第7章 ファーレンハイト(前編)
第7章 ファーレンハイト
ファーレンハイト。PPC、Pレーベルにおいて人気No.1のボーカルアンドダンスユニットであり、エンタメ性に振り切ったパフォーマンスは非常に高レベルで、国民的アーティストといっても過言ではない。若者を問わず、知名度は抜群で、今の国内の音楽シーンを引っ張る存在であり、海外の音楽レーベルやブランドとも契約を交わし、音楽のDLCサイトではランキング常連の国際的にも人気のユニットだ。
グループ内には、たったひとつのルールがある。リーダーに絶対服従。リーダーとは、七星ひゅうが(19)のことで、彼の命令に、メンバーは絶対に従う。
11月。
ファーレンハイトの専用のスタジオ。そこに、メリのふたり、なぎとれいとは来ていた。いつも通り、マネージャーの熊谷の送迎だ。
しかし、車中、気まずい雰囲気が流れていた。
「ファーレンハイトのスタジオ、大きいね!初めて来た!」
「、、、」
車から降りる。なぎは建物の大きさに驚いた。れいとに話を振る。返事はない。
ふたりの間を、冷たい風が吹き抜ける。厚着をしてきたつもりだが、指先が冷たい。
「、、、」
「なぎ君」
熊谷が車中からなぎを呼ぶ。なぎが振り返る。
「大丈夫ですか?」
「あー、、、うん、多分、、、」
「私は帰りますが、、、白樺君とふたりにしても大丈夫ですか?」
「、、、」
ことの発端は数日前に遡る。
サンライズとのコラボを経て、次はいよいよファーレンハイトとのコラボだ。熊谷が、ファーレンハイトのマネージャーと話し合い、メリとファーレンハイトの打ち合わせの日程を決めた。
学校にいたなぎにその件で連絡があったが、なぎはその前に、とある用件でひゅうがとメッセージをやり取りしていて、熊谷からの連絡を読むのが遅れた。また、その後もひゅうがといて、メッセージを読むタイミングを逃した。
そのうち、スマホに留守電が入った。れいとからだった。一言、うそつき、と入っていた。驚いたなぎは、何回もれいとに電話をかけた。出ない。メッセージも既読されない。無視されている。その件を熊谷に相談し、熊谷がれいとと話したが、なぜそのような留守電を残すにいたったかを話してはくれなかった。それから、なぎら何があったのか、自分が何かしたのか、れいとに話しかけた。しかし、返事がない。熊谷が原因を探すので、しばらく放っておくように、と言うので、そのようにした。その間にも、なぎはれいとにメッセージを送った。気遣ったり、話し合おうという内容だ。そのうち、ファーレンハイトとの打ち合わせの日になった。
「俺なんかしたかな、、、」
なぎは、ずっとこれだ。
なぎの浮かない表情に、熊谷も心を痛める。
なぎはれいとが拗ねている理由に全く心当たりがないが、自分に過失があったと思っている。それが和解のきっかけになるはずだとも。
冷静で、誠実で聡いれいとらしくない、拗ねたような態度。
いったい、れいとはどうしたというのか。
「なぎ君は悪くありませんよ。、、、一ノ瀬君に話を聞いてみて下さい。」
「えっ」
るき君に?
そういえば最近忙しくてるきと連絡を取っていなかった。どのみちこれから会う。熊谷の車を見送り、なぎは、相変わらず目も合わせないれいとと、ファーレンハイトのスタジオへ足を踏み入れた。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です、、、」
敷地内へ入ると、待っていたのは五十嵐つきはだった。ふたりはそれぞれ挨拶をした。
「よう、メリ。皆いる」
つきはとは、れいとは交流があった。ポップコーンの、ゆうやの誘拐騒動の時だ。
つきははふたりを案内しながら、どことなく、れいとの様子と、なぎの様子もおかしいことに気がついた。
「、、、で、ここ、ミーティングルーム。」
コンクリート打ちっぱなしの、前衛美術の飾ってあるかのような広々とした廊下の突き当たり、ドアを開くと、ファーレンハイトのメンバーが揃っていた。ただひとりを除いて。ひゅうがが不在だった。
「よー、メリのおふたりさん」
ふたりにまず声をかけてきた人物、椅子に深く腰掛けて長い足を持て余しているのが、睦月ひかるだ。部屋の真ん中にいる。それから、向かいのテーブルに行儀よくくるぶしを揃えているのが四宮たかひろ。メリのふたりと交流のある三宅すずが、奥のソファからにこやかに手を振った。視線をスライドさせて、壁に背中をあずけて立っているのがニ丸とうやだ。とうやに関しては、ほぼ情報がない。そして、一ノ瀬るき。るきは気まずそうにふたりを見た。
「メリのふたり!こうして会えてうれしいよ!僕たちのスタジオへようこそ」
すずが、ソファから立ち上がり、ドアのあたりでたたずむふたりを室内へ迎え入れる。
「知り合い?」
つきはが問う。すずは前にちょっとね、と答えた。他にはたかひろにもふたりは会ったことがある。クリエイティブイベントで他ユニットとコラボする中で、いつの間にかファーレンハイトのメンバーと会っていたのだ。
「お疲れ様です!今日はよろしくお願いします!」
なぎは全員へ向けて深々と頭を下げた。れいとも同じようにした。
「来てもらって悪いが、肝心の大将が遅刻するらしくてな」
テーブルについたふたりに、ひかるが話しかける。
ひかるも、ふたりに初対面ではない。なぎとは会えば世間話をするし、れいととはツインテイルのコラボで一度会っている。しかし、ひかるはその際はほぼ会話をしなかった。わざとだ。送迎に徹していたのだ。ひかるのことだ、あえてだったのだろう。
「うちの新入りが世話になってるらしいじゃねぇか。他にも、すずとたかひろはもう会ったことがあるっていうからよ。よーく話聞かせてもらおうかな」
ひかるはふたりに興味津々といった様子だ。すずに、たかひろ、それからつきは、初対面ではないのは、気が楽だった。それにるきは大親友である。サブリーダーのひかるも気さくで、話しやすそうだ。なぎはほっとした。あとはれいととのことだ。業務連絡のようなことは会話してくれるようなので、ファーレンハイトのメンバーに失礼のないように打ち合わせが済むといいと思った。るきには後から話を聞きたい。
いつの間にかすずが飲み物を用意していた。それを手伝いながら、つきはがひかるに尋ねる。
「ひゅうがさん何で遅れるって?」
「あー、、、いつものだ」
「あ、たぶん昼頃には来るかと、、、」
つきはとひかるの会話に、なぎが入った。れいとの予定の想像がついていたからだ。
それを、れいとは聞き逃さなかった。顔色が変わる。るきも、その様子に気がついた。まずい。
「さすがなぎ。ひゅうがのことはなんでも知ってるってか」
ひかるがからかう。なぎは困ったようにはにかんで、そんなことはないです、と返した、、、と、ほぼ同時くらいに、れいとが立ち上がった。
がたん、と椅子が大きな音を立てた。
「帰ります」
「え!?」
なぎも驚いて、慌てて立ち上がる。れいとは足早にドアに向かう。
「れいと君、まっ、、、」
「なぎ!待て、俺が行く!」
れいとを止めようとしたなぎの腕を掴んだのは、るきだ。なぎをその場に留めて、自分がドアへ走る。れいとを追った。
なぎと、まったく事情のわからないファーレンハイトのメンバーはその場に取り残された。ひかるは面白そうにしていたし、とうやはまったく関心を示さない。反応は三者三様だった。
廊下で、るきは、れいとを追った。
「れいと!」
「、、、」
「おい待てよ!行くとこねぇだろ!鍵!」
「、、、」
れいとは止まって、振り向いた。
るきは、自分のパンツのポケットから自宅の鍵を渡した。カードキーだ。指紋認証でも入れるが、るきだけだ。れいとを見る。ひどい顔をしていた。
「れいと、、、」
「悪い」
れいとは、カードキーを受け取って、去った。るきはその場で盛大にため息をついた。その時だった。
「うわぁぁぁーん!!!!!」
びくり。るきは^が驚いて振り返る。
先程までいたミーティングルームから、なぎの声がした。子供のような、大きな鳴き声。るきは慌てて部屋に戻った。
「なぎ!」
ばん、と部屋に入る。
「おー、よしよし、大丈夫大丈夫、、、」
ミーティングルームでは、なぎが大泣きしていて、ひかるに抱きしめられていた。慰められていた。るきは、なぎが抱きついている、ひかるの着ている服の値段を考えて、ぞっとした。なぎの顔が涙とか鼻水でぐしゃぐしゃで、それは、初めて見る顔だった。
「なぎ、、、」
「何があったか知らねぇけどひでぇなぁ、こんなに泣かせて」
「かわいそうに。はい、鼻水ちーんだよ」
すずが、なぎにハンカチを差し出す。さすがのとうやも、遠くからだが、なぎの様子を、困惑したように、それでいて怪訝そうに見つめていた。
「こんなとこ、ひゅうがさんが見たら、怒るじゃ済まないぞ。あいつ、、、」
つきはは物騒な表情をしていた。それをたかひろが静止した。
「ではさっそく事情を知る人間を問い詰めようか」
その場の全員の視線が、るきに集まった。
「、、、」
るきは一瞬、死を覚悟した。
ーーーーーーー
一方、れいとがファーレンハイトのスタジオの門まで来た頃。
バイクの音。
「、、、!」
ひゅうがだ。
バイクから下りる。フルフェイスのヘルメットを外す。
「おまえ、、、」
「、、、」
前回、ひゅうがと会った時のことを思い出した。決して良い思い出ではない。これから、ひゅうがはミーティングルームへ向かうだろう。なぎは、どんな様子だろうか。なぎを見たら、どんな反応をするのだろうか。
れいとは、先輩であるひゅうがに挨拶もせずに、その場を立ち去ろうとした。
「待てよ」
ひゅうがから、声がかけられる。
れいとは立ち止まって、振り向いた。
「メリが解散したら、なぎを、ファーレンハイトに入れる」
「、、、え?」
ひゅうがはゆっくりとバイクから降りた。
今、この男はなんと言った?
「おまえ、メリが解散しても、自分は大丈夫だなんて、思ってねぇだろうな」
鋭い視線、言葉。
「おまえなんて才能ねぇよ。さっさと消えろ。なぎの足引っ張るな」
そう言うと、ひゅうがは門の中へ入って行った。
れいとは、その場に立ち尽くすしかなかった。
れいとは、若く、浅かった。ひゅうがの言葉の、その通りの、なんとなく、漠然とした、自分は大丈夫、という考えがあった。それは、自分が50000人のオーディションから選ばれた実力があるという確かな事実に裏打ちされたものであり、ファーレンハイトに入る予定だったことや、メリとしての活動。今まで、なんとなく、上手くいっていたことから来る、根拠のない感情だった。自分が車に轢かれることを想定しながら道を歩くひとがいないように、当然の想定だった。
心のどこかで、自分のほうが、なぎより実力があると思っていた。
心のどこかで、なぎよりも、自分のほうが、商業的な価値があると思っていた。
それは、間違いだったのかもしれない。
自分はただ見てくれと、運が良かっただけで、何もないのかもしれない。
ここ数ヶ月の夢のような日々が、砂のように崩れていく音が聞こえた。
なぎ、凪屋なぎ。
なぎが、くれた日々。なぎが選んでくれた自分。
本気だった。嘘じゃない。
なのに、白鳥せつなを選ぶのか。
自分は、捨てられるのか。
自分だけが、本気だったのか。
なぎが、るきが、今後もPPCに残って、自分だけが、もとの世界に戻らなくてはいけないのかもしれない。自分だけが取り残される。自分だけが誰からも必要とされない。
今は、帰る場所もなかった。
最悪の気分だった。何も感じない。頭痛がする。呼吸が苦しい。
るきのマンションに戻る気にもなれなかった。
冷たい風がれいとに吹き付ける。どうにかする気力も、もうなかった。
ーーーーーーー
「遅れた」
ミーティングルームに、ひゅうがが入ってきた。しかし、すぐに眉をひそめた。
るきが、部屋の真ん中で正座させられていた。他メンバー全員がるきを見下ろしている。何だこの状況は。なぎは?ひゅうがは視線でなぎを探す。いた。俯いている。何かあったのだろう。ならば、この状況は新人いびりなどではない。ひゅうがの頭はよく回転した。
「よう、大将」
「ちょうどいいタイミングだ。これから尋問だ」
「お疲れ様です、ひゅうがさん」
ひかる、たかひろ、とうやの順で、ひゅうがに話しかける。しかし、それを一瞥して、足早に進んで、まず、なぎに近寄る。
「なぎ」
「、、、あ」
なぎ、ともう一度声をかけた。
肩に手を添える。なぎがようやく顔を上げた。目が赤い。泣いたのだろう。抱き寄せる。
「ひゅうが君、、、」
「なぎ、遅くなってごめん。いてやれば良かった」
「、、、」
なぎは泣き止んではいるが、落ち着かない様子だった。れいとは、床に正座しているるきを見た。すると、つきはが近寄ってきて、ひゅうがに問う。
「今来たんですか?じゃあ、白樺とすれ違いましたか?メリの片割れ。あいつ、、、」
「会った。もう2度と会わねぇかもな」
「えっ」
ひゅうがの言葉に反応したのはなぎだ。
「ひゅうが君、どういうこと、、、」
「まずは経緯を聞こうか。なぁ、一ノ瀬」
るきは気まずそうにしていたが、ひゅうがの視線をちゃんと受け止めていた。
「るき君、おとなしく全部話した方が懸命だよ」
るきの隣に、すずがしゃがむ。るきの肩を持つ。四面楚歌。逃げ場無し。
しかし。
「い、いやです、、、」
「!」
その場の全員が、るきの意外な返答に驚く。
「ひゅうがさんが話せと言っている。逆らう気か」
とうやが詰め寄る。ファーレンハイトのルール。リーダーに絶対服従。それを忘れたとは言わせない。
しかしひゅうがはそれを手をかざして制した。
「俺は、最初に、れいとから話を聞きました。俺はなぎともれいととも、し、いや、ゆ、、、と、友達です。けれど、どっちの味方もできるほど、俺器用じゃないんです。」
るきがぽつりぽつりと話しだす。
「だから、最初に話を聞いたれいとの方の味方をします。、、、あいつ、ひとりになっちまうから。だから、、、全部は話せない。話していいと思うところだけ、話す。」
その頃には、るきの顔はしっかりと、いつも通りだった。強い視線。るきの持つ武器のひとつ。
「なぎ、、、どうしたい。」
「え、、、」
ひゅうがが聞く。
なぎは、考えた。
今日は、メリとファーレンハイトとの、クリエイティブイベントでのコラボについての打ち合わせのはずだった。それを、自分たちの内輪揉めでこんな風にしてしまった。
れいとは、どうして自分を避けているのだろう。自分の何に幻滅したのか、怒っているのか。留守番電話に残っていた言葉の本懐は何なのか。知らなくては、解決しない。それから、解決の定義。
「お、俺は、、、」
どうなることが、解決なのか。
「元通りに、、、また、れいと君と、、、だから、、、」
なぎは自分の袖で涙を拭った。
ひゅうがから少し離れる。勢いよく頭を下げた。ファーレンハイトの全員に、だ。
「あの!皆さん!ごめんなさい!今日は打ち合わせに来たのに、なんかこんなことになって、ごめんなさい!」
なぎはできるだけ大声で謝罪をした。誠意を示したつもりだ。ちなみに、ファーレンハイトの全員、るき以外、この事態をまったく気にしていなかった。むしろ数名は楽しんでいる。
「るき君!」
「お、おう」
なぎがるきを見る。
「話してほしい。話せるところだけ。」
「、、、」
「それから、ありがとう。俺が、、、俺が知らない何かを、れいと君は抱えていると思う。るき君が、れいと君の味方をしてくれて心強いし、嬉しい。、、、どうか、ずっと、れいと君の味方でいてあげてね。」
「なぎ、、、」
なぎはしゃがんで、るきに目線をあわせて言った。ひゅうがが少し策を講じれば、るきは全てを話さざるをえない。しかし、そうはしないようだった。るきはどこからどこまでを話すかをよく考えた。それから話そうと思った。どうしたらいいのか。れいとの家庭事情に何かあってうちにいることは、伏せようと思った。そうなると、いきなり本題に入るしかない。多分、口にすべきではない人物の名前を、口にしなくてはならない。ひゅうがに殺されるかもしれない。るきは、覚悟を決めて、話した。
「し、白鳥せつなのこと、、、」
「え?」
「なぎ、知ってる?」
「え、う、うん、、、。せつな君は、え、みんな知ってるよね?」
なぎは、背後のファーレンハイトの面々に振り向いた。当然全員、白鳥せつなを知っている。
「ひ、ひゅうがさん、、、」
るきがひゅうがに助け舟を求める。ひゅうががなぎにどこまで話したか、自分が話していいのか、である。ひゅうがはため息をついた。腕を組む。
「なぎ」
「?」
「あいつを、、、空港で見たと言う話があって、調べたら、帰国しているらしい。」
「えっ」
これは、あつしの情報だ。五十嵐兄弟を通して、ひゅうがに話が来た。
「えーと、、、」
なぎはぽかん、としている。しかしすぐに、普段のなぎになった。
「そうなんだ!うわー、、、久しぶりかも。元気かなぁ?最後に会ったのって、ひゅうが君に空港に送ってもらった時だよね?」
「ああ。」
「せつな君、、、どうして急にメリを辞めたのか、どうして急に外国に行っちゃったのか、、、俺、わかんないんだ。なんで戻ってきたんだろう、、、」
せつなの名前に、ファーレンハイトの面々はあまり良い顔をしなかった。るきは気づいた。白鳥せつなはあまり好かれていない。
「ひとつ、噂話を聞いた。けれど、確証がないから、黙ってた。」
「せつな君の?」
「、、、こっちで個人事務所を立ち上げるかも、という話だ」
「ええっ」
なぎのリアクションはニュートラルだ。今の所、事実に対し、驚く以外の喜怒哀楽が添えられていない。ひゅうがは慎重に、なぎの顔色をうかがいながら話を進めていたのだ。せつなの件を、なぎがどう思っているのか。話題を出して、なぎが嫌な思いをしないか。ひゅうがはいつだって、なぎの気持ちを考えていた。
「み、みんなそれ聞いた、ん、ですか、、、?」
なぎがファーレンハイトの面々を見回す。
「聞いた。マネージャーからな。まぁ、雑談のひとつって感じで」
ひかるが答える。他のメンツも首を縦振った。全員知っている話題のようだった。
「それが、えーと、何か、れいと君と関係ある?」
なぎの問い。いよいよ本題だ。
「噂はもうひとつ入ってきたんだ」
「もうひとつ、、、」
「白鳥せつなはおまえを、その個人事務所に引き抜こうとしている、、、そういう噂だ」
「えぇ⁉︎」
なぎのリアクションは、まさに、今はじめてその事実を知ったことを示していた。
「え!?俺知らないよ!?せつな君とずっと連絡とってないし、、、え、何で、、、え、熊ちゃんは?代表取締役とかも、知ってるの?それ信じてるの?」
「さぁな。、、、お前に話が行ってないのなら、知らないんだろう。」
「、、、で」
るきがようやく口を開く。
「俺、その噂をれいとに、、、言ったんだよ。そしたらあいつ、なんか焦ってて、、、留守電聞いたか?」
「あっ、、、」
「なんかあいつ、、、ここ数日調子悪いみたいで、多分メンタル的にいろいろきてるっぽいから。なぎのこと、白鳥せつなに取られると思ってる。なぎに捨てられると思ってる。」
るきの話で、ようやくメリのふたりがぎくしゃくしている理由が、全員に明かされた。
「ほー、、、」
ひかるは面白そうにしている。
「なぁ、なぎ、実際白鳥せつなに誘われたらどうするんだ?」
「え!?」
「白樺を捨てて、またいっしょにやろうってだよ。」
「れいと君を捨てたりしないよ!」
なぎは即答した。
るきはそれを聞いて、ほっとした気持ちになった。そうだ。そうじゃないか。自分でさえ、なぎはそう答えると思っていた。なのに、どうしてれいとはなぎに疑心暗鬼になって、自棄になっているのか。何があるというのか。
「ははは、だよなぁ!」
ひかるがなぎの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「なるほど。やっと話が見えたな」
「若者っぽい揉め事だね。素敵だよ。」
たかひろは納得したようで、それから、すずは相変わらずにこやかだ。つきはがそれを受けてため息をついた。
ティーンエイジャー特有の揉め事のように思える。本人たちは至極真面目に悩んでいても、だ。
「なぎ」
「は、はい」
「どうするか、決めよう。」
ひゅうがはなぎのもとに行って、なぎの手をひいて立たせた。肩を抱いて、椅子へ誘導する。他のメンバーもそれぞれ座り出した。るきも立って、なぎに続く。
「なぎがどうしたいか、話そう。力になる」
「え、でも、、、。そんな、これ以上迷惑かけられないよ、、、」
なぎも椅子に座る。ひゅうがはなぎの向かい側に座った。足を組む。すると、進行役はひかるに移った。
「なぎ、今日はクリエイティブイベントの打ち合わせに来た、そうだろ?」
「え、あ、はい、、、」
「俺たちは、メリとコラボすることは決定なんだ。うちのルール、リーダーに絶対服従。」
「あ、、、」
ひゅうがを見る。
「俺は、、、俺も、さっき言った通り、れいと君と仲直りしたい。それで、俺も、、、」
俺も。
珍しく、自分の望みがはっきりとわかる。
れいとの顔を思い浮かべる。
なぎはぐっと背筋を伸ばして答えた。
「俺も、ファーレンハイトとコラボしたいです!メリとして、れいと君とふたりで、、、!」
「いい返事だ。じゃあそのためにできることを考えような」
ひかるはにこりとすると、なぎは思わずどき、とした。いや、ひかるに微笑まれたら、たいていの人間は見とれる。
「ひゅうがさん、メリとどんなコラボしたいか考えていました?」
つきはがひゅうがに問う。
「、、、11月末に、ファーレンハイトのライブがある。」
「あ、知ってる」
「それに出てもらおうと思っていた」
「え!?」
なぎは今日いちばん大きい声でリアクションをした。
「ふぁ、ふぁ、ファーレンハイトのライブに!?恐れ多くてそんな!」
「、、、ふふ。何だそれ。おまえならたいしたことないだろ」
ひゅうがが珍しく笑う。その場にいたメンバーは驚いたが、黙っていた。きっとなぎの前では、いつもこうなのだろうと、察した。なぎの前ではよく笑うのかもしれない、と。
「え、えと、、、でも、それ、コラボっていうか、、、」
「そう、だから、、、メリに、いやおまえに、ライブの一部分をプロデュースしてもらおうと思っていた」
「はぁああああ!?」
なぎが驚いて立ち上がる。がたん、と音を立てて椅子が倒れる。
もちろん、ひゅうがに対してこんなリアクションをできるのも恐らく、この世界でなぎしかいない。
「ぷ、プロデュースって何!?」
「この場合演出や選曲だろう。」
そう答えたのはたかひろだ。ライブの衣装担当。演出もやる。
「振り付けは俺が。総合的にはひかるが総合演出の担当だ。、、、つまり、俺たちをよく使え、ということだろう。」
珍しく、とうやが口を開く。なぎは驚いた。このひと、しゃべるんだ、と思った。
「なぎならできる。メリと、ファーレンハイト、両方の良いところを活かして、考えて欲しい。そう言うつもりだった」
だった。とは。そう、メリが今こんな状態でなければ、という意味だ。
「つまり、コラボの件、メリの内輪揉めの件、僕らは両方を同時進行で解決していかなくてはならないね」
すずが言う。なぎは、え、と言った。
「僕ら、、、って、あの、ひゅうが君以外の、、、その、皆さんも、力を貸してくれるんですか?」
「もちろん。かわいい後輩が心配だからなぁ」
「当たり前だろ」
即答したのは、ひかるとるき。
「ま、ひゅうがさんのためだからな」
「、、、同じく」
つきはととうやもなぎを見る。
「ふふ。がんばろうね」
「凪屋はひゅうがさんが贔屓にしているからずっと興味があった。」
何を考えているかいまいちわからないすずと、たかひろも返答した。
全員、目的は同じになった。
ないはじわりと心の奥から、温かいものが込み上げてくるのを感じた。
「じゃあ作戦会議だな」
「はい、提案」
ひかるが場をしきると、つきはが挙手をした。
「二手に別れよう。なぎの味方組と、れいとの味方組」
「、、、!」
つきはが説明をはじめる。
「なぎの味方組は、凪屋といっしょにライブの方を進める。1ヶ月ないからね。れいとの味方組は白樺の抱えている問題を解決して、凪屋と仲直りさせる」
「な、なるほど、、、!」
つきはの提案は全うだった。
「じゃあ必然的に、俺ととうやとたかひろはなぎの味方組じゃねぇか」
その通り、総合演出でサブリーダーのひかる、振り付け担当のとうや、衣装担当のたかひろはライブの方が本命になる。
「俺は白樺と面識あるし、れいと組。すずもれいと組みに来るだろ。話したことあるんだろ?」
「え、僕広報だし、、、。いいの?まぁ、いっか。」
「俺もれいと組で。なぎ、まかせろ」
「うん、、、!」
発案者のつきはとすず、それからるきはれいと組だ。
「あの、れいと君、男だけの三兄弟だから、五十嵐先輩と話しやすいかも、、、よろしくお願いします、、、」
「そうなのか。」
「で、、、」
ひかるが、最も重要な人物を見つめた。
「大将はどうする?」
視線がひゅうがに集まる。今の所、人数は綺麗に分かれている。どちらを選ぶかは、ひゅうが次第。
「俺は、、、」
なぎはじっと、ひゅうがを見た。
ひゅうがの答えを、待つ。
「俺は、白樺の方だ」
ざわ、と、全員が、ひゅうがの選択を意外に思った。
「ひゅうがさん」
とうやが声をかける。
「なぎを頼む」
「っ!はい!」
ひゅうがの勅令に、とうやは仰々しい返事を返した。
「つきは、ひゅうがさんを頼むぞ」
「おう。、、、いいんですか?凪屋といなくて。凪屋はどう?この人事に意見は?」
「え、あ、えと、、、」
つきはの提案、2組に分かれること、これはなぎと異論はない。また、人事も適切に思えた。
「ひゅうが君、、、」
なぎは、ひゅうがを見つめてた。ひゅうがの決断は、なぎも意外だった。
ひゅうがが側にいてくれた方が心強い。そばにいて欲しい。
しかし、ひゅうがの決めることが、いつだって自分のためを思ってくれていることを、知っている。
この決断には意味があるはずだ。
それに、ひゅうがになら、れいとを任せられる。
「ない、です。あの、、、ほんと、みんな、ありがとうございます。迷惑かけて、ごめんなさい。よろしくお願いします」
なぎはぺこりと頭を下げた。
「よーし、決定だな!って言っても、、、あれか、なぎ学校あるもんな。連絡先交換しよう」
「あっ、はいっ、、、」
「凪屋、俺とも。」
なぎはそれぞれ、なぎの味方組、になったメンバーと連絡先を交換した。忙しくなる。ファーレンハイトのライブに出れるなんて、光栄だし、それに一部の演出を任せられるなんて、夢のようだ。まだ実感がない。
「今日は解散?なら一ノ瀬、場所変えて話そう」
「うー、、、っす」
つきはたちれいとの味方組もまた、状況を変えるために動き出す。
なぎは、るきの情報を受けて、改めてれいとにメッセージを送ろうと思った。誤解させたこと、それからせつなから勧誘されても、れいとを捨てるなどどいうことはあり得ないということを。
不安と期待と、それからファーレンハイトのメンバーと一丸になっているという高揚や、れいとのことが心配でたまらない気持ち。なぎはいっぱいいっぱいだった。どうか、すべてが良い方向に向かって欲しい。自分にできることをするしかない。
話し合いは終了だ。昼下がり、それぞれの仕事があるために、解散となった。ひゅうがが席を立つ。
「なぎ、送る」
「あ、うん。あの、みんな、ほんとにありがとう!失礼します!」
なぎは礼をして、それからひゅうがと退室した。ふたりが消えたタイミングで、るきがこそっと話し出す。
「あのー、、、ひとついいすか?」
「ん?」
「なぎとひゅうがさんって、どんな関係なんすか」
「、、、」
るきは、その場にいた先輩全員に聞いた。るきがまだPPCに入る前の歴史だ。
「なんでひゅうがさんってあんなになぎに優しいわけ?優しいっつか、なんつーかそれ以上に見えますよ。普通じゃないっすよね。なぎとひゅうがさん、年齢もユニットも違うし、どうしてあんなにひゅうがさんがなぎに入れ込んでるのかなって、、、」
それは、あのふたりを見れば、誰もが感じる疑問だったろう。
ひかるはそれを聞いて、ふ、と笑った。
「3年前に、、、ひゅうがだけじゃない、俺たちも、なぎには恩があるんだよ」
「えっ、、、」
「発表されてないことだからな」
たかひろも続けた。ファーレンハイト全員が、なぎに恩を感じている?
「あいつは、すげぇ奴なのよ。ひゅうがだけじゃねぇ、悦子ちゃんもなぎのことは一目置いてるだろうな。」
「そ、、、なんす、か?」
何があったといのだろう。るきは、知らない。おそらくれいとも。
「ま、気になるなら、なぎ本人に聞くといい」
「はぁ、、、」
ーーーーーーーー
なぎの家。ひゅうががなぎをバイクで送迎した。妹たちは両親と出掛けていて不在だ。
「ひとりになるのか」
「平気だよ。もう高校だよ?」
ひゅうがはなぎが家でひとりになるのを心配した。相変わらず過保護だ。
ひゅうがもバイクから下りる。なぎが家に入って、きちんと鍵を閉めるのを確認するためだ。
なぎは玄関で立ち止まる。足を止めて振りむいて、ひゅうがを見る。
「ひゅうが君、、、今日は、ほんとにありがとう。なんというか、俺、いろいろまだ実感なくて、、、けど、、、」
「、、、けど?」
「けど、これだけはわかる。みんなが力を貸してくれたこと、本当に、ありがたいってこと。ありがとう。それから、ひゅうが君が、いつも俺のこと心配してくれること、、、ほんとに!ありがとう、ひゅうが君」
「、、、なぎ」
なぎの方が辛いだろう。一方的な、心当たりのない騒動。それから白鳥せつなの怪しい動き。
「なぎ、、、俺は、いつでも、お前の味方だ。必ず、力になる。どんなことも、何があっても、、、」
「うん、、、」
「おまえにいつでも、笑っていて欲しい。幸せでいて欲しい。辛いことや、悲しいことがおまえにないようにしたい。あれば、それを取り除く。おまえの好きなようにさせたい。思うことを、叶えてやりたい。、、、ひとりで抱え込むな。」
「ありがとう、、、」
「2組に分かれはしたが、いつでも呼んでいい。ライブのことは全員で取り組むことだから、誰のことも遠慮なく使え。」
「はい、わかった。」
「家に入ったら鍵かけて、、、」
「それは大丈夫!もー!」
子供あつかいして、となぎは笑った。ドアを開ける。なぎが中へ入る。またね、と言った。
「また、、、次お泊まり会、いつする?」
「、、、連絡する。年末は忙しいから」
「わかった。じゃあね、ひゅうが君、気をつけてね」
「なぎ、鍵、、、」
「わかった!今しめる!」
なぎはドアを閉めて、鍵をかけた。それを確認して、ひゅうがはなぎの家を後にした、、、。
ーーーーーーー
「緊張してきた、、、!」
「えー、何がぁ〜?」
なぎの学校。昼休み。教室は生徒たちの話し声で騒がしい。弁当をつつくなぎがつぶやくと、声が重なって返ってきた。
「からんちゃん、ころんちゃん、だって、あの、ファーレンハイトだよ!?ファーレンハイトのライブだよ!?俺が演出!?コラボ!?信じられないよ!」
そう、昨日のことだ。ファーレンハイトとの打ち合わせではいろいろあって、実感が湧かなかったが、とてつもないことだ。国民的アーティストの、ファーレンハイトとのコラボ。
「変ななぎちゃん。なぎちゃんだって充分すごいのにねぇ」
「なぎちゃんならできるよがんばれがんばれ〜」
なぎの両脇に、まったく顔の同じ人物が座っている。そう、双子なのだ。なぎの学校での友人、といったらこのふたりだ。付かず離れず。そんな関係。神子島からんと、神子島ころんだ。
ふたりとも身長が190ある。なぎを挟むのはいつものことだ。
このふたりとはなぎは幼稚園からの幼馴染だ。何でも話す。メリのこと、れいとのこと、コラボのこと、、、。秘密にしなければいけないこと以外は何でも相談した。
「でもなぎちゃん、俺たちのことも忘れないでね」
「そうそう。なぎちゃんに勉強みてもらわないと、来年は後輩になっちゃう」
「えー!またぁ!?」
なぎの成績は、中の下。良くはないが、悪くもない。双子は、補習と生徒指導室の常連。なぎは双子の面倒を見るほどではない。しかし、ふたりが、なぎの浮かない様子を見て、今日はよく話しかけてくれて、そばにいてくれる。
なぎは、れいとを思った。れいとは、どうしているだろう。れいとにも、何でも話せる友人はいるだろうか。ひとりでいたりしないだろうか。困っていないだろうか。寒くはないか、お腹を減らしていたりしないか。
何もかもが、心配だった。
スマホを見る。メッセージに既読はつかない。返信もない。留守電を聞いてくれたかもわからない。
れいとに会いたい。話したいし、顔が見たい。
「れいとくんの学校行こうかな、、、」
「え、俺らもいくいく」
「中学校なつかし〜」
「えっ」
「紹介してよ」
「れいととか言うガキ」
「えー、、、」
意外。めんどくさがりやな双子が、ついてくる意思を示している。
放課後、なぎは双子を連れて、れいとの学校に行くことになった。
ーーーーーーー
「れいと君学校来てないの、、、?」
れいとの学校。以前に、文化祭の際になぎを知ったクラスメイトがなぎに声をかけてくれた。
「何日か前から休んでるんだ」
「そう、なんだ、、、。えと、何か言ってた?」
「いや、、、あ、弟は?えーとすぐ下の、あやとだっけな、、、この学校だよ。1年2組。」
「あやと君!そうだった!ありがとう!会ってみる!」
双子が相変わらず、なぎを挟んで歩く。目立っている。明らかに他校の、しかも中学生ではない生徒。狭い廊下を、相手が避けてゆく。
「ふーん、れいとってやつ、逃げてるんだ〜」
「違うよ!れいと君の悪口禁止」
「ねー、そこの中坊、あやとって奴どいつ?」
一年の教室へ行く。あやとを探す。いや、探すまでもなかった。
「凪屋さん、、、?」
「!」
後ろから声をかけられる。
振り向くとそこには、れいとの弟。白樺三兄弟の次男。
「あやと君!久しぶり!」
「うわー、、、横の何すか?でけー、、、」
「友達!ねぇ、れいと君は?学校来てないって、、、会いたいの!」
「友達、、、へぇ。なぎさんは、友達多いんだ。あー、、、んー、、、どーすっかな、、、」
あやとは何かを知っているらしい。ばつが悪そうにしている。双子が目立つため、通りすがる生徒が必ずこちらを見る。わざわざ教室から見にくる生徒までいて落ち着かない。あやとはため息をついた。
「凪屋さん、兄貴は、家にもいないっす。でも、大丈夫だから。なんかその、メーワクかけてるかもしれないけど、ちょっとしばらく、ほっといてやって下さい」
「え、、、」
「いろいろあるんです。凪屋さんに話していいか、俺はわからない。俺の問題じゃないから。だから、、、まぁ、その、そういうことで」
あやとは話を終わらせようとしている。帰れ、と言われているのがわかった。
「、、、あの、俺が来たって言ってくれる?心配してるって、話したいって、会いたいって、、、」
「会えたら、伝えます」
「うん、、、」
なぎは、双子に行こう、と行って、片方の袖をひいた。生徒たちが集まっていて、不穏な雰囲気だった。
「なぎ、大丈夫?」
「なぎ?」
「うん、、、」
双子が話しかけてくる。なぎの返事は、力ない。避けられているのは、わかる。学校にも、家にもいない。どこにいるのか。大丈夫なのか。
すると、スマホが鳴った。
ひかるだった。ライブのことを話そうという内容だった。れいとと一緒に、このコラボを楽しめたら、どれほど良かったか。
るきたちが、れいとのことを考えてくれているはずだが、どうしてもれいとが心配だ。
中学校から出る。夕日を背に帰宅する。河川敷へ差し掛かる。この河川敷は、れいととの思い出がたくさんある場所だった。れいとがいるのような気さえする。ぼんやりと、空と水の流れていく様子を見ていた。ここは、こんなに色褪せていたあだろうか。
「なぎ浮かない顔〜」
「元気出して〜」
「うん、、、」
「なぎらしくやってみたら?」
「そうそう、いつものなぎらしく、ね」
「え、、、?」
いつもの自分、それはどんな感じだったろうか。
「それ、どんな感じ?」
「え、そう言われると、、、」
「言語化は難しい、、、」
いつもの自分とは、どんな感じだろう。今の自分は、そうではないのか。
11月ともなると河川敷は寒くて、いつまでもいれるような場所ではなかった。冷たい風を受けて、なぎは浮かない気持ちのまま、帰宅した。
ーーーーーーー
「うわぁー、、、」
なぎは、ひかる、とうや、たかひろとファーレンハイトのライブが行われる会場へ来ていた。
ステージに立つ。あまりの光景にくら、っとした。いつもファーレンハイトのメンバーは、ひゅうがは、こんな光景を前に歌っているのか。
「ちょ、、、想像してたより大きい、、、かも、、、」
「メリはライブ小規模だもんなぁ。まぁ50,000くらいくだから、特設会場の時の半分だな。」
「、、、」
ひかるがなぎの頭に手を乗せる。なぎは開いた口が塞がらなかった。ちなみに、ひかるの運転で、なぎはここまで来た。なぎは車のことがよくわからない。ただ高級車だというのは、わかった。乗ったことのないようなシートだったからさ。家の自家用車とは大違いだった。終始緊張していた。
会場に着いたら、すでにとうやとたかひろがいた。
ステージにテーブルが無造作に置かれていて、たかひろがそこからなぎを呼んだ。
「お、お疲れ様です」
「よく来た。さっそくはじめようか」
「は、はい」
たかひろとは、ミーハニアのいおりとのコラボで喋ったことがあった。印象は悪くなかった。いおりへの態度には疑問が残ったが、後輩である自分たちには優しかった。初対面ではないことは安心できた。ストイックで厳しく、余計ことを言わないが、信頼できた。また、サブリーダーのひかるは、おおらかで人当たりもよく、面倒見が良い。話しやすかった。問題は、もうひとり、ひゅうがの腹心、二丸とうや。
じろり、なぎを見る視線が冷たい。よく思われていないのだろうか?萎縮するような気持ちだ。
「まずライブのセトリや全体の流れを説明する」
たかひろがなぎに、当日の流れを説明する。
メリのコラボ、つまりなぎにプロディースを任せる、といったのはだいたい10〜15分ほどの時間だ。2曲ほどになる。
「あの、俺、ファーレンハイトのCDとかDVDとかほとんど持ってます。好きだから、、、。れいと君もくれるし、、、」
「お、そーかそーか!そういやB面アルバム出すとか言ってたなぁ」
「あ、はい。それで、、、ファーレンハイトのライブがどんなかも、だいたいわかります。そういう風に、、、真似しろってことではないですよね?俺に、、、俺にやらせるってことは、何か意味があるんですよね?」
なぎの質問は最もだった。
「さぁな、リーダーの考えはわからない」
たかひろがため息をつく。
「んまぁ、そういうことだろなぁ。なぎちゃんの個性を見たいねぇ」
ひかるはあっけらかんとして答えた。それで良いのだろうか。
「、、、ひゅうがさんは」
ぼそ、ととうやが話し出したので、なぎは驚いた。
「ひゅうがさんの真意は、わからない。だが、、、プロディース、、、つまり、プロデューサーに必要なことは何か、そこからまず考えろ」
「え、、、」
プロデューサー。思わぬ大役になぎはまた驚いた。
「あぁ、、、なるほど、そういうことか」
「へぇ、、、ひゅうがらしいな。だとよ、なぎ」
たかひろ、ひかるは、とうやの発言から含蓄を得たように納得していた。なぎだけが、いまいち、わかっていない。
「えと、えと、、、」
「はぁ、、、」
話の見えていないなぎに、たかひろはため息をついた。
「そういじわるしなさんな。手取り足取り優しくしてやれよ。俺たちはなぎに一生の恩があるんだ」
ひかるが笑う。
「そ、そんな!あれは、3年前のことは、、、」
「それもそうだな。よし、凪屋。」
たかひろがテーブルから離れる。コツコツと靴音をひびかせて、スポットライトの真下へ来る。腕を広げる。
「僕を知っているか」
そこから大きな声でなぎに話しかけた。
「え!はい!四宮たかひろ先輩です!」
「どんな人間だ!」
「ええ!?えと、ファーレンハイトの服飾担当です!ダンスが上手いです!ひとりでも十分なくらい!去年の夏のライブでのピアノの独奏すごく素敵でした!」
「おーさすがだな」
なぎはファーレンハイトのいちファンだ。充分メンバーに詳しい。
「俺は?なぎ」
ひかるが自分を指差す。
「えと、先輩は、、、モデルもやってて、だからとても華やかです。存在感があります。声も好きです。」
「とうやは?」
「えと、ニ丸先輩は、、、振り付け担当で、すごく体幹がいいなって、、、パワフルで、体をはったパフォーマンスができるかと、、、」
なぎは他の、ここにいないメンバーについても考えた。ファーレンハイトはエンタメを重視して、その一糸乱れぬパフォーマンスが有名だが、それでいて、メンバーひとりひとりにもしっかりと個性がある。
「あっ、、、」
なぎは、気づいた。
プロデューサーとは。
プロデュースとは。
「そっか、、、みんなを、、、」
ひとりひとりの個性を活かし、それでいて全体をひとつのパフォーマンスとして纏め上げる。
「そうだ」
とうやがうなづく。
「俺、、、」
なぎの顔はぱ、と明るくなった。
「俺、ライブ見てて、俺ならこうしたいな、とか考えてました!それを、実現すればいいんだ!」
そう。ひゅうががなぎにやらせたかったこと。
「そ。、、、誰かさんがやってたようにな。なぎならできるよ。今後のためにもな」
誰かさん。
「、、、せつな君?」
そうだ。
離れ離れになっても、なぎの心の中に、暗い海を照らす灯台のように存在する指標。音楽性の絶対的、根源的な師。
彼が自分を、メリを、そのイメージを確立して守り、音楽活動やライブをプロデュースしてきたように。
そして、それが、これからの、今後の、メリのためになる。
ひゅうがはなぎのために、この企画を考えたのだ。いや、考えていたのだ。恐らく、せつなが消えたあの日から、ずっと。
「、、、ひゅうが君、、、」
ひゅうがはいつだってなぎに優しい。3年前のあの日から。あの、決定的な出来事に恩を感じているといつも言ってくれた。必ず恩返しをすると。
「ひゅうがさんがくださった勉強の機会を台無しにするようなことは許さん。徹底的にやるぞ」
とうやの口調は強かったが、なぎもまた強く頷いた。はい!と、大きな声で返事をした。目を閉じて、想像をする。
自分なら、ひゅうが君やるき君にこんな風に動いて欲しい。ニ丸先輩はあそこ、睦月先輩はこうで、四宮先輩の三宅先輩は、、、五十嵐先輩は、、、。
プロデュース。難しい言葉だ。
ひとりひとりの個性を活かしつつ、かつ、ファンの望む「見たいもの」を提供しなくてはならない。それは新しくありつつも、ちょっと違う斬新なもので、ファンが望むもの。
なぎはいろいろ考えた。
れいとのことも考えた。
れいとが、戻ってくる想定で考えた。ファーレンハイトとのコラボ。空前のチャンス。
あまりにも広く大きい会場。莫大な予算のライブ。数万の観客が、万雷の喝采を送るのが想像できた。
なぎは顔を上げた。音響装置や、照明機材、、、。目に入るものすべてが、れいとを意識させた。
二度とは訪れない、夢のようなステージ。
れいととふたりで、立ちたいと思った。
れいとに、そばにいてほしかった。
必ず、れいとと仲直りをすると、心の中で固く誓った、、、。
ーーーーーーー
「よし、まず一ノ瀬をシメるか」
なんで!?、、、と、るきの大声が響いた。
時系列は少し前に遡る。ファーレンハイトのスタジオに行って、いろいろあってなぎが大泣きして、それから二手に分かれて問題を解決すると決まって、ひゅうががなぎを送っていって、るき、つきは、すずの3人は、今後について話し合うことになった。
ファーレンハイトのスタジオの別の空き部屋。3人。るきはかなり居心地が悪かった。それもそのはず。
まず最初の発言が前述のものだ。
発言をしたのは、つきは。
「いや、勘弁してくださいよ!俺これ以上はまじで何も知りませんから!」
「嘘つけ。白樺どこだよ。どうせおまえが匿ってんだろ」
「その可能性が高いね。君の家にいる、と見た。今から行こうか。あ、スマホ没収ね。白樺君に連絡されて逃げられると困るから。」
るきは手を前に出してぶんぶんとできるだけ大袈裟に動かした。近寄らないでほしかった。このふたりは、やばい。元ヤンのつきはに、うさんくささNo.1、すず。何をされるかわからない。
「匿ってないっす!」
「ほんと?じゃあ確認していい?」
すずがスマホを出す。誰かに連絡している。
「ひゅうが、着いた?」
「げ、、、」
ひゅうがだ。なぎを送って、そのままるきのマンションへ。最初からそういう計画なのか、いや、ひゅうがとすずが談合している素振りはなかった。お互いがこうするとわかっていていますこの状況だというのか。
「いやあの、、、」
「はい、電話かわって。コンシェルジュさんだよ」
「、、、」
るきは大人しくすずの電話を受け取った。コンシェルジュの村上だ。ひゅうがを通すように言った。抵抗は無駄だ。通話をそのままに、スピーカーにする。ひゅうがが家の中を歩き回る音が聞こえる。
「どうしてだ」
しゃ、とカーテンか何かを開けた音がして、それと、ひゅうがから質問が飛ぶ。
「え」
「あいつを連れてきて、直接なぎにあわせるのがてっとり早い。なぎは話せる」
「、、、」
「それじゃあ解決しない問題を抱えてるってことか。問題はなぎじゃねえってわけだな」
「、、、」
れいとは答えなかった。
ひゅうがはまるですべてを知っているかのように話す。
「ひゅうがの様子からして、白樺君いないみたい」
「よし、一ノ瀬、歯ぁ食いしばれ」
「イヤっすよ!」
「どっかの別荘かウィークリーマンションとかだろ」
「う、、、」
ぱきぱきと脅すように拳を鳴らすつきはをよそに、電話の向こうのひゅうがはあまりにも的確だった。
「あは、なら僕が一ノ瀬君のご両親やご親戚の不動産情報やクレジットカードや口座の動きを調べればどこにいるか一発だ。」
「いや、あんた、、、」
恐ろしい発言をするすず。なぜそんなことができる。さながら刑事ドラマだ。個人情報などあったものじゃない。
「いや、、、」
ひゅうがの声。
「調べるのは白樺れいとのことだ。」
「!」
「あー、、、わかった。なるほど!了解ボス」
「、、、」
ひゅうがからすずに勅令だ。れいとのことを調べろ。すずなら容易い。
電話が切れる。
「、、、れいとのことは、、、俺もしらないんですけど、、、」
るきは正直に話した。れいとが何故うちに来たのか、知らない。聞いてもいない。家庭の事情なのだろうというのは、わかる。聞けなかった。
「そうみたいだね。まぁ、あとはすず次第。荒っぽいことになったら俺の出番」
「え、、、そんな、、、」
荒っぽいこと。るきは少し前に、ポップコーンのゆうやの誘拐騒動に巻き込まれた。ゆうやもまた元ヤンで、つきはとは因縁の相手だった。荒っぽいこと。その時のことを思い出す。そんなことにならなければいい。穏便に解決するといい。
帰宅したるきに、コンシェルジュの村上は、喜んでひゅうがのことを話した。るきの先輩で、礼儀正しくて、るきのことを褒めて帰ったらしい。そんなひゅうがを想像できなくて、るきはしばし呆然としていた。
ーーーーーーー
なぎは、ひかる、たかひろ、とうやとの打ち合わせを終えて帰宅した。それから、毎日かかさず、れいとに送るメッセージを送信した。また、既読はつかなかった。元気でいてくれるのなら、それでいい。他にできることはあるだろうか。
それから、熊谷にも事情を伝えた。熊谷はいつでも力になると言ってくれた。クリエイティブイベントでは、あまりマネージャーは関わらないが、これはメリの問題でもある。
せつなのことについても、事実確認をしてくれると言っていた。
熊谷はなぎの味方だ。心強い存在。
帰宅して、リビングで妹たちの世話をする。かれんはすっかり回復した。どうしても、れいとのことが頭から離れない。からんところんに言われたことを思い出す。
どうしたら、事態を解決できるのだろう。
れいとに、会いたい。
会って話をしたい。
それが、なぎの願いだった。
「あ、ひゅうが様!」
テレビの芸能コーナーだ。みあが反応する。ファーレンハイトのライブについての特集をやっていた。ひゅうがの映像は過去のものだ。
このライブに、自分も出るのか。
なぎは改めて、現実感のない感覚になった。
妹たちには秘密だ。みあもかれんも、テレビに食い入るようだ。ファーレンハイトは国民的アーティストだ。
そのステージに、立つ。
彼らを、プロデュースする。
ひとりでは、あまりにも贅沢だ。、、、れいとを、このステージに立たせたい。
れいとが、ファーレンハイトに入っていたら?るきや、ひゅうがと歌ったら?そのifは、なぎが、いや、誰もが望むものだろう。
、、、叶えたい。
もしも、の奇跡を、実現したい。
れいとの事情を考慮したい。彼のためになりたい。与えられたチャンスに報いたい。
もちろん、自分ひとりでは無理だ。
ひかるに相談するか、たかひろか、とうやか。つきはたち、れいとの味方チームの進捗はどうだろうか。
「、、、るき君に電話してみようかな」
その時、なぎのスマホにメッセージが来た。
「え、ニ丸先輩、、、」
とうやだった。
内容は、ふたりで会いたい、というものだった。とうやは、的確なアドバイスをくれたが、ひかるのように話しやすいわけでもなく、また、たかひろのように以前からの顔見知りというわけではない。
当然なぎは呼び出しを了承したが、どんな用事なのか、、、内容もわからない。会うのは今すぐではなく、そのうち連絡する、ともあった。
なぎはしばらく緊張した気持ちを持ったまま数日間を過ごした。
ーーーーーーー
数日後。
「はい。白樺君について、ばっちり調べたよ。驚愕の事実発覚ってかんじかな?」
ひゅうが、つきは、すず、それからるきはいつも通りファーレンハイトのスタジオに集まった。
広報、それからライブのリハ、他の活動、、、忙しい合間を縫って、すずがれいとについて身辺情報を洗った。
スタジオの会議室にはホワイトボードが用意されていて、すずはまるで本物の刑事ドラマのように、そこに写真を貼り付けて、情報を整理していった。
「まあ、まずこっち。」
すずが取り出したのは、白鳥せつなの写真だった。
「空港の監視カメラの映像だよ。確かに帰国してるね」
「げー、、、俺そいつ苦手」
つきはがあからさまに邪険な態度を見せた。白鳥せつなを、良く思っていない様子だ。ひゅうがは無言で腕を組んで立っている。
「けれど、帰国して、ホテルに居て、あとは何もしていない。メリのマネージャーの熊谷と接触したり連絡を取っているわけでもないし、ネットの履歴や口座の出金なんかもおかしい点はないんだ。」
「こいつがなぎとヨリを戻そーとしてるってのはガセネタってことっスか?」
るきが問う。ひゅうがを見た。
「、、、」
ひゅうがは肯定も否定もしなかった。
「僕が調べ切れていないこともあるだろうからね。彼の動きは逐一報告するよ。はい、じゃあ次、本題!」
くるりとホワイトボードが裏返される。たくさんの写真。資料が貼られていて、それはわかりやすく整理してある。
「まず、白樺れいと(14)母親と弟ふたり。この弟ふたりとは父親が違う。」
「男三兄弟ね、、、」
つきはが苦い顔をした。同じような境遇だ。
「弟ふたりの父親がこいつ。良い会社に勤めてるね〜。ふたりのことは認知はしてるね。婚姻関係だったことはなし。母親、下ふたりの父親の祖父母や親戚はまったくの一般人で、不動産情報、学歴、就職先や口座情報、渡航歴やその他経歴不審な点なし。同僚や近しい人間も調べたけれど特に不審な点はなかったよ。」
白樺家は、なかなか、複雑な事情のようだ。それにしてもすずはどうやってこのことを調べたのか。まるで捜査官ばりの能力だ。
「、、、れいとの父親は?」
るきが問う。
「そこが問題!」
すずはびしっとゆびさした。
問題とは。
「情報がないんだ」
「、、、ない?」
腕を組んで黙って聞いていたれいとがようやく口を開いた。
すずが説明をする。
「どんな人間も、基本的なこと、、、戸籍、住民台帳、住所電話番号、信用情報やいろんな履歴が残るはずなんだよね」
「それが、ないっていうのか」
「まぁ、僕の調べは日本国籍限定だから。可能性として、良い方としては、外国人とか。国外にいるとか。彼、見た目良いし、ありえるかも。、、、悪い方として、、、」
すずの話は、なんだか露悪的で、創作のようだった。しかし。
ひゅうがも、つきはもるきも、もしかして自分たちは良くないことに足を突っ込んでいるのでは、と思った。
すると、電話が鳴る。
「、、、」
ひゅうがの電話だ。滅多に鳴らない。
とうやだった。珍しいことだ。
「、、、何だと」
ひゅうがの眉間にしわがよる。
その場にいた他の全員が、良くないことが起きた、と考えた。
「一ノ瀬」
「っ、はい!」
「何としても、白樺を呼び出せ」
「え、、、」
「なぎがケガした、そう伝えろ」
「!」
何があったのか。
その場に緊張が走る。
「え、えと、、、」
るきがスマホを取り出す。失礼します、と言って部屋から出た。
ひゅうがは、何も言わない。
つきはとすずは顔を見合わせた。
「ひゅうがさん」
つきはがひゅうがに声をかける。説明を求めている。
「とうやが、なぎを殴ったと言ってきた」
「!」
なぎがケガをした、と先ほどひゅうがは発言した。しかし。
「ああ、なるほど!」
「なんだよ。てか、いいんすか、ひゅうがさん、とうやの奴、、、ん、、、?、、、あ」
なぎがケガをした。しかも、ファーレンハイトのメンバーに殴られて。なぎを溺愛(これは、すずの表現である)しているはずのひゅうがにしては冷静だ。
「演技?」
「いや、まじかも。でもかなり手加減したとかだろ」
つきはとすずはゆっくりひゅうがを見た。
「すず」
「はーい」
「ここを調べろ」
ひゅうががすずに名刺を渡した。
「!これは、、、」
ひゅうがは、無言で退室した。
ーーーーーー
ここは、るきが用意した、隠れ屋だった。
ウィークリーマンション。
スマホが鳴る。
それに出た人物。
渦中の、白樺れいと、その人だった。
「、、、はい」
「れいと?」
電話の相手は、るき。
「どうした?」
「あー、、、なぎが、、、」
「なぎ?」
連絡は、必要最低限とふたりで決めた。るきには感謝してもしきれない。状況は更に悪くなっていた。今は隠れるしかない。
「なぎが、ケガした。」
「!」
「二丸先輩と揉めたとかで」
「、、、なぎが?」
なぎが、揉めた?先輩と?考えられない状況だ。なぎは人と争うような人間ではない。
「そう言って呼び出せって言われた?」
「いや、俺もそう思ったよ。、、、まじだから。なんか二丸先輩から言ってきたし。ひゅうがさんたちが行って、なぎいないらしくて、、、」
「るき、待て、話がよくわからない。」
るきの話が珍しく要領を得ない。ほんとなのかもしれない。
「なぎどこにいるかわかる?みんなで探してるんだけど、、、」
「、、、」
るきの話によると、なぎが行方不明になった。
なぎの行くだろう場所を、れいとは考えた。
「わかった。」
それだけ答えた。
なぎのことを考える。れいともだいぶ冷静になってきていた。ふぅ、と息を吐く。
白鳥せつなの件は、多分誤解だった。
なぎは、自分を捨てる気なんてない。そう、頭の中でわかっていた。しかし、どうだろう、なぎは優柔不断ない所もあるし、何より、優しいから。白鳥せつなに頼まれれば、断れないのではないだろうか。
自分より、白鳥せつなを選ぶのではないだろうか。
「、、、」
なぎを探さなくては。
どこだろう。自分の知っている場所。怪我をしたとは、どの程度なのだろう。どうして。
れいとは上着を羽織って部屋を出た。
身震いするほどに寒くて、なぎが心配になった。足早に、向かった場所は、河川敷だった。
ーーーーーーー
河川敷はすっかり暗くて、川の水は真っ黒だった。この次期は日が短くて、日が昇るのも遅い。何をしていても寒くて、息を吐くと白くなる。
れいとは、よく周りを見ながらここまで来た。
「やつら」がいないか。れいととしては、リスクを犯してここに来ている。
「なぎ、、、」
なぎを探す。ここ以外思いつかない。橋の下を通って、それから、川沿いにずっと歩き続ける。ベンチがあったはずだ。階段を降りていく。
「なぎ!」
人影。
街灯に照らされて、ベンチに小柄な少年がひとり。なぎだ。なぎ。
「!」
「なぎ、、、」
「え、れ、れいと君、、、?」
なぎは目を丸くして、驚いていた。それもそうだ。前回ファーレンハイトのスタジオで別れた時、あんな別れ方をした。それ以来なのだ。
「なぎ、、、」
れいとはなぎに近寄った。それから気づいた。なぎの頬が赤い。
「そこ、どうした。」
「え、あ、、、えーと、なんか急に、ビンタされて、、、なんだろうね、、、」
「怪我、それだけ?」
「え、怪我ってほどじゃないかな、、、うん、、、」
なぎは、何か言いたげだった。当然だ。
れいとはよくなぎを見た。他に怪我は無さそうだった。ならば、長居はしていられない。ただ、一言、何か、気の利いた言葉をかけたい、そうは思った。しかし、言葉が出ない。
ざざ、、、と川のせせらぎが、いつもより大きく聞こえた。
「、、、」
「、、、」
互いに無言だった。れいとは早々に諦めた。帰らなくては。振り返る。
「!ま、、、」
「れいと!」
土手の方から、るきの声がした。
「おま、え、てか、あ!なぎ!おまえら話したのか!?」
るきが走って、ふたりに寄ってくる。
「るき。なぎの怪我はたいしたことない。後頼む」
「え、いや、はぁ!?」
れいとはるきにそう言ってその場を離れようとした。
「ま、待って、れいと君、俺、話したいこと、、、」
「俺はない。」
「!」
「ま、、、」
冷たい声色だった。
なぎの顔を見ないように、去ろうとした。
しかし。
「待てよ!」
るきが、れいとの肩をつかんだ。
ガツン。
そのまま、れいとの頬を殴った。
「ええ!?」
なぎの悲鳴。
れいとはその場に尻餅をついた。
「る、るき君!?」
なぎが駆け寄る。れいとのそばに行こうとするのを、静止した。
「なぎ、下がってろ」
「いや、でも、何!?何で!?るき君、れいと君の味方だって、、、」
「そうだよ!だからいろいろ黙って手ェ貸してた」
「え!?いや、じゃあなんで、、、」
るきは今にも掴みかかりそうな勢いだ。なぎが仲裁しようとしている。れいとはそのままだった。口の端が切れた。血が滲む。
「仲直りしろよ、、、」
るきにしては、か細い声だった。
高飛車で、華美で、常に演技がかったような言動のるきの、こんな声を聞いたのは、なぎもれいともはじめてだった。
水の音がする。古来から変わらない原始的な調べ。3人だけの、河川敷。
「おまえらが、、、ケンカしてんの、嫌だよ。」
「るき、君、、、」
「るき、、、」
「前みたいに、ふたりで、俺の家に来いよ。ジョンもいるのに。どうして、、、」
「、、、」
しばらく、誰も、発言をしなかった。
最初に発言したのは、なぎだった。
「お、俺は話したい、、、れいと君と、、、」
「!」
うつむいていたるきがなぎを見る。
それから、れいとへ歩み寄る。れいとへ手を差し伸べる。
「は、話そう、、、よ、、、。どうして怒っているか教えて?俺、俺が悪いとこ、治すから。仲直りしよう、、、?」
「、、、」
なぎも、聞いたことのないような声だった。か細くて、今にも風に、暗闇に消えいるような、精一杯の声。泣き出しそうな、表情。
ずるい、とれいとは思った。
どう考えても自分が不利だった。相手を追い詰めているように見える。
れいとはなぎの手を取らずに、立ち上がった。
「、、、白鳥れいとと、またメリに戻るって」
「!戻らないよ!」
れいとが、なぎに捨てられると思っていて、それでこのようにこじれたことは、事情を知る誰にも明らかだった。そしてそれが誤解であることも。裏付けるように、なぎは即答した。
「、、、嘘つくなよ。俺は知ってる」
「何を!?俺が目の前でこうして、言ってるのに!?れいと君を捨てたりしないよ!!」
なぎはれいとに一生懸命に語りかけた。しかし、それがれいとに通じていないこともまた、明らかに思えた。
るきが問う。
「れいと、それ、どこ情報だ?すずさんがいろいろ調べて、、、確かに、白鳥せつなは帰国してるけど、何か動きがあるわけじゃないって。おまえの勘違いだろ?早とちりだ。なぎは、お前を捨てたりしない。そう言ってる、、、」
るきが、なぎをフォローした。
「、、、」
しかし、れいとはなぎとも、るきとも目を合わせない。
るきは思った。何か、自分たちの知らない何かをれいとはかかえている。すずが調べ切れなかった何かがある。
「れいと、、、」
今度は、るきがれいとに近寄った。
「話してくれ、力になる。俺は、、、」
「、、、」
「れいと君、、、?」
なぎは、すずからの情報を受け取っていない。れいとがおそらく家庭のことで何かある、ということを知らない。
るきは、ようやくこの時、覚悟を決めた。ふたりのためになる。れいとの、ふたりの味方でいる。何があっても。
「おまえの、ふたりの、味方でいる。何があっても。だから、、、」
つきはが言っていたように、荒事になっても、かまわない。
ふたりの、この、自分の親友ふたりの、味方でいる。そう、思った。
「、、、なぎ、けれど、、、」
「れいと君」
ようやく、れいとはなぎを、るきを見た。
見たことのない顔をしていた。戸惑いや、迷い、不安、そういったものを抱えている人間の顔だった。
「どうしたら、いい、、、?」
「え、、、」
なぎがれいとに聞く。るきは黙ってふたりを見ていた。
「どうしたら、れいと君は、不安じゃなくなる、、、?」
なぎは、泣いているかのような、微笑んでいるかのような、形容しがたい表情をしていた。
れいとに近寄る。れいとの手を取る。
「俺、じゃあ、もう、歌わない。せつな君の作ってくれた歌、歌わない」
「!」
「なんなら、メリっていう名前じゃなくてもあい。れいと君が納得してくれるなら、全部捨てる。」
「なぎ」
「れいと君が、、、れいと君のためなら、捨てるよ。他にはどうしたらいい?家族と離れていっしょにいる?ふたりになる?何でもいい。どんなことでもいい。れいと君が納得できる形にしたい。」
「なぎ、俺は、、、」
「どうしたら俺を信じてくれるの!?」
びくり、と驚いたのは、れいとと、るきもだ。
なぎがこんな風に大声を出すのは聞いたことがない。
「何で俺を、、、俺の言うことを信じてくれないの!?」
「、、、」
「れいと君と、歌いたいって、れいと君を誘ったのは、俺なのに!」
4月。ふたりの出会い。なぎがれいとを、選んだ日。
あの会見の日。今度はれいとが、なぎを選んだ日。
「どうして、、、」
なぎの目から涙が溢れる。
「なぎ、、、」
るきがなぎの肩を抱き寄せた。
なぎは嘘偽りなく心の中を明かしている。
いったいれいとは何に納得していないのか。何を疑っているのか。
「俺は、、、」
なぎはぐすぐすと泣いている。頬が赤く腫れているのもあって痛々しく思えた。
こんな顔を、させたかったわけではない。
こんな風になりたかったわけではない。
この河川敷を、なぎとランニングしたのを思い出した。朝焼けの中、なぎは自分についてこれなくて、それでも、笑顔で、そばにいた。
れいとは、自分の胸が、ずき、と痛むのを感じた。
なぎとの日々を思う。
クリエイティブイベント。互いの家に行ったこと。学校をサボって江ノ島に行ったこと。ライブ。フォトブックの撮影。沖縄でふたりで迷ったこと。プラネタリウム。何度も、この河川敷を、ふたりで歩いたこと。
れいとは空を仰いだ。
るきと、なぎを見る。
「なぎ」
「!」
るきが顔を上げる。
れいとの声が、今までと違うのがはっきりとわかったからだ。
「俺は、、、」
「白樺、逃げろ!」
その時だった。
橋の上から、誰かが叫んだ。
3人は驚いて上を見た。つきはと、すずがいた。とうやも。逃げろ、とは。
すると、ブレーキ音とともに、車が現れた。河川敷の土手をもの凄いスピードで走ってきた。なぎとれいとはわからなかったが、マイバッハだ。るきは気づいた。それこそ、そんじょそこいらに走っているような車種ではない。るきはとっさに、なぎをかばって、れいとの手を引いて、階段を下った。橋の方へ走る。しなし、車は止まらずにドアが開いて、黒いスーツの男が何人も出てきた。
「まずい!」
「間に合わなかったか」
つきは、すず、とうやが、橋の下へ向かう。3人と合流するためだ。しかし、遅かった。
黒いスーツの男がれいとを取り囲む。
「れいと!うっ」
「るき!」
るきがそれを防ごうと抵抗するが、あっさりと投げ飛ばされる。地面に疼くまるるきに、なぎが駆け寄る。黒服の男は警棒のようなものを持っていて、それを振り翳した。なぎはるきに覆い被さって、るきを庇った。
「やめろ!行くから!やめてくれ!」
れいとの声。黒服の男は、振り上げた手を下ろした。
そのまま、れいとは黒服に囲まれて、車まで連れて行かれる。荒々しく車に放り込まれて、あっという間にマイバッハは、またものすごいスピードで消えていった。
「一ノ瀬!」
つきは、すず、とうやが、地面に伏したままのるきに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「、、、っス。いてー、、、」
「痛いなら大丈夫。死ぬ時ってそういうんじゃないから」
にこやかに怖いことを言い放つすず。
なぎはもう、声を上げることすらできない。困惑と恐怖。震えて怯え切っている。
「なぎは、大丈夫か?」
るきが問う。
「あ、あう、、、」
「おい、しっかりしろ」
「!」
とうやが近寄るとなぎがびくりとした。それもそのはず、とうやにぶたれた、というのだから脅えもする。
「ちょ、ニ丸先輩、あんたなぎに、、、」
るきが、なぎの手前に出る。
「あれは演技だ」
「は!?」
さらりととうやが言い放つ。
「ぶったのは本当だけど、白樺君を呼び出す口実を作るためにってこと。もちろん、僕たちも知らなかったよ?凪屋君もね」
すずの補足が入るが、るきもなぎも軽いパニックだ。
「敵を騙すなら味方から、、、ってことだろ。つか、とうやが本気で凪屋殴ったら死んでるだろ。体重倍あるぞ」
つきはも事態を把握しているようだった。
「あ、そういえば、あんまり痛くなかったかも、、、」
呆然としていたなぎがよやく我に帰る。そして自分の頬をさすった。赤くなっている割には、痛みはない。
ただ、ショックでその場を飛び出した。
「はあああ?なんだよ、、、じゃ、騙されてたのかよ、俺たち」
「君と凪屋君ね。僕たちはすぐ気づいたよ」
ふふ、とすずが笑う。
「もちろんひゅうがさんも知ってる。、、、痛くないか?凪屋」
とうやがなぎを気遣う。なぎは少し控えめに、はい、と答えた。まだ、脅えているように思う。大柄なとうやと並ぶと、なぎはさながらぷるぷると震える小動物のようだった。
つきはがるきと、なぎを立たせた。土を払う。
「それより、白樺の話だ。」
「!そうだ!何だあいつら!」
「るき君さすが。車種でやばいって気づいたの君だけだったね」
「だってあんな、、、俺ん家にだって2台か3台あったか、そんくらいの車ですよ!あんなの走ってきたら、やべーって思うでしょ!」
「あの、、、」
なぎは、状況が飲み込めていない。しかし、顔面蒼白にかっていた。それもそのはず。
「れいと君、さ、攫われて、、、ら、らち、、、どうし、警察、、、」
そう、事態の深刻さに気づいたのだ。
「いや、大丈夫。悪いことはされないよ。」
「え、、、」
すずがなぎの肩に手をおいた。
「行くぞ。車に乗れ。すべて話す」
とうやの後につきはがついていく。すずに支えられて、なぎもそうした。るきもついて行く。
まるで非日常めいた出来事だったが、すべてが現実だった。
若者たちの背中が、徐々に河川敷から見えなくなった。