芦田陸将補
執務室で本日の書類に押印する。
「印鑑はなくすと大臣が言って、見直されたはずなのにな。大混乱で復活しやがって」
「芦田陸将補、押すだけなんですから文句は言わずに処理してください」
隣席の副官、諏訪三佐に窘められるのはもう快感に近い。
危ない危ない。
しかし、こいつはなんだって俺の副官を希望したんだか。
空挺とレンジャー徽章持ちでS(※1)のヤツラよりも有能な才女。部隊長か幕僚にして、指揮を取らせたいと陸将たちが考えてたのにな。
まあ、美人で魅力的ではあるんだ。性格きついけど。
男性隊員たちはそこがいいと言ってるが、なびいた話は聞かない。
WAC(※2)に熱烈なファンが多いとも聞く。
「よし、終了だ。諏訪三佐、少し相談がある。他の者は休憩に行ってくれ」
「了」
他の副官たちが退室すると、諏訪三佐と応接セットに座る。
すかさず、タンポポコーヒーを出してくれる。どこから出したのやら。
「諏訪三佐、頼んでおいた調査はどう?」
「浅野ケントは、前回以上の資料は出てきません。やはりここ七年間は空白です。降参します」
「ほう、珍しいな。諏訪三佐が負けを認めるとは」
「仕方ありません。PX以外でという賭けを申し出たのは私ですから」
諏訪三佐はそう言いながら左の耳の後ろに手を当てている。副官たちと決めている「誰か聞いている」のハンドサインだ。盗聴器を見つけても処分しないよう命じてもいる。
「まあいい。かなりの戦闘能力だが、組織に収まりそうにないなぁ。問題をおこしそうだなぁ。調査は続けてくれ(棒読み)」
「では、次です。武器の分析ですが、TSME(※3)の広報からの回答です。基礎研究はしているが、不明点も多いとありました」
「詳細は?」
「企業秘密と」
「だろうなぁ。じゃ、魔法は?」
「TSME広報の失笑をかいました。また駐屯地内で聞いて回ったところ、総監部総務課から仕事しろと苦情をいただきました」
「予想通りか」
「ええ、まったく」
「では賭けの話だが、玉杵名市で営業再開を準備している店があるんだ。試食に誘われている。懐は痛まんぞ。明日の自警団指導には君も参加してくれ」
「了」
諏訪三佐の退室を見送って、タンポポコーヒーを口に運ぶ。
「はぁー」
ため息も出るってもんだ。まったく、浅野ケントという男は謎だな。
あの身のこなし、剣技、おまけに俺よりも魔法が使える。
手品レベルじゃなく戦闘に使えるとは。ほんとにラノベじゃないか。
教えてくれるだろうか。
信用されて話してもらったのだろうが、何かの「意図」があるように思えてならない。ではどんな「意図」だ? 何が目的だ?
もし俺にあの力があったなら、何を望む?
自衛隊での出世などクソ食らえだ。だが他では「戦闘」を手に入れられない。いや、今ならやり放題なのか。
「命を奪う」ことは好きになれない。だが戦闘で感じるあの緊張感は麻薬だ。ジリジリするあの恐怖は癖になる。
「ナタリーが言った通りなのか」
SASとGCP(※4)の秘密作戦で出会った女傑。たおやかだが、侮れない女性。
ベッドで忠告してくれた。
『コウタロウ・アシダ。あなたは危ない。そのうちに戦いに飲み込まれる。いい子だからこっち側、地獄に来ちゃダメよ』
戦わない自衛隊なら大丈夫だと思っていたんだがな。戦うようになっちまった。
いや連想のし過ぎだ。いまは浅野ケントだ。
あいつも俺と同じなのか? 海外で地獄を見てきたのか。
くそ、まただ。自分と重ねるな。
二十歳の男が力を得たら何を望む?
金か、女か、地位か、名誉か。
二十歳? 雰囲気は、もっと年上だ。タメ口だしな。
急いで机に戻り、諏訪三佐がまとめた資料を引っ張りだす。
玉杵名警察署での聞き取り。浅野ケントの生年月日。
あの見た目で同い年じゃないか。
東北に多いクオーターの見た目。
いや岩手出身の俺だ、東北にクォーターが多いなんて聞いたこともない。
鍛えたら成長したとの説明。
行方不明になったときは身長170cm、帰ってきた今は190cm。
鍛えたからといって、おっさんの背はそうは伸びん!
病気か? 巨人症? いや成人後は先端巨大症になるんじゃなかったか?
行方不明前の写真がほしい。前から目は青かったのか?
『芦田陸将補が考えているよりアニメとゲームの知識が役立つよ。そんな世界になってるようだから』
もし、もしだが、いや。
だが、ゴブリンにオーガ、湧き穴、魔法。
……異世界。
もしもそれがキーワードだったら?
「諏訪三佐、入ります」
副官たちが戻ってきたのをあまり意識していなかった。
「芦田陸将補?」
「ん? 呼んだか?」
「はい、何度も」
「……」
「大丈夫ですか?」
「……ああ、問題ない」
そう言って諏訪三佐を見つめた。
証人がいる。自分の正気を疑う時が来るとは思わなかった。
左手を耳に当てて話し始めた。
「諏訪三佐、俺は今から休暇に入る。貯まっているしな」
「はい?」
「君も貯まっているだろう? 今から一緒に休暇だ。緊急で大事な相談事ができた」
副官たちが目をむいたが、ハンドサインに気がついてくれた。
「急な私事だが、親代わりの伯父が来ることになった。今しか相談する機会がない」
「了。市ヶ谷チャペルでのファンファーレを具申いたします」
「……」
無表情になった諏訪三佐から他の副官たちに視線を移す。
「予定を変えて申し訳ないが、諸君たちに後を任せる」
「了」
※1 S:JGSDF Special Operations Group 陸上自衛隊の特殊部隊。特殊作戦群、特戦群、Sと呼ばれることもある。
※2 WAC:Women's Army Corps ワック、女性陸上自衛官。
※3 TSME:Taiwan Semiconductor Manufacturing Enterprise 架空の台湾半導体メーカー。
※4 GCP:Groupement des Commandos Parachutistes フランス陸軍空挺コマンドーグループ。本作では第2外人落下傘連隊特殊部隊を指す。
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