訪ねてきた客は
階級の間違いをご指摘いただきました。
修正しました。
ありがとうございます。
数日後、芦田陸将補からTSME開発責任者とアポイントが取れたと連絡があった。頼んでいたものも出来上がったようだ。
早朝家に走り込んできたのは、トヨハタ製の高機動車。陸上自衛隊のゴツい兵員輸送車両だ。
助手席からは芦田陸将補、後部から諏訪三佐が降りてきた。ふたりとも常装だ。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはようさん。常装はいいね。ん? えっ? 諏訪三佐も空挺にレンジャーなのかぁ」
「ははは。今日は公務での訪問だからな」
「しかしジャパニーズハマーとは。この前は軽トラだったけど。……本来少将は営業車3号じゃないの?」
「営業じゃなく業務車な。こいつは威圧がありすぎるからあの時は軽トラをレンタルした。バイオディーゼルと新半導体への改修が戦闘車両優先でな。セダンやステーションワゴンは後回しになっている。燃費は良くないが業務車にしている。もっとも御大は不満たらたらだがね」
「みえるようだ」
「ククク。注文の品は出来てる。途中で受け取れる」
特急で頼んだのはテーラーメイドのスーツ。陸上自衛隊の将官制服を作っている服屋を紹介してもらったんだ。
中央とのやり取りに困難を伴うこのご時世、熊本市内のテーラーに発注しているという。日本国内での統一製作は無理だそうだ。
熊本市北東に位置するTSME。
高いコンクリートの塀が長く続いている。以前はもっとオープンな工場だったけどな。監視所までつくられている。
正面ゲートで警備しているのは迷彩服3型の自衛官だ。黒戦闘服とフォーマンセル。銃器はないがサーベルを帯剣している。
黒戦闘服は若い黒人と白人。
米軍は大混乱で帰国の道を探した。いまは沖縄との行き来さえ難しい。無事グアムに辿り着けたものはおらず、本国と切り離されたままになった。
日本政府も面倒を見きれない。自衛隊に吸収もままならない。佐世保の海兵隊がPMC(※)を組織し糊口をしのぐのを見て見ぬふりをしている。というよりも公然と資金援助をしている。
そこのコントラクターだろうな。
「身分証を」
「これだ。4名分」
「芦田陸将補、諏訪三佐、高橋准尉。そちらの浅野ケントは民間人ですね」
「ああ、今日の訪問予定者にあるはずだ。私の技術顧問だ」
「はい。あります。ありがとうございました。先導車についていってください」
身分証の確認中に、後部ドアが開かれ車内をチェックされた。車の下もミラーで確認している。
厳重だな。ま、新半導体を発明した会社だ。国で厳重にガードしていても当然だろう。
監視所にOKの合図をして門扉が開いていく。高機動車が進みだしたところで、追加の式神くんたちを潜入させる。同乗者も気がついていない。
式神くんは和紙が材料だから強度に問題がある。ハードな使い方をすればさらに寿命が短くなる。今後のためにも増員しておいた方が良い。
「技術顧問?」
「まあ入るための方便ですね。公式にはしづらいもので」
「もっともか」
「そのとおりですよ、デンカ」
芦田陸将補がいたずらっぽくニヤリとした。
正面入口以外には窓のまったくない白い建物まで案内された。
迷彩服自衛官と黒戦闘服のガードが待ち構えていて、殺風景な応接室まで案内してくれた。
芦田陸将補に勧められ、三人掛けソファの真ん中に俺は座る。陸将補、諏訪三佐、准尉が俺の後ろに立った。
飲み物が供されたところでドアが開き、一人の男が自衛官と二人の黒戦闘服ガードを従えて入ってきた。
背中までの長髪、派手なヨレヨレTシャツに年季の入ったベージュのカーゴパンツ。
メガネを掛けた小太りの中年男。目の下に隈を作り背が丸まっている。ボンヤリとこちらを見ている。
「こんにちは、サリー」
「……あ、コウタロー……そうか、今日だったか」
「ええ、今日です。諏訪三佐から聞いていると思いますが、今日の会合はいわばキックオフミーティングです。軍事機密および外交問題が関わってきます。護衛の方を退出させていただけますか?」
「え? あ、ああ……退出だそうだ」
「陸曹、部屋の前で歩哨に立て」
「了」
諏訪三佐が、護衛をしている自衛官に命じる。敬礼をして退出した。
サリーと呼ばれた男はわけがわからずに立ち尽くしたままだ。
「君らも出たまえ」
そう命じる諏訪三佐。サーベルの柄を握ったガードは視線を合わせて答えた。
「それはできない。董事一人にするなと命令されている」
「君は元海兵隊だな? 現階級は佐世保のPMC、マリンコープスインターナショナルの曹長か。これは高度な政治的要素が絡んでいる。君たちの上官にはいずれは参加を依頼するが、今はその時ではない。下がりたまえ、曹長」
「しかし」
「我々は君たちのスポンサーでもある。そこの少将と少佐なのは理解できるな」
「イエスマム」
「部屋の外で歩哨に立ちたまえ」
「アイアイマム」
警護がでていく様子にぽかんとしたサリーは、立ったままの自衛官と座っている俺を不思議そうに見ている
「よろしいですよ、殿下」
芦田陸将補に言われ、サリーに見えるように右手人差し指を立てて唱える。
「振動結界」
指先から細かな光の粒子が螺旋状に広がっていき、部屋全体がほのかに輝く。
もちろんちょっと演出を加えた、わけではない。光の粒子はカメラの録画を阻害するんだ。
「サリー、殿下がこの部屋に結界を張ってくださった。もう盗聴も録画もされない」
「け、結界?」
「ああ。コルボーン侯爵殿下、こちらがTSME董事のサリー・ホァン氏です。サリー董事、こちらはハズラック王国、王配であるエリオット・キャメロン・コルボーン侯爵殿下です」
「王配? ……侯爵?」
サリー・ホァンのボンヤリした目が、だんだんはっきりとしたものになる。
「……王配? Prince Consort? 侯爵? Marquess? はい?」
サリー・ホァンから視線を外さずに、座ったままで微笑む。
「ミスター・サリー・ホァン。新半導体の開発には感服している。発明者にあえて嬉しくおもう」
「……侯爵、殿下」
サリーの視線が芦田陸将補と俺の間を忙しく行き来する。
「畏まるのはここまでにしよう。私のことは日本名であるケントと呼ぶことを許すよ。私もサリーと呼んでもいいかな? ここは拝謁の席ではないな、芦田陸将補?」
「はい、殿下。ですが、本日の話題は外交に関することも含まれるでしょう」
「外交……失礼ですが、侯爵、殿下。ハズラック王国とは東欧にあるのでしょうか? 寡聞にして聞き覚えのない国名です」
サリー・ホァンが尋ねてくる。そりゃまあ聞いたことないよね。
「その前に、まず見てもらいたいものがあるんだ」
空中、なにもない空中から鞘に納められた大剣を取り出して、テーブルの上にのせる。
「え?」
「こんなものもある」
宝石がちりばめられた大剣の横、テーブル一杯に、金線で飾られた銀色に輝く華美な鎧を出して並べる。
「……いったい……どこから」
「まあ初めてみれば不思議だよな。自分たちも数日前に見せられた時は驚いた」
「何にもないところから取り出すように見えるからね。亜空間収納っていう魔法だよ。この剣と鎧にある紋章がわが侯爵家の紋章。本当は王冠も付け加えられるはずだったんだけどね。まあ、これでも飲んで落ち着こうか」
同じ紋章入りのゴブレットを人数分取りだす。小ぶりの樽も空中から取り出して、中身を注ぐ。
芳醇な果物の香りが応接室に漂う。
目が泳いでいるサリーも手にとり、おずおずと匂いを嗅ぐ。
「良い香りだろう? まだ若くてアルコールはそう強くない」
「あ、はい」
「健康に。そして類まれな出会いに乾杯」
「乾杯」
「これは美味だ。だが、葡萄じゃない? ライチ? いや違うな」
「葡萄じゃないよ。ライチに似てるけど、パイナップルほど大きな果実なんだ。俺はライチワインと呼ばせている。ハズラック王国コルボーン領の特産品だな」
「……いったい」
「わが領地もハズラック王国も、この地球上には存在しない。湧き穴の向う側にある」
※ PMC:Private Military Company 民間軍事会社。
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