアは王室を出た。そして大きな扉を両手で完全に締め切った後、気配を感じたエレウテリア。その予感は当たっていたようで、右手を見ると広い廊下にただ一人ゆっくりと歩いてくる人影が見えたのだ。
「エル」
その人影はエルだった。今回の魔王討伐パーティーの一員で、僧侶である。回復魔法が得意で、その中でも彼女だけが扱える魔法『セイクリッド・ヒアリー』という消耗が大きい代わりに回復量も高いというハイリスクハイリターンな魔法を扱うことができる。
『彼女』と言った通り女性で、十九歳の少女だ。後一年すれば大人の分類に入るが。
見た目は薄い緑色の長髪が特徴で、スタイルは良く、服装としては女性僧侶御用達の聖装である。もう一つ言うのなら、彼女は目が見えない。が、魔力探知によって相手の場所は見えるし、これは偶然なのか運命なのか分からないが耳がとても良い。
これらの要素が合わさって普通に暮らすことも可能になっているのだ。
「勇者様、お待ちしていました。そろそろ出発のお時間でしょうか?」
エルは首を傾げて聞いてくる。やはり瞳は愛くるしかった、しかしエレウテリアは思った、この瞳に光が灯っていたらもっと美しかっただろうと。
「エル? 私のことはエレウか、テリアって呼んでって言ったでしょ?」
「あ、そうでした。すみませんテリア様」
エレウテリアは勇者と呼ばれることを死ぬほど嫌っていた。勇者という概念が彼女にとってはとてつもない呪いになっている以上嫌わない方が難しいというものだった。
だから自分の名前の上か下を(長いということもあって)言わせている。エレウテリア自身が気に入っているのはエレウかテリアどちらか? と問われればエレウテリアは後者と答えるだろう。
それもあってビーツに名前を呼ばれた時は鳥肌が立つ思いだった。
エルは自分の無礼に気が付きハッ! と驚きながらも深く頭を下げた。その対応に対してエレウテリアは「そこまでしなくても」と言う。
しかしエルは「テリア様に不快な思いをさせたのです、テリア様が良いと思っても私の心は許さないのです。すみませんテリア様」と早口で言った。
「……私は不快に思ったわけじゃないから、頭を上げて?」
優しく言うエレウテリア。その優しい言葉を聞いたエルはゆっくりと頭を上げて「許して下さりありがとうございますっ!」と再度上げた頭を下げた。
「あの……だから頭を上げて?」
こういう天然なところがあるのもエルの特徴だった。
エルは顔を上げると「それでは国門へ参りましょうか」と言った。ということは他の仲間は既に揃っているということになる。
エレウテリアはエルと廊下を歩いて国門へ向かうことにした。王城の正門から出ると国民に絡まれてタイムロスになるので二人は裏口から出ようと決めた。
今二人がいる王城『ミラ城』はとても広く、王室から裏口までは二十分程かかる。その間沈黙でいるのもどうかという話になったのでエレウテリアは「少し話そうか」とエルに言った。
「はい、勿論です!」
エルは笑顔でそう言った。エレウテリアは元気一杯だな〜と思った。心が疲れ切っているエレウテリアにとってこういう気分にさせてくれる人間はとてもありがたかった。
「エル、もう出発ってことはもう全員揃ってるの?」
「はい、揃っています。皆、武器も防具も全て万全だと言っていました」
「そうか、それは良かった……。ところでさ、私と会ってまだ一ヶ月と経っていないけど、なんでエルはそんなに私と仲良くしてくれるの?」
エレウテリアは身も蓋もないことを言った。仲良くしてくれている人間に言ってはいけないと思いつつもやはり疑問で仕方がなかったのだ。
「理由ですか……。私はただ、初めての魔王討伐であるにも関わらず、恐れることなく立ち向かおうとしているテリア様に惚れてしまったから……でしょうか? 好きな人間と仲良くしたいというのは至極当然のことでしょう?」
エルは恥ずかしそうに、嘘偽り無い言葉でそう言った。そっぽ向くことで恥ずかしさを和らげているが、頬はまだ赤いままだった。
エルは初めての魔王討伐と言っているが、これは三十三回目の魔王討伐だ。
エルがこう言っているのにはとある事情があるのだが、これがまた厄介でエレウテリアを苦しめている要因の一つ……いや、これが最大の原因なのかもしれない。
魔王という存在は前提として約百年を境に討伐しても復活する。それはエレウテリアが不老不死だからという理由なのだが、ここからが本題だ。
魔王を討伐して普通ならば国民からは英雄と言われ続ける、それが勇者という物だ。しかしエレウテリアの英雄という称号は次の魔王が復活した時に消えるのだ。簡単に言うと、国王と魔王討伐時のメンバー以外の人間の記憶が魔王復活と同時に消え去る。
だからエルは初めての、と言っているのだ。
「そう。それなら納得かな、でももっとフレンドリーに話してくれても構わないんだよ?」
「フレンドリー、ですか。頑張ってみます」
「うん」
エレウテリアがあまり会話を好む人間ではないというのもあるが、会話は五分も続かなかった。沈黙が続いたまま時間が過ぎていき、いつの間にか裏口の付近まで来ていた。
裏口の付近は、普段からあまり使われていないので蔦や雑草が多く存在していた。二人はそれを掻き分けるように進んでいく。裏口の小門までは意外と距離があった。エレウテリアはこの数千年ここを利用したことはあるが、次第に利用者が減っていることが環境から分かる。人は昔は良く使っていたものをいつの間にか使わなくなる、そんな性質が分かる場所だった。
二分くらい進んだだろうか、二人はようやく小門に辿り着いた。本来ならば一分もかからないはずなのだが、こうも劣化していると時間がかかってしまう。国の中ということもあって、魔法の行使は禁止されているので時間がかかるのはしょうがないことだと二人は割り切っていた。
小門から出た二人は国門へ向かおうとしたのだが……。
「エレウテリア、遅いから来てしまったよ」
そう大声で話しかけてきた男の名はファルト。トゲトゲしている青髪が特徴で、筋肉が今にもはち切れそうなくらいある戦士。魔法が一切使えない代わりに剣術に関しては王国の中でも最強クラスだ。見た目的に怖いという印象を持たれがちだが、口を開けばその印象はすぐに変わるだろう。
涼しい風を受けたような爽やかな声、そして優しい口調。見た目とは対照的に優しさの権化のような性格をしているのがファルトという人間だ。
「久しいね、ファルト」
「うん、そうだねエレウテリア。僕はとても健康的に暮らしていたけど……そっちはどんな感じだったんだい?」
柔らかな表情で笑いながらエレウテリアに質問をするファルト。それにエレウテリアはこう答える。
「まあ、いつも通り? 虚無な感じで過ごしていたよ」
「そうか、分かってはいたけどやっぱり君は感情の起伏が乏しいね。ちょっと心配になるよ」
「生まれつきだよ、これは。心配しなくても大丈夫」
エレウテリアはニコッと軽く作り笑いをした。
生まれつきというのは勿論嘘だ。この作り笑いもかなり限界の笑顔だ。正直になれば笑顔など作れる力すらあと僅かしか残っていないのだから。
ファルトは心配するなと言われたものの心配そうな顔をやめることはなかった。
そんなファルトの姿を見て空気を和ませようと思ったのかファルトの後ろで会話を聞いていた少女、ヨミが「あのさ……」と二人の間に入った。
ヨミは黄色の髪が特徴の少女。身長は平均的で、スタイルも悪くもなくとても良いというわけではない、ごく普通だ。魔法使いとしての実力は高く、様々な魔法が扱える。それでいて器用貧乏というわけでもなく、器用富豪なのがヨミという人間だ。
「その話はもうヤメにしない? 性格なんて人それぞれなんだし、別にどうでも良いじゃん? ね? エレウ」
「そうだね。ヨミの言う通り」
「そうかな……まあ確かにそうかもしれない。ごめん、僕が雰囲気を暗くして」
「別に良いよ。それより、出発準備は出来てるって本当?」
「ああ準備万端だ。エレウテリアと知り合ってから気合を入れて準備をしてきたんだ、すぐにでも出発できるよ」
「ヨミもエルも良いよな?」
「はい!」
「うん」
「との事だ、エレウテリア」
「そうか。じゃあ、行こうか」
四人は王国の外に出た。すると外には馬車が待機していたのでエレウテリアが「この馬車は私たちの出迎え?」と馬車の近くに立っていた青年に問うと青年は答えた。
「そうです、国王様に言われたので待機していました。まずはここから一時間程の場所にある街である『ストリア』に行けと」
エレウテリアが「そう、よろしく」と青年に言うと四人は馬車に乗り込んだ。青年も馬に乗る。そして鞭を叩き馬を走らせた。
次回、第二話「魔王は悪なのか?」