好都合なのか?
黒狼の被害は大きかった。
討伐班の自警団員、自衛官の半数が命を落とした。
四肢を食いちぎられた重症者も多く、精神的に疲弊したパニック障害や心的外傷後ストレス障害が懸念される人もいる。
陸自、海自が救護にあたっている。
大混乱以後の自治体、知事や県議会は残っている。食糧増産と治安維持が主な仕事になっていて行政はうまくいっていない。医療行政も同様だ。
医療従事者の不足どころか教育機関も停止中。医療品の生産も少なく高額だ。
大混乱のときに非常事態宣言が出され、今もそのままになっている。
問題だと国会議員とかが騒いだが、自分たちが食うので精一杯で「そういえば出されたままだね」程度でほっとかれているらしい。
「選挙」という行為も、どう実施するかで日本中でいまだに揉めている。議論はされているが、これも誰も関心を示していない。
大混乱前の地位そのままや世襲、縁故が幅を利かせているのが実情だと聞いた。中には市民の暴動で滅された知事や市長、議員の噂もある。
自衛隊はその中でも組織が維持されている方のようだ。湧き穴討伐と戦線維持に注力した基地司令が多かったらしい。組織的軍事教育の賜物かな。
機能不全の自衛隊ではあるが、湧き穴討伐は切実な問題だからなぁ。
携帯は繋がらないこともある。基地局のせいかな。インターネット通信が不安定になることも多い。それでも日に一度は芦田少将か諏訪少佐、サリーと連絡が取れてはいる。
ミズキの須比智之会はどんな宗教団体なのか、芦田少将も存在を知らなかった。防衛省への報告で問い合わせをあげてくれていた。
『昨夜は大変だったらしいな』
「ああ、犠牲者が多かった。大型の狼型、黒狼が数十出たからな」
『狼型? 初めて聞いたな。こっちじゃ出たこと無いやつか? 新しいのはサリーが飛びつくな』
「ああ。……どうもな、仮説は仮説じゃなくなりそうなんだ」
『須比智之会のこともあるしな。そのミズキって巫女さんから言われたという熊本から移動する異常な霊力、お前しかいないだろうな』
「まったく」
『で、須比智之会なんだが、今後は行動を共にしてほしいんだ』
「はあ?」
『統合作戦司令部からの命令だ』
「へ? 統合作戦司令部って……あれか、三軍統括する米軍の下請け……指揮権密約だっけ?」
『吉田首相な。しかし古い話をよく知ってるな』
「第二次世界大戦で連合国に負けたときに、アメリカ合衆国の一州になってれば話は面倒くさくなかったんだが。それはそれで問題多いかぁ」
『そ、そうだな』
「アメリカが指揮するのは物理的に無理だろう?」
『ほぼ連絡途絶だからな。それでだ。統合作戦司令部からは須比智之会の扱いは慎重にとのお達しだ』
「池田海将補から宮内庁が関係していると聞いたが」
『らしい。特殊防衛連隊第一機動偵察隊ケント少尉、防衛省統合作戦司令部に出頭し、湧き穴事案の報告を命じる』
「報告って……第一?」
『こっちで他に二つ組織した。連隊の組織構成はたたき台案を添付しておく』
「ハァー。テキトーでいいんじゃね?」
『……ハズラック王国騎士団はテキトーだったか?』
「だから苦労したんだっつ―の」
『逃さないからな』
「メンドーだな」
『こっちは胃に穴あきそうなんだ。共に沈もうな』
「げっ! ……副官……欲しい」
『育てろ。ケントは将官待遇なんだ。任命権はあるぞ』
「……了」
俺って自衛官になるって一言も言ってないんだよなぁ。いまさら任官しないとは言わないけど。
副官は……全員が候補だけどな。事務実務できるのかな。調整能力に長けている副官、どこかに落ちてませんか?
まぁ便利に利用させてもらってんだ、義務はあるな。やってやろうじゃないの。
見せてやろう、やったらスゴイってとこを。……滅多にやらないけど。
昨晩の討伐後に陸自宿舎に同宿した須比智之会と一緒に朝食をとる。
「ケント少尉、私たちもいっしょに東京に行きます」
「ミズキ。俺のとこにも行動をともにするよう連絡が来たんだが」
「東京の本宮から相談がいったのだと思います。私たちの東京行きは許可されています」
ワクワクしている表情で見てくるミズキ。まあ、いいけどな。なんかしがみつかれて離してくれなそうな、イヤな予感がしてるんだけど。
「本宮ねぇ。ミズキたちは東京から来たのではないのか?」
「私たちは……和歌山県で修行をしています」
「高野山?」
「……」
そうだと言ってないが、目を泳がせて沈黙するのはそういうことね。宗教上の秘密もあるだろうな。
「まあいいか。で、俺たちはブラックホークでいくんだが、同乗するんだよな」
「ブ、ブラックホーク? 黒いタカ?」
「ヘリの名だ。ルーサー、準備は?」
「いつでもいけます」
「須比智之会の全員が乗れるか? そっちは、八人だな」
「偵察隊と合わせて十四人。乗れなくはないですが……」
「車を戻すのに二名残ります」
お茶をすすっていた柴坂が、衛士たちをみて発言してきた。
「ん? ローバーも運んでやるぞ」
「え? 載るんですか?」
「亜空間収納で持っていく。東京での足があったほうがいいだろう?」
「……持っていけるものならば、助かります」
「ケント、問題があります」
ルーサーが真剣な表情をする。ご飯のお替わりをよそいながらだけど。
「問題ってなんだ」
「あいつらです。熊。オランバディ」
「……満員での急機動はトラブルのもとか?」
「ええ」
「……オランバディだけじゃないかもしれんしな。他に考えられるのは、飛竜、大鷲。南大陸には翅蟲がいると聞いたことがあったが、そいつらも出てくる前提でいるほうがいいか」
「え? む、虫?」
「でっかいムカデみたいなやつらしい。俺も見たことはない」
「美味しいかな?」
「ムカデならいけるんじゃないか?」
食糧事情は良くないしな。自衛隊のサバイバルレシピには昆虫食も含まれてたんじゃないか?
「ルーサー、あの機動は何人ならいける?」
「やりたくはないですね。せめて半数にしたほうが良さそうです」
「そうか……。柴坂、ミズキ、前言撤回だ。須比智之会は四名にしてくれ。ローバーは一台おいていく」
「……わかりました」
「退避が必要になるかもしれません。航空基地は選定しておきます」
味噌汁椀を持ったままのカーラが提案してくれる。
カーラもルーサーも和食に抵抗がない。ふたりとも納豆が好物だという。何でもよく食べる。
カリカリベーコンとスクランブルエッグが欲しいと嘆くこともあるけど。日本のベーコンは混ぜ物が多くてカリカリにはならなかった。今なら工場製品じゃないのが手に入るんじゃないか?
マッシュポテトにはふたりとも良い思い出がないようだ。
「浜松あたりにあったよな?」
「……エアフォースの浜松基地、静浜基地がありますね」
「一応連絡を入れといてもらおう」
「了」
須比智之会の車両を亜空間収納に入れて、ミズキ、柴坂ほか二名が搭乗したブラックホークは格納庫前を飛びたった。
両司令は黒狼の後始末で現場に出動していて、副官と整備士たちが見送ってくれた。
数に限りがあるので魔法銃を一丁と短槍、兵士剣をおいていく。小倉駐屯地での訓練方法は伝えている。
「ルーサー、厚木航空基地を目指してくれ」
「了」
「ミズキ。旅程だが、厚木航空基地で私用を済ませる。その後市ヶ谷の防衛省を目指す」
「わかりました」
「空を飛ぶ魔物もいる。ランヤードは外すな。魔力探知が役に立つ。ちょっとでもおかしな魔力を感じたらすぐに言ってくれ。迎撃する」
「はい」
「戦闘になれば、急上昇、急降下、かなり激しく飛ぶからな。他の者も投げ出されないようにランヤードは外さずに掴まっていろよ」
緊張した様子のミズキたちを乗せて、徳島阿波おどり空港を飛びたった。
感想をいただきました。ありがとうございます。
本当は今回のお話を投稿してからお休みできればよかったのですが。
「霊力ノ章」最終話になります。
次回からは新章がスタートします。
以下は押しつけがましくて本当は嫌なのですが、評価はいらないと思われるんだとか。
客観的に見れていない部分もあり、ご感想、ご意見などお送りいただけると感謝感激です。
誤字脱字もお知らせいただければ、さらに感謝です。
★★★★★評価、ブックマーク、よろしくお願いいたします。




