ガレキの向こう
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ありがとうございます。
防衛省地下のブリーフィングからの三日間は、慌ただしかった。
一日目、機動偵察隊は完全休養日。近くを散策したらしい。
四谷三丁目の路地には善き飲み屋さんがいっぱい。お世話になったなぁ。まだあるのかなぁ、あの店。
俺は式神くんの増産。手持ち分で式神くんを作った。井堀少尉に和紙の大量入手をお願いした。
和紙の耐久性を上げたほうが良さそうなんだが。サリーと相談したいが「式神くん」の存在を開示するのは悩ましいところだ。
二日目、隊員の研修。
教育研修(偵察)のために都内の主な省庁、企業を見学する観光コースを回ってもらう。ガイドさんは井堀少尉。式神くん同伴で行ってもらい大量散布する。
皇居、総理官邸、国会、内閣府、議員会館。警察庁、警視庁に大手商社、大手新半導体メーカー本社などなど。
カーラ軍曹が希望した「ミッキーネズミーランド」は営業していないそうだ。
以前企画したイベントで、クライアントに貸し切りにさせたっけ。役得で楽しんだけど、入場人数が千人では閑散としていてかなり寂しかった。
メインキャラクターが必ずいる「ネズミーのお家」。みんなでワイワイなら楽しいだろうが、ミッキーネズミーと一対一ではちょっと気まずかった。お決まりのセリフ、言う方も恥ずかしそうだったな。
俺は式神くんと魔石HDDの増産。魔力型量子コンピュータ―の開発は、サリーが仕事を放り出して研究しそうなので相談していない。きっと気がつくだろうけど。
三日目、機動偵察隊は自主教練。
俺は報告書と計画立案の前段階、私案をまとめるのにここまで三晩徹夜だった。
一週間完徹のブラック開発したことがあるから、まだ余裕? 机の下で寝てた社畜の時代は遠くなったな。
「湧き穴」と「魔物」、その裏にいると予想される存在。それを盛り込んだ私案。
「魔帝シミオン」の影と「星神」を想定しなければ危機対策に穴を作ることになる。考えうる最悪とそれ以上の事態に対応する必要がある。
順次を追えずに焦りがつのる。イライラが溜まる。
ああ、ハゲないといいな。
次の日から私案の検討作業に入る。
副官、黒崎中尉と井堀少尉にも参加してもらう。
スイートルームに入ってきた黒崎中尉が開口一番。
「クサいです! 匂います、ケント少佐! お風呂入って、着替えてください!」
「あ、ああ、すまん」
自衛官にクサいって言われるのは相当か、反省。清潔の魔法を忘れてた。
シャワーを使っている間にプリントアウトした資料をチェックしてもらう。
「どう?」
「大変わかりやすいです。図表やグラフ、イラスト入りはあまり見ませんね」
「俺はこっちの書式を知らんし、文字だけの気取った軍事作戦案は誤解を招く。単純明快、シンプルであるべきと思ってきたからな。校閲と意見をお願いする」
「了」
いろいろと疑問点に答えをもらい、補足もお願いする。
ふたりが持っている、あるいは集められる情報の量はかなりの量だ。さすがは情報本部、なのか。うしろに協力するチームがいるようだ。
他の政府系情報機関は大混乱で仮想敵を見失い、弛緩して腑抜け、もとい、開店休業状態らしい。
日本の歴史。
現代の日本人が知ることのできる歴史は、ごくごく一部でしかない。
明治、大正、戦前昭和の文章でさえ翻訳が必要となる。ましてや平安、飛鳥、古墳やそれ以前の時代なら。
最古の書とされる「古事記」でさえ写本であり、未だ研究されて新説が出てくる。古事記よりも古い古文書が多数存在するが、敗者のものとして「日本の歴史」と認められていない。
日本人は「暗号」とも言える膨大だが、未解の歴史の海に浮かんでいるのだ。
現在公にされている歴史の中に「須比智之会」は一切見つからなかった。
短い期間で観察しただけだが、大きな組織で結構力がありそうだったんだが。
修行による霊力獲得にはノウハウが必要で、長い年月を要するはずだ。それなりの環境もいる。俺の魔力も赤ん坊の頃からの長い修業、騎士団との教練があったからだ。
文部科学省か公安調査庁が管轄か。
ああ、宮内庁からって言ってたな。あそこも神事をするからか?
大混乱後の今、カルトが勢力を伸ばして、新興宗教もボコボコ生まれてそうだ。宗教界の粛清が必要になると、極めて面倒だ。彼らが戦力を得る前に対処したい。
戦国大名たちのようにはなりたくない、からな。
作戦私案がおおよそ煮詰まったので精査を副官たちに任せて、新宿に行こう。
四谷警察署で手配書を確認したが、やはり低額の懸賞金しか張り出されていない。
重罪犯はいないの? うっそぉーって言いたくなる。
いくら餓死者多数とはいえ、首都なんだから人口は多い。人が多ければ犯罪を犯すやつは必ずでてくる。金額も大きいはずだ。そのはずがこれだ。
情報本部からは色々聞こえてきたんだけどねぇ。闇が深そう。
胡乱げに見てくる警官を無視し、軽トラで新宿へ向かう。熊本ナンバーは目立つので情報本部の車両を借りてきた。色は白で自衛隊を表すものは何もついていない。
新宿通り、甲州街道を西に走るとすぐに道が切れる。荒れ地が数百m続き、高い歪な壁が見える。壁は周辺のビルを崩してコンクリート片を積み上げたものだ。風雨にさらされて不気味な様相を呈している。
ドローン式神くんを複数飛ばす。かなり乱雑に破壊し、ガレキを積み上げたようだ。周囲に生活者の気配がない。
途切れなく続く壁を巡ってみる。どこにも切れ目はなく、続いていく瓦礫の山。上空から見た限りでは都庁を過ぎた辺りに出入り口があったはずだ。
できる限り壁の近くを走り、新大久保、大久保、税務署通り、都庁、甲州街道に出たところに『新宿番外地』と書かれた巨大な鉄扉。
扉前には数台の軽トラパトカーが駐められている。ここ来るまでの数カ所に検問所のような場所があり制服警官がいた。その都度式神くんをバラまいた。
扉前には急ごしらえ感のある歪んだ建物があり、背中に「POLICE」と大書きされた黒い出動服の機動隊が屯している。ボディアーマーにプロテクター、盾にヘルメットの重装備だ。
壁の向こうから伝わってくる魔力は確かに湧き穴のものだ。湧き穴に警官、それも機動隊。いままでになかったな。
自衛官の姿はどこにもない。米澤統合幕僚長から聞いた話と違っている。警察は立ち会わないんじゃなかったのか?
鉄扉は開いていて、バンボディのトラックが数台出入りしている。式神くんを出入りするトラックに貼りつける。
注意をひかないように気をつけていたが、急に横道から軽トラパトカーが現れた。こちらを見て追い越し、道を塞ぐように車を止めた。
降りてきた機動隊員、一人は荷台から警杖を取りだし、一人は腰のマチェーテを抜き出した。寄ってきたので両サイドのドアガラスを降ろす。
「やっぱりそうだ! 外国人だな! 逮捕する!」
「まてまて、日本人だ。国民IDカードは持ってるぞ」
「うるさい! 黙れ! 両手を見えるところにだせ!」
亜空間収納から指の間に「国民IDカード」「運転免許証」をだしてふる。
「ほら、見てくれ。ナンバーを確認すればいいだろう?」
国民IDカードと免許証を警官に渡す。携帯で確認をとっている。その間ずっとマチェーテの切っ先を突きつけられていた。
「確認した。くそっ! そいつは確かに日本人だ」
「ちっ! いいか、このあたりでウロチョロするな」
そう言って、俺のカードを自分のポケットにしまおうとする。おいおい。
「お巡りさん、カード返してください」
「ちっ! ほらよ! サッサといけ! 番外地に近づくなよ! 二度とやるんじゃないぞ、次はただじゃ済まさんからな!」
カードを窓から投げ込んでくる。
いや、なにその捨てゼリフは。勝手に見誤ったのそっちじゃないか。
……式神くんをお持ち帰りしてもらいましょう。なにかいいゆすりのネタが取れ……いやいやいや、良いお話が聞けないものかしら。
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