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メリ  作者: ぽーよら
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第4章 ミーハニア(前編)

第4章 ミーハニア



とある病院に、一台の車が止まる。クリニックや医院ではなく病院であることに留意してほしい。(病床数の違いであり、つまりはここが大きい病院だという示唆である)

そのうちの一角の健康診断センターは、人間ドッグや健康診断の専門になっていて、そこの待合室にひとり、項垂れている女性がいた。

ウェーブの長い茶髪。PPCの代表取締役波々伯部悦子だった。顔面蒼白で、いかにも具合が悪く、と言わんばかりの態度で、何度も顔を上げたり、下げたりしていた。しかし、その動きが止まる。眉間に皺がよって、怪訝な表情になった。


「熊谷、、、」

「お疲れ様です。」


メリのマネージャーの熊谷のあだった。

悦子は、この日最大に不快な気分になった。弱っている所を他人に見せるのが得意なタイプではないからだ。人間ドッグではひどい思いをした。採血で過呼吸を起こし、その後の胃カメラと婦人科検診も散々だった。あとは帰るだけだが、動けずにいた。そこにこの男だ。


「送りますよ。タクシー呼ぶ気力もないだろうと思って、来ました。食事は?」

「、、、」


熊谷の目的はわかっていた。しかし、今日に限ってはこの男とやりあう気力もなかった。悦子はバッグを抱えると、大人しく熊谷に着いて行った。駐車場に行くと、もちろんいつもの社用車ではなかった。熊谷のマイカーだろう。助手席に乗る。熊谷が飲み物を差し出す。それを受け取った。


「秘書にでも送迎させればいいのに。あとは、、、ほら、彼なら言うこと聞くでしょう。ひゅうが。こういうところで、性格出ますよ」

「黙って。この間のクリエイティブイベントでのメリの評価が知りたいんですね?」


悦子が問う。

ひゅうがの名前が出たのは、熊谷からのわかりやすい嫌味だ。

悦子とひゅうがの「契約」を熊谷は知っている。それを揶揄したわけだ。悦子から言わせれば、こういうところが、熊谷の嫌いな所だ。

車が発信する。熊谷は悦子が車酔いしやすいのを知っている。運転はずいぶんと丁寧だ。

「いえ、、、本当に心配で来たんです。あなた病院苦手でしょう。」

「嘘つくな。、、、資料は渡せないけれど、今のところメリの採点については心配しなくていいですよ。最初のコラボがツインテイルだったのが幸運でしたね。、、、他には?」

「黒瀬の件です。」

「!」


黒瀬とは、社内の多目的ホールにカメラや盗聴器をしかけて車内の情報を週刊誌に売った社員だ。当然懲戒免職で、現在民事訴訟の手続き中だ。

「黒瀬ひとりであんなリスクあることを考えたのでしょうか」

「、、、黒幕がいると?」

「黒瀬は見た目より小心者で、あんな大胆な手口が使える人間には思えないからです。」

「、、、、、、」

「あなたも気をつけて下さいね。」

最後の言葉は、熊谷の心からの言葉だった。当然悦子にもそれは伝わった。車は悦子の自宅へ走り、やがて街の中へ消えていった。






ーーーーーーー





7月1日。いよいよ夏本番と言える季節だ。既に朝から暑い。湿度も高い。凪屋家では、兄妹たちが朝の支度をしていた。

「お兄ちゃん!ぎんた君出てるよ!」

大きい声でなぎを呼んだのが、下の妹のかれんだ。リビングのソファの上で跳ねている。テレビでは朝のニュースが流れていて、芸能コーナーに、PPC所属ユニット、ミーハニアのリーダー、水島ぎんた(20)が出ていた。朝のニュース番組の中の週一のちょっとしたコーナーで、インテリアに関してアドバイスをする、といった感じの内容だ。今日も椅子の色がどうのこうのと語っている。

さわやかな笑顔が、ちょうど今の季節の朝の日差しのように眩しい。もっさりした銀髪をひとつに纏めていて、片目が隠れている。痩身麗人。スマートな印象だ。

「かれん、お着替えしないと、遅刻しちゃうよ」

両親に代わってなぎが注意するが、かれんはテレビに夢中で聞いていない。かれんはわかりやすく、顔の良い男が好きなのだ。テレビの向こうのぎんたに夢中だ。すると、2階からみあが降りてきた。かれんの着替えを持ってきた。もう支度は万全だ。まだパジャマのかれんを着替えさせる。こういう所は、両親よりもなぎよりも、みあが手慣れていた。


「くりえ、、、てー、、、いべんと?って何?お兄ちゃん?」

「え?」


するとテレビの中のぎんたが、7月のクリエイティブイベントについて楽しみだ、との旨を話していた。そう、メリの次のコラボ相手はこの、ぎんた率いるミーハニアだ。もう既に熊谷には打ち合わせのアポを頼んである。後述になるがミーハニアの全員がそれぞれ忙しいので、全員が揃うのは無理かもしれないとなぎは思っていた。


「お兄ちゃん、スマホなってたよ」

かれんを着替えさせながらみあがなぎに声をかける。スマホを確認すると熊谷からで、今日さっそく、ミーハニアとの打ち合わせがある、とのことだった。


「よし、、、!」


前回、ツインテイルとのコラボでは改めて、自分がれいととメリになった意味や、作曲に関する知識や、れいととのこれからについて考えさせられた。とても良い経験になったし、ツインテイルの実力のおかげもあり、クリエイティブイベントは大成功だった。社内評価も上々だった。なぎたちの目的、、、クリエイティブイベントで人気6位以内に入って、さらに年末のライブで人気3位以内に入る。そのためにも、気を抜かずに次のコラボに取り組む必要がある。

ぎんたのコーナーが終わる。その表情は、なぎに、待っている、と伝えているかのようだった。なぎは立ち上がり、テレビを消す。なぎが映る。ぐっと、気合いの入った表情に見えた。




ーーーーーーー




さて、熊谷の送迎で、なぎとれいとが訪れたのは、とあるビル内にあるおしゃれなレンタルキッチンスペースだった。調理関係用品や食材の通販会社の運営する場所で、貸切で、14、5人で使っても良さそうなひろびろとした雰囲気だ。例によって熊谷はここまで。後はミーハニア側との打ち合わせになる。しかし、前述のとおり、水島ぎんたは先のツインテイルのななみと同様に、なぎの同期で親友だ。なぎはまったく緊張していない様子だった。れいとも同様だ。さっそく、なぎとれいとが室内へ入る。


「こんにちは〜!」


ふたりが1番最初に目にしたのは、ダイニングの椅子をなぜか一直線に並べてぶつぶつ言っているぎんただった。


「うーん、、、安い家具はこんなもんだよな。けど、この値段ならこの質が限界か。」


正直、不気味な光景だった。

「、、、、、、」

もし、夜なら、完全にホラーゲームの世界観だ。イケメンが、12個の、誰も座ってない椅子を並べてぶつぶつ言っている。

ちなみにダイニング用の椅子は背もたれと手すりのある、どこにでもある白い極々普通の椅子だ。

れいとは一瞬面食らったが、すぐになぎの方を見た。しかしなぎは、特段何のリアクションもなく、もう一度大きい声を出した。


「ぎんた君!」

「!」


すると、水島ぎんたは、なぎとれいとに気づいた。

「なぎ!あぁ、えーと悪い悪い、、、」

ぎんたが振り返る。打ち合わせのためには今壁に整列させられている、おそらくこの室内にあったであろうすべての椅子を元に戻さなくてはならない。

なぎに気づいたぎんたは、それまでの表情とは一変した、へらりとした気の抜けるような笑顔になった。

なぎはまったく気にしていない様子で、靴を履き替える。れいとは、いつもこんな感じなんだろうな、と納得することにした。なぎ、ぎんた、ななみ、でいるところを想像すると、どうかんがえてもツッコミが不在だ。

すると、ガタガタと椅子を戻そうとするぎんたよりも、部屋の奥、キッチンの方から、パンパンと手を叩く音が聞こえた。


「はいはいはいはい!全員、個人行動はここまで!かわいい後輩が来てくれましたでしょ!片付けて!ほら!」


場を仕切るような大きな声と裏腹に、対面式のキッチンから出てきた人物はなぎと同じくらい(男性にしては)小柄で、エプロンをしていて、鍋を持っていた。黒髪のおかっぱ。オレンジ色のインナーカラーが入っている。見た目はまるで女の子だ。ミーハニアのサブリーダー、小西あや(20歳)だ。その声に合わせて、室内で各々自由に過ごしていたメンバーが、メリのふたりの存在に気づいて、集まり始めた。


まずは床で筋トレをしていた大柄な男が、ぎんたが椅子を片付けるのを手伝いながら、なぎとれいとによく来たな、と声をかけた。東野いおり(19歳)だ。そして、窓際で外をながめていた南原ほまれ(17歳)が、なぎたちのところまでやってきて、エスコートするかのように、ふたりを中央のダイニングに案内した。

れいとはひとりひとりに、はじめまして、よろしくお願いしますと挨拶をした。なぎは、まったくフランクに、よろしく〜などと言っている。

もうひとりは読んでいた本を閉じて、あやを手伝う。彼は梅北エリック(17歳)と言う。

こうして全員がダイニングに集まると、椅子も元通りに、そしてそのうちにテーブルの上には、あやが用意したさまざまな料理やスイーツが並べられた。焼きたてのキッシュ、ビーフシチュー、パンナコッタ、、、。これらはすべてあやの手作りだ。なぎはその腕を知っているので、表情がぱっと明るくなる。れいとは、そういえば、打ち合わせの前にアレルギーや好き嫌いを聞かれたことを思い出した。

「メリのふたりが来てくれるって聞いてなぁ、うちめっちゃ張り切ったんよ〜!」

あやは、いろんな方言が混ざったような、不思議な喋り方をする。はつらつもしていて、それでいて柔らかさもありながら、ぎんたよりもしっかりと場を仕切る。

「さ、さ座っておふたりさん!顔合わせといきましょ!いっぱい食べてね!ほら、何ぼさっとしてんの、リーダー!挨拶挨拶!」

ここでようやく、ミーハニアのリーダーのぎんたに主導権が渡った。

「それじゃ、改めて、、、ミーハニアです。よろしく。なぎ、白樺くん。クリエイティブイベント、がんばろうね」

あまり、覇気のない、ふわっとした声だ。

なぎとれいとが返事をして、ミーハニア、メリ、ふたつのユニットのミーティングが始まった。



ーーーーーー




広々としたダイニングを彩るあやの料理をつつきながら、和気藹々とした雰囲気でミーティングは始まった。ミーハニアは全員がメリのふたりよりも年上で、全員が年相応に常識的な感性の持ち主のようだった。

「それじゃあ、ミーハニア側から自己紹介しようか。なぎは知ってると思うけど、、、白樺くんは、入ったばっかりって聞いたから」

にこりとぎんたがれいとに笑いかける。

れいとはぎんたを伺った。穏やかな話し方で、柔らかい雰囲気。

しかしひょうひょうとしていて、裏が読めないようにも見える。

なぎの親友という、それだけの情報で信頼しているが、見た目通り印象だったななみと違って、成人していて、落ち着いた点が気が抜けなくて、少し緊張する。

「はい。一通りPレーベル内の人気ユニットについては、レッスン期間中に勉強しましたけど、、、よろしくお願いします。」

れいとが軽く頭を下げた。なぎは横でキッシュを食べている。あやが、なぎにオレンジジュースを注ぐ。ふたりは仲が良いらしい。つい先日のツインテイルとの打ち合わせの時とまったく同じ感想を持った。まるで、女の子がふたりいるようだ。すると、なぎがれいとに話しかける。

「俺は、ミーハニアのみんなとは久しぶりだけど、会社で会うと、みんな必ず話しかけてくれるから、みんなすごく良い先輩だよ!れいとくん、緊張しなくて大丈夫だよ!」 

「そうか、、、」


「じゃあ、改めて、水島ぎんたです。20歳。なぎとは同期。けれどミーハニアとしてはインディーズでメリより前から活動してたんだ。よろしく、白樺くん。」

れいとはぎんたと握手をした。

ここでようやく先ほどの疑問をぶつけた。

「椅子、好きなんですか?」

他に、聞きようがなかった。

「はは。インテリアコーディネーターやってるもんで。ついね。自分で椅子作ってるんだよね。知ってる?人間工学に基づいた、絶対快適ってシリーズの家具聞いたことあるかな。結構売れてるんだよ」

ここで、れいとは以前に見たCMを思い出す。絶対快適シリーズ。確か、リーズナブルな値段のものから高価格帯のものまである、人気の家具ブランドだ。インフルエンサーがこぞって紹介していのを、弟のあやとが羨ましそうにしていた。れいとは正直、インテリアに興味がない。流行り物にも疎い。

「ぎんた君は椅子見るといつも何かぶつぶつ言ってるんだよ」

なぎの補足が入る。ふたりは親友らしいので、フランクな印象だ。詰まるところ、ミーハニアのリーダー、水島ぎんたは、少し抜けた美形で、しかしインテリアコーディネーターの肩書きも持つ男。そしてなぎが言うには、剣道もそこそこ強いし、料理もそこそこやるし、車の運転もそこそこ上手いらしい。あやが、器用貧乏やねん、と揶揄って、ぎんたは笑っていた。

すると今度はあやが、れいとにキッシュとビーフシチューを渡してきた。

「うちの自己紹介の前に感想言うて!」

びしっとポーズが決まる。

本当に女の子に給仕をされているような気分になる。ツインテイルのふたりと並んでいてもおかしくはない。

れいとは、あやの料理を口にする。

「美味しいです、、、」

キッシュもビーフシチューも若者好みの味付け。なぎとれいとのために考えたレシピなのだろう。

「せやろせやろせやろ!れいと君くらいの男の子だとあんまり興味あらへんかもだけど、小西あや言うたら若手料理研究家ではけっこう名前通ってます〜。よろしゅう」

あやは料理研究家で、昼のワイドショーに自分のコーナーを持っていて、そこで料理を紹介している。れいとでもそのくらいは知っていた。平日学校が休みになった時に見たことがある。

「まぁ、この通り、リーダーがぼんやりしてはるから、ウチがきびきび仕切ってるんですよ、ミーハニアは。後3人も天然ボケ入ってますから、ふたりともお気をつけて。ほな、えーと、、、」

あやの言葉の後に、体格の良い青年が立ち上がる。

「東野いおりだ。トライアスロンやってる。俺は、、、そうだな、スポーツブランドと作ったランニングシューズが有名かな。」

短い髪、さわやかな印象。見るからに好青年。しかし、先ほどまで、このキッチンスペースで、筋トレをしていた。天然ボケが入っている、というのは、そういうストイックな所を指しているのだろうとれいとは考えた。れいとも立ち上がる。しかし、れいとよりもずっと背が高い。

「それって、、、幾何学模様のライン入ってる、、、」

「お、知ってたか。」

いおりのシューズはスポーツをやらない人間にも人気だ。ファッションとしてもおしゃれで、これもまたれいとは、弟、今度はまやとの方が欲しがっていたので知っていた。たしか、シューズが一足10000円前後だった。

「前ね、PPCで会った時にね、いおりさんが腕立て伏せしててね、上に乗れって言われて乗ったんだよ。そのまま腕立て伏せしてた。筋肉すごいんだよ〜」

なぎの補足に、いおりが、Tシャツをめくって、腕こぶしを見せてくれた。れいとはそれは普通にすごいな、と感じた。いくらなぎでも、50キロはある。

次に挨拶があったのが、なぎとれいとをダイニングまだエスコートした人物。所作が品がある。きれいな金髪。まつげまで金色に見える。

「僕は南原ほまれ。特段、前の3人みたいに何かを作ってはいないんだけど、、、よろしくね。」

「れいと君、テレビ見る?ほまれ君、有名な美術評論家なんだよ!」

なぎが言うには、なぎの妹のみあがよく見ている教育番組の中のクイズコーナーの常連で、美術品に関するクイズにおいてら殿堂入りらしい。ほかにも、美術史に関する書籍も出している。ただし、本人は画家では無いので絵は描かない。ほかにも高IQの持ち主で、私立の進学校に通っている。

「あとは、実家がめっちゃ金持ちです。今度招待してもろて!」

あやが茶化すと、ほまれは大したことないよ、と笑った。あだ名が王子、らしい。城のような家に住んでいると、ぎんたが言う。さらに言うと、バイオリンやピアノがあたりが当たり前なできて、ゴルフはハンデ3。このあたり、団地住まいのれいとにはいまいち想像もつかなかったが、どうりで上品で、まるで物語の中の王子のような雰囲気があると思った。

「最後が僕だね。えーと、梅北エリックです。海外生まれなんだ。よろしくね。」

他のメンツと違い、控えめな挨拶だった。本人の印象も、やや控えめに感じた。れいとは、ミーハニアは、クリエイティブユニットだと聞いていた。彼にも何があるのだろうか。ふと、エリックの読んでいた本を見る。

「白鯨か。英語ですか?」

「え、わかる?これ、ほまれに借りたんだ。やっぱり原文が好きでさ」

「原作いいですよね。」

「わ!本好き?」

「はい。俺も、海外文学は原文で読みます。親が外国人なんで、英語はわかるので」

「そうなんだ!今度オススメ貸すよ!」

エリックとれいとが盛り上がる。しかしなぎが驚いた顔をしていた。

「え、れいと君、英語わかるの⁉︎」

余談、なぎは、英語が苦手だ。れいとがバイリンガルなのも今知った。

「ああ。言ってなかったか?」

「わかるの⁉︎しゃべれるの⁉︎」

「まぁ、、、」

すると、エリックが何かを英語で話し出す。彼もまた、バイリンガルらしい。それに、れいとが英語で返すと、なぎは、は⁉︎と大きな声をあげた。そこにさらに、ほまれが加わる。3人で、英語で話している。何を言っているのか、なぎにはまったく意味不明だった。単語すらわからない。ちなみに、白鯨の翻訳について話している。ほまれがドイツ語版が良かったと言っていて、エリックとれいとが流石にそれは知らない、と返している。ほまれは英語とドイツ語と中国語と、それから日本語版を読んだと話している。


「あらぁ、何言うてはるかさっぱりやけど、さっそく仲良くなったみたいで、良かったですなぁ」

あやがにこりとすると、いおりが豪快に、そうだな!と笑った。いおりもまったく会話の内容はわかっていない。

「ぎんた君、、、わかる?」

「ははは。さっぱり。」

なぎはぎんたとあやの作ってくれたパンナコッタを食べながら、3人を見守っていた、、、。


さて、ここで、れいとがレッスンの際に学んだ、ミーハニアについての解説をする。

ミーハニアは、昨年の年末ライブの人気投票で3位になった人気ユニットだ。インディーズの頃からの活動歴は5年。PPCに所属してからは3年目だ。

当初は、ぎんたとあやのみではじめたバンドに、いおりが加わった。ほまれとエリックは後から加入したメンバーで、ふたりともまだ活動は2年目。(なぎよりも後になる)

今の所まったく音楽の話が出ていないが元々は音楽ユニットであり、ファーレンハイトやツインテイルと肩を並べる実力派ユニットであることは間違いない。音楽活動の過程でそれぞれがそれぞれクリエイティブな方向で活躍し始めて、その方面でも充分に有名になった。

ぎんたはインテリアコーディネーターとして、あやは料理研究家として、いおりはトライアスロンの選手としても活躍し、ほまれは美術評論家であると同時にゴルフもプロ級だ。エリックに関しては、公式プロフィールに特段記載はないが、クリエイティブユニットの名に恥じない何かがある、、、とだけ今は説明しておこう。

肝心の音楽性は、すっきりときれいで柔らかいさわやかなサウンドで、完全に女性向けに振り切った楽曲が多い。テレビ番組に出演しているのも、時間帯的に主婦層をターゲットにした番組が多い。ぎんた、あや、ほまれに関しては、ファンは9割女性だ。いおりは、男性ファンも多い。ここについてもまた、エリックに関しては伏せておこう。

れいとがレッスンで習った、ミーハニアに関しての内容はだいたいこんな所だ。

そしてメリはこれからこのミーハニアとコラボするわけだが、音楽一辺倒だったツインテイルのコラボと違い、先輩であり、様々なジャンルに広いミーハニアとのコラボはまた、メリにとって多大な経験になることは間違いだろう。


さて、食事が済んで、ミーハニアの紹介が済んだら、次はメリの自己紹介になった。具体的には、れいとの紹介だ。

「こちらが、白樺れいと君でーす。50000人のオーディションから選ばれた、スーパースターです!」

なぎの紹介はかなり冗談が入っていた。もう既にこの場にいる全員が打ち解けていて、充分に冗談とわかるが、れいとはなぎを小突いた。

「本当だよ!俺の自慢の相棒です!」

「白樺れいとです。改めて、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。」

れいとは軽く頭を下げた。あやが身を乗り出す。

「噂のれいと君!うち、1stライブの配信見ましたよ!ほんと、14歳とは思えへんほど歌うまぁ!って思うたら背は高いは顔はイケメンだわで、ほんまに逸材!ようゲットしましたな、なぎちゃん!うち、なぎちゃんは前からやるコやと思ってたけど、ファーレンハイトから奪ったなんて、なぎちゃんに惚れなおしましたわ〜!」

あやの発言になぎは照れくさそうにしていた。

れいとについてはミーハニアのメンバーは充分に予習をしてきたようで、紹介の必要も無さそうだ。

「じゃあさっそく本題ですなぁ。ほんでな、おふたりさん、うちのリーダーからコラボについて、いっこアイデアがあんねん!」

「?」

あやが明るく言う。

ちなみに、なぎはミーハニアとのコラボについて、正直なところ何も、考えていなかった。というか、話の流れで、また、前回のツインテイルと同じように、ライブをしようということになるだろうと漠然と考えていたのだ。

あやがぎんたに視線を振る。ぎんたは姿勢を正して、話し始めた。

「前回、メリはツインテイルとコラボしただろう?ライブすごく盛り上がったって。いいなぁ、俺も、なぎとななみと歌いたいな」

「リーダー!話が脱線してます!」

「あ、えーと、それで、ツインテイルはPレーベルではファーレンハイトよりも作曲能力は高いと言ってもいいだろう?メリはその、最高峰をすでに知って、彼らに学んだわけだ。俺たちミーハニアと同じようなことをしてもつまらないだろ?」

ぎんたの言うことは最もだった。実際今も、れいとは隙を見てツインテイルの片割れ、たくとに師事している。

ミーハニア側には、ライブをやる、以外のアイデアがあるらしい。


「俺たちひとりひとりの企画に、メリに参加して欲しいんだ」


ぎんたの話はこうだった。

ぎんたは、インテリアに関する雑誌の撮影になぎとれいとを参加させる。あやは、自分の持っている動画サイトのチャンネルにふたりをゲストにした動画を投稿する。いおりはゲストとして招かれたトライアスロンの大会にふたりを呼ぶ。ほまれは美術に関するクイズ番組のゲストにふたりを呼ぶ。エリックは、まだ秘密らしい。このように、それぞれの音楽活動以外の活動に、メリのふたりを参加させる、、、とのことだった。


「もちろん、ふたりがよければ、になる。ふたりとも、音楽活動以外に手を広げる予定はないんだろう?まぁ、社会勉強になるかな。芸能界にいると一般社会の常識を忘れがちになるから。それと、、、」

なぎもれいとも真剣にぎんたの説明を聞いていた。思いもしなかった提案だ。

マルチメディアデビューに関しては、先日パパラッチにあったこともあり、なぎは積極的ではなかった。れいとはまだ中学生だ。

「ど、どうしよ、れいと君、、、」

「パパラッチの件、聞いてますよ」

不安そうななぎに、あやが話を振る。

「それから、メリが、年末のライブで3位以内を目指してることも知ってるんよ。そうしたら、メディアを避けるのは無理でしょう。今のうちに、テレビや雑誌との付き合い方、学んでおきまへん?」

「、、、!」

これに関してはなぎより、れいとの方が食いついた。先日のパパラッチの件ではれいとは当事者であった。結局、ふたりの考えを歌で伝えるという、ふんわりした解決方法しか思いつかなかった。良く言えば、れいとの歌の実力で黙らせた。それが何度も通じるかは別だし、道明寺の記事が、何より効果があったのは言うまでもない。

それらを経てようやくぎんたが話の続きを紡ぐ。

「それと、モノを作る、ってことが、どういうことかを、ふたりに教えたい。俺たちは作曲うんぬんより、きっとこれに関してはツインテイルのふたりより、勉強させてやれる。」

「!」


ものを作ること。

創作。

それは作曲の前の哲学だ。やっと、お互いにモチベーションがはっきりしたばかりのメリのふたりにはまだ深く考察したことのない概念だった。

なぎの目がきらりと輝く。

「もちろん、話題のメリのふたりとコラボできるのはうちにもメリットがあるから。楽しんでやろう。どうかな?」

「うん!俺は賛成!」

なぎの返事。リーダーのぎんたと同じくリーダーのなぎの合意だ。これは実質、話がまとまったということになる。

ふと、ほまれが、れいとと視線を合わせた。

「君はどうだい?白樺君」

その微笑みは大理石の彫刻のようだ。

「もちろん。なぎが言うなら。」

「、、、なるほど。じゃあ、君に、、、君たちの勉強になるように、先輩として僕たちもがんばらないとね。」

ほまれはなぎではなく、れいとの方に話しているようだったが、いおりとエリックも、それに賛同はした。これで、全員の意見が一致した。

こうして、コラボの方向性が定まった。あとは日程などを決めて正式な決定となる。

こうして、メリとミーハニアは、音楽以外のコラボレーションをすることに決まった。また、それとは別に、なぎとれいとは、フォトブック用のロケが7月後半に入ることになっていた。忙しくなる。外ではすっかり夏の面影の太陽と風が仲良く季節を彩っていた。



ーーーーーーー



さて、メリとミーハニアのクリエイティブイベントについて、詳しい日程が決まった。

なぎとれいとのふたりはいつも通り本社の会議室で、熊谷とともにスケジュール調整を行っていた。今回、道明寺も同席している。月の後半に、フォトブック用にロケに行く予定があり、その日程を決めるためだ。

まずは東野いおりが参加するトライアスロンの大会にゲストとして参加することになった。当然、ふたりともトライアスロンは未経験なので、いおりプロデュースのスポーツウェアを宣伝のために着る。その後は解説席だ。これに関してはいおりがトライアスロンの基本的な情報をまとめた資料を送ってくれた。ふたりは事前にこれを読む。

次に、あやの動画チャンネルに出る。あやのチャンネルは動画投稿サイトで50万人ほどのフォロワーがいて、料理の作り方を投稿している。たまにゲストが来るので、メリのふたりもゲスト扱いで、これに出演する。テレビよりも気楽ではあった。余談、以前、ファーレンハイトの五十嵐つきはが出演していたことがある。あやとつきはは仲が良いらしい。これが初旬の予定である。

次に中旬は、ほまれが教育番組に出てクイズを披露するらしく、それにゲスト参加することになった。これは、当然、美術をテーマにした回になるらしい。ふたりとも美術の美の字もわからない上に成績も並だが、それでいいらし。予習などは不要だと言われた。

また、ほまれは、どうやら特にれいとに、指導したいことがあるらしい。

それと、梅北エリックは何か考えがあるらしいが、エリックからは後日詳細を伝えると連絡があったそうだ。

そして月の後半に、ぎんたが載る雑誌の撮影に付き合う。女性向けのファッション誌でぎんたの特集が組まれる。インテリアについての記事らしく、なぎとれいとはそこにお邪魔する段取りになった。

そして最後にフォトブック用のロケだ。


「だいぶ過密なスケジュールなので、おふたりには体調を整えておいてもらえると良いかと、、、」

一通りの説明を経て、熊谷はふたりを気遣う。

ふたりとも大丈夫だと答えた。

次に、道明寺からの話になった。道明寺はその場で立ち上がり、腕をおおげさに広げて見せた。

「ロケは沖縄だ!」


ばーん、と効果音がつきそうなくらい豪快に道明寺が言い放った。

「えー!沖縄⁉︎飛行機⁉︎」

「そう!3泊4日だ!ふたりとも沖縄行ったことあるか⁉︎」

「ない!」

「俺もない」

沖縄、の一言でなぎは喜んだ。以前の打ち合わせではあまり海外には行きたくない様子だったので、国内で安心したのだろう。

「ふたりとも、実は会社側が、がんばっているふたりにご褒美だとのことで、最終日は自由行動です。代表取締役に会ったら、お礼を言っておいて下さいね。」

「え!本当に⁉︎」

良かったね、れいと君、となぎはれいとの方を見た。ちなみにこれは道明寺の提案でもあった。最終日が自由行動なら、それまで楽しみながら撮影もできる。ふたりの自然体の姿を撮れるだろう、と。ふたりにご褒美というは当然、なぎに甘い熊谷は即決して、代表取締役の波々伯部悦子に提案をした。悦子もなんだかんだで、それを許可した。

「俺、飛行機久しぶりかも、、、」

「俺は乗ったことない。」

「えへへ、楽しみだなぁ、、、」

なぎが嬉しそうにしている。れいとはそれを見て、自分のカメラのことを思い出した。フォトブックの話が出た時はあまり乗り気ではなかったようだが、今は反応は良い。江ノ島に行った時のように、沖縄でも、なぎの写真を撮ろうと思った。多分、道明寺には撮れない写真が自分には撮れる。

打ち合わせが終わった後、熊谷が送迎を申し出たが、なぎはれいとと歩いて帰りたいと言った。話があるらしい。だいぶ日が長くなったので、ふたりはまだ明るいうちに会社を後にした。




ーーーーーーー




「何か、俺たちも作ってみようよ!」


PPC本社からの帰り道。いつもの河川敷だ。ここをふたりで並んで歩くのも、もう何度目だろう。もう5時を回っているのに暑いし、明るい。夏の匂いがする。なぎの提案は、どういう意味だろう。とんぼが、すらりとふたりの横を駆け抜ける。


「作る?」

「うん。前にグッズ作ったよね。あれ今、サイトで受注の予約してるんだって。熊ちゃん、好評だって言ってたよ。」

「そういえば、、、」

以前、ツインテイルとのコラボの際に、メリはは1stライブのグッズを制作した。これは、デザイナーが考えたもので、なぎたちは許可をだしただけだ。

「ほら、クリエイティブイベント、ミーハニアとコラボするでしょ?ぎんた君、ものを作ることについてどうのこうのって言ってたし、、、俺たちも何か考えられないかな?って思って、、、」

れいとは、作曲も充分にものを作ることだし、フォトブックも充分にそれだと思った。なぎの提案はにれいとはさほどピンと来ていない。

「というか、、、グッズて、あんまりほんとに興味なかったんだけど、、、れいと君との、思い出を作りたいというか、、、記念になるよなものを形に残したいというか、、、そんな風に思って、、、」

「え、、、」

れいとには、その発想はなかった。思い出を残す。ふと、なぎの方を見る。道路側がれいとで、川の方をなぎが歩いているから、オレンジ色の水面に反射した夕陽で、なぎの丸い輪郭が光を帯びている。こういう時に、れいとは、道明寺から預かったカメラを構えたいと思うがその反面、それは無粋だとも感じる。

「どうかな、、、それ、熊ちゃんに提案してさ、フォトブックの初回特典にするとか。なんかね、ミーハニアの皆と話してみてね、音楽だけじゃなくて、れいと君と、いろんなことを一緒にやりたいなって思ったんだ」

「なぎ、、、」

「だって、ミーハニアのみんな、楽しそうだったよね。それぞれ違うことしてるのに、なんか余裕あって、、、。それで、俺もあんな風にれいと君といれたらなって思った。」

なぎがはにかむ。なぎは、こういうことを、自分の気持ちを話すのに、躊躇しない。恥ずかしいとか、揶揄われるとか、そういうことよりもまず、自分のことを打ち明ける。だから、なぎと話すとリアクションが取りやすい。なぎからのアクションに返すだけだ。

れいとは、前回のツインテイルのコラボの際に、たくとに連れて行かれたバーでの、たくとの言葉を思い出した。なぜ、いっしょにいるのか。それは、今は、自分たちはメリだから、だ。音楽のためだ。でも、もし、これから、なぎと人生の長い時間をいっしょにいることになるのなら。そう、音楽という繋がりだけには留まらない関係になっていくのなら。それから先を、れいとはまだ考えていなかった。まだ若い。ここ数ヶ月は怒涛の多忙さで、目の前の課題の消化に必死だった。家でも弟の面倒を見ていると時間が過ぎるのが早い。ひとりで人生について哲学するだけの有閑さと無縁だった。

なぎもそのはずなのに、なぎは随分と、自然体に見えた。いや、あの会見で、大勢の前であれだけの振る舞いができるのだから、マイペースな人間なのだろう。なぎのことを、こういう時に、強いと思う。まぶしいと感じる。そしてれいとは自分はまだまだ視野が狭いと自戒を覚える。

「なぎ、その、、、俺は、そこまで考えられていなかった。」

「そうだよね。忙しかったもんね。」

「けれど、、、そうか、、、いろんなことを、、、か、、、」

れいとがなぎを見つめる顔が、柔らかい笑顔に変わる。

「いいかも。賛成。、、、沖縄も楽しみになってきた。」

「お土産、、、えーと、、、家族と、、、ひゅうが君と、るき君もいるよね。るき君、お揃いのキーホルダーとか買ったら喜ぶかな」

「犬と?」

「ちがうよ!俺たちと!」

ふたりは、少し遠まわりをして帰った。れいとがまた、なぎの家までなぎを送った。記念の何か、についてたくさん話あったが、答えが決まらなかった。もしかしたら、ミーハニアとコラボをするうちに、考えが決まるかもしれない。ふたりを真似するかののうに、川辺の葦の葉先に、とんぼが止まっては離れて、にぎやかにたわむれていた。


ーーーーーーー


晴天。今日はいおりが参加するトライアスロンの大会の当日だ。大規模な大会のようで、メディアもたくさんいる。

熊谷の送迎する車が、会場の関係者用の駐車場に到着した。

「れいと君似合うね!」

いおりがプロデュースしているスポーツブランドの一式をれいとは身につけていた。いおりの提案だ。ランニングの際に着用するような格好だ。本格的に参加するわけではないので、これでも良い。なぎは、サイズが合わなかったので、靴だけだ。

今日の予定はこうだ。大会前にふたりはいおりからトライアスロンについて、ビギナー向けの説明や、軽いストレスや筋トレ、ランニングを習う。これは、テレビの取材だ。その後ふたりは解説席からいおりを応援する。解説席には他にアナウンサーと、元トライアスロンの選手がいて、ふたりにいろいろ話を降ってくれる。

熊谷の車の隣に、いおりの車が停まった。サングラスを外したいおりがさわやかに、おはよう!と挨拶をする。なぎたちも車から降りて、返事を返した。なぎもれいとも今日の予定などについて軽く話があると思っていた。しかし、、、。

「ストレッチだ!」

「えっ」

屈伸、それから体を捻ったり、真似をするように言われ、ふたりは従った。間髪いれずに、次の行動が支持される。

「さっそく走ろう!」

「え」

「行くぞ!なぎ君、れいと君!」

ふたりの動揺に気づいていないのだろうか、いおりが走り出す。速い。見えなくなってしまう。

「まっ、待って〜!」

「熊谷、じゃあ!」

「お気をつけて。」

ちなみに今日は熊谷はふたりと会場にはいる予定だが、ついて回ることはない。なので、ふたりを見送る。

こうして、なぎとれいとは、いおりを追いかけて走り出した。

さて、会場周辺を一周しながら、ふたりはいおりから今日の流れを聞いたが、れいとはともかくなぎはこのランニングだけでもうバテていて、いおりの話が入ってこない。

関係者のために設営されたテントへふらふらになりながら戻る。いおりはこれから、メディア向けの取材に応じたり、トライアスロンに参加する。なぎは信じられないと思った。

「あはは、なぎ君はもう少し体力つけた方がいいな!白樺君はなかなかだぞ!大会、出ないか⁉︎」

「さすがに結構です、、、」

「テレビの取材までまだ少し時間があるから、休んでいるといい!ふたりともまだまだ進化できるぞ!大丈夫!これからだ!」

ふたりははい、、、と力なく返した。ベンチに座って、なぎとれいとはようやく一息ついた。

「はぁ、、、はぁ、、、これから取材、、、」

「大丈夫か。俺だけでもいいけど、、、あんたかなりバテてるな。」

いおりのさわやかな笑顔と、明るくはきはきした声を思い出す。そういえば、進化、と言っていた。何のことだろう、となぎは考えたが、頭が回らない。地面を見つめて、それ以外ができない。なぎはこれでも、体力トレーニングはしている。しかしいおりは、アスリートなのだ。

「水持ってくるから待ってろ」

れいとが立ちあがろうとする。

「これを飲みたまえ。」

「え、、、」

すると、目の前にミネラルウォーターのペットボトルが差し出された。優雅な調べの声だった。俯いていたふたりは顔をあげてぎょっとした。


ファーレンハイトの、四宮たかひろが、そこに立っていた。


「⁉︎」


「えっ、え、えっ」

「え、あの、どうぞ」

驚いて固まるなぎをよそに、れいとは立って、先輩であるたかひろに席を譲ろうとした。

「詰めたまえ。3人で座れる」

たかひろがそう言うので、たかひろ、れいと、なぎの並びでベンチに座る。いったいなぜ、たかひろがここにいるのか。

四宮たかひろ。ファーレンハイトでは服飾担当であるとともに、サブリーダーのひかると全体演出を手がける仕事人だ。他ユニットに衣装提供をしていたりする。なぎは、ひゅうがとるきとはよく会話するが、ファーレンハイトの他のメンバーとは接点がない。れいともまた、知ってはいたが、こうして直接対峙したのははじめてだった。メガネで、高飛車そうな雰囲気だ。タイトめできっちりとした服装。長い足を組んで座る様子を眺めていたら、なぎが声をかけた。


「お、お疲れ様様です。あの、水、ありがとうございます。いただきます、、、」

「気にするな。ほら」

するとなぎにハンカチを差し出す。それをペットボトルの底に当てがう。水滴が落ちないようにしたのだろう。しかし、なぎもれいとも、水滴ぐらいは気にもしない。たかひろは、こういうことを気にするタイプなのだろう。

なぎはペッドボトルの水を飲む。れいとも続いた。たかひろはそれを見て話出す。

「なぜ僕がここにいるか気になるだろう?」

それは、そうである。

しかし、なんというかたかひろはこの、トライアスロンの会場そのものの雰囲気やテントや、安っぽいベンチが非常に似合わない。ちぐはぐだ。

「、、、」

「君たちのスケジュール、うちの新人から筒抜けだよ。仲が良いんだね」

「あ、、、るき君?」

たかひろはどうやら、るきの情報で、メリのふたりがここにいることを知っていたらしい。なぎはしょっちゅうるきに一方的にLINEを送っている。当然、クリエイティブイベントについても話していた。

「でも、俺たちに会いに来たわけじゃないでしょう。何をしにここへ?」

れいとが問う。すると、たかひろが答えを口にするより先に、いおりがふたりの元へ戻ってきた。途端にたかひろの眉間にしわがよる。

「おーい、、、なぎ君、白樺君、あれっ、四宮!どうした⁉︎また大会見に来てくれたのか!」

また、その言葉をなぎもれいとも聞き逃さなかった。いおりは満面の笑みでたかひろに絡むが、たかひろは長い足を組んだまま、盛大に舌打ちした。

「フン、好きで見に来ていると思ったか?、、、それ、新しいウェアか。」

「気づいてくれたか!ありがとう!そうか、ウェアの方を見に来たんだな⁉︎今度持ってくよ!」

「結構だ。自分でもう、あ、いや、違う。そんなことより、このコたち、おまえのペースに合わせていては大変だろう。そのくらい気遣ってやれ!」

「え、ああ、そうか。そうだよな!わかったよ。」

「いいか、なぎに何かあれば、ひゅうがはおまえをただじゃ済まさない。あのボンクラ、、、じゃなかった。リーダーの水島にも伝えてくように。あまり後輩にスパルタ教育をするなよ。それでは、失礼する」

そう言うと、たかひろはさっと立ち上がる。そしてすたすたと歩いて消えてしまった。なぎもれいとも、ぽかん、とするしかない。

「あはは、あいつ、大会よく見に来てくれるんだ。何か話したのか?あいつ面白いよなー!」

「はぁ、、、」

「面白い、、、?」

いおりの話によると、たかひろは多分、いおりのプロデュースしているスポーツウェアに興味があるんじゃないか?とのことだったが、ふたりは、鈍いなぎでさえ、なんとなくそれだけではないのでは?と感じていた。

れいとは、ひゅうがの話が出たがたぶん、なぎはだしにされただけだと思った。いったいどんな関係なのか、このふたりは。れいとの印象だど、いおりはおおらかだががさつで、たかひろはその真逆だ。

たかひろは何の疑問もないようで、取材の準備が整ったと、ふたりをメディアのいる場所へ誘導した。

なぎもれいとも、自分たちの知らない、ユニットの枠を超えた人間関係があることを改めて思い知った。



その後、なんとか残りの体力をふりしぼって、なぎは取材に参加した。ここがふたりにとっては本番だ。

いおりから、ストレッチなどを習う。しかし、、、。

「過酷すぎる、、、」

なぎは途中で、ギブアップした。れいとは最後まで、いおりに着いていくことができていた。

「ははは!なぎ君はここでリタイアか!よく頑張った!すこいぞ!君は進化した!」

取材が終わる。先ほどあれだけ走って、それから体操をして、これからがトライアスロンの本番だと言うのに、いおりは元気だ。信じられない。そしてまた、進化、という言葉を使っていた。

なぎは息も絶え絶えに、いおりに聞いた。

「どうして、、、こんな大変なこと、、、」

「よく聞かれるよ。大変だから楽しいんだろうな!」

いおりはさわやかに答える。白い歯がまぶしい。なぎをベンチに誘導する。しかし、真面目に顔になって話を始めた。

「もちろん、食っていくだけなら、ミーハニアとしての音楽活動だけで十分なんだ」

「!」

いおりから生々しい話が出て、なぎは一瞬驚く。そういう話をしないタイプに思っていた。

「俺が、怠惰な姿勢でいるのが嫌なんだ。自分でそれを許せない。そしていつだって、努力している姿を、ファンには見ていて欲しいんだ。」

「それは、、、」

ファンへの姿勢。

ベンチからいおりを見上げる。遠くではれいとがインタビューを受けていた。れいとが失言をすることはない。放っておいても問題はないだろう。熊谷もいる。

話を戻すと、ファンへの姿勢、といおりは言った。

なぎたちは、パパラッチ対応の際に、それを痛感した。結局は、歌うしかなかった。

「誰にとっても、誠実でいたい。特に、応援してくれるファンにはね。なぎ君、メリのPは何だい?」

「へ⁉︎」

P、、、ぴーとは何だろう。なぎはきょとんとした。

「あれ、知らないかい?うちの社名、PPCは、ピープロダクションクリエイティブって言うんだけど、、、」

それは、なぎでも知っていた。

「最初のPは、自分たちで考えよう。ってことで、何のPなのか決まってないんだ。」

そうだったのか。なぎは聞いたことがあるような、ないような、よく思い出せなかった。すると、れいとがふたりのところへ戻ってきた。話に混ざる。

「研修で聞きました。ファーレンハイトはperfect、ツインテイルはpeace、、、」

れいと曰く、それぞれのユニットが、それぞれのPに意味を持たせているとのことだった。

「ミーハニアは、possbleだ!」

「意味は、可能性がある、かな」

英語の苦手ななぎに、れいとが補足する。

「可能性、、、」

「進化のことさ!だから俺は、進化し続ける。ファンが、俺を次に見た時に、前より良い、前より凄い、と思ってもらえるような自分でありたいんだ。だから、音楽もスポーツも、手を抜かないんだ!」

いおりはそう言って、にかりと笑った。

進化、そういえば、いおりはその言葉をよく口にしていた。

すると、スタッフに呼ばれていおりが去っていく。これから大会本番だ。

「進化、、、」

なぎがぽつりと呟く。なぎの汗が地面に落ちるのと同じように、そのつぶやきも、太陽を受け入れた暑さのアスファルトに吸い込まれていく。

れいとはそれを聞き逃さなかったが、返事はしなかった。

作曲、歌うこと。自分たちはそこまで考えていなかったことを、自分たちがよく理解した。自分たちが楽しいから、れいとくんと歌いたいから。前回のコラボでわかったのは、それがモチベーションだということ。ファンへの姿勢。今の音楽活動からもう一歩踏み込んだ考え方だった。ぎんたがメリに教えたいと言っていた、ものを創るということ。それがどういうことなのか、ミーハニアのメンバーといれば、学ぶことができるということ。

進化し続ける姿勢。果敢に挑む姿勢のことだ。退化して、停滞していてるよりもずっと、難しいことだ。

ただ単に今日、浮き彫りになったのは、決していおりとなぎとの体力の差だとか、そういう単純な話ではなかった。そこに、その明確な差の中にある哲学に、意義に気づくか否かが問題であった。なぎは気づいた。ここで、気づかないようであれば、アーティストには向いていない。想像とは、哲学のことである。ものを創り世に送り出すこと、そこに人間の意思が介入することは、マニュアル化された工業製品の工場のそれとはわけが違うのである。まだ、ほんのりとしか近付いていない答えがある。なぎは、そう思った。それを手繰りよせることができた時、いおりの口にしていた進化に到達できる。叡智と覚醒。それこそが、この、ミーハニアとのコラボの目的である。

くたくたになっていたはずのなぎの表情は今は、鋭い日差しのように真剣さを帯びていた。


その後いおりは何なくトライアスロンの試合の解説にも参加した。いおりはなかなかの好成績で大会を終えたようだった。さて、意外にも、なぎよりも、れいとの方が、トライアスロンに関しては興味を示していた。というか、スポーツ全般に興味があるらしい。なぎは正直なところ、たとえばテレビに、何らかの競技で日本代表が映っていたとしても、テレビの前で応援するほどの興味がない。せいぜい社交辞令や話題作りで商売について話す程度だった。しかしれいとは大会を終えた参加者らに話しかけられ、自分からも積極的に質問などをしていた。興味があればそれを伸ばしていければいい、となぎは思った。

大会の日程はひととおり終わり、なぎとれいとはいおりを待っていた。最後に挨拶をしなくてはならない。空は半分夕陽に染まっていた。

「おつかれ。あんたやっぱり体力ないな」

「うーん、、、そうかも。ちゃんと走ったりしてるんだけど、、、」

「今度、屋内でスポーツできるとこ行こう。」

「えぇー、、、手加減してくれる?」

「するよ。そうだ、るきとふたりでかかってこいよ。」

「言ったね!ぜったい勝つから!」

すると、ふたりに取材陣が近寄ってきた。今日の感想を聞かれる。れいとは当たり障りのない回答をしていた。さすがだな、となぎは感心する。クリエイティブイベントでは、ふたりはミーハニア側には、勉強をさせてもらう立場だった。今日、いおりがこのトライアスロンの大会にふたりを参加させたこと、いおりの考え方を知ったこと。なぎはとても感銘を受けた。すると、いおりがやってきた。なぎ君、と元気に声をかけられる。まだ、全然元気だ。信じられない。すると、いおりがなぎに腕を出してきた。捕まれ、ということらしい。なぎは、いおりの腕にぶら下がった。いくらなぎでも50キロはある。取材陣は喜んでその様子を撮った。ちなみにその写真は後日ネットの記事に使われた。


「やっぱり、筋肉が大事、、、ってこと?」

Tシャツを捲って、自分の腕を見る。ひょろりとした、白くて細いそれは骨に皮がついているだけだった。筋肉などないようにすら見えた。いおりのたくましい腕が羨ましかった。

なぎは、いおりに、別の方面でも、感銘を受けたようだった。



ーーーーーーー




数日後、なぎとれいとは、再び、レンタルキッチンスペースへ来ていた。最初のミーハニアとのミーティングに使用したのと同じ場所だ。あやとの動画制作のためだ。動画投稿サイトに投稿する用の動画を撮る。

まず、なぎとれいとは、その機材の数々におどろいた。

「わぁー、、、すごい、、、」

照明に、パソコン、マイク、カメラ、、、。今は、ライブ配信ならスマホひとつで事足りるが、本格的な動画撮影、そして編集には、様々な機材の準備がいる。

ふたりが驚いたのはさらにそれを、あやひとりで準備してあるところだった。スタッフがいないのだ。てきぱきと配線をして、マイクチューニングをして、パソコンでソフトを立ち上げる。

「個人勢ならこのくらい当たり前ですよ。なんなら動画の編集もうちがやってます。うちのチャンネル、ライブ配信の時もモデレーターいないんよ。ぜーんぶひとりでやってますの!」

個人勢、モデレーター、なぎとれいとにはいまいち馴染みのない単語が飛ぶ。

「さぁ、そんなことより!おふたりさん、今日はうちは口出すだけよ!極々初歩的なカップケーキを作ります!かわいーくデコもしますからね!」

「はい!よろしくお願いします!」

撮影の前に、あやからふたりにざっくりと説明があった。機材の名前やどういった手順で撮影を行っているのか、である。当然ふたりはカメラには慣れていたが、それは大勢のスタッフに囲まれての話であって、このように自分でいちから機材を用意して、企画を考え、、、という機会はなかった。

「ちなみに、どんな動画にしたい、とかはある?」

「それがその、、、お料理動画的なのはあまり見ないので、、、」

「あはは、そうやね!男子高校生やもんね!例えばね、はっきり決めとくといい!ってことが何点かあってね。誰に向けた動画なのか、動画全体のトーンはどんなものか、とかやね。これを決めておくと、動画の方向性がブレないで撮影ができますよ。」

あやが言うのはマーケティングの話にも通じる部分があった。まずは誰に向けた動画なのか、あやのチャンネルは視聴者は女性が大半らしい。あやのファンの若年層と、主婦層などの料理を目的とした層。当然、視聴者層に訴求した動画を作るのが基本である。少年漫画誌に少女漫画が乗らないように、あやの動画は女性向けに、明るく清潔感のあるおしゃれな動画がほとんどだ。性的な話や過剰なおふざけもなく、終始なごやかに動画が進む。動画全体のトーンも、おだやかな色調で、衛生的で、いかにも女性が好むような動画の作りをしている。(ちなみにこのレンタルキッチンスペースを運営している会社はスポンサーだ。)

そこに、今日は今話題のメリ、のふたりが加わる。

「そんでな、メリのファンが欲しい画をウチは提供したい!おふたりさんがまだ思いつかないような、それでいてファンが望んでいるアレ、や!撮れ高欲しいから仲良く頼むでおふたりさん!」

アレ?撮れ高?とふたりは思ったが、エプロンをつけて、手を洗って、撮影が始まった。

そしてあやが高らかに宣言する。


「ファンの心を掴むにはオフショット!!!!!!」



「⁉︎」


「復唱!」

ふたりは困惑しつつも従う。

「え、ふぁ、ふぁんのココロを掴むには、、、おふしょっと、、、」

つまり、あやが言うには、今日の動画のテーマは、メリのオフショット、だった。

なぎ、れいとも言うことはわかるが、ピンとこない。なぜ、自分たちの日常的な面が、動画の取れ高になるのか。なぜそれが料理なのか。しかし、動画撮影が始まるので、疑問は後回しになった。


「はーい、みなさんこんにちは!小西あやのお料理チャンネル!本日もよろしゅう〜!」

あやが、カメラに向かって定番の挨拶をする。それから、今日はゲストが来てます、とフリがあり、ふたりも挨拶をした。その後、カップケーキのレシピについて簡単に説明が入った。そしていよいよ、作りが始まった。

あやは、ほなどうぞ、とふたりに振ると、ここからはふたりでレシピ通りにやることになる。

なぎは、あやに従って、小麦粉などを準備した。軽量をしているうちに、自宅で、妹たちとクッキーを作ったのを思い出した。


「俺、妹とこういうのやったことあるよ」

「あぁ、そうだよな。みあは得意そうだ。」

「それがね、意外とね、かれんの方がこういうの得意」

なぎが、さらさらと小麦粉をふるいにかける。あやが今のええで!と言った。何のことだか、なぎはピンときていない。れいとは横で見ているだけだ。あやがれいとはん手伝って!と口を出すが、どうにもなぎの方が手際が良い。

「れいと君料理しないの?」

「あー、、、しない。弟ふたりにはカップ麺食わせてる。」

「それであんなに大っきくなったの⁉︎」

他愛ない会話が続く。

しかしそれから卵を割ったり、オーブンの準備をするのも、なぎがやった。たびたびあやが話をふったりする。

「れいとはん!もー!」

「すいません、、、予習してくれば良かった。」

れいとの手には、うっかち握りつぶしてしまったままの卵。

かなり面白い画だった。シュールだった。

「え?それはええのよ!ええけど、うちは突っ込むからよろしく!」

「え、、、」

「うちはメリのファンに、ふたりのありのままの姿をお届けしたいんよ!雑談してして!な!他愛ない会話をウチとカメラの向こうの視聴者の皆にお届けして!」

なぎがボウルで、カップケーキの記事を混ぜる。ふたりはあやの発言にきょとんとした。ありのままの姿とは、どういうことだろう。

甘い香りの中、あやがカメラの前で、エプロンの裾を掴んで、さながら物語のおひめさまのようにくるりとひと回転した。

「ファンの子たちは、ふたりのこと知りたいって思ってるんよ、それはわかるやろ?好きなひとのことは、知りたいでしょ?推しのことは知りたいでしょ?」

「はぁ、、、」

「それはね、単にプロフィールを知ったり、メディアの前のふたりを追うだけじゃなくて、もっと、ふたりの日常の姿を知りたいってことなんよ。なぎ君、れいとはんの食べてるものや持ち物を知ったら同じようにしたいし、それが自分の知ってるものやったら親近感を覚えるし、、、もちろん、デメリットもあるで?神秘性は薄れてしまう、、、けど、メリはファンとの交流第一でこれからもいくんやろ?だったら、もっと、ふたりのいろんな姿、知ってもらいましょ!」

いろんな姿。それは、先日なぎが言った、れいとと、いろんなことをしたい、に繋がるような気がした。

「それと料理は何の関係があるんですか」

今日あまり役に立っていないれいとから質問が入る。

「いやー!何言うてますの!ええよええよ!撮れてるよ!50000人のオーディションから選ばれたスーパールーキーのれいとはんが、料理がいまいち苦手、なんておいしいやん!ファンが求めてる姿、ばっちり映ってますよ!」

「はぁ、、、?」

「と、いうのはまぁ、こっちの話やけど、料理は人柄が出ます!丁寧な面雑な面不器用な面、、、そして同じ作業をする、ということで話もはずみます。素がね、出るんよ、料理は。そこがファンにばっちり訴求するんよ!」

「な、なるほど、、、」

あやの話は決して甘いだけではない、動画のエンゲージメント、、、つまりデータに裏打ちされた説得力があった。つまりこれは、単に動画の映えや視聴回数を稼ぐ、などという表面的な話だけではなく、その根底にあるマーケティングの話なのだ。自己プロデュースの話なのだ。それが、あやは、できている。ミーハニアのサブリーダーだけある。あやの言うことは確かに、ふたりにはまだない視点で、それでいて、今後のふたりにとっても重要なことであった。どんな売り方をするか。そして、ファンの視点をもつこと。


「まぁ、あんまり難しく考えんでええよ!つまりな、どんなことも、ふたりで楽しんでやってみるとええよ、ってこと!そんでな、それをファンにもお裾分け!ってことや。それでウィンウィンよ!あ、れいとはん!なぎ君のほっぺ!小麦粉ついてる!」

「なぎ、、、ほら」

「んー、、、」

なぎの頬の小麦粉を拭う。あやはいい!などどはしゃいで撮っていた。撮れ高、とやらにはなったのだろうか。


「だってさ、れいと君」

なぎが、れいとの方を見てふ、と笑う。

「なるほどな。、、、たしかに。何をしたらいいのかって考えたけど、、、」

「オフショット、ってあやさん言ってたもんね。よーし、俺、がんばる!」

あやの動画に出るという手前、少しばかり借りてきた猫のように大人しかったなぎが、いつも通り調子を取り戻す。袖を捲る。れいとの袖も、なぎが捲った。れいとは洗い物をすることにした。片付けに関しては、れいとの方が手際が良かった。カップケーキの型に記事を流し入れ、オーブンへ。なぎが、あやにどんなカップケーキにするかを聞く。ちょうどあやが、カップケーキのデコレーションのために、クリームを用意していた。クリームチーズやバターの混ざった、少し固めのものだ。

「どんな、、、か、そやなぁ、色素いれてな、華やかにしましょ!」

「はい!俺、れいと君をイメージしたカップケーキにします!」

「え、何だそれ。」

「なぎ君名案、ええやん〜!れいと君をテーマに、、、ええね!クリーム何色ににします?はい、手伝って!」

こうして、できた記事にクリームでデコレーションをして、なぎ曰く、れいとをイメージしたカップケーキが出来上がった。

3人で食べて、動画が終わる。ちなみにカップケーキにつけられたタイトルは、河川敷、だった。

「はい、終了〜!ちょっと待ってな今撮影オフにするから!」

撮影が終了した。なんだかんだで慣れないことに緊張していたのだろう。なぎはほっとした。するとれいとが寄ってきて、ふたりで作ったカップケーキをなぎに持たせた。SNSに載せるように写真を撮るらしい。スマホの方を向くが目線を合わせられない。

「えー、、、」

「撮るから。こっち向いて」

かわいこぶっているようで少し恥ずかしい。こういうのはあやの方が向いている、となぎは抗議したが、れいとは普通にそれを無視した。あやがキッチンの片付けや、機材を仕舞う。なぎのエプロンのリボンを外しながら、れいとが話しかける。

「で、何で、河川敷?」

「れいとくんと帰ると、いつも通るから、、、俺的には、なんかこう、そのイメージで、、、」

なぎの作ったカップケーキのデコレーションは、シンプルに、平にクリームが盛られて、それがグラデーションカラーになっていた。オレンジから、黄色へ、夕陽の色だ。

「じゃあ次は、俺があんたをイメージした何かを作る番ってことだな」

れいとが笑う。その次がまた料理かどうかはさておき、ここでこの撮影はひと段落、、、かと思ったふたりに、あやが声をかける。


「はいお疲れさんこれで終わり、、、じゃないんよ。これから編集します」

「え⁉︎」


ぴしゃっと、あやが言い放つ。

「へ、編集、、、?」

「なんでウチがわざわざ動画上げてると思ってますの!」

「え、、、」

「面白い動画を作りたいんです。なぎ君、れいとはん、SNSでライブ配信したことありますか?」

なぎはせつなと、たしかライブの宣伝でそのようなことをしたと思い出した。れいとはないが、弟、、、まやとの方はしょっちゅう家でやっている、それを思い出した。

「正直言いますとね、ライブ配信の方が楽なんです。スマホひとつでできて、はい終了!ですからね。コメ拾ってトークしとけばそこそこ盛り上がりますしね。それをわざわざ動画撮って声別撮りにして、編集ソフト使って編集して動画にして載せる、、、これにはウチの矜持があるんです。」

「えと、、、」

矜持とはプライドのことである。なぎもれいともあやの話に聞き入る。

「時は金成!時間は有限やろ!ウチの動画を見てくれてる人の人生の貴重な10分間をウチは無駄にしたくない!惰性はあかん!自分の満足するものを届けたい!さぁやりますよ!目標は4時間!」

たった10分の動画の編集に4時間⁉︎とふたりは思ったが、あやに従って、編集ソフトの使い方を習い、あとは黙々と作業をするだけだった。

面白く!とは言われたものの、こうしたら面白いかな?といったテロップや編集も、作業を続けているうちにわからなくなってくる。当然最終的にはあやがほとんどの編集を行なっていた。

前回、いおりとトライアスロンに出た際になぎは、あやとのコラボ、動画作成は運動ではないしそんなに大変でもない、と考えていた。しかし、体力面とは別に、頭脳労働、あやの話はふたりがまだまだ到達できていない視点が多く、学ぶことが多い反面非常に頭を使った。

頭を使うと、甘いものが欲しくなる。たくさん作ったカップケーキは、いつの間にか無くなっていた、、、。




ーーーーーーー




「くしゅんっ」

「!」



7月も半ば。真夏日だった。

今日は、クリエイティブイベントではない。新曲のCDのジャケット案についての打ち合わせだった。これは先日、ツインテイルとのコラボの際に作った曲で、作曲と編曲がツインテイル名義になる。今日はカフェだ。たまに熊谷は、なぎをカフェに連れ出した。なぎは熊谷とふたりでカフェに行く時間が好きだった。落ち着いて、ふたりで話ができる。普段から熊谷には何でも相談しているが、こういった場ではさらに話もはずむ。れいとはいない。学校で行事があるらしく、なぎのみが熊谷とふたり打ち合わせを開始した。

すると、なぎがくしゃみを、した。

熊谷がなぎを気遣う。過保護なら熊谷らしい、心底心配している表情だった。自分のジャケットをなぎに差し出す。なぎは大丈夫、といって断った。

「大丈夫、大丈夫。えへへ、、、」

「なぎ君、、、本当に大丈夫ですか?体調は?、、」

「大丈夫!それよりさ、熊ちゃんは、Pって、何か前にせつな君と話したことある?」

「あぁ、、、ユニットそれぞれ独自のpを追求せよ、とかいうアレですね。」

話をしながら、熊谷がタブレットや紙の資料で数点のデザインをなぎに見せる。れいととツインテイル側とは、後日話をすり合わせる。

熊谷が話を続ける。

「なぎ君に身近なユニットですと、ファーレンハイトはperfect、ツインテイルはpeace、ミーハニアがpossibleですね。メリは、、、せつなは、特には決めていませんでした。せっかくですし、英語ネイティブなれいと君と相談すると良いでしょう。決めなくてはならないものではありませんが、あると、ユニットの活動の指標になると思いますよ。」

「そっかあ、、、」

「それと、先日撮ったあやさんとの動画、昨日見ましたよ。再生回数も良くて、話題にもなっていますね。積極的なコラボや、オフショットを公開する、、、今までのメリには無かった新しい試みです。私も勉強になりました。」

熊谷が今度は動画サイトのあやのチャンネルをタブレットの画面に映す。昨日の18時にアップされた動画だが、再生回数はすでに10万回を突破している。

「コメントに関しては、やはりふたりの素の会話に親近感を覚えたとか、ふたりが楽しそうにしているのを見ていると楽しいとか、ポジティブなコメントがほとんどでした。SNSでも話題になっていましたよ。」

「わー、、、ほんとに?そうだよね、せつな君とは、音楽以外の活動は、、、ライブ以外あんまりしなかったから、、、。メリはファン重視で、これからもそうしていきたいけど、こういうことも、ファンは喜んでくれるんだね。」

ミーハニアとのコラボは、なぎ、れいと双方そして熊谷にも、新しい視点をもたらしていた。いおり、あや、そしてさらにこれからほまれ、エリック、ぎんた、それぞれとのコラボが待っている。

「いおりさんが言ってたんだ。進化、って。ファンは進化しつづけるアーティストを見たいはずだよね。だから、もちろん1番がんばるのは音楽活動なんだけど、れいと君といろんなことをして、成長できたらいいなって思って、、、だからね、最初あんまり良く思ってなかったフォトブックも、今は楽しみなんだ」

「これからも、音楽活動を邪魔しない程度に、また、体調面などでも無理のないように、他の活動も入れていくのも検討しましょう」

飲み物が届いた。資料を確認して、これがいいとか、こっちもいいとか話をしながら、なぎは甘くて、それでいて後味のすっきりとした桃のジュースを飲んだ。将来の話をするのは楽しい。

「くしゅん」

「!」

「あ、大丈夫。大丈夫」

なぎがまたくしゃみをした。なぎはあまり冷房に強くない。そしてまた熊谷が心配しないように先に大丈夫だと伝えた。

「3日後に、ほまれさんが出ている教育番組のクイズコーナーへゲスト出演します。体調、気をつけてくださいね?無理をしないように、、、」

「うん、ありがとう熊ちゃん。」


こうは言ったが、なんとなく喉に違和感があった。寒気もするような気がする。おそらく、風邪。しかし、自分は健康だし、今はもう寒いような季節でもない。なんでもない、思い過ごしだ、大丈夫、、、。

なぎはそう自分に言い聞かせた。


しかし、その当日には、なぎはなんとなく嫌な予感がしていたし、その翌日にはその嫌な予感が悪い意味で当たってしまった。


「38度超えた、、、」


翌日の夜中。夕方ごろから発熱があり、12時を回るころには、38度を超えたので、常備していた解熱剤を飲んだ。今日一日は学校も休んで大人しくしていよう、そうすれば翌日のクイズ番組へのゲスト出演はなんとか、、、。

なぎの考えは甘かった。

なぎはこの日から3日間、発熱のために寝込むことになった。



ーーーーーーー



「風邪で、、、熱?」


れいとらしい、ポーカーフェイスだった。しかし内心は十分に驚いていた。

クイズ番組の出演前日。最終的な打ち合わせのために、放課後、れいとはPPCへ向かっていた。ひとり、徒歩だ。なぎに連絡がつかないと熊谷に連絡をしたら、なぎが気管支炎で寝込んでいると聞かされた。医師が言うには、典型的な夏バテだな、とのこと。当然、明日のクイズ番組は病欠となる。熊谷はなぎの家へ行って、なぎの両親と話してきたらしい。1週間ほど、仕事は休むとのことだった。当然だ。


「ですが、出演キャンセルは悪手です。白樺君ひとりで出演してもらいたいのですが、いかがでしょうか」

ちなみに、熊谷から、白樺くんは大丈夫ですか?のような気遣いはなかった。期待などしてはいなかったが、熊谷はなぎとれいとに接する態度に明らかに差がある。

「俺はかまわない。番組側や、南原先輩には、、、」

「こちらから連絡をします。とりあえず、PPCに来て下さい。私もすぐに向かいますので」


電話を切る。熊谷は、れいとに対してはいつもいたって事務的だった。メリはマネージャーがべったりだ、なんて、なぎに対しての話だ。

いつもの河川敷を歩く。しかし、今日はひとりだ。なぎはたまに、送迎を断って、れいととふたりきりになりたがった。その時によくここを通る。あまり遅くなる時はなぎの家まで送る。


「、、、ひとり、か。」


ぽつん、とした気分になった。

ため息が出た。

なぎのことが心配だ。返事がないのだ。それほど悪いのだろうか。

自分がメリに入ってから、1stライブ、クリエイティブイベントなど、なぎは多忙だった。疲れが出たのだろう。

学校のジャージのままだが、すれ違ったひとがこちらを振り向いた。おそらく、自分を知っていたのだろう。どうでもよかった。

いつも、なぎと歩く河川敷は、水面に反射する光がキラキラしていて、空は多彩なグラデーションに、雲の形もおもしろくて、虫や鳥の声がして、行き交う人々も穏やかで、街の様子があたたかくて、もっと魅力的な場所だったように思った。

今日の河川敷は、ただPPCへ向かう道路に過ぎない。そんな風に見えた。


その後れいとはPPCへ行って、熊谷と番組プロデューサーも数点打ち合わせをした。クイズ番組のゲスト自体はなぎがいなくても十分に務まるので、れいとがひとりで出演することになった。

熊谷が、くわしくなぎの様子を説明してくれた。なぎが元気になったらきっと、なぎのほうから連絡をくれる。

れいとは、なんだか終始現実感がなくて、ぽっかりと何か失ったかのような虚無めいた感情で、テレビに出演することになった。楽しいとか頑張るとか、そういう感情が湧いてこない。疲れた時に何もない空間を見つめているような、事務的で空虚で、何の味わいもない、まさに無の感情だった。




ーーーーーーー





翌日。テレビ番組の本番だ。

ほまれの出演する教育番組は真面目で、あまりおふざけの少ない格調高めのスタイルで、それはほまれにぴったりに思えた。なぜなら、ほまれはPレーベル、いや、PPC内屈指の御曹司だ。いや、世界屈指の、かもしれない。城のような家に住んでいて(しかも世界中にあるらしい)5ヶ国語を操る秀才で、見た目も良い。ついでにミーハニアに所属している。キーボード担当。楽器はもっとたくさんできるらしい。


今日、メリのふたりは、、、いや、ひとりだ。れいとのみ。なぎは病欠。

れいとと熊谷は、テレビ局のスタジオではなく、テレビ局にほど近い美術館に来ていた。貸切だ。

「何だこれ、、、」

れいとは目を見開いた。正直、美術館なんて小学校の遠足以来だった。ヴェルサイユ宮殿の鏡の間を模した展示室。豪華絢爛な壁や柱や天井の総称。そしてカメラやスタッフ。しかし、その真ん中にいるほまれは、あまりにも荘厳な空間に堂々と佇んでいて、まるで彼は王で彼がこの国の支配者であるかのように錯覚させた。

「やぁ!」

れいと、熊谷のふたりに気づいたほまれが近づいてくる。

ほまれのあだ名を、ふたりはは改めて考えたら。王子。その通りだ。所作に品がある。行儀の良いくるぶしが揃ってこちらに近づいてきて、ふたりの前に並ぶ。履いているローファーの値段は、ふたりには想像もつかない。

「来てくれてありがとう。白樺君!今日はいっしょにがんばろうね。熊谷さんもよろしく。凪屋君のこと聞いたよ。彼、体調は?」

「こんにちは、ほまれさん。なぎ君は気管支炎とのことです。急な病欠となり、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」

「そんな、とんでもない。早く回復するといいね!」

さて、ほまれから、今日は番組は全体が美術をテーマにした回で、当然美術を中心にしたクイズが出されると説明があった。ほまれとれいとのふたりで、別スタジオから振られるクイズに答える。ほまれにとっては当然、得意ジャンルだろう。れいとは、美術はちんぷんかんぷんだった。成績も、並だ。知ってる画家は?と聞かれたら困るレベルだ。しかし、問題はそこではない。

ここで、改めてれいとと熊谷は相談した。なぎ抜きでどうするか、である。普段通りで、ということに帰結するのだが、なぎがいれは教育番組にふさわしい明るい雰囲気になっただろう。クールで、落ち着いていて、あまり感情を表に出さないれいとでは、そうもいかない。しかし、どうしようない。なぎは来ない。

その後は番組のディレクターから番組の流れについて説明があった。挨拶をして、それからだいたいの流れのリハーサルがあった。しかし、クイズ内容は本番まで秘密。れいとには明かされなかった。本番が近づくと、ホール内が騒つく。いよいよ撮影が始まるのだが、れいとはまだ、どうにも、身が入っていない。熊谷もこれには気づいていた。

れいとはぼんやりと、機材に囲まれた、マイクをつけられながら、なぎのことを考えていた。

この番組、見たことあるよ。みあがたまに見てるの!

わー、、、すごい。俺も美術は全然知らないよ!あ、これは知ってるかも。

、、、なぎがここにいれば、きっとこんな会話をする。そう、想像した。


「なんだって⁉︎」


トラブル発生らしい。なんでも、MC役のタレントが病欠らしい。なぎと同じ、風邪だ。

熊谷がれいとにそっと説明した。しかし、れいとにはこればかりはどうしようもない。するとざわめくスタッフに人影が近づく。


「僕でよければ」

「⁉︎」


ほまれだ。

その颯爽とした様子に、スタッフの顔は輝いた。

「君なら大歓迎だ!」

みんながほまれを歓迎する。しかし、問題が発生する。

「待て、、、じゃあ、クイズの回答者どうなる」

れいとが発言した。

熊谷も、番組のディレクターも、その場にいたスタッフも、そう思っただろう。

ほまれがれいとへ向き直る。

「君に任せるよ!」

「⁉︎」

ほまれの発言に、その場の全員が目を見開いていた。

「いや、、、えーと、、、」

ディレクターが困った様子で、熊谷を見る。熊谷がすかさず、少し話合うので待つように、とほまれを制した。とんでもない男だ。


「どうする?参ったな、、、白樺君、テレビ出たことないよね?この番組見たことないよね?美術詳しくないよね?ある程度正解してもらわないと、、、メインの司会進行はスタジオだけど、けっこうこのコーナー長いしなあ、、、何より今回は美術特集だし、、、うーん、、、」

ディレクターの悩みも最もだ。生放送ではないものの、つい数ヶ月前まで素人だった新人に、一部だとしてもいきなり番組の進行を任せるなんて、どうにかしている。

すると、熊谷がディレクターに、提言をした。

「私たちふたりで話あっても?」

「え?」

「うちの白樺は、50000人のオーディションを勝ち抜いたんです。その辺の素人とは違います。なので、本人と少し話をします。5分下さい。」

「!」


そう言うと熊谷はれいとの腕を引いて、番組のスタッフから少し離れた場所へ行く。

「どうしますか?君次第ですが。」

れいとは、答えられなかった。

なぎなら、どうするだろう。


遠くで、ほまれが台本を見てリハを始める。聞いたことのあるクラシックがbgm。曲名は何だったろう。優雅な調べの中に、少々不穏な音色が混じる。冷房が寒いくらいに感んじた。


「俺は、、、」

なぎがいれば。

なぎがこの場にいればきっと、やると言う。できなくてもうまくいかないとわかっていても、失敗しても、なぎならやる。何度でもやる。しかし、自分はなぎではない。こんなに急に、ひとりになるとは思わなかった。どうすればいいのか、さっぱりわからない。


ほまれを見る。ほまれがこちらに視線を寄越す。そもそもにして、かなりの無茶振りだ。なぜ、はまれはこのような選択をしたのか。

しかし考え直すと、最初に会った時からほまれは、なぎよりもれいとに、指導をしたいと強く言っていた。そう、自分だ。なぎではなく。

なぎなら、どうする?

今、どうしても、なぎの顔が浮かぶ。

「熊谷、なぎなら、、、」

「なぎ君なら、ではなく、君が決めなくてはいけません。なぎ君を指標にするのは結構ですが、あなたはなぎ君ではない。なぎ君にできることは、あなたにはできないことかもしれない。自分の実力を知るのも成長です。どんな選択をしても、私はそれを支えます。」

「、、、やる。」

「!」


れいとが静かに呟く。意外。熊谷は、れいとは今回の件を冷静に、断ると思ったからだ。

「いいんですね?」

「、、、あぁ。やるよ。」

再度の確認に、れいとは少しだけ瞼を閉じた。以前、河川敷で、なぎと話した時に考えたことを思い出した。

自分は、やりたいことのビジョンがない。金のためにオーディションを受けたし、ファーレンハイトに入るつもりだったからだ。そこからは、なぎと歌いたいと言うモチベーションを見つけた。なぎといっしょにいろんなことをしたいという目標ができた。だが、まだそこまでだった。しかし、その目標を叶えるためにも、守らなくてはいけないものがあると、今思った。そう、メリそのものだ。メリが無くなったら、学校も年齢も違う自分たちは、何の縁もない他人でしかない。メリを守らなくてはいけない。このくらいのこと、軽くこなして、自分が、メリが価値あることを示さなくてはならない。寝込んでいるなぎが元気になった時にきっと、がんばった自分を褒めてくれる。そうしたらなぎに、なんて言おう、、、。


ほまれがこちらを見て笑っていた。なぜほまれがこんなことを提案したのか、後で問いたださなくてはならない。しかしきっと、意味があることだと思った。れいとは、番組のディレクターに向かって歩き出した。

「自分、、、やれます。よろしくお願いします!」

はっきりとした声だった。番組スタッフが湧く。

熊谷も、よろしくお願いします、と頭を下げた。

それから番組の進行についてさらにほまれとスタッフと詳しく打ち合わせをした。クイズを出す役はエリックがやる。れいとは変わらず、答える。

撮影が始まる。れいとの進行は驚くほどスムーズだった。何の問題もなく撮影が進んだ。滞りなく撮影が終了した。スタッフすら、あまりにも何なく撮影が終了したことに舌を巻いていた、、、。



ーーーーーーー




「いやー!すごいね、白樺君!中学生とは思えないよ本当。落ち着いていて、冷静、動じないし!本当に良かったよ!ありがとう!ただし、美術に関しては要勉強だね!今後に期待!」

撮影が終わると、番組スタッフはれいとをほめそやした。視聴率が取れそうだ、と喜んでいる。

「お疲れ様でした。よくがんばりました。」

「あぁ、、、。」

結果、れいとはクイズ全問不正解だった。しかし、真面目に答えた。

ルーカス・クラナッハとかヒエロニュムス・ボスとか、一時間後には忘れていそうな名前の画家(ほまれが好きな画家の特集だったらしい)の知識、クイズを、賢明に考えた。

熊谷は、あっさりとした態度だ。れいとは熊谷について考えた。この場になぎがいればきっと、もっと励まして、もっと寄り添って、もっと褒めている。熊谷が自分をどう評価しているのか、いまいちわからない。

「これからもひとりで仕事する気はありますか?」

「え、、、」

「あなたなら、十分できます。あなた次第でふよ。」

「、、、」

熊谷の提案に、れいとは首を振った。

なぎといたい。

それだけだった。

ほまれが近づいてきた。

「南原先輩、、、」

「ご苦労様。君ならやってくれると思ったよ!」

「どうしてこんな無茶振りしたんすか」

少し、れいとはほまれを睨んだ。

ほまれは全く動じてはおらずに微笑む。

「最善の選択をした。君を信じた。実際、想像以上だった!」

「それは、、、」

「リーダーからも言われていたしね」

「!」

それは、ミーハニアのリーダー、ぎんたのことだった。

「君たちを成長させたい。君たちのために先輩として何かを残せるようなコラボにしたいってね。なぎ君の欠席は想定外だったけど、それならそれなりに、最善を取る。初めて会った時から思ってたけど、君はなぎ君と対等じゃない」

「それは、、、」

「歌唱力や、存在感や、容姿は君のほうが上かもしれない。それでも、なぎ君と君の間には、決定的な差があるよ。、、、それが見えたかな?それを教えたかったんだ」

「あぁ、、、。」

「やりたいことをやる。好きなことをやりたい。この、気持ちの力は何よりも大きなものだよ。僕もまだ探しているものだから。、、、がんばってね、白樺君。」

こう言ってほまれは、れいとに背を向けて歩き出した。

そう言えば、ミーハニアの紹介で、ぎんた、あや、いおりは明確に音楽活動以外に肩書きの紹介があった。インテリアコーディネーター、料理研究家、アスリート、、、。秘密だと言われているエリックはともかく、ほまれの肩書きは、クリエイティブユニットにしては、弱いように感じた。まだ、探している。ミーハニアは先輩だが、ほまれの今後によってはさらに、別の変化をしていくのかもしれない。

すると、れいとのスマホがなった。

「なぎ、、、!」

なぎからのメッセージだった。

まだ熱があるとのことだが、病欠を謝罪して、れいとを心配していた。

れいとは、心配するな、ゆっくり休め、と返事をした。



はじめて、なぎ抜きで、ひとりで仕事をした。

メリに関することで、初めて自分ひとりで決断をした。なぎと違う答え。結論。

この経験がれいとにとって需要なものになった。

しかしそれがわかるのはかなり後のことになる。

れいとすら忘れた頃になる、、、、、、。


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