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女子修道院

第1章

 私はどこにいるの? どこに行けばいいの?

 見覚えがあるような、ないような、大きな建物の中を歩き回る夢をよく見た。

 10代になっても、繰り返しよく診る夢。

 夢から覚めるといつも思っていた。

 本当の私は、どこかほかのところにいて、全く別の人生を歩んでいるのではないかと。


 物心ついたときから、大きな家でたくさんの子ども達と生活していた。。たくさんの修道女がいて、世話をしてくれた。ちょっと怖いシスターもいたけれど、優しいシスターも多かった。

 さみしくはなかった。マリアンヌ様がよく会いにきてくれたから。彼女がもってきてくれるお菓子や、よい香りのするクリームも嬉しかったけれど、何よりマリアンヌ様が話してくれる冒険談を聞くのが楽しみだった。

 「あなたもここを出たい?」

 「うん、早くおとなになって外に出たい!」

 「そうね、でも外で暮らしには、それなりの準備がいるわ。」

 「何をすればいいの? 私、すぐに準備するわ!」

それから、私はマリアンヌ様の助手として、薬草治療の手ほどきを受けることになった。


 修道院にいる女の子たちは、ここを出るために何か技をつけることが推奨された。音楽院に進んで、楽器を演奏できるようになることは、みなの憧れだった。

 だから私のように、治療師になろうとするのは例外で、はじめはみんなとても驚いた。でも、マリアンヌ様が作ったクリームが大評判になると、修道院でも彼女の助手になろうとする子たちが続出した。


 マリアンヌ様は「ジュリエットは覚えが早い」ととても褒めてくれた。褒めてもらえるのがうれしくて、彼女から「少しは休みなさい」と言われるほど、毎日作業に没頭した。

 マリアンヌ様は知識の宝庫だった。私にとっては優しい母であり、何でも相談できる姉であり、頼れる先生であり、人生の師だった。


 だから自分の母が誰なのか、父はどういう人物なのか、なんて考える必要もなかった。私は世界に飛び出す準備で心がいっぱいだったから。


 ある日マリアンヌ様と二人で、大量に注文を受けたクリームの包装作業をしていたときだった。

 「ねえ、ジュリエットは結婚したいと思う?」

 「え、どうかしら? 」

 ちょうどその頃、修道院にいた仲のよかった友達の一人が、婚礼のためにお別れしたところだった。さる伯爵家の血を引くと噂されていたものの、庶出であったため、この修道院に送り込まれていたのが、何らかの事情が変化したのか、さる貴族のもとにお輿入れが決まったのだ。みんなうらやましがっていたけれど、私はマリアンヌ様のようになりたいと思っていたので、お友達との別れのさみしさはあっても、うらやましさは感じていなかった。


 「マリアンヌ様は? なぜ結婚しなかったの?」

 「そうね、結婚したいと思った殿方がたくさんいすぎて、選べなかったのよ」

そう言ってカラカラと笑う。

 「殿方を選ぶ?!。そんなことができるの?」

 「私の大切なジュリエット、あなたには、このマリアンヌが素敵な殿方を選んでさしあげるわ!」

そのときはマリアンヌ様ならではの冗談かと思っていたら、その半年後、彼女は本当に私にある殿方の話を持ってきた。


 父も母もわからない自分に、まさか結婚話が来るとは思わなかった。

 マリアンヌ様は私に「結婚も外の世界に出る手段の一つ」だと説明した。そしてこのときはじめて、マリアンヌは私の両親のことを話してくれた。それは何か物語りを聞いているような気分だった。


 婚約の儀式も、婚約者不在の形式的なものだったので、本当に自分が結婚するのかと実感がなかった。

ただ、共和国の養女という晴れがましい立場になるために、いろいろな知識や教養のレッスンを受けることになった。

 そのため、修道院を出て、元首宮の一室で、いろいろなことを学んだ。美しい衣装も目を瞠ったけれど、新しい世界が刺激的で、「結婚は外の世界に出る手段の一つ」といったマリアンヌ様の言葉に納得した。


 婚約期間中、婚約者から私あてに手紙が何通も届いた。情熱的な文面に驚いた私は、どう返答して良いか分からず、読んで欲しいとそれをマリアンヌ様に渡していた。彼女は手紙を受けとると、少し考え込んでしまった。

 そのとき、私はなぜか、この手紙の本当の宛先はマリアンヌ様なのではないかと思った。何か秘密の暗号が書かれているのではないかと。


 私は、恋愛感情というものを知らないまま、キプロスへと旅立った。

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