喚び出されました
その時。アザトースの化身、スクナは頭の痛さに額に白い手袋をした手を当てていた。
自身を崇拝する教団はないため、ランダムで偶然喚び出されたのかと思えば、そうではないらしい。なぜなら。
「いあいあ」と喚び出された先、多分リビングだろう燦々と太陽の光が降り注ぐ場所で。ニャルラトホテップの化身、シュブ=ニグラスの化身、ヨグ=ソトースの化身がそれぞれ揃っていたからだ。喚び出したらしい人間はすでに発狂済みで、狂ったような笑い声が響いていた。
ただ一柱でさえ面倒だというのに、こんなに揃えて何がしたかったのか。
千体いるニャルラトホテップの化身のうちの一人、腰までの長い髪に浅黒い肌をした垂れた目と薄い唇がエキゾチックな美少女のナイアがスクナに気づく。
「偉大なる我らが父も喚ばれたんっすか?」
「あはははあはあは、ははははは」
「うん。え、っていうかお前たちも喚ばれたの?」
「あははははああははははっはああはあはははいひっひひいいいいっっひひ」
「そうっすよ! ……うるさいっすね」
けたたましい笑い声がうるさくて、ナイアは思わずくるぶしまでの青いサロペットに包まれた足で、首を蹴飛ばし気絶させる。
サロペットには太ももまで深いスリットがあって、そこから艶めかしくも肉感的な足がのぞいたのだが、誰も興味がないため言及はしない。
人間に対する乱暴な扱いに少し眉を細めたスクナだが、以前は嬉々として殺していたことを考えれば、対応はマシになったのだ、と自身に言い聞かせる。
「シュブとヨグも?」
「『眠りに揺蕩う昏き太陽』「あー、正式な挨拶はいいから」では。その通りでございます、我らが父よ。しかしナイアだけならともかく、私やシュブ、ましてや我らが父まで喚び出した理由が解せず……」
「ごきげんよう、偉大なる我らが父よぉ。わたくしと子作りなさらない?」
「しないって言ってるだろ、シュブ。……ちょっと待って、世界録見てくる」
「お手数かけまして申し訳ありません」
「そうですのぉ? ならナイア、わたくしと子作りなさらない?」
「えー、だるいから嫌っす!」
シュブと呼ばれた、亜麻色のショートカットに豪奢な黒い髪飾りとドレスを身にまとった十歳前後の幼い少女は、外見とは不釣り合いな艶やかな笑みを浮かべて鈴を鳴らしたような声でとんでもないことを言う。もっとも、髪飾りに隠されて顔は口元しか見えないのだが。
それに対して、スクナはすぐに否定すると、額に手を当てたまま目を閉じた。世界記録を見れば、どういう思考のもと、自分たちが呼ばれたかわかるからだ。
いっそ敬虔なまでに、直立不動でスクナを待っているのは、ヨグ。長い黒髪を首元で一つに括り、切れ長の目に整った容姿の上から、床につかんばかりに長い黒いヴェールを被った執事服の青年だ。
ヨグは一応妻ということになっている、シュブのことを諌めることもせず。
満面の笑みで子作りを断ったナイアとのやり取りにため息を付く。
「旦那様、断られてしまったわぁ……」
「当然でしょう」
「あ、あー。喚び出された理由、わかった」
灰色の長い髪を一本の三つ編みにして、黒百合の描かれたレースで両目を覆っているスクナは、幼さの残るあどけない顔立ちを引きつらせ、ゆったりとした聖職者の着るローブのような服を揺らして、首を横にゆっくりと降る。
「『ダンジョンに挑むために、強大な力が欲しかった』らしいよ。ようは武器扱いだね」
「は? 惨めで矮小な人間風情が邪神であるうちらを?」
「武器扱いですか」
「あらぁ、さすがに聞き捨てならないわぁ?」
「なんか、『ダンジョン』とかいうところで強くなったから、ちょっと勘違いしちゃったみたいだね。可哀想に」
可哀想に、呟かれた言葉に哀れみこそ含んではいるが、その多くは肥大した傲慢さを嘆く声だ。人類を愛していると言って憚らないスクナでも、流石にこれは庇えない。
もしどうしようもない理由があって喚び出したというなら、精神鑑定で正気に戻しても良かったのだが。
そもそも化身ではなく本体が来てしまったらどうしてたんだろう、とスクナはため息を付く。アザトースが信仰されないのは世界を滅ぼすからなのに。
しかし。
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