第5話 救難信号
「……はぁ……はぁ……!」
荒い呼吸の音だけが辺りに響き渡る。
「……あにあに……!」
ラミィが涙を流しながらカスミの目をのぞきこんだ。カスミはそんなラミィを見て優しく微笑む。しかし、その顔はどこか苦しそうだった。
カスミはそのことを必死に隠すため、笑顔を作る。しかし、体は正直である。完全に疲労しきってしまった足は動かなくなり、衰弱しきった体は重たくなってしまった。
それに、胸の辺りがとてつもなく熱い。
「……まったく……変なのと戦っちまったよ」
カスミはそう言って更に走る。しかし、いずれ体はついてこなくなる。少しづつ上がっていく息に比例して体力は減っていく。
そして、ついにカスミは止まってしまった。胸を強く抑えながら近くの木にもたれ掛かるように座り込む。
「大丈夫!?」
「うん……。大丈夫だよ」
カスミは無理やり笑顔を作ってラミィの頭を撫でた。そして、発動式を1つ描いて空に向かって打ち上げる。
「……さて……寝るか」
カスミはそう言って目を閉じた。ダラダラと血が流れるのを完全に無視して深い眠りについたのだった。
ラミィはそんなカスミを見て慌てる。そして、必死に起こそうとするが、カスミは一向に起きる気配を見せない。
ラミィは大粒の涙を流しながらカスミの体の上に乗った。そして、体を揺さぶって起こそうとする。
「あにあに!あにあに!」
ラミィが必死にカスミを呼ぶ。そして、必死に泣き叫ぶ。必死に周りを見渡して必死にカスミを殴る。
「大丈夫だ。コイツはそんなことでは死なない」
唐突にそんな言葉が聞こえてくる。そして、ラミィの体がふわっと浮かんだ。振り返ると、そこには女性がラミィを掴んで持ち上げながら立っていた。
「あ……あねあね!」
ラミィは泣きながらその女性に飛びつく。
「久しぶりだな」
女性はそう言って笑みを浮かべた。
「さて、このボンクラをどうするかだな。捨てていくか?」
「連れて帰ろうよぉ……」
「そうか。ラミィが言うなら仕方がないな」
女性はそう言ってラミィを片手で抱き抱え、カスミを軽々と持ち上げ地面を強く押し飛び上がった。そして、凄まじい速さで駆け抜けていく。
カスミは少しだけ目を開けて女性の後ろ姿を確認すると、ゆっくりと目を閉じ深い眠りについた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……目を開けるとそこは戦地だった。辺りには大量の武器が散乱しており、血なまぐさい匂いがそこら中に酷くこびりついている。
1歩でも足を前に出せば死体を踏みつけてしまうような環境となってしまったその場所に男は1人立っていた。
「……また星を見てるのかい?」
そんな男の元にもう1人の男は声をかけ近寄る。男は振り返りその声の主を見た。そして、少しだけ微笑むと言った。
「ちょっとね。黒い星をさ。ほら、前に話したろ?」
男はそう言った。
「黒い星……黒い勇者の話か。お前は好きだよな。あの話」
「好きなんかじゃないさ。ただ、想像してみたら、なんか凄いなって思っちゃっただけなんだ。黒い勇者は世界と戦った。どの文献を調べようと、結局はその事しか書かれていない。どんなことをしたのか?何故そうなったのか?それすら書かれていない。そんな話を聞いて実際に星を眺めたらさ、いつか俺達も深く関わってくるんじゃないかって思えてくるんだよ」
男はそう言って少しだけ暗い表情を見せた。
「ハハ、なんだそれ?ロマンチストかよ。お花畑が有り余りすぎてるだろ。ま、俺はお前のそういうとこ好きだけどな」
「はぁ?何言ってんだよ。てか、俺がシリアスに話してんのに笑うなよ!それに、お花畑が有り余るってどういうことだ?」
「ハハハ。そういう事だよ。ほら、花占いをして最後の1枚が残るみたいなものだよ」
「まったく意味がわからないし、絶対に例えが間違っていることだけは分かるぞ」
「ハハハ!」
男達はそう言って笑い合う。腐れた屍の上で馬鹿な話を続ける。いつ、空から炎が降ってくるか、地面から水が溢れ出すか、風が刃に変わるか分からない状況で、馬鹿な話をして笑った。
そして、男達はその大量の屍を見て、目を閉じ、しっかりとその脳内に刻み込んだ。二度とこんなことが起こらないようにするため……二度と忘れないようにするため。
「……っ!?」
唐突に場面が変わる。まるで、壊れたテレビのようにノイズが入り、急に場所が変わった。
「ここは……?」
「お前と俺が初めてあった場所。あの日、俺達の物語は始まった。ちょうど、この場所で」
「っ!?」
そこには男が立っている。男はどこかおかしな雰囲気で話を進める。こちら側が戸惑っていることに気がついていない様子だ。
「お前……どうしたんだ……っ!?」
そして、男は唐突に斬られた。何も分からぬまま、バッサリと。
そして、目の前はノイズまみれになり暗闇に閉ざされた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……そこでカスミは目を覚ました。体を起こして見渡すと、辺りは真っ暗でヘッドの上に寝かされているのが分かる。そして更に、自分の傷も治されていることがわかった。
「……完治してんのか……」
カスミはそう呟いて背中の傷を確認する。幸いにもそこには鏡があったため確認できた。そして、確認すると全てが分かる……つもりでいたが何も分からなかった。強いて言うなら、背中の傷すらも治っている事だ。
「……さて、ここがどこかは確認しないとだよな」
「その必要は無いさ。僕がいるからね」
カスミの言葉に男の声が反応する。そして、直ぐにカスミがいる部屋に男が入ってきた。
その男は、カスミと同じような身長で、それ以外は全く似てない長髪の男だった。カスミの髪の毛の色が黒っぽい青に対してその男は銀髪。そして、やけに自信家である。足を1歩前に出すだけでも自信を持っていそうな目をした男だ。
「……お前がいるってことは、ここは王都か?」
「そうなるね」
「……はぁ、もうちょい寝るわ」
カスミはため息をついて再びベッドの上に横たわる。
「いや起きろよ。この国の王である僕がわざわざカスミのために来てやったんだぞ?本来なら綺麗な女性がメイド服を着て耳元で囁いてくれるところだが、その代わりに僕が来たんだ。感謝しろ」
男はニヤリと笑いながらカスミにそう言う。
「1番感謝できねぇよ。普通にロリっ子に起こしてもらいたかったな」
カスミはそう言い返した。
「そうか。なら今度アイツに頼んでみてくれ」
「馬鹿か?殺されるぞ」
「誰に殺されるって?」
「「「っ!?」」」
どうやらカスミ達の話を聞いていたようで、扉を開けるなり入ってきた女性がそう言った。その傍らにはラミィがいる。
「お前達。早く来い。殺されたくないならな」
女性はそう言ってラミィを連れて出て行った。
「ほらな?あんな凶暴なやつに頼んだら、囁くどころか呪いの言葉をかけられかねない」
「ハハハ……まぁな。最近僕の方もあんな感じでね。まるで話の通じないライオンだよ」
「ハハ!あの力の強さはライオンよりゴリラかコアラだよ!」
「ほぉ〜、誰がゴリラだって?もう一度言って欲しいなぁ」
「「「っ!?」」」
2人は驚き声も出なくなる。そして、ただ溢れ出てくる殺気に恐怖し汗を流しながら、ただその場に固まるしか無かった。
ひとたび逃げようなど思えば、その瞬間に頭と体が着いてはいない。2人はそう悟り絶望したのだった。
「「「……す……すみませんでした……」」」
2人はそう言って頭に強烈な痛みを感じた。
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