和御魂
「これほどの霊力を。……大変失礼をいたしました。……しかし外国人とは」
ミズキさん、ミズキさん。今、小さかったけどガッツポーズしたよね?
「ケント少佐、大宮司をお許しください」
「まあ、許すも許さないも俺には関係ないからなぁ」
「ほっほっほっ! キヨミの負けじゃな」
車椅子が笑い声をあげた。嗄れた声からすると高齢の女性かな。
「大ばば様」
「キヨミ、その呼び方は、シラメの婆さんみたいで好かんと何度も言うておろうに」
「すみません。和御魂様」
「はぁー、それもな。まあ仕方がない、真の名はとうに忘れてしまったでの。浅野ケント殿、今のわしはトラメと名乗っておる。よろしゅうにな」
「浅野ケントです。よろしくお願いいたします」
「うむ……印はあるか……そうなのか?」
トラメは被っている紗を持ち上げて、背に流しおろした。
年齢不詳。
白髪でシミ、シワ、イボの山に目鼻がついた顔、女性に対して失礼になるかもしれないが、そうとしかねぇ。目には白い膜がかかり、良く見えているのかどうか。
トラメ? どこかで聞いた覚えが……なんかで読んだか?
「ほっほっほっ! 時の流れとは残酷なものだとわしも知っておるよ。ケント殿はまだマシな方じゃよ。みな驚き、怯えた顔をするでの」
げっ、やばっ! 顔に出てたか? 見えてるのか?
「……女性に尋ねるのは気が引けますが」
「何歳かって気になるわな」
「すみません」
「気にせんでいい。すぐ謝るのはみなの悪いクセじゃ。まあ、だいぶ長く生きとるよ。そなたの思う以上にな。……そなた……星神様と会うたことがあるのじゃな」
「……」
須比智之会は星神を知っているのか? いや、知っていたとして俺の知っている存在と同じ存在なのか?
「会ったことがあるとは言えないかもしれません。姿を見たわけではありません。存在に気がついたというか……『交感』って言葉が一番近いでしょうか」
「只人ではそんな感じかもしれんの」
「トラメ様は、会ったことがあるのですか?」
「様はいらん。尊敬語と謙譲語とは、悪い文化を根付かせてしもうたものよ。で、その『交感』をどう思ったかえ?」
誤魔化された?
あの時。
初めて魔帝シミオン軍と戦った、あの時。
強大な力と魔力の奔流に打ちのめされ、絶望と死を覚悟したあの時。
ただ、感じた。
大きな存在、人知が及ばぬ精神の存在。
あれ? なにか教わったはずだ……。
ああ、また、ぼやけていく。
「……神? ……高次の存在……交わった?」
「ふむふむ。どこで、いつじゃ?」
「ここではない世界、ハズラック王国のある世界で。魔帝シミオンとの戦いの最中に」
「恐ろしかったかの?」
「いや、恐ろしさは……怖くはなかったな」
「よくも無事でいれたものじゃの。狂うてもおかしくはないものを」
狂ったのかな。
「それで? 星神様をどう思った?」
「……創造神ではないと」
「……そこを理解できる者は少ないのじゃ。つい縋ってしまうのが人じゃからな。で、その印を頂いたのかえ?」
「は? 印?」
「胸の翼じゃ」
「?」
翼? 何いってんだ? 俺の胸には翼なんかないぞ。そんなのあったら邪魔だろうが。
「見えぬか。もしや裸の胸に、広げた翼の模様か刺青のようなものがあるんじゃろか?」
「いいえ。無いです」
「ふむはっきり見えるのじゃがな。キヨミ、ミズキ、見えるか?」
ふたりは俺の胸のあたりをジロジロと見て、首を横にふる。なんか気恥ずかしい。
「トラメ様、何も見えないですが」
「自衛隊の制服しか見えません」
「服の上からでもわかるのじゃがな。なるほどなるほど。ケント、もそっとちこう寄ってたもれ」
車椅子のトラメに近づく。大宮司のキヨミが警戒の目を向けてくる。
「もそっと。わしがぬしの翼に触れるほどにちこう」
さらに近づいて屈み、トラメに胸を差しだす。
すじとシワ、節榑立った腕と指が、ゆっくりと胸のあたりに伸びてきた。
「はっ!」
トラメが声を上げた瞬間、眼の前が真っ白になる。
何かがいる。
……あの時と同じ。星神様か?
『依代……出会……間に合った……?』
「は?」
いや、同じゃない!
前は言葉を使って語りかけてくるのではなかった。ただ漠然と相手の意志が伝わってきただけだった。
トラメの口から話される言葉が伝わってくる。
『固有……名ケント……移動させたエリオット……魔帝シミオン……消去……お前たちの言語……貧弱……思ったこと……考えたこと……伝えたいこと……思えない……言えない? どうして……暮らしていけて……』
「……はぁ?」
『魔帝シミオン……私の対極。活動? ……。シミオンと同様に消去……』
「な、なにを言っているんだ?」
『……固有名トラメ、固有名ケント……対して量はない……使いこなす……しばらく時がかかる……それまでは……力を? 分身を? ふたつに……与えよう』
「エリオットって……なにを」
『いましばし……時が必要』
周囲が白く見えていたものが収束していく。
元の赤い部屋が見えてきた。
「ひっ! トラメ様!」
「トラメ様!」
見下ろしていた車椅子のトラメが立っている。大きくなってる!
シワも、シミも、イボもない美しい色白の顔。艶やかに濡れた瞳。
白髪だった髪は翠の黒髪。背は俺の顎まで。
いやそれより目が離せないのは、柔らかくむっちりしっとり盛り上がった瑞々しい双丘とその谷間。
老婆に合わせた巫女装束は内側からはち切れそうになり、あるいは開けている。
「トラメ様! そのお姿は!」
「お、ほぉー」
声をかけたミズキに流し目をくれて微笑むトラメは、自分の腕を愛おしげに撫で熱いため息を漏らす。
ついで俺に顔を向けて、紅い唇を笑いの形にした。
呆気に取られていたキヨミがハッとして、車椅子の後ろに落ちた紗を慌ててトラメの頭からかぶせる。
「ケントぉ、そのように口を開けたままでは、良い男子が台無しじゃのぅ」
鈴が鳴るような蠱惑的な声。
ガチンッ!
慌てて口を閉じると、噛み合う歯が鳴り響いた。
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