後始末は必要
ハズラック王国でも人を殺めてきた。
自衛のためでもあったが、俺の行く手に立ちはだかる者は容赦なく。
人殺しを良しと思ったことは一度もない。
転生するまでは『殺人』などニュースの中だけの出来事だった。
今でも鮮明に覚えている。
苦しくて苦しくて、ただただ、苦しかった。
転生して体は赤ん坊、自我は大人。
目が良く見えず動けない。
意思表示も出来ない。
最初は何が起きているのかわからなかった。
なにかの病気かと思った。
吐くことも出来ず、声もあげられず。
『死にたくない』
『死にたくない』
『死にたくない』
強く願った。
後でわかったが、その時毒を受けていた。
こんな目に合わせた奴を許さない、そう思った。
俺を守って命を落とした人たち。
従者たち、家臣たち、俺の、私の、兵士たち。
もっと力があれば、もっと先を見通せていたら。
自分の力の無さに幾度許しを請うたことか。
死んでいった人たちのためにできることをしてきた。
殺人の報いを受けることに怯え、手を緩めるなど許されない。
生き残るために必要なことだ、義務だ、と教えてくれたあの人たちが許してくれない。
BAR桜舞での食事会を終え、ラウンジ蘭の近くを通ろうとした。軽トラパトカーが規制線をはっていて、警官たちが慌ただしく行き来している。
ここにこの人数の警官がいたら、荒井警察署には孝之介たちを処理する数がいないな。玉杵名警察署に持っていくか。
受付に当直の警官が数人、玉杵名警察署は静かに夜明けを待っている。
夜間はあまり人がいないだろうが仕方がない。
「まだ、おはようには早い? こんばんは、かな? 金丸巡査部長って当直じゃない?」
「何んごたる?」
「手配書の犯人たちを連れてきた。引き取ってくれ」
「どけおる? ぬし一人じゃなかか」
「んじゃ、だすね。ほい!」
ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ!
宙から三十人ほどの人間が受付前の床に広がった。
男たちは血にまみれ、女たちは煽情的な格好だ。全裸も交じる。みな蹲り、うめき声を上げて苦しそうに息をしている。
「あわわ! どけからでできた?」
「床が汚れちゃったな。まだ死体もある。血が流れてるからブルーシートかなにか敷いてくれない?」
「なんばいっとる!」
「いやだからさ、床が汚れるから」
「なんでよごるる?」
「だから、死体を出すんだ。血まみれのな。ああ、もうほかに人はいないのか? おーい!」
呆気にとられている警官を放っておいて、署の奥に声をかける。始まりがこれだから、すべてが終わったのは日がだいぶ登ってからだった。
「ケントしゃん、えらかことしてくれたな。しばらくはてんてこ舞いや。荒井警察署は大騒動になっとる」
「へー、そーなんだー(棒読み)。すまんね金丸巡査部長。はいこれ」
「こらなんや?」
「このUSBに動画が入ってる。荒井警察署宛にも残したんだが、無かったことにされそうなんでね。身内に甘いんだろ、あそこ?」
「あそこだけじゃなか」
「自衛隊経由で県警本部にも渡るよう手配してある」
「……もう聞こえてきとる、厄介者んことはな。じゃあ書類にサインしたら帰ってよかぞ。報奨金は確認と計算が終わったら振り込んどく。まったく、止めたのに無茶しやがって」
「ははは。心配してくれてありがとう」
金丸巡査部長の責める目に送られて玉杵名警察署をでる。
これから移動の準備だ。
食料はちょくちょく貯め込んでいる。
東京までの足は軽トラ。窮屈な車での長距離ドライブ。確実に腰が痛くなるだろうなぁ。いやだなぁ。
燃料は自衛隊から供給してもらう予定。諏訪三佐が手配してくれる。熊本市経由で九州自動車道にのろう。
高橋准尉の話では、大混乱時、空自、陸自、海自ともに航空各隊で原因不明の事故が多発したという。新半導体に換装しても事故が多く、必要最小限でしか空輸をしていない。
まして民間では、旅客機まで新半導体が行き渡っていない。倒産した航空会社も多いんじゃないかな。
未確認飛行物体との遭遇で消息不明になったらしいとのインシデント報告もあった。
ドラゴンか、空飛ぶ獣か。
湧き穴から出てきているのだろうな。あちらではドラゴンは個体数が少ないらしく、めったに自分のテリトリーからでてこなかった。
空飛ぶ獣はドラゴンに似ているが、別の魔物だ。ドラゴンが爬虫類なら、空飛ぶ獣は哺乳類。首の長い巨大なコウモリといった感じだった。ただし、四つ足で火を吐くのだが。
海路は海路で問題があるという。
沿岸航路は比較的安全だと言われている。だが比較的だ。
小型船での漁業や港伝いの輸送は可能。沖合いに出るとこれもまた未確認生命体との遭遇および行方不明インシデントが報告されている。魔物らしきものが陸からも目撃されているらしい。
海竜かクラーケン、大海亀か。海底にも湧き穴が出来ているのだろうか? 大量の海水が流れ込まないのかな。
これらの理由で陸路を行く選択肢が一番無難だ。輸送量はまだまだ少ないが、食料、石炭、新半導体などが陸送されている。
健軍駐屯地に芦田陸将補を訪ねる。
芦田陸将補から、各地の駐屯地で便宜を図ってもらえるよう連絡しておくといわれた。おかげで陸自の各種制服一式をそろえる羽目になったけど。
自衛官候補生教育は受けてないんだけどなぁ。敬礼さえまともにできないのに。
「ケント、本当に軽トラで東京まで行くのか?」
お土産にしたサエさん謹製のいきなり団子をつまみながら、芦田陸将補が尋ねてきた。
「ああそうだ。それしか持ってないしな」
「ケントの体じゃだいぶ狭そうだな。……高機動車を出せればよかったんだが。ウチも車両に余裕があるわけじゃない」
「まあ、そう言ってくれるだけありがたい」
「バートルかチヌーク、オスプレイでもあれば尚よかったんだが。配備申請は上げてあるが、損耗が激しくていつになるかわからん」
「なんかでかいやつが空飛んでるって話しだが」
「そうらしい。対応できずにいる。空自がF35が使えるよう頑張ってはいるんだが。陸路は中国自動車道か?」
「基本はな。一部通行止めがあるみたいだがね」
「そうすると瀬戸内海に沿ってか。……岩国に寄ってくれ」
「岩国? ……海自か?」
「米軍払い下げ車両を回してもらえるよう掛け合ってみる。ああ、もう払下げじゃないか、彼らの飯代代わりに融通させるんだが。海兵隊の車両をなんとか受け取れないか岩国に聞いとく」
「気にしなくてもいいぞ。ここでも必要なんじゃない? こっちに回してもらったら?」
「大丈夫だ……いままでは『地域支援隊』の『湧き穴対応部隊』という仮設部隊だったが、湧き穴対応に特化した『特殊防衛連隊』の創設を市ヶ谷に上申している。防衛大同期の各将と連携を始めたところで、まだまだ時間は掛かりそうだがな」
「慎重に進めないと反乱を疑われるしねー」
「……どの口がいう。賛同各将のリストを用意させる。途中寄れるところは寄って状況報告するといい」
「おお、将軍たちの寝返り連判状? 熊野誓詞ももらっておこうか?」
「またこのマニアックなことを」
「三千世界の烏を殺し、ヌシと朝寝がしてみたい……なんてね」
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