BAR桜舞
「江島さん、腕と足を治療します。体も診察しますので服を脱いでください」
「お、おお」
「あなたは離れていてください」
湧き穴の自警団員控えスペースに、救護用のプレハブとテントが用意されている。俺は入れてもらえなかったが、会話ができるくらいには近くにいられた。
裸になる江島が見えた。背中に綺麗な絵がある。あのモンモン、記憶にある。古い映画の唐獅子牡丹だったな。ファンか。
江島は、テントで傷を洗われてステイプラーで縫われる。
「阪本はどうした? 結構出血したようだったが」
「病院に送りました。骨まで斬られ、ここでは治療できないほどでした」
「……そうか」
江島は処置をしてくれている看護師にたずねた。
阪本ってのは網を取り落としてオークに斬られた自警団員か。玉杵名市よりは設備も人員も揃っているようだが、血煙が上がるほどだったからな。重傷だろう。
「で、ケント。あれはなんだ?」
「だから魔法だって。そういうのがあるんだ。こんなふうにな。灯り」
江島に向けて出した手のひらにゴルフボール大の灯りをだす。
「これで傷口がよく見えるだろう?」
「……」
看護師と江島が口を開けて驚いている。
「見張りの女性、湧き穴から魔物が出てくるのがわかるんだよな。江島はわかるか?」
「自分はわからん」
「湧き穴からの魔力の流れを感知しているのだろう。あれも魔法に近いものだろうな」
「……あれがあれば怪我人を出さずに魔物を倒せる。どうすれば魔法とやらが使える?」
江島の顔をじっと見つめる。かなり真剣なようだ。
「そのへんのことを考慮中だ。玉杵名市の自警団に魔法の訓練を始めようとしている。まとまったら教えてやってもいい」
「……。順次の居場所は教えられん。あんなでも親だ、盃を受けている以上はな。対価としては教えられん」
「かまわない。魔法とは別の話だからな」
「……」
「大混乱で身を守ることが難しくなった。武器にも問題がある。魔物を倒せない。魔法を広めるとか、新しい武力を得るとか、何かしなければ人は滅びかねない」
江島がゆっくりと頷く。
「江島さん、動かないでください。頭の傷を消毒します」
「おお、すまん」
「ふふ。……日本だけではなく世界中で人が死んでいっているんだろう。このままでは魔物の世界になりかねん」
ハズラック王国は魔物だらけじゃなかったが、この世界よりは魔物による死は日常だった。仮説が正しければこっちもそうなるかもしれない。
魔帝シミオンが生き延びて、こっちにいるってことはないよな? よな?
「……。だが、アイツラは長くは穴から出ていられんだろう? 一日くらいで戻っていく」
「今はな。『今は』だ。そのうちに出ている時間が伸びる可能性がある」
「そりゃ……」
「ああ、俺は危ういと思ってる、この世界は」
「……」
「できた時のように、ある日突然湧き穴がなくなるってこともあり得るがな」
湧き穴がなくなるかもしれないが、待ってるわけにもいかんよな。魔物が日常になることも想定して、どうやって生き延びるか考えよう。
一番は金だな。なにするにせよ経済基盤がなければ話にならん。
「江島さん、これで治療は終わりですが、だいぶ血を流しています。無理しないでくださいね」
看護師に促されて救護テントを出ると、並んで湧き穴に歩いていく。
「アイツラの装備、造ってるやつがいるんだよな?」
そこに目がいくか。
「ああ、オークが自分たちでは造らんだろう」
「ってことは湧き穴は、どこかそういう職人がいるところに繋がってるのか」
「やつらも社会を作って生きてるからな。……大事になるかもな。ふたつの世界の大戦争になってもおかしくない」
「どうしてこうなったのか。不安になるな」
「銃器やミサイルなんかは使えないって自衛隊からきいている。漫然としてはいられんだろう。ま、俺は順次を追うことが第一優先だがな」
「……またうちのやつらを狙うのか?」
「ああ、そうだ」
「……。ケント、今夜は時間があるか?」
「ん? 作れないことはない」
「荒井市に俺のやってる店がある。食い物も出せるから晩飯をどうだ? 手を貸してもらった礼もしたい」
「……わかった。お邪魔させてもらう」
荒井市の繁華街、江島から教えてもらった店にいく。スナックやキャバクラなどが入っている飲食店ビルの一番奥。指定された店「BAR桜舞」だ。
「完全会員制」のプレートが貼られている。気にしないよう言われていたのでドアを開けて中にはいった。
ドアを開けた先はクロークで、覗いただけでは店の様子がわからないようになっている。
JAZZが流れ、程よく暗い照明。黒シャツの巨漢が寄ってくる。
「いらっしゃいませ。当店は会員制です。どなたかのご紹介でしょうか?」
「ああ、江島のな」
「失礼いたしました。浅野ケント様ですね、伺っております。ご案内いたします」
低音の声、左頬に長い刃物傷、服の上からもわかる筋肉のボリューム。一見乱暴者のバウンサーだが言葉づかいは丁寧だ。サッとこちらをチェックする視線は鋭かったけどね。
佐藤組事務所の式神くん映像に出てこない顔だ。店の従業員か。
席数の多くないラウンジを抜け、奥の別室に通される。大理石のダイニングテーブルから江島が立ちあがった。バウンサーが椅子を引いてくれる。
「よく来てくれた」
「こんばんは。いい店だな」
「ありがとう。さあ掛けてくれ。アンティパストから始めよう。嫌いなものはあるか?」
「アンティパスト? イタリア料理か? 何でも食べる」
「このイカツイのは近藤。こう見えてシェフでな。イタリアの有名リストランテで料理長をしてたんだ。旨いものを食わせてくれる」
「ほう、若く見えるがな。そりゃあ期待できるな」
江島の合図で食事を始めた。彼は腕の良いピッツァイオーロでもあった。この御時世ではなかなかに難しいだろうに。
俺もハズラック王国でピザもどきを再現したが、近藤のピザは確かに一級品だった。
旨いドルチェとエスプレッソの後で、ラウンジに移ってスコッチをやる。
「玉杵名市自警団で始めるというその魔法訓練なんだがな。ここでも出来ないか?」
「……」
「戦えるやつから傷ついていってる。戦力不足はいなめない」
「順次みたいな半グレを訓練するつもりはないぞ」
「自分もない。真面目なやつに力をつけさせたい」
「……ヤー公が『真面目』を口にするか」
「半グレは享楽にふけって生きたいやつらだ。真面目に生きてはいない。自分たちは世間からはじき出された者がほとんど。生き残るために罪を犯してきた。だが良い環境に生まれたかった真面目なヤツラもいる」
確かに佐藤組を見張らせている式神くんからはそんな情報も受け取っている。確認してみるか?
「だがな、クスリもやってんだろう?」
「……恥ずかしいがな。オヤジはシャブ漬けにした女たちにウリをやらせている」
「まるで他人事だな。若頭なら関わってんだろ?」
「止めてはいるんだが……。外から入ってこなくなって、自分たちで……。程度が悪くて死人も多い。おれは見て見ぬふりだ」
江島はグラスを見つめ、一気にあおった。親分を諌め、幹部たちと言い争う場面が式神くん映像にある。江島自身はやりたくないのか。
「盃を返すってのもあるんだろ?」
「いろいろ難しいが、先代との義理がある」
「ん? 佐藤孝之介がよくて盃を受けたんじゃないのか?」
「自分は先代に惚れてこの道に入った。先代の舎弟、佐藤孝之介を漢にしてやってくれと死に際に頼まれ、佐藤の杯を受けた。……ウラの顔を先代も知らなかったんだ」
「ウラ?」
「カタギさんに話していいことじゃない」
ふーん、あれかな?
佐藤孝之介にかかってきた脅すような電話。
ひどく慌てた口調で話した後、「くっそー! いつまでしゃぶられなきゃならん!」と激怒していた。
「善人の暴力団員」は矛盾した言葉だが、江島はイイやつなんだろう。
酔いにまかせ色んな話をしたが、映画談義で盛り上がった。
ここにも古い映画のファンがいたんだ。
芦田陸将補は時代劇だったが、江島はヤクザ映画ファン。生まれてもいない時代の映画に造詣が深かった。
「じいさんが持っていた古い映画のビデオ、夢中になって観たからな」
「へえー」
「親がいなかったから、浅草のじいさんばあさんに育てられた。近所にテキヤも多かったから任侠モノがお気に入りだった……まあ、テキヤと博徒の区別もわからん小僧だったがな」
「浅草か。電気ブラン、うまいよなぁ」
「ふふふ……ケントはよく食うし、よく飲むな」
「そうか? 普通だと思うが」
「いや、あの量、五人前も食わん。いくら奢りでもな」
「おお、そうだった。ごちそうになるんだったか。払うつもりだった」
「いい。礼でもあるからな。……自分がこの道に入ったのは憧れたからだ。義理と仁義にな。博徒の暴力モノも見たが、あれは好かん」
「実録モノとか?」
「任侠とはいえんやつな。だが、映画と現実とはちがう。結局金が全て。もうテキヤも博徒も区別がなくなった。それに加えて半グレ、中華ギャング。もっとも、金に汚いのはヤクザだけじゃないがな」
「確かにな」
「……」
「任侠か。嵐が来ている日本には、最も必要なことかもな」
それからは江島の口が重くなっていった。物思いに沈みがちな江島、もう失礼しよう。
「近藤さん、美味しかったよ」
「ありがとうございます。どうぞ近藤と呼び捨てに。健啖家の方は大歓迎です。ご予約いただければ色々とご用意させていただきます」
腰の低い巨漢のバウンサー、じゃなく料理長に見送られて店を後にする。
解毒魔法で酔いを覚まし帰路についた。車の中で考えを巡らせる。
暴力装置。
公に認められているのは、自衛隊と警察。表の暴力装置。
非公式には暴力団。裏の暴力装置。
取り残された米兵も暴力を商売にしているらしい。
その他のモノは情報が足りない。宗教関係はどうか?
暴力と金。
「考える時間をやらないとだめか。まあ俺もこっちでは貴族の地位もないしな。ふーむ、説得力か?」
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