面倒は素早く片付けよう
大雨特別警報、どうぞ被害が出ませんように。
「ケント少尉、お客様です。司令室へどうぞ」
「おう、ありがとう陸士長。すぐ行く」
昼食をとっていると陸士長が声をかけてきた。
結局七十二時間が半日ともたなかった。ほぼ全員が俺についてグラウンドを駆け回って叩きのめされ、夕暮れには動けなくなった。半数は気絶していた。
湧き穴対策もあるし、兵力を削るわけにもいかないので中止にした。いや、正式に終了を宣言していないから、ずっと続いていることになる。
勝負は預けたぞってことにしておこう。
伝令の陸士長も包帯と絆創膏だらけで、顔を腫らしている。
昼食の食堂にはまともな姿勢で座れない、しかめっ面が並んでいた。
咥内を切ったのだろう、ウーとかググーとか、声をあげながら食事する隊員がアチコチにいる。
さすが質実剛健、それでも大量の食事を掻き込んでいる。口の中切ったら醤油も味噌汁も滲みるよね。けど食べることが仕事だからな。
キレイな顔をした隊員たちは昨日湧き穴当番だったのだろう。何があったか他の隊から聞いてチラチラ俺をみてくる。もちろんしかめっ面たちは忌々しげに見てくるよね。
第二、第三小隊も顔をそろえ、俺を見ている。特にWAC三人はチラチラじゃなくジィーと睨んだままで、ご飯を口に詰め込んでいる。
嫌われたなぁ。いくら必要だったとはいえ、女性に嫌われるのは心に響く。
「失礼します、高橋司令」
「来たか。ケント少尉、お客様だ」
「はい。やあサリー、董事自らとはね」
「どこ? 新しい魔物はどこ? 早く見せて!」
「董事。ご挨拶が先です」
俺を見るなり立ち上がって詰め寄ってくるサリーを抑えるヴァレン・スー。
ヂャン・フォン・チーとTSME三人組が揃っている。
ねえ、三人とも目の下のそれ、隈じゃない?
「ハーイ、ケント。お話しを聞いて、サリーが飛び出してしまいまして」
目が泳いでいるヂャンが、苦笑いを浮かべている。
「ハイ、ケント。どこ? どこ?」
「董事」
「はは、すぐ見せますよ、サリー。高橋准尉は護衛ですか?」
「はい、ケント少尉。お伝えしたいこともありまして。後でお時間ください」
「了。……高橋准尉、高橋一佐と少し似てますね」
「従兄弟でね」
左目に青タンを貼り付けた高橋一佐。従兄弟か、よく似ている。
「先にハイオークを見てもらいましょう。それまで落ち着かないでしょうから。ここでは出せないからなぁ。ヂャンさん、輸送車両で来てる?」
「はい。先に受け渡しを済ませましょう」
表に停めてあった冷凍車両にハイオークとオークを出す。すぐにサリーが飛びついてアチコチ確かめ始めた。
「ほう、ほう、ほー。魔石はどうなってる? ヂャン、メスだ、メス!」
「董事、ここでの解剖はやめてください。凍えてしまいます。冷凍庫の扉は開けっ放しにしないよういつも言ってるでしょう!」
こわっ。美人が怒ると怖いよね。
「いや、ここだけ、ここ切って、魔石を見るだけだから。お願いヴァレン」
なんか数日で拍車がかかったのは気のせいかな。
「駄目です。解剖は研究室に戻ってからです。器材もないでしょう?」
「お、そうだな。戻ろう。さあ、行こう」
「駄目です。ケント少尉に試作品を見ていただくんじゃなかったのですか?」
「あ、そうだった。どこにやった?」
すったもんだしていながら司令室に向かうと、ドアの前で陸士長が待っていた。司令室から怒号がしている。
「ケント少尉、北九州共同テクノ制作所が怒鳴り込んできました」
「エラい剣幕だな。陸上自衛隊司令に向かってずいぶんと度胸のあるヤツなんだな」
「所長です。一番偉い方とか」
「ふーん」
どうするかなぁ。早く東京に出発したいのになぁ。
まだ騒いでいるサリーを見ながら考え込んだ。
あ、なーんだ。簡単じゃないか、サリーがいるんだし、高橋准尉もいる。
「入るよ。ケントが戻って来たとだけ伝えて入室の許可をもらってくれ。こちらのTSMEのお客が一緒ってことは話さなくていい。俺が戻ったとだけな」
「了」
「サリー、ヴァレン、ヂャン。例の北九州共同テクノ制作所、所長らしい。話しは俺がする。で、買収は検討したか?」
「ええ、ただ財務情報に黒い疑問が残り、金額は要検討です。……あちらに出向している技術者を引き上げることを、交渉に使ってもいいですよ」
「……ヂャンはそっちも得意か」
「サリーの研究費を引き出したり、かき集めたりしてますからね」
中華系の商売人なの? 敵に回さないでおこう。
「ケント少尉、どうぞ」
「ありがとう。ケント少尉、入ります」
入室すると、高橋一佐の机前のソファに顔を真っ赤にした小太り初老おやじ。スーツ姿だが少しヨレている。後ろには同じようなくたびれたスーツ姿の中年サラリーマンがふたり。
だが、もっと気になるのは、おやじの横に座る痩せた男。
一分の隙もなく濃紺のスーツをピシッと着こなしている。ソファの後ろに同じような濃紺のスーツ姿で大柄な暴力商売って感じの男たちを三人従え、足を組んでこちらに顔だけ向けている。
敵味方識別能力が、痩せた男には無反応。中立か? 他は敵だな。
初老オヤジはこちらに向いて敵意丸出しでふんぞり返った。
「なんやおまえは。大事な話ん最中や。邪魔ばしなんな」
「高橋一佐、こちらは終了しました」
中年オヤジを無視して司令に敬礼する。高橋一佐、なんか悪い顔になってません?
「ごくろう、ケント少尉。あー、こちらは北九州共同テクノ制作所所長の村岡さんだ。村岡さん、彼は特殊防衛連隊ケント少尉、今回の湧き穴討伐者。基本的に魔物素材の権利は討伐者にあります。彼ひとりで討伐したので、彼が全ての所有者です」
おい丸投げかい! 昨日のこと恨んでるな。
「こいつがひとりでやと!」
そう言ってこちらを睨んだ後で、ニターと厭らしく笑った。
「大量ん小鬼たい。ひとりで倒すなどしょーもなかすらごとで誤魔化そうなんて、司令なんて御大層な役名でもなんと肝が小しゃかことで」
佐田一尉はじめ副官たちが、音を立ててたった。
「ふん。高橋一佐、湧き穴から持っていった小鬼ば返すか、相応ん金額ば支払うてもらう。英豪会ん錦戸組長にご足労いただいとー。こん場ではっきり約束してもらおう!」
ダンッ! とテーブルを叩く村岡所長。
へー、じゃこいつが順次の兄貴か。
「はぁー」
錦戸順也は大きくため息をついて、組んでいた足をといてスッと立ちあがった。
部屋にいた全員の視線が錦戸順也に集まる。
「やってられませんね。私は失礼しますよ」
「え、錦戸組長、な、なんば」
「村岡所長、あなた方とのお付き合いはここまでとさせていただきます。私に無駄な時間を取らせた請求書は、本日中に制作所の方にお届けいたします」
「な、なんば」
「お気づきではありませんか?」
「え、え、うー、こ、こん、ヤ、ヤクザ風情が、うちばばかにするとか!」
「馬鹿なのはあなたです。はぁー。お初にお目にかかります。私は佐藤順次の兄、錦戸順也です。特殊防衛連隊、浅野ケント少尉殿。いえ、エリオット・キャメロン・コルボーン侯爵閣下」
「初めして、浅野ケントです。江島組長からかな?」
「はい。神津組二代目襲名の連絡をもらいまして。それよりもここにいる馬鹿は本物です。あなたのうしろにいらっしゃる方を知らないなんて」
順也は俺の背後に視線を移して少し頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ホァン様。英豪会錦戸組錦戸順也です」
「はい、初めまして」
「お目にかかれて光栄です。我が国を救ってくださり、ありがとうございます。いま私たちが暮らしていけるのはホァン様のおかげです。お礼申し上げます」
「うんうん、わかってるネー。ワタシのおかげあるよー、感謝するヨロ、イタっ!」
「董事」
「ごめんなさい、ごめんなさい。調子に乗りましたっ」
尻でもつねられたか?
ああ、村岡所長は、口開けてキョロキョロして。事態を理解出来ないんだな。てか、ほんとにサリーを知らないの?
高橋一佐、なんで笑いをこらえてこっちを見るの?
「いつまでも混乱したままじゃね。こっちも忙しい。さて怒鳴り込んできた北九州共同テクノ制作所さん、これは魔物討伐専任の自衛隊特殊防衛連隊の決定事項です。今後、魔物素材の取引は、全てTSME関係企業のみとします」
「はぁ?」
「理由は防衛上の機密事項で、あなたには知る権利がありません。お引き取りください」
「な、なん、なんやと! 高橋司令、どげなことばい!」
「私の管轄外です」
「北九州共同テクノ制作所さん、こちらの方をご存知ですか?」
サリーに手のひらを向けてにっこり笑いかける。
「い、いや、そげんヤツは知らん!」
印籠だす? こちらのお方をどなたと心得るって。
「先の……ゴホン、こちらはサリー・ホァン氏です」
「それがどげんした!」
「……ほんとにダメな奴か。TSME董事、日本の企業なら取締役だ。新半導体の発明者なのを知らないのか? お前たちの飯の種だろうに」
「え? と、取締役? 新半導体ん発明者? 何ば言いよー。東京ん丸菱テクノが発明したっちゃろうが!」
「陸士長、手すきの自衛官を呼んでこの男を叩き出しなさい」
「了!」
「副官にやらせる。ケント少尉の命に従いなさい」
高橋司令の声に、陸士長と副官が村岡所長たちを拘束する。
「な、なんばする! しゃわりなんな! 錦戸組長!」
呼ばれた錦戸組長、子分たちに目で「手を出すな」と命じている。子分は無表情でピクリとも動かない。教育が行き届いてるねぇー。
無駄になるかもしれないけど、一応式神くんを背負っていってもらいますか。逆恨みしそうなヤツだしな。
熊本で散布した式神くんたちとは、距離があって意思疎通できなくなっている。寿命で紙ゴミになっていくだろう。
距離もそうだが、魔力が抜ければただの和紙なのが欠点か。恒久的なものを考えないとダメかな。
ギャーギャー大騒ぎする村岡所長たちの背と副官たちに声を掛ける。
「今後、北九州共同テクノ制作所は出入禁止にするように」
「了!」
後始末はTSMEに丸投げしとこうっと。
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