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メリ  作者: ぽーよら
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第8章 メリ(前編)

第8章 メリ


今日はなぎはひとりでPPCへ来た。そう、年末ライブの打ち合わせだ。これは、会社の関係者数人と、それからライブに出るユニットリーダーのみの会議だ。


「うーん、、、新曲新曲、、、」


コートにマフラー。すっかり冬の装いだ。冬休みはまだ少し先だが、それどころではない。

大きい会議室へ向かう。

挨拶をして入室する。


「凪屋!!」

「!」


すると、とうまがいきなりなぎに抱きついてきた。


「青木先輩!」

「良かった!知り合いだー!知り合いきたー!知らん奴らの中に俺ひとり残されてすみっこで存在感消すハメになるかと思った!」

青木とうま。ポップコーンのユニットリーダーだ。ポップコーンは今年急躍進したユニットで、メンバーはそれぞれの活動に忙しく、社内やほかのユニットにあまり知り合いがいないのだ。

まだ会議室には他に社員がぽつりぽつりといるだけで、なぎは頭をさげて、それからとうまに向き合った。

「青木先輩、よろしくお願いします。俺も年末ライブは初めてなんです。」

「いや、俺もよ!?しかもファーレンハイトとかサンライズとかと一緒だろ!?こえーよ!心臓がもたねーわ!!いや、殺される!インキャには無理!!!」

とうまはなかなかに変なテンションだった。いつものことでもあった。

「あ、ミーハニアは、、、ぎんた君と仲良くなかったでしたっけ?」

「逆だ逆。水島とはポップコーンは仲良くねーの。」

ぎんたを、ポップコーンの3人が一方的に敵視しているのである。

たしかことの顛末は聞いたが、もうあまり記憶にない。

「話しやすそうなのは誰?」

「あ、えっと、ななみ君はどうですか?紹介します。ツインテイルのリーダーです。」

「あ!あれか、ゆうやの推しか。そりゃいいや!頼むぜ凪屋〜」

ふたりが雑談をしていると、次に入室してきたのが渦中のななみとぎんただった。


「なぎ君!」

「ななみ君!ぎんた君!いっしょに来たの?」

3人はプライベートでも仲が良い。なぎがふたりに駆け寄る。ロビーで合流したらしい。

「なぎ君、ライブ、なぎ君といっしょに出られるの、すごい楽しみだよ!嬉しい!」

「なぎなら大丈夫だって俺は信じてたけどな」

ふたりには、メリがクリエイティブイベントで6位以内に入り、首の皮一枚のところで解散を免れている状態であることは即日報告した。ふたりとも喜んでくれた。

「水島〜、、、」

「げっ」

3人のもとに、とうまも合流する。

「あ、ふたりとも、こちらポップコーンの青木先輩。すごく良くしてくれたんだ。ぎんた君は知り合いだっけ?」

「いやぁ、、、どうかな?」

「知り合いじゃない!」

このふたりは因縁、、、というか、じゃれているだけだ。

なぎは苦笑いで、ななみはきょとん、としていた。

「えと、ななみ君ははじめまして?」

「よろしくお願いします。青木先輩」

にこり、とななみが微笑む。なぎが先輩、というが、おそらく芸歴はななみのほうが上だ。

とうまはぎこちなく挨拶を返した。声優として活動している時のとうまはあんなにかっこよかったのに、となぎは思った。変なところであまり社交的ではないのが、ポップコーンの特徴だ。

「あとは、ファーレンハイトとサンライズかな?」

4人で指定された席へ座る。

なぎ、ななみ、ぎんた、とうまの順だった。

ひゅうがが来ればなぎの隣か、後ろに来るだろうし、あつしがくればひゅうがとは距離を置くだろう。

「確か、七星さんと不破さんって、仲悪いんじゃなかったか?」

とうまがなぎに話しかける。

「おー、、、そうだったなぁ。」

しかし返事をしたのはぎんただ。

「らしいけど、、、いっしょに来たりはしないだろうし、多分だいじょ、、、」


ばん


なぎの発言を遮って大きな音がした。ドアが開く音だ。

そこにふたり、長身の男。

ひゅうがとあつしだった。


ざわ、と会議室がどよめく。

なぎはその場で立った。ななみも続く。

「ひゅうが君!あつしさん!おはようございます!」

なぎの大きい声がすると、ひゅうががなぎの方へ寄ってきた。ななみも同じように、ふたりに挨拶をした。ぎんたは座ったままひらひらと手を振った。その後、この椅子、いまいちだよな、とかとうまに話しかけるので、とうまはひゅうがとあつしの険悪な雰囲気に気おされて、それに同時ないぎんたにイラついて、百面相だった。

あつしは後ろの方に座った。

そこから話かけてきた。


「なぎ、ななみちゃん、おはよ。水島も。」

「あ、あつしさん。こちらポップコーンの、青木とうま先輩です。俺かなりお世話になったんです。初対面ですよね?」

「ぉあ!?」

ちなみにとうまは、その場を存在感を消すことでやり過ごそうと思っていたのだが、なぎが気を利かせたために、失敗した。

「あぁ。よろしく。青木。」

「あ!ウッス!よろしくおねざっす!!!」

とうまは仕方なく立って、挨拶をした。それを聞いてぎんたが笑う。

「てめぇ!」

「そんなに緊張しなくても、なぁ。七星も不破も噛みついたりしないのに」

くすくす。ぎんたはマイペースだ。

とうまは、ぎんたのこういうところが羨ましい反面、気に触るのだ。

「ひゅうが君も初対面かな?青木先輩です。すごく面白いんだよ」

「あぁ。」

ひゅうがはなぎの隣から、とうまを見た。もう、とうまは生きた心地がしなかった。

「よろしくおねざっす」

とうまはひゅうがにも挨拶をして、座って、それからはまた存在感を消すことに徹した。しかし、なぎがさっさと紹介をしてくれたことは心の中で感謝していた。嫌なことはさっさと済ませるに限る。

「ひゅうが君、あつしさんとどこであったの?」

「、、、ロビー」

ひゅうがは不機嫌そうになぎに答えた。ふたりは音楽性や活動の方向性の違いから不仲なのだ。有名な話だった。一緒に来るはずがない。

「おまえは?ひとりで来たのか」

「今日は歩いてきた」

「、、、帰りは送る」

ふたりが会話をしているとななみが指折り人数を確認した。

「じゃあ、これで6ユニット揃ったんだ!すごーい」

一部険悪な雰囲気を打ち消すかのような、ななみの朗らかな声がひびく。

ファーレンハイト

ツインテイル

ミーハニア

メリ

サンライズ

ポップコーン


年末ライブに出演するユニットのリーダーが、揃ったのだ。

それから、代表の悦子がやってきて、ライブに関しての情報などを伝えた。ライブもまたユニットの自主性を重んじる方針で、セットリストや曲の順番はアーティストが考える。会議の内容は常連のファーレンハイト、ツインテイル、ミーハニアは知っていることがほとんどだった。


「それでは私からは以上です。年末のライブはその年の活動の集大成で、社の維新がかかったものです。がんばりましょう」


悦子の言葉で締められて、会社の役員なとが退出していく。残されたのは6人になった。そう、なぎ、ひゅうが、ななみ、ぎんた、あつし、とうま、、、の6人だ。


「それで、今回は誰が仕切るんだ?」


しん、と、張り詰めた空気を変えたのが、ぎんただった。

「え?」

なぎが疑問を呈する。

「そりゃあ、ファーレンハイト、ツインテイル、そしてウチは年末ライブ常連だから、慣れてるし、リーダーシップ取るのがふさわしいだろうけど、、、それじゃあ面白くないだろ?」

ちなみに横でとうまが余計なことぬかして話を長引かせるな、という顔をしている。

「そっか、、、メリと、、、ポップコーンははじめてだから、、、あ、あつしさんは?サンライズは年末ライブ出たことありましたよね?」

なぎがあつしに話を振る。

「あぁ、一度な。サボった時もある」

「え」

「ははは、俺たちほら、めんどくせーメンツの集まりだからよ」

つまりこの場で、ライブ常連のファーレンハイト、ツインテイル、ミーハニアと、それ以外のサンライズ、メリ、ポップコーンに別れたことになる。


「あの、みなさん、それぞれお忙しいですよね。今日時間の許すかぎり話をすすめませんか?実は僕も、ライブ以外もいろいろあって、、、」

提案をしたのはななみだ。

すかさずとうまが手をあげた。

「さ、賛成!できるだけ今日決めよう!俺も忙しい!あとはリモートで頼む!てか誰かの決定に文句言わねぇ!ウチ初参戦だから!」

「おー、そうだな。」

ぎんたも、今日は空いているらしい。

「俺も、空いてるよ。このまま話し合うかんじかな?ひゅうが君と、あつしさんは?」

なぎがふたりに話をふる。場の空気を読んでる、とかではなく、なぎはこのふたりを、とうまのように怖いだとか全く思っていない。それぞれが「優しい先輩」だ。

「かまわない」

「いいよ、なぎ」

ふたりも了承した。6人は引き続き、この場で話し合いを進めることにした。


「提案がある」

すると、ひゅうがが発言をした。

「今回は、なぎに仕切ってもらいたい」


「は!?」


驚いたなぎがひゅうがを見る。

「おお、その心は?」

ぎんたが問う。

「先日のファーレンハイトのライブで、一部演出をなぎに任せた。完璧な仕事だった。慣れてるファーレンハイトやミーハニアよりも、新しくて面白い試みができると思う」

「ええ!?」

なぎがまた声をあげる。

年末のライブは社の、それぞれのユニットの集大成だ。そんな大事なライブを、初参加のなぎに任せるというのか。

「わ〜、、、そういえば、話題になってたよね。なぎ君なら、きっとできるよ」

「な、ななみ君!?」

ななみはひゅうがに賛成のようだった。

「いいと思うが、、、なぎちゃんひとりじゃかわいそうだな」

ひゅうがに意見をぶつけたのはあつし。

「じゃあ、初参加のユニットリーダーで仕切るのはどうかな」

「水島てめぇ!」

ぎんたの提案に、即座にとうまが反応した。つまり、なぎをメインにとうまにそれを手伝わせて、ライブの演出を仕切れ、ということだ。

「無理無理無理無理!年末ライブだぞ!?ファーレンハイトにツインテイルにミーハニアに名だたるメンツが揃うのに俺が!?いや、凪屋はいいと思うぜ!責任感あって、優しいし柔軟でリーダー向きだ。だって、ここで全員と顔見知りでハブなのが凪屋だもんな。けど俺は違う!俺は無理!」

とうまがまくしたてる。ぎんたに向かって。さすが声優だけあって、まるでラップのように滑らかに一言もかまずにリズミカルに自分の主張を言い切った。

「なぎ」

「ひゅうが君、、、」

「どうするかは、なきが決めろ。俺は従うし、当然手伝う。だが、、、」

「だが?」

「年末のライブはここ数回は人気ユニットがほぼ固定で、マンネリ化していたように思う。初参加のメリと、ライブに強いポップコーンで仕切るのは、当然悪い提案ではないはずだ。よく考えてほしい。」

「、、、」

「青木。」

「うっ」

「おまえもだ。もう一度よく考えろ」

ひゅうがが睨むととうまはこの世の終わり、といった顔になった。ぎんたが助け舟を出す。

「ははは。何もそんなに難しいことじゃないさ。もちろん俺も手伝うよ。確かに、ここ数年のライブは目新しいことがなかったしなぁ」

「うん、、、そうだよね。順番もくじびきだったし、、、」

ひゅうがの意見には、ななみとぎんたも同じように感じているようだった。

なぎは、考えた。

メリは、年末のライブで、人気3位以内に入らないといけないのだ。つまりここにいるメンバーは同じライブに出る仲間であり、ライバルともなり得る。メリ、として完全な味方はれいとだけなのだ。

「俺、、、あの、皆、、、えと、、、」

なぎはひとりひとりの顔を見た。

ひゅうがの意見は全く妥当だったし、あつしが言うことも正しい。年末ライブの経験豊富なななみとぎんたも頼もしいかぎりだし、とうまの反対意見も最もだ。

なぎは、れいとの顔を思い浮かべた。それから、熊谷。

話さなくてはならない。


「あの、皆、俺、えと、メリの事情なんだけど、、、」


ひゅうがやななみ、ぎんたには周知だったことだか、なぎは改めて、話した。

「メリは、せつな君、、、皆知ってるよね?せつな君が抜けて、商業的価値が低いから、年内で解散するように言われたんだ」

広い会議室。

なぎはしっかりと、状況を説明した。

「それで、解散を免れる条件として、まず、クリエイティブイベントで人気6位以内に入るように言われたんだ」

「そ、そうだったな、、、そういや、、、」

とうまがつぶやく。とうまもあつしも、知ってはいた。

「そこからさらに、年末ライブで3位以内に入れば、解散しなくていいって言われてるんだ。」

なぎはぐっ、と顔を上げて、全員を見た。ほかにも、フォトブックの売上も関わってくるのだが、それは省いた。


「ここにいる皆は、俺にとって、先輩で、いっしょにライブに出る仲間で、それでいて、ライバルなんだ。俺に演出を任せて、ほんとにい

いの?俺、メリが有利なように、皆の出番を減らしたりするかもしれないよ?だから、皆にこそ、よく考えて欲しい。俺は、、、」

「なぎ君はそんなことしないよ!」


なぎの発言を遮ったのは、ななみだった。

「!」

「そんなことしない。僕はわかるもん」

にこり。

ななみが笑う。

ななみはなぎを、心の底から、信頼していた。友人として、同じアーティストとして。

「そうだなぁ。」

ぎんたも続く。

「ふたりとも、、、」

「いいんじゃねぇの?むしろメリが有利にしちまえば。俺はなぎに任せるぜ。」

あつしが発言すると、ひゅうがが少し睨んだようにも感じた。

「え、何この空気、マジ?」

とうまはひとり、困り果てていた。

「青木先輩」

「え」

「みんな、、、俺、やりたい!俺に、任せてもらえますか!?」

なぎは力強く答えた。


そう、ファーレンハイトのライブでなぎの心に浮かんだアイデア。ライブの演出をもっとしてみたい、という思い。それがこんな形でふたたび、チャンスとして舞い込んだのだ。


「決して、メリに有利なようにしないと誓います!みんな平等に、みんな仲良く!やらせて下さい!」

なぎは全員に頭を下げた。

「あーーー!もう!」

横にいるとうまが、根を上げた。

「わかったよ!わかった!やります!やるよ!凪屋ひとりにここまで言わせて無視できねぇよ!やる!凪屋をメインに、、、俺がサポートする!」

「青木先輩!」


とうまがも覚悟を決めた。後輩を放って自分だけ逃げるわけにはいかない。


「決まりだな」

「がんばろうね!なぎ君」

「楽しみだなぁ」

「ま、なぎちゃんなら大丈夫だろうよ」


みんながなぎの、メリの事情を汲んで、信頼してくれた。裏切るわけにはいかない。

なぎの、もしかしたら最後の大仕事になるかもしれない。

最高の仕事をしなくてはならない。

なぎは責任感とそれと同時に、うれしく感じていた。熱いものが込み上げる。

ライバルでもあるこの場にいる仲間に、同じレーベルの友人らに、感謝と、それから精一杯の気持ちをもって、尽くそうと決めた。



ーーーーーーー




さて、年末ライブについて、決まったことがいくつかあった。

セトリや演出を、なぎととうまを中心に決めること。それをななみやぎんた、ライブ常連組がサポートすること。

さっそく今日、学校の放課後、とうまと待ち合わせをしたなぎは、ライブ会場の下見に行くことにした。


「凪屋!」

とうまは人気声優だ。タクシー移動でも顔を隠していた。

「青木先輩!」

「おまえ、いつも顔出してんの?すげーな」

なぎと合流してタクシーから降りて、そこでようやくとうまはマスクを外した。カジュアルなスタイル。学校帰りに寄ったなぎとは違う。なぎは素直に、とうまがおしゃれだと感心した。

ひゅう、と冷たい風がふいて、ふたりは身を寄せた。とうまは建物に入るまでずっと寒い寒いと言っていた。

会場へ入る。当然大規模なコンサートなどに使われる会場だ。広く、大きい。


「うわぁ、、、」

ファーレンハイトのライブを経験した後でも、驚くようなキャパだ。

「ん、、、でけーな。ちまちました立ち位置だと後ろの席がかわいそうなことになるな、、、」

ライブに力を入れているポップコーンのとうまだけあって、すでに会場の状態を観察し、考察していた。スタッフから見取り図や、去年の仕様について資料も説明を受ける。

「で、なぎ、どっから考える?」

「あ、はい。えと、まずば順番というか、セトリとかから考えたいなーと」

とうまが話を振る。

なぎもある程度はあらかじめ考えてきたことがあった。

例えば、ツインテイルは歌わない。つまり、インストゥルメンタルのように、他ユニットの間に挟む方が良い。もしくは最初と最後など、使い方を工夫するべきだ。ファーレンハイトとサンライズは後の方が良い。パワフルでエネルギッシュなパフォーマンスをトリにしたい。逆に、ポップコーンやメリやミーハニア最初の方が良いだろう。ファーレンハイトやサンライズの後だと、印象が薄くなってしまってしまうような気がした。


「なるほどな。ツインテイルをどーすっかと、、、俺らか。」

「あの、青木先輩って、新曲ですか?できれば聞いてから順番決めたかったんですけど」

「え、逆にお前ら新曲じゃねぇの?」

「え、、、あ、あはは、、、えーと、、、」

「メリ以外全員新曲だぞ」

とうまがスマホをなぎに見せた。そこには、とうまが作った、メッセージアプリの新しいグループがあった。件の6人のグループだ。

「えっ!?」

「凪屋、、、既読つかねーと思ったら、見てねーな!」

「ご、ごめんなさい!あれ?うわ、通知きてた。ほんとにごめんなさい!!」

「いや別にいーけど、、、そんなこったろうと思ってました。ほら、音源ももらったんだ。やるわ」

あれだけ嫌がっていたとうまだが、実に有能に副官としてすでに働いていた。リーダーより、サブリーダーに向いたタイプなのかもしれない。てきぱきと話を進める。

「全員の新曲ですか!?」

「そ、俺はもう聞いたけど、凪屋の意見でいいなーとは思った。トリがサンライズかファーレンハイトで、、、ミーハニアが最初がいいかなぁ、、、。あ、てか今いっしょに聞こうぜ」

ステージに腰掛けて、とうまが曲を再生する。なぎはとうまがてきぱきしていて驚いたが、コラボの時もこうだった。本来は頼れる先輩なのだ。なぎはメモをとりながら、曲に聴き入った。

「やっぱり、、、うん、ミーハニアを最初にして、、、メリ、、、ここでツインテイル、かな。ポップコーン、、、あはは、盛り上がるだろうな〜、、、サンライズ、ファーレンハイト、かな、、、」

「最初、どーする?ミーハニアとツインテイルに挟まれても存在感出せるような曲今から作れるか?」

とうまなりに、メリの行末を心配していた。3位以内に入らなければ、解散。

なぎの性格からして当然、自分たちにだけ有利になるように演出をする、そんなことはできない。

しかし、なぎは、笑っていた。

「大丈夫!今、みんなの新曲聴いて、、、どれもすごい良くて、びっくりしました!俺も、負けないような曲、作りたい!作ります!」

「お!、、、へへ、そっか。いいじゃねぇか!」


不安や責任感よりも、わくわくとしたポジティブな感情が強かった。

それは、今まで、クリエイティブイベントでは、後輩のれいとのためにも自分がひっぱっていかなければ、と張り詰めていた時とは状況が異なるから、でもある。

頼れる先輩や友人がいる。心強いかぎりだった。

「じゃあ、俺が皆に伝える。皆忙しいから基本はメッセージでやりとりな!何か意見があれば皆言うだろうから、凪屋もちゃんと読むように」

「はい!青木先輩、ありがとうございます。先輩といっしょでほんとに良かった」

「よせよ。こっちのセリフだって。まじで。凪屋いて良かった。いなかったら今頃逃げ出してた。南極ぐらいまで」

「えぇ?」

オタクはたまに、例えの規模が大きい。

ふたりは会場を後にした。

なぎには課題が残った。そう、新曲だ。これは、れいとと考えなくてはならない。

他のユニットに負けないような、メリらしい新曲を考える必要がある。

なぎはさっそく、グループに参加して挨拶をして、それかられいとに連絡を取った。


ーーーーーーー



「新曲な」


次の日。

学校の昼休みだ。れいとから電話があって、なぎは昨日のことを話した。

「なぎー」

「なぎなぎー」

からんところんが、電話を邪魔してくる。

もう!ふたりとも、となぎが注意をする声。れいとはふたりを知らない。

「今日は?放課後」

「うん、会社行く?」

「行く。話そう、じゃあ」


れいとと業務連絡的に通話を終える。しかし、からんところんがつまらなさそうにしていて、なぎはふたりの機嫌を取らなくてはならない。

「ごめんね。ハナシ終わったから、、、」

「なぎが俺たちを捨てた、、、」

「オヨヨ、、、」

ふらふらと教室を徘徊するふたりに、級友からやじが飛ぶ。なぎ、そんなでかいのふたりも捨てるな、と。

なぎはふたりを元の席に連れ戻した。

「はぁ〜、白鳥せつなとかいうのが消えて、なぎが戻ってくると思ったのになぁ〜」

「こら、そんな言い方、、、」

「いや、次こそわからんよ。ねぇ、なぎ」

「もう、ふたりとも、俺のこと応援してくれないわけ?」

なぎは弁当、ふたりは菓子パンだ。他愛無い、どこでも同じような、高校生の昼休み。

「なぎ、これは俺たちなりの優しさだよ。いつだって、芸能人なんかやめて、フツーの生活に戻ってきていいんだから」

「そうそう。そゆこと」

「ふたりとも、、、」

ふたりはふたりなりに、なぎを心配している。

教室の様子こそ、ごく一般的な、平和な「日常」。

「ありがとね。、、、けど俺、がんばりたいからさ」

「んー、、、まぁ、あの、なんとか?は白鳥せつなよりはいいかんじ?」

「白鳥せつなよりはね」

「ふたりとも、、、」


せつなの名前は、ファーレンハイトの騒動の際に聞いて、それ以来だった。

別れる際に、いつでも連絡をしていいとは言われていたが、せつなも忙しいだろうと思い、これといった連絡はしていない。

そして、なぎはすっかり忘れていた。せつなが帰国している、個人事務所を立ち上げる、、、という噂についてだ。れいとのことや、ファーレンハイトとのコラボに手一杯だったからだ。

ふと、なぎは、連絡してみよう、と思った。せつなとの別れから、あの後からあったことを、だ。れいとと組んだことや、イベントでのコラボのことや、これからのライブのこと。

帰国や、個人事務所の噂も気になった。

なぎは、長めのメッセージをせつなに送った。あの日空港で別れてから、実に約7ヶ月ぶりだった。



ーーーーーーー




「道明寺さん!」


ppcへふたりがつくと、偶然道明寺と出会った。

「おー!ふたりとも!」

「お疲れ様です」

先日、完成したフォトブックはふたりがOKを出したので、無事に予約が始まった。道明寺の仕事は終わりだ。相変わらずにこやかにふたりに近寄ってきた。そして今日は特に機嫌が良さそうだ。

「ふたりとも、おめでとう」

「え?あ!ありがとうございます」

なぎが答える。それはクリエイティブイベントの結果を受けてのことだと思ったのだ。

「あれ、もう聞いたのか?ふたりのフォトブック、通販サイトで予約一位なんだって!すごいよほんとに!」

「ええっ」

初耳だった。なぎもれいとも驚く。

「いや、最新のランキングだからね。マネージャーさんは?知ってると思うけど。予約特典も面白いし、こりゃ来年も期待大だな!」

予約特典はふたりで考えた。キーホルダーだった。沖縄で会った、海亀の形をしている。顔はなぎが描いた。なかなかの画伯だと話題になっていたのだ。

「知らなかった、、、でも、道明寺さんのおかげです。ありがとうございます」

「これからもご贔屓に!年末ライブもカメラマンとして俺も見に行くからさ、楽しみにしてるからな」

道明寺はからからと笑って、去っていった。


ばっ。

「れいと君、通販サイトって!?」


道明寺が去るなりふたりはスマホを取り出した。

「これだ。うわ、ほんとだ」

「え、見せて見せて!」

「なぎ君、白樺君」

ひとつのスマホを覗き込むふたりに声がかかる。熊谷だ。

「熊ちゃん!」

「こんにちは。道明寺さんと話していましたね。では、もう聞きましたか?」

「うん!聞いたよ!見て!」

なぎが、れいとのスマホをかざした。

通販サイトの書籍の売り上げランキングの上位が表示されれていて、予約第一位がメリのフォトブックだった。

「代表も驚いて、喜んでましたよ。ふたりともおめでとうございます」

「熊ちゃん、、、」

「ふぅ、安心した。見向きもされなかったら、どうしようかと思ってた」

「え、れいと君がイケメンだもん。俺は最初から売れると思ってたよ!」

フォトブックの売り上げはメリ存続のためのもうひとつの課題でもあった。数ヶ月に渡り取り組んできたことが、こうして結果を出したのだ。なぎもれいとも、心から安堵した。

これで、取り組むべきは定まった。年末ライブ。本腰を入れて、全力で取り組むだけだ。

なぎは熊谷にライブのことと、作曲についてを相談した。ふたりが作曲したものを添削してくれるというので、ふたりはさっそく、作曲にとりかかった。


「じゃーん、他のユニットの新曲の音源です」

「俺も聞いていいのか?」

「いいって。ただし秘密にね。順番的に、ミーハニアの後のつもり」

「次ツインテイルか、、、」

れいとは相変わらずたくとに師事をしていた。おかげで作曲はできるようになってきたが、たくとは厳しい。毎度ボロクソだ。

小さめのミーティングルール。熊谷は仕事のため一旦退席した。年末なので、忙しいのだ。なぎは既ににどんな曲がいいかを考えていた。

「一年間の思い出をまとめたかんじの曲にしたいな。れいと君と会った日から、、、ライブまでのいろいろを歌にしたいな」

「なるほど、、、」

「それで、俺とれいと君できっと解釈が違うだろうから、それぞれ作曲してみてその違いを楽しみたいな」

「一年、、、か」

一年。長いようで、あっという間だった。なぎとの出会い。れいとは考えた。先日のファーレンハイトのライブでの、if、の実現。自分がもしファーレンハイトに加入していたら。

しかし、あれは泡沫の夢。

自分は、メリだ。

これからも。

「いいと思う。俺もそのテーマでいく」

「よーし、決定!がんばろう!れいと君、楽しみにしててね!」


最後の挑戦へ向けて、すべてがうまくいっているかのような運びだった。

先輩や仲間とのライブへの期待感。フォトブックも順調以上だ。なぎとれいとは、これまでの経験を踏まえてより一層絆を深めた。もう、障害はない。このまま波に乗って全てがうまくいく。そんな機運さえ感じた。


、、、だが。

なぎは作曲に夢中で気が付かなかった。

なぎの送ったメッセージに返信が来ていた。

それは7ヶ月会っていない、かつての相棒、白鳥せつなからのものだった、、、。






「よし、できた!」


1時間か2時間か、なぎの新曲のおおまかな形が完成した。れいとも同様だった。

「うわ、外真っ暗」

「冬は日が落ちるの早いよな。帰るか」

作曲に夢中で気づかなかったが、いつの間にか外はすっかり日が落ちていた。

窓際は寒いくらいだ。12月の、あわただしくも寂しい雰囲気をたたえた夜空。

なぎは立ち上がった。

「熊ちゃんにコピー提出して帰る。れいとくんも添削してもらう?」

「あー、、、じゃあ、あ、どーすっかな、歌川先輩に見てもらおうかな」

「たくと君、今PPCに来てるよ。個人の仕事で。2階だって」

「そうなのか?じゃあ挨拶がてら会ってくる」

「じゃあ、ロビーに集合ね。一緒に帰ろ」

ふたりはそれぞれの目的のために、会議室を後にした。


なぎは熊谷のいるオフィスへ向かう。社員も帰宅する頃合いだが、年末の忙しい時期だけあって残って仕事を片付けている者が多い。

「あ、クリスマスかぁ、、、」

社内の飾り付けを見て、なぎは気づいた。もうすぐクリスマス。社内の至る所に、サンタや雪だるまの人形や、ガーラント。もうすぐロビーには毎年恒例の大きなツリーが設置されるはずだ。PPCの窓から見える歩道の街路樹はイルミネーションで輝く。

当然、なぎはクリスマスは学校も冬休みで、いつもは家族と過ごしていた。妹たちはプレゼントを買ってもらうだろうが、なぎはもうそんな年でもないので、家族と夕飯の際にケーキを囲む、そのくらいの一般的なクリスマスだった。今年も今の段階では予定はない。せつなの方針で、過度に季節のイベントごとに出張ることもなかったからだ。それが今も続いている。

オフィスに入る。熊谷を見つけた。

「なぎ君」

「お仕事中ごめんなさい。新曲ができたのを、見てもらいたくて、、、置いていっていい?」

「もちろんです。もう帰るんですか?送りますよ」

「れいと君と帰るから大丈夫!熊ちゃんもお仕事がんばってね」

他愛ない会話。その後なぎはさらに、風邪をひかないようにだとか感染症に気をつけるようにだとかいろいろを熊谷から気遣われた。大事なライブが近い。心身ともに万全を期す必要がある。


一方れいとは、なぎに言われたとおりに、2階のミーティングルームあたりで、たくとを探した。メッセージを送ったら待っていてくれると返ってきた。廊下を進む。不自然に誰もいない。いつものPPCじゃないような、静まり返った廊下。きょろきょろとあたりを見回す。たくとはどこだろうか。

すると、こつ、こつ、足音がする。

なので、そちらを振り向く。



「!」



「、、、やぁ」


、、、目の前に、スーツの男。

櫻井宗一郎。

れいとの実父だった。ファーレンハイトの騒動で、ビルで別れたきりだった。


「、、、なんでPPCに、、、」

「宣戦布告かな?あ、いやこちらの話だ。」

「また何か企んでるのか!?」


語気が荒くなる。

当然だった。ファーレンハイトとのコラボの最中の出来事を思えば。


「れいと、、、聞いたよ。おめでとう。年末ライブへのチケットを勝ち取ったそうだな」

櫻井は笑っているようで、笑っていない。高圧的で、不気味で、不遜な態度。

わざとらしく手を広げて見せて、れいとを激励した。

「、、、」

「ライブで人気3位以内に入らないと解散させられるそうじゃないか」

「、、、」

「そうなったら、私の所へ来なさい。」

「誰が」

「今のうちに、来た方がいい。、、、あぁ、そうだ、れいと、彼、七星君、、、」

「は?」


れいとは数カ所、ひっかかった。

まずは今のうちに、の部分だ。それから七星、つまりひゅうがのことだ。


慣れたはずのあたたかいPPCの廊下が、あの時無理やり連れ去られたビルの廊下に重なって見える。

寒い。

寒気がする。


「不法侵入や暴行の件、揉み消したのは彼が私と取引をしたからだよ。」

それは、なんとなくは聞いていた。一体どんな内容なのかは、れいとは知らない。身構える。

「なんでそこまで、、、と思っていたけれど、あぁ、いや、そうだ、れいと、彼は元気かな?」

「、、、」

「凪屋君だよ」

「あんたには関係ない」

櫻井と話していると、正直に気分が悪かった。れいとは話を切り上げてこの場を立ち去ろうとした。しかし、、、。

「彼にも、うちに来るように誘うつもりなんだ。」

「!」

うち。つまり櫻井の会社のレーベルのことだ。

「なぎは、行かない。」

「どうかな」

「、、、!あんた、何考えてるんだ!」

「れいと」

櫻井が詰め寄る。れいとの腕をぐ、と掴んだ。

「何、物事は時間をかけて計画し、実行するものなんだ。短絡的なのは母親に似たな。、、、いずれすべてがわかる」

「な、、、」

その時だった。


「れいと!」

強い声。それから走る音。

ばっ、とれいとと櫻井の間に、ふたりよりずっと華奢な体が割り込んだ。


「歌川先輩!」

「あんた誰だ!こいつに何してる!」

おそらく、はたから見れば、櫻井がれいとを押さえつけているように見えたのだろう。それを見つけたたくとが、即座にふたりの間に割り込んだのだ。

「ああ、、、。失礼。それでは」

櫻井は大人しく引いた。廊下を去っていく。れいとはたくとと、それを見送った。

「おい、なんだあいつ、大丈夫か!?」

たくとが見上げてくる。れいとは心底、この小さな先輩をありがたいと感じた。それどころか、自分よりかなり体格差のある人間の間にとっさに仲裁に入る気概にひどく助けられた気分になった。

「ありがとうございます。大丈夫です、、、」

「顔色わりーぞ」

「、、、」

「なんか、あんまり聞かれたくないかんじだったか。俺余計なことしたか?」

「いや、、、助かりました。ほんと、、、」

れいとはふぅ、と息を整えた。

櫻井の本懐は、何なのだろう。ひゅうがとの交渉とは?、、、ひゅうがに会わなくては。話を聞かなくては。いや、もっと早く話すべきだった。甘えていた。


「れいと、ほら、曲書いたのよこせよ」

「あ、、、っス。」

「ひとりじゃないよな?気をつけてさっさと帰りな」

「ん、、、」

たくとはれいとから新曲の構想を受け取り、れいとに帰宅をうながした。

最後にれいとはたくとに、小さいんだからあまりああいうことはしない方がいい、と言いたかったが、やめた。本当に今日はたくとに助けられた。



ーーーーーーー




ロビー。ふたりはようやく合流した。離れていた時間はたいしたことはない。

「なぎ」

「れいと君、たくと君に会えた?元気だった?」

「あぁ。、、、あのさ」

合流して、明るいロビーから、屋外へ向かう。既に真っ暗だが、通りは帰宅のサラリーマンや学生で賑わう。

「七星先輩と話したいんだけど、、、」

「え?」

「あー、、、」

ここで、れいとは考えた。

交渉、の件を話すかどうか。

なぎは今、年末ライブを仕切るという大役を仰せつかった。忙しいはずだし、余計な心配をかけたくない。

「家のことで、世話かけて、一回話したけど、ちゃんと、、、と思って」

「おー、、、そっか、、、ん、あれ、そういえば、なんか俺たちれいと君助けるのにいろいろ犯罪行為したのにお咎めなしだったね。なんかひゅうが君のおかげらしいんだけど、知ってる?」

「!」

なぎはピンポイントで核心をついてきた。

話しながら歩く。先に向かうのがなぎの家だ。いつもなぎを送ってかられいとは家へ帰る。

「、、、」

考える。なぎは、相棒だ。

「その件も、確認してみる。、、、俺の実の親父の櫻井ってやつ覚えてるだろ。、、、嫌なやつだから。七星先輩が、変なことになってないか、心配なんだ。、、、おこがましいかもだけど」

櫻井。なぎは櫻井とは直接対峙した。嫌なやつ。それは確かだ。したたかでずる賢くて手段を問わない汚い男。

なぎの表情も険しくなった。ファーレンハイトとのコラボの際の一件は、決して楽しい思い出ではなかった。

「おこがましくはないと思う。そう、、、だよね。俺、いつも、ひゅうがくんに甘えてばっかりだけど、、、」

「この間会ったんだろ?何か言ってた?」

「フツーだった。あつしさんいたから機嫌悪かったけど」

「、、、」

なぎはあっさりそう言ったが、れいとは少なくともその空間に同席したくないと思った。

「それで、なぎ、今忙しいだろ?俺が話そうと思って」

「うーん、、、ひゅうが君のマンションの場所、教えようか」

「!」

それはつまり、今から会いに行け、ということだろうか。

「家にいるのか?」

「今日はいる日」

「行ってみる」

「俺も行くよ!」

「いや、、、改めてお礼もしたいし、ふたりで話したい」

「そう、、、?」

れいとはなぎを家に送った後に、ひゅうがのマンションへ向かうことに決めた。


しばらくしてなぎの家へついた。

なぎは手を振って、道中気をつけるように言った。れいととはここで別れた。

家族に帰宅の挨拶をする。そこでスマホを見た。メッセージに気がつく。


「!」


「へ、返事きてる、、、うそ、、、」


せつなからの、返信だった。

そこには、一言、シンプルな文面。





「なぎ、会いたい。いつ会える?」






ーーーーーーー




入れてもらえるかはわからない。それでも、れいとはなぎに教えてもらったとおりに、ひゅうがのマンションに来た。

驚くことに、普通のマンションだった。芸能人向けのセキュリティの高いマンションだったり、るきの家のようなコンシェルジュがいたりとか、そういうこともない。

外廊下。同じ形の部屋が並ぶ。ありふれた住まい。

オートロックなので、教えられた部屋番号を押す。

しばらくして、返事があったが、それはひゅうがではなかった。


「はーい、、、うわ!?イケメンがいるぞ!ひゅうが!ひゅうが!なんかイケメンがきてるぞ!」

「、、、!?」

おそらくは、男性の声。たしかにひゅうがと言ったので、ここが七星家であることは確定した。家族だろうか。

「あの、夜分遅くに突然訪ねてきてすみません。PPCでお世話になってます、後輩の白樺です。七星先輩はご在宅でしょうか」

「いるいる。あけるよ。入ってきたまえ!」

インターフォン越しの人物はなかなかのテンションで、ひゅうがも在宅しているとのことだった。オートロックのドアが開いて、れいとはマンションの中へ足を踏み入れた。

エレベーターに乗り、目的の部屋へ行く間、どう話を切り出すかを思考したが、たとえまとまらなくても、考えていることを全部話すほかにない。そう思った。部屋の前について、改めてインターフォンを押そうとした時だった。


「あいてるよ!おいで」


がちゃり、とドアが開いた。

細身の青年。顔がひゅうがに似ていた。一瞬で、ひゅうがの兄弟だとわかった。


「おじゃまします」

「どぞどぞ〜、ひゅうがー!後輩くんだぞー!」

リビングへ通される。あまり行儀のよい行いではないとわかってはいたが、それとなく横目に部屋を観察した。清潔感と生活感の同居する、ありふれた室内。

「白樺君は、あれだよね、なぎの相方だ」

「!なぎを知ってるんですか?」

「もちろん。友達だもん。俺は七星アリス。ひゅうがのおにいちゃんだよ。」

「!」


「アリス」

すると、リビングの奥から、ひゅうがの声がした。本当になぎの言うとおりに、いた。ここがひゅうがの家なのだ。少し、いや、かなりイメージと違う。

「お兄ちゃんでしょ!いつもそうやって呼び捨てにする〜」

「話あるから、悪いけど外してくれ」

「え、やだよ。聞く」

「、、、」

れいとは、いたたまれない気持ちであった。ひゅうがのプライベートを暴く気はなかった。別の場所にするべきだったかもしれない。目の前で、あのひゅうがが、自分の兄という存在に振り回されている光景。自分が知ってしまって良かった部分なのか、悩む。

「白樺君、何飲む?」

「あ、いえ、おかまいなく、、、」

「外寒かったでしょ。俺のお気に入りのフレーバーティーをご馳走しよう!」

「あ、ありがとうございます」

「おい」

「!」

アリスに促され、ソファに腰掛ける。ひゅうがは座らない。れいとの目の前に立っている。上はシャツ。下はスウェットだ。この姿も、普段きっちりと着込んでいる様子のひゅうがからは想像できないものだった。

「何だ。要件は」

「あ、、、」

ひゅうがとのこれまでの邂逅を考えた。正直、ロクな記憶がない。

それでも、けじめはつけたい。

「先日、ファーレンハイトととのクリエイティブイベントの時に、俺の、、、家庭の問題で、助けてくれましたよね」

台所で、アリスが鼻歌まじりに紅茶を用意している音がする。ティーカップではない。マグカップだ。

「、、、」

「櫻井、、、俺の、実の親と、どんな交渉をしましたか?」

「、、、」

「あいつは、ろくでもない奴だ。余裕が無くて、考えられなかったけれど、どんな交渉をしたのか、俺知りたくて、それで来ました。俺のせいで、、、俺のために、何か、七星先輩が困るようなことになっていないかと。不利なことを要求されたりしてないかって」

あまりまとまってはいなかったが、十分にれいとの要件と、話したいことは伝わっていた、

アリスが台所から戻ってきて、れいとにマグカップを手渡す。

「あ、ありがとうござます、、、」

「いい香りでしょ。バニラコットンユニコーン!」

甘い香り。甘ったるいほどの香り。それはひゅうがにも、れいとにも、この場の話題にも似つかわしくない異質なものに感じた。

「ガキが余計な心配してる必要ねぇよ。お前はメリを1番に考えろ」

チッ、と舌打ちとともに、ひゅうがは吐き捨てた。

アリスがれいとの隣に座る。

「白樺、オマエの杞憂だ。交渉は、、、あっちの弱みを、俺が偶然持っていた。それだけだ」

「え、、、」

「おいしい?」

「え、あ、いただきます」

アリスが話に割って入るので、れいとはひゅうがを見たりアリスを見たり忙しくなる。それから紅茶を一口。香りだけではない。砂糖たっぷりの紅茶は、この季節は体に染みる。たった一杯の効果は大きい。

「だが、、、そのせいでひとつ、噂が真実だとわかった。なぎは何も言ってねぇか。なぎをよく見てやれ。もう帰れ」

「えっ」

ひゅうがはそう言って、リビングを後にして奥の部屋に消えた。甘ったるい香りと、アリスとともに、れいとは残されてしまった。

「、、、」

「ごめんね、あの子態度悪くて」

「い、いえ、、、」

「交渉はね、あの子が有利に進めたはずだか心配しなくていいと思うよ」

「え」

「つまり、違う事実があって、こっちが強請った側ってこと」

くすり、とアリスが笑う。

なんとも言えない笑みだった。いたずらで、怪しく、どことなく得体の知れない、つかみどころのない表情。

「でも、いいね。嬉しいなぁ。ほら、あいつ、ああやってカッコつけだからさぁ!心配してくれる人間は貴重なんだ!来てくれてありがとう!」

「あ、いえ、、、俺こそ急にお邪魔して、、、」

「いいの、いいの。退院したばっかで暇でさ〜。もっと来てよ。ま、とにかく、今君が追うべきは違う事実ってことだね」

「違う、事実、、、」

その頃、つまり、れいとの揉め事、ファーレンハイトとのコラボ、その頃にあった、他の話はなんだったろうか。れいとは考えた。

そもそもにして、なぜ自分はあれほど、メンタルをやられていたのか。回想する。考えろ。


「!」

「気づいたか少年。なら、こんなとこいないで、早くなぎと話せよ。いいね?」

今度のアリスは、笑ってはいなかった。

「、、、っ、帰ります!ありがとうございました!」

れいとは紅茶を飲み干して、ひゅうがのマンションを後にした。不思議なことにあれだけ甘ったるい香りがしていた紅茶は、冷めるとフルーティーさと、ほんのり苦味の残る味わいだった。




ーーーーーーー




「あら、せつな君って、アメリカに行ったコよね?久しぶりね」


一方、凪屋家。

12月の夜の外気とは対照的に、リビングからあたたかい光が漏れていた。凪屋家の食卓。ごく一般的なダイニング。家庭の象徴。家族5人が揃っていた。

「うん!そう!久しぶりに連絡取ったら、会いたいって、見て!」

なぎはコートを脱いでそのあたりにおいて、やや興奮気味に、スマホの画面を母親に見せた。帰ってきたばかりなので、まだ制服だが母親は夕食の準備をしながら、それに応じた。

「よかったね。いつ会うの?」

「うん!返事まだしてない!いつにしよう、、、ライブのことで頭いっぱいで、、、」

「もうすぐ冬休みだし、会える機会が来るよ。」

「うん、そうだよね、あ、ごめん着替えてくる!今手伝うね!」

「じゃあ、みあとかれんを呼んできてくれる?2階にいるから」

「はい!」


どたばたと、なぎはバッグやらコートやらを持って、リビングから一度出て、廊下へ。階段を目指す。その時だった。


コンコン。


ドアを叩く音。

インターフォンではなく。


「、、、?」


コンコン、もう一度。

誰かが訪ねてきたようだ。

「はーい、、、」

不思議に思いながらも、ドアを開ける。

しかし、、、。


「誰もいない」


びゅう、と寒い風が吹き付けるだけで、そこには誰もいなかった。

「へんなの」

なぎはドアを閉めて、それから鍵をかけた。

夕食の後にせつなに返事をしようと思ったため、スマホは部屋で充電器にさしてしばらく放置した。

その後スマホを見ることなく、その日を終えた。




ーーーーーーーー



「れいと君!?」


翌朝。

凪屋家に、れいとがなぎを迎えにきた。なんなら少し、怒っていた。

「あんたスマホ見てないだろ」

「えっ、あ!あー!部屋にある」

「はぁ、、、まぁいい。昨日あれから、誰かに会ったか?」

早朝。インターフォンが鳴って、モニターから見るとれいとで、なきは驚いて玄関へ向かった。まだ、登校の支度が途中なので、いつもよりややだらしないような中途半端な服装だった。

「話がある。待ってる」

「寒いでしょ!中どうぞ!」

「朝早くからお邪魔できない。待ってる。」

「え、じゃあ1分!すぐ来る!」

なぎは部屋に戻りスマホや荷物を持って、家族に挨拶をして足早に玄関へ戻った。

れいととは、帰宅は何度も共にした。しかし、登校は珍しい。なぎは少しばかり、変わり映えしない日々の新鮮な出来事に心がはずんだ。

「おはよう!」

「さっきも聞いたよ」

「これは形式!話って何?」

「あぁ。実は、あれからあんたに教えてもらったように、、、」

「あ、待って、俺も話ある。じゃーん」

じゃーん、そう言ってなぎが、スマホの画面をれいとに見せてきた。

「!」


「せつな君!連絡くれたんだ!会いたいって!」


なぎは、満面の笑みで、心から嬉しいと言わんばかりの顔で、れいとにそう、告げた。


「、、、」

「あ、れいと君、先に言っとくけど、せつな君とまた組むとかないから、安心してね。わかってるよね?」

「え、あ、あぁ、、、」

なぎの表情が変わる。ややいたずらなような、そんな顔だった。滅多にしない。多分それほど、せつなからの連絡が嬉しかったのだろう。もしくは、今のこの状況が。

「白鳥、せつな、、、帰国は本当だったんだな、、、」

はぁ、と息をはくと、それは白く存在感を示すので、朝の澄んだ空気がどれほどの冷たさなのかがよくわかった。

なぎは手袋をつけて、れいとに寒くないかと聞いた。学校へ向かい、ふたり並んで歩く。

「そうみたい。で、れいと君の話は?ひゅうが君どうだった?」

「あぁ、、、」

れいとが昨日のことを説明する番だ。

どこから、と考えたが最初から話すことにした。少し動悸がする。

「昨夜、七星先輩の家に言った。櫻井とどんな方法で交渉をしたのか、それの件で不利な目にあってはいないか、聞いたんだ」

「うん、、、」

なぎの歩幅に合わせる。なぎは歩くのが遅い。

「心配する必要はないって言われた。根拠も提示されて、、、なんでも、ひゅうが先輩の方が先に櫻井の弱点を握っていたらしい」

「弱点?」

「それで、考えた。アリスっていう人がいて、、、ヒントをくれた。七星先輩の兄らしい。なぎのことも知ってた」

「アリスは友達!」

「まじか、、、」

なぎはあっさりと、どう考えても年上で、掴みどころなく得体の知れない男を友達と言い放った。れいとはなぎのこういう所をたまに恐ろしく思う。

「退院したんだ!良かった!会いにいこうかな!」

「、、、そうしてやれ。それで、話の続きだが、その頃、つまり俺が櫻井と揉め事があった頃、ファーレンハイトとのコラボの頃だが、そのあたりでひとつ、噂があったろう」

「噂?何だっけ」

「白鳥せつな」

「あっ」

「白鳥せつなが帰国していて、個人事務所を立ち上げてあんたを引き抜こうとしている、、、っていう噂」

「、、、」

「櫻井はあれで俺を精神的に揺さぶってきたわけだが、、、」

なぎの顔は真剣な表情に戻っていた。れいとの苦難を茶化すような性格ではない。

「や、待って、それ、えーと、何の話だっけ?」

しかし、話がややこしいので、詰まる。理解しているのはれいとだけだ。

「多分、あれは本当なんだ。それで、いいか、なぎ。会社の情報とかってのはそう易々流出ささせちゃだめだってのはわかるだろ?秘密保持契約とか書くだろ?」

「うん、、、」

「櫻井はそれをやった。櫻井の会社は一部上場もしてる。情報漏洩はマネーロンダリングとか株式の違法な操作にも繋がりかねない重大なコンプライアンス違反なんだ。七星先輩はそこを叩いた。噂が本当だって、根拠があったかは、、、わからないけれど、的中した。だから櫻井はいろいろを揉み消しに図ったし、俺からも手を引いた。一旦はな。」

「そう、なんだ、、、」

なぎはちゃんとは話を理解していないだろう。少し難しい話だから。しかし、それでももうこの話は次の展開が重要だ。

「白鳥せつなと、、、会うのか」

「えっ」

そう、れいとはその事実に気づいて、今朝なぎにスマホを見せられる前から、せつながなぎに接触を図るだろうと踏んでいた。

だから、なぎがスマホを見ていないことに苛立っていたし(少しだけだが)、朝早くになぎの家を訪問した。

さくさく、と進むたびに落ち葉を踏む音がする。街路樹は枯れ葉も散ってすっかり寂しくて、車の走りつけるアスファルトは冷え切っている。

しかし、日差しはほんのりと、温もりがあった。

「えと、れいと君、ごめん、俺あんまり話わかんなかった。ひゅうが君は大丈夫ってことであってる?」

「あってる」

「れいと君は?あいつ、、、あ、ごめん、いや、でもあいつ、櫻井ってひと、また何か企んでるの?」

「さぁな」

「れいと君、、、」

なぎの顔が歪む。れいとにも手に取るようにわかった。れいとの生活の平穏が脅かされることに、憤りと悲しみを感じているのだ。

なぎは親しい人物の状況の変化に、本人よりも一喜一憂できる心を持っている。

昨今はかわいそう、という言葉を憚る風潮があるが、なぎなら言う、かわいそうだと、そして怒る。不平や理不尽に対して。

「PPCで櫻井に会った。何でいるかわからなくて、、、何かまた考えてんのかもな。歌川先輩が助けてくれた。それで、白鳥せつなのこともあるし、あんたにもいろいろ気をつけろって言いたくてさ。」

恨みを買ってると思う、とは言わなかった。なぎが怯えるかもしれない。白鳥せつなのことも悪く言うつもりはなかった。けれど、表現が難しい。

「うん、、、ありがと。あ、そうだ。ライブのリハの日付決まったんだ。」

「あぁ、そうだった。」

「新曲、それまでにはなんとかなるね。」

つまりそれは、その間を縫って、なぎは白鳥せつなに会うつもりなのか。

れいとは、動悸の正体に、気づいていた。嫉妬かも知れないし、憐憫にも似ていた。

なぎが白鳥せつなを優先するのはなんとなく、嫌だった。先を聞きたくない。

「それでね、せつな君にまだ返事してなくて、、、」

「、、、」

「れいと君もいっしょに会わない?」

「は?」


れいとにしては珍しい声色だった。

「え、、、」

「せつな君にれいと君を紹介したくて、、、」

れいとは、一気に、自分の杞憂がばからしくなった。力が抜ける。なぎは、自分よりずっと、広大だった。澄んだ海の水のように透明だと感じる時があるし、凪いだ水平線のように、どこまでも、真っ直ぐに正直で、嘘や欺瞞や、駆け引きの存在さない、静寂の世界。

「れいと君にもせつな君を知ってほしいし、うまくやってること伝えたいし、、、いや、やっぱり、正直、れいと君を自慢したい、が強いかも!どうかな?」

「あ、、、あぁ、、、ええと、、、」

ないが笑う。

予想外の展開になったが、れいとは即決した。これ意外の解答はない。

「俺も、、、白鳥、先輩に会ってみたい」

「だよね!良かった!」

「でも、いいのか、そのメッセージの感じじゃ、ふたりきりでって意味だろ?」

「いいよ!」

「そうか、、、」


れいとは前をしっかり向いた。ふたりで進む。それだけのことだ。

その後、なぎがせつなへ返事して、ライブのリハの後に3人で会うことが決まった、、、。



ーーーーーーーー


「うわー、、、!」

ライブのリハ当日。

当然、ライブに出る全員が集まっていた。


「壮観ですね」

熊谷がなぎに声をかける。それもそのばず。PPCのPレーベルの生え抜き、精鋭が揃ったことになる。これほどの機会は滅多にない。

これから通しでリハをして、あとは全員が揃うのはライブまでない。全員が多忙だった。

なぎは舞台の上をうろうろして、照明や音響についての確認を指折り思い出す。自分が中心に、それからとうまのサポートと、他のユニットのリーダーも意見をくれた。それぞれのユニットの良さを最大限に引き出すようなライブにできるはずだ。


「あ、そうだ」

舞台袖へ向かうなぎが振り返る。

「はい?」

「せつな君帰国してるの知ってた?」

「噂程度には。私の方には連絡はありません。本当だったんですね」

「会うことにしたんだ」

「!」


熊谷は意外そうな表情だった。

「なぎ君、大事なライブ前に、、、大丈夫ですか?」

熊谷が心配をしているのはなぎのメンタル面だ。なぎは実質せつなに捨てられた、のだ。それもいきなり。それを、せつなの都合で会いたい時に会うなど、話の筋が通らない。

「れいと君といっしょにね。大丈夫」

「白樺君も?、、、そうですか。」

「熊ちゃんも来る?」

「、、、いえ、辞めておきます。元々せつなとは、ビジネスライクな関係でしたから、今会って話すこともありません。なぎ君、何かあれば、すぐに私に相談を。」

「もちろん!ありがと」

なぎが舞台袖に行くと、ライブに出演する他のメンバーのほぼ全員が集まっていた。

「わ、、、」

まずはツインテイル。ななみもたくとも制服だった。ななみがなぎににこやかに手を振る。そこに、れいとがいた。たくとに作曲の師事をしていたのだろう。なぎとはいっしょにここまで来たが、別行動をしていた。

「なぎ君!」

「ななみ君、たくと君、よろしくね!」

「おう。どうだ、変わりないか?」

「うん、あ、この間、れいと君を助けてくれたそうで、、、」

なぎはたくとに慇懃に頭を下げた。

「たいしたことねぇよ。」

「いや、先輩小さいので、あまりああいう行動は避けた方が、、、」

れいとがたくとに進言すると、たくとはれいとを小突いた。

すると、やや遠くから、なぎたちに声がかかった。

そこにはミーハニアの5人全員がいた。ぎんたがなぎに近寄る。すると、どこからかとうまが来て、ぎんたに軽く蹴りをいれた。さらにポップコーンの他のふたり、りおとゆうやも集まってきて、ぎんたを囲む。

「水島!」

「いたた、なんで?」

「拙者はポップコーンは水島を許さん!なぎたそななみたそに近寄るな〜!」

そんなぎんたをほおっておいて、あやがなぎの所へ来た。

「久しぶりですなぁ!」

「はい、あやさん!元気でしたか?」

「もうかってますで、なーんて。そんなことより、なぎちゃんがライブの、、、ウチらのプロデューサーなんて、えらい出世しましたなぁ!えらいえらい」

あやがなぎの頭をぐりぐりと撫でた。

「ひさしぶりー!元気だった?」

次に話しかけてきたのがエリックだ。人懐こい笑顔。

「白樺君、背伸びたか?」

「いえ、変わってません」

いおりは相変わらずとぼけた感じがあって、ほまれはそれを見て遠巻きにくすくすと笑っていた。

ミーハニアは全員が温和で朗らかで協調性がある。全員ライブを緊張して迎える、というよりはリハだけあって、リラックスしているように感じた。ミーハニアは年末ライブの常連なので、なぎたちとは場数が違う。

「サンライズと、ファーレンハイトは?」

れいとが問う。すると、後ろから足音。

「来てるよ。」

サンライズのふたりだった。あつしととらちよはいない。ゆうひと、ふれいだ。

なぎが挨拶を、する。

「竹見先輩、五十嵐先輩!」

「あつしはタバコ。ライブ会場完全禁煙で、機嫌悪いよ。とらちよは、、、何かの電波を受信したとかで消えたけど、多分そのうち戻ってくるよ」

ゆうひがふたりのことを伝える。しかしふれいはそわそわした様子だ。

「なぎー、れいと!助けて!いや、なぁ、俺も本番まで消えていい?兄貴たちに会いたくねぇ〜」

「そしたらサンライズが僕ひとりになるだろうが!」

サンライズは各々がとにかく自由だった。ゆうひがふれいの逃避行を妨害する。直後だった。バックヤードの暗がりから、長身の男。

「睦月先輩」

「おーす、ヒーローは遅れてやってくるもんだよなぁ」

ひかるだった。たかろひと、それからつきはもいる。

「おはようございます!3人で来たんですか?」なぎが近寄って挨拶をした。

「ひかるの素行は甚だ許し難いが車の趣味と運転は評価に値する」

「高級車いいよなー」

たかひろとつきはも緊張している様子はない。当然、つきはとふれいの間に何かやりとりはなかった。

「ひゅうがととうやも来てるけど、楽屋。」

「あの、、、るき君と三宅先輩は?」

「広報担当だからな。なんか入り口で動画撮ってた。一ノ瀬は付き合わされてて、もうすぐ来るよ」

なぎの問いにひかるが答える。

つまり、ライブに出る全員が揃っている。この会場に。


なぎは緊張、というよりもさらに別の感情を持っていた。気が引き締まるような、恐れ多いとかそんな感じの、とにかく、言い表せない類の感動に近かった。これだけのメンバーが一同に介したことを、誇らしく、それでいて、なおさら責任重大に感じた。

ひとりひとりを尊重し、それぞれのユニットを過不足なく魅せて、観客を満足させる。そんなライブに、できるだろうか。

「よし、なぎ、いよいよだな!」

とうまがなぎに声をかける。スタッフらも準備ができた。リハが始まる。


ーーーーーーー


リハは予定通りに進行した。

まずはミーハニア、それからメリだ。

ステージを去る際ぎんたがなぎに手を振ってくれた。緊張がほぐれる。


「れいと君行こう!」

「よし」


ふたりでステージへ向かう。ギターが重たい。足取りは軽い。

ミーハニアは一曲は新曲で、もうひとつはなぎも知っている、ミーハニアの中で今年1番のヒット曲だった。なぎも好きな曲だ。自然と気持ちが上がる。

なぎとれいとはふたりでステージの真ん中へ来た。

無人の観客席はファーレンハイトのライブと同じくらいの規模で、こんなステージに立つ日が来るとは思わなかった。



ふと、観客席の、手前の方に、人が動くのをみた。

スタッフや社員が動き回っているので、特段おかしいことではないはずだが、その人物が、なぎには、信じられない人物に見えた。


「せつな君、、、?」


観客席を見る。

いてもおかしくはないが、そんなはずはない。

「なぎ?」

「あ、なんでもない、、、」


大丈夫か?とれいとに問われる。

もう一度同じ場所を見たが、もう誰もいなかった。

それから、演奏を始めた。

気のせいだ。

集中しよう。


なぎはギターにピックを添えた。


ーーーーーーー


「いい感じなんじゃねぇの!」


リハが終わって、なぎに真っ先に声をかけてきたのがとうまだった。

トリがファーレンハイトだったので、なぎととうまは舞台袖から終わりまでを見ていた。一部メンバーは多忙のため帰った者もいるが、なぎと親しい者が中心に、リハを最後まで見届けた。

とうまはファーレンハイトの曲が終わるなり、なぎに振り向いた。

さらにぎんたやななみもなぎの元に寄ってきた。


リハは滞りなく終了した。

スタッフやその場にいた社員から拍手喝采、本番さながらのリハは、誰もが文句なく成功間違いなしの出来栄えだった。


まばゆい照明。

音響の余韻。

他のユニットも、過不足ない仕上がりだった。年末ライブはどのユニットにとっても力の入るイベントだ。

PPCの維新、Pレーベルのプライド。

全員、目指す所は同じだった。


しかし。


しかし、

なぎは浮かない顔をしていた。


「、、、」

れいとが声をかける。

「なぎ、大丈夫か。集中できてなかったように見えたが、、、」


なぎはファーレンハイトのメンバーがステージから下がるのを見ながら、その表情は決してポジティブな感情のものではなかった。


視界がぶれるような感覚。


「なぎ君?」

ななみが声をかける、

ぎんたも心配そうにしていた。


「俺たち、、、」

全力で考えた。たとえばツインテイルを活かすならどんな演出が良いか。ミーハニアは?サンライズは?

ファーレンハイトとのコラボで学んだことを活かして。自分もそれぞれのユニットのファンであるからこそ、仲間であるからこそ、全力で。


だからこそ。

全力で考えたからこそ、わかってしまった。



メリは、人気投票3位以内に入れない。





実力で、負けている、、、と。



ーーーーーーー


どうしよう。

どうしたら。


こんなにも、絶望に近いほどの気持ちは久しぶりだった。せつなと別れた時以来だった。


なぎはなんとか気持ちを切り替えて、とうまやななみやぎんたらと再度、リハを受けての話合いをした。スタッフや社員も交えての会議であった。

それから解散して、本番までに変更点があれば考える。その後は全ユニットが揃うことはないが、ポップコーンなど一部ユニットは自分たちのみでリハを行う予定だ。


「なぎ」

れいとは、会議では発言をさほどしなかった。

ばらばらと人が散ってゆく。

なぎはまるでその場に取り残されたように見える。

「れいと君、、、」

「どうした?」

「あ、、、」

れいとに隠すわけにはいかない。

気持ちを伝えなくてはならない。伝えて、その上で対処療法になる。

「えと、、、」

「俺たち、負けるな」

「!!」


あっさりと、れいとはその事実を口にした。

なぎは驚いてれいとを見上げた。


「俺も、なぎも、もちろん全力だし、新曲だって頑張って作った。けど、なんというか、レベルが違うというか、敵わないなって思う瞬間ぎあったよな。」

「、、、」

「俺も、なぎも頑張ってる。けど、ミーハニアやツインテイルは、頑張ってないわけじゃないけど、楽しんでるっつーか、、、俺たちが頑張らないとできないことを、あっさり越えてるよな」

「、、、」

れいとの指摘は、最もだった。

ざわざわとスタッフが行き交う。

れいとも、同じ気持ちだったのか。


「れいと君、、、俺、、、も」

そう思った。そう、言おうとした。

「で、どうする?」

「!」

「負けるとわかってて、何もしない。逃げ出す、じゃカッコつかないだろ。」

「れいと君、、、」

なぎは顔を伏せた。泣き出しそうだった。4月、あの日、出会ったばかりの頃は想像もつかなかった。自分よりも年下で、音楽の経験も浅いはずの相棒は、いつの間にか、頼れる味方に成長していた。

「逃げないよな。わかってても。」

「うん、、、うん、、、!」


これまでのことを思い出す。4月から、ひとつひとつ、積み重ねてきたものがある。

努力が必ずしも報われないことは知っていた。ただ納得はできないし、納したくもなかった。浅く、若いと言われても良かった。愚直でも良かった。努力の方向性を間違っているとか、効率が悪いとか、言うだけの人間にはわからない、まだ途中の道の上。


それでも、最後まで進む。


「なぎ」


「!」


ひゅうがの声だった。

顔をあげる。すると、ほかにも、ななみ、たくと、ぎんた、とうま。

「ったくなんだその顔は!」

「るき君!」

リハの本番まで会うことのなかったるきもいた。なぎに近づく。

「あんたらしくないと思うけど」

「う、え、、、」

後ろからゆっくりと、あつしととらちよが近づいてきた。とうまがポップコーンは全員いると言った。いや、ミーハニアもまだ楽屋にいるらしい。サンライズも、ファーレンハイトも。

「みんな、もう帰ったかと、、、」

「なぎ君の様子を見て、、、なぎ君の考えてることが、わかっちゃって、、、」

ななみが控えめに発言をする。

「負ける、って思ってるだろ」

るきが言う。

「まぁ確かにメリはこの中じゃサンライズやツインテイルに見劣りするかもしれねぇ。俺が入ったおかげでファーレンハイトは去年よりもパワーアップしたし、、、」

るきの尊大な発言を横にひゅうがは少し呆れたような、それでもるきを認めているので何も言わないような、そんな態度だった。

「けど、お前らのいいところって、比べられて計るもんじゃないだろ?」

「るき君、、、」

るきの発言にたくとがうなづく。

「メリの状況は皆知ってる。芸術は正解がない。優劣をつけるのは商業的目線でクリエイティブじゃない。それでも、俺たちも、お前らも、クリアしなければならないハードルがある」

たくとの発言には、この場の全員が同意しただろう。本来競い合うものではないクリエイティブの世界と、それを使って稼ぐということ。全員がその矛盾と、それから難しさと、そういう人生を選択したという覚悟を持っている。ここにいる全員が少なくとも若くして成功したというアドバンテージを持つとしても、先はわからない。

「俺たちがなぎに、、、メリに、してやれることは何かなって考えてんだ」

ぎんたがにこりと微笑む。

「え、、、」

「なぎ、新曲、、、添削してもいいのなら、俺たちが見る。ガラじゃねえけど、皆でメリを良くしようって話だな。」

「あつしさん、、、皆、、、」

なぎが、れいとが、頑張っていることは全員が知っていた。

手を差し伸べる理由はほかにはいらない。

「曲を見たり、他にも何とかメリが解散にならないように、考える!皆で考えりゃなんとかなるだろ!」

とうまがなぎの肩を叩く。明るく、力強い。


なぎはれいとを見上げた。

もう、表情は暗くない。

「先輩たち、、、」

れいとも、なぎを見た。


なぎは、目の前の仲間に頭を下げた。大きな声で、伝えた。


「はい!よろしくお願いします!」


全員がメリの曲を見ること、アドバイスをすること、それからライブが、メリを含めてもっと良くできないかを考える方針になった。メリのために。


年末ライブはもうすぐだ。

どんな結果が待つか、それは誰にもわからなかった。




ーーーーーーー




冬休みになった。


年末ライブのリハから、なぎたちは編曲や自分たちのみでの練習などを重ねた。

ほかのユニットも、なぎたちメリの存続のために様々な提案をしてくれた。


そんな中、いよいよせつなに会う日になった。それはなんとライブの3日前だった。12月24日。




「れいと君お待たせ」

「なぎ」

ふたりは駅で待ち合わせた。それから、せつなに会う。駅はイブの喧騒で、賑わっていた。

「緊張するな」

「え?」

「だって、元メリだぞ。どんな人かもいまいちわからないし」

「うーん、、、えーと、、、どんな人、、、」

ふたりで待ち合わせ場所へ歩く。

実際せつながどんなひとか、と問われるとなぎも返答に困った。正直、掴みどころのない人物ではあった。物腰柔らかく穏やかで、優しく、いつでもなぎを優先してくれた。なぎはせつなに対して、悪いような印象は一切無かった。

そんななぎの態度に、れいともますます疑心暗鬼だ。いったい白鳥せつなとは、どんな人物なのか。

「あー、、、けど、今日せつな君に会うのに、、、別な意義があるというか、、、」

「意義?」

「せつな君、天才だもん!えーと、つまりね?この間のリハの後、みんながメリをよくしようと、力を貸してくれたよね」

リハの後、ひゅうがやあつしは歌い方へのアドバイスをくれた。たくとやななみが作曲の見直しや編曲を考えてくれたし、ぎんたやるきは歌詞を見てくれた。ポップコーンの3人は爆発物が足りないと言っていた。

「みんな、、、の中に、ひとり足りないって思った」

そう、メリの原点。

「せつな君」


今のなぎを、なぎの作曲や作詞のスタイルを、メリを作り上げた張本人。

突然の別れ。そして、今日、再会する。


「せつな君と話せば、何かが変わるかも、、、そうしたら、、、もっと、良くなれるかもしれない」

「なぎ、、、」


もし、メリの解散がかかっていなかったら、もっと自由に、悩まずに活動ができたのだろうか。ここまでのなぎとれいとはいつだって駆け足で、あちこちにぶつかって、転んで、それでも、ここまできた。

それが、白鳥せつなに、わかるだろうか。


待ち合わせは公園だった。あまり人がいない。色彩を失った冬の木々はもの寂しい。しかし、極度に寒いというほどでもない。外でも話せる。

「あ、、、」

公園に足を踏み入れる。もう、せつながいるのがわかった。

なぎにとっては、懐かしい人物。


「あれ、あそこ、せつな君」

「あれか」

なぎが控えめにれいとの袖を引いて、せつなを指差す。

痩身麗人。これでいて作曲や作詞の才能もある天才。

遠巻きに見ていた件の人物が、ふたりに気づいて振り向いた。

近寄ってくる。


「なぎ」


れいとはよく、その人物を観察した。ピーコートはブランドものだろうか。人好きのする綺麗めなファッション。笑顔は凛々しく、さながら物語に登場する騎士のように、身振りは上品でマナー的でそれでいて美しい。

「久しぶり、なぎ」

「せ、せつな君、、、久しぶり、えと」

「会えて良かった。変わってないね?、、、ひとりじゃないんだ。なぎ、紹介してくれる?」


なぎは、再会に何を思ってか、どうにもいまいちはきはきとしない。

せつながリードする。


「あ、うん。こちらが、れいと君。白樺れいと君です。今の俺の相棒です。メリに入ってもらったの。えと、歌すごく上手くて、あ、楽器もできるよ。それで、、、」

「白樺です。はじめまして。」

れいとも挨拶をした。

「初めまして。僕は白鳥せつな。なぎの元相棒。」

せつなはにこりと微笑むが、れいとはどうにも、彼に得体の知れないものを感じた。

「でも、良かった、なぎが彼を連れてきてくれて。手間が省けた」

「えっ、そ、そう?」

「うん。彼に話があるから、なぎにセッティングしてもらいたくて、なぎを呼んだから」

「え、、、?」



ざぁ、と、一陣の風が、強く、3人の間を引き抜ける。



空気が変わる。

つまりせつなは、なぎに会いたかったわけじゃない、ということだ。

なぎとの再会や近況報告のためにこうして来たわけではない、と言うのだ。


「せ、せつな君」

「なぎ、帰っていいよ。彼と話したいんだ」

「えっ」

なぎはひたすらに困惑していた。

せつなから連絡があって、あんなに、嬉しかったのに。


「白樺れいと君、君に僕の事務所に来て欲しい」

「あんた、、、」


せつなはなぎをもはや一瞥もせずに、れいとを真っ直ぐ見て言った。

なぎは言葉もない。

「っ、あんた、そんなこと言うためになぎを呼び出したのかよ、何様だ!なんだその態度は」

「れ、れいと君!」

れいとが激昂するので、なぎが止めに入る。昼間の公園に似つかわしくない、今にも食ってかかりそうなほどの剣幕。

「せつな君、えと、俺は、えと、、、久しぶりに会えて、その話とか、、、」

「なぎ、ごめんね。今は、、、なぎとはもう話すことはないんだ。今は白樺君と話さなきゃならないんだ」

「、、、?」

今は。いったい何の話だろう。なぎにもれいとにもわからない。この場を掌握しているのは確実にせつなだった。


「どういうことだ、、、」

「まぁ強いて言うなら、君みたいな才能を見つけるために、なぎを使ったと言う所かな」

「え、、、」



「最初から全部、計算してたんだ。」


ひゅう、と、また冷たい風が吹き付ける。

最初から。


「さ、さいしょ、、、って」

なぎが問う。

「最初だよ。君を選んだその時から。」

「え、、、と」


せつなが何を言っているのか、ふたりともよく理解できなかった。しかし、れいとは、これから良くないことが明かされると勘付いた。いや、本当はれいとはせつなの告白の内容を予想できていた。それは当たっていた。しかし、それが事実であれば、あまりに、なぎが不憫で、それ以上を考えないように、思考を止めた。少なくともここ数ヶ月、いっしょにいた友人が、相棒が、そんな扱いを受けていたと信じたく無かった。正常性バイアスだとわかった上で、考えるのをやめていた。臆病だった。戦うべきだった。後悔しても、もう遅かった。


れいとはなぎの腕を強く掴んだ・


「なぎ、帰るぞ!」

「え、でも」

「こいつと話すことはない!行こう」

「ま、えと、、、」


そのまま手を強く引いて、無理やり来た道を戻る。


「れいと君、、、っ」

「白樺君、、、交渉は決裂?」

「そうだ!ありえない!」

「まぁいいか。わかった。そうだ、なぎ。」





「僕のためにありがとう。君を選んで良かったよ」





ふたりにわざとらしく手を振るせつなは、あまりにも綺麗な笑顔を浮かべていた。



ーーーーーーー




なぎは、まるで白昼夢、駅に戻るまでの記憶が無かった。

せつなとの久しぶりの、束の間の再会のつもりだった。なのに。


「なぎ、大丈夫か?」

「あっ」


れいとの声にようやく反応する。

「、、、れいと君」

「あいつの言ってたことは、気にするな。もう帰ろう。家まで送る」

「、、、」

「なぎ?」

「く、熊ちゃんと話したい、、、」

「!」


熊谷。メリのマネージャー。せつなを知るであろう人物。


「、、、そうだな。なら俺も話すことがある」


ふたりはそのままPPCへ向かった。

しかし、道中、ふたりは無言だった。



PPCへ着くと、熊谷はオフィスにいるというので、れいとは熊谷を手近な会議室へ呼び出した。すぐに熊谷がきた。ただならぬ様子に熊谷も面食らっている。


「、、、ふたりとも、どうしたんですか?」


「なぎ、最初に熊谷と話したいんだ。ふたりで。悪いけど外にいてくれ」

「えっ」

「熊谷、中に」

「、、、」


なぎは、道中話すべきことを整理してきたつもりだった。しかし、れいとがなんだか性急な様子なので、熊谷を譲った。と、いうかそうせざるをえなかった。

さきほどまでぼんやりと現実感がなく、せつなと会ったことさえ、夢幻のようだったのに、現実に戻る。

何らかの非常事態に自分よりパニックになっている人間を見ると自分は冷静になる、という現象があるが、それに近かった。

表面上はいざ知らず、れいとの方が、冷静ではないように見えた。

れいとが熊谷と会議室に入室して、ドアが閉まる。かちゃん、と静かな音がした。しかし次の瞬間に、ガシャーン、と大きい音がして、なぎは驚いて会議室のドアを開けた。


「何!?」


すると、れいとが、熊谷の襟をつかんで、壁へ押し付けていた。

椅子が倒れていて、大きな音はそれが原因だった。


「ちょっ、何何何!?やめなよ!れいと君!」


なぎは慌てて、れいとの腕あたりを押したり、引いたりするが、びくともしない。

「なぎ、表にいろよ。こいつと話がある」

「ちょ、いや、は!?話って!暴力はだめだよ!」

熊谷の方は冷静にれいとを見下ろしていた。いつもよりずっと冷たい視線をしているように感じた。

「全部知ってたんだろ!白鳥せつなとかいう、あいつの、、、オマエも協力してたんだろ!」

「、、、」

「えっ?いや、ね、れいと君!離して!落ち着いて話そう?ね!」

れいとは、せつなと会って、これまでのことがあまりにも滑稽なまでにすべてがせつなの手のひらの上の出来事であったと察した。

なぎはまだ、何もわからない。

熊谷は、どうなのか。


「なんとか言え!」

「れいと君!」

「、、、せつなに会ったんですね」


ようやく熊谷が口を開く。

「彼か全部話すなと思ったのに、話さなかったんですね。驚きました。彼にも人間らしい情があったんですね」

「、、、?」

れいとが、熊谷から手を離す。熊谷は襟元を整えた。いつもと声のトーンも違うようにすら感じる。

「く、熊ちゃん、、、」

「なぎ君、白樺君。私が知っていることをすべてお話しします。ですが、、、いえ、何を言っても言い訳に過ぎない、、、か。ふたりとも、座って。」

熊谷が椅子を直す。

れいととなぎは言われるがままに着席した。長机を挟んで向かい側に熊谷が座る。


知っていることとは。

熊谷は少し、遠くを見ているように感じた。

いまだになぎは、全てがちんぷんかんぷんだった。せつなと会って、実は自分に用は無かったと言われた。別にそれはいい。少しばかり悲しかったし、ショックだった。しかしそこから、れいとを勧誘したり、れいとが怒って熊谷に詰め寄ったりと、わけがわからない。

「なぎ君、大丈夫ですか?何か飲みますか?」

「え?あ、大丈夫、、、」


聞かなくてはならない。



「まずは、私の身の上話からになります。せつなととの出会いからです。」






熊谷は順を追って話だした。


「まず、私は過去にシンガーソングライターとして活躍していました。売れていましたし、今でも印税が入って来て収入は安定しています。ですが、、、3年ほど前に精神的な問題から、音楽を作ることができなくなりました。」


なぎもれいとも黙って話を聞いていた。

外はいつのまにか小雨が降っていた。12月の雨。曇り空は冷たく、無彩色だ。


「その時にせつなに会いました。彼は幼少期から才能を認められた音楽家でした。ですが何か企みがあって私に接触してきたんです。そのことは理解した上で、せつなの話に乗ることにしました。」


「企み、、、?」

質問をしたのはなぎだ。

熊谷がなぎを見る。


「なぎ君、なぎ君は何故、創作活動をするんですか」

「え」

「楽しいからですか?好きだからですか?」

「、、、え、と、たぶん、、、」

「私もせつなも、違います。」

「、、、」


れいとはこの話の着地点が見えていた。腕を組んで、不機嫌そうにしているが、熊谷やせつなの気持ちがわかる立場に近かった。


「人生は、理不尽で不公平なことの連続です。運の良いものが、、、恵まれた生まれの者が優遇され、地を這い泥をすすり生きる人間から搾取する、、、構造は固定され格差は是正されず、先の見えない閉塞的な毎日に摩耗する、、、」

なぎには、よくわからなかった。決して裕福な家庭ではないだろうが、衣食住に困ったことがない。家族は円満で、大病やいじめにあったこともない。

「そういった内面の昇華のために、私は音楽を作りました。いえ、、、もちろん、私のような人間が大金を手にするためにはエンターテイメントを利用するのが手っ取り早かったから、というのもあります。どこかの国ではサッカー選手か、ミュージシャンか麻薬の売人か、という話らしいですけど、それと同じです。自分の人生を好転させるためには勝負に出るしかなかった。と、言っても、容姿も才能も自覚があったので、比較的有利にことは進みましたけれど。」

「、、、」

れいとも、もとは金のためにオーディションを受けた。熊谷の話は十分に納得ができた。

「ですが、、、だからこそ、こんな理由で生きて来たからこそ、、、光が眩しすぎる時があるんです。繊細に鬱屈した精神が、自分と違う恵まれた人間のそれとの差異に刺される時があるんです。簡単に言えば嫉妬や、嘱望の凝り固まった澱でしょう。自分が音楽が作れなくなった理由はそれでしょう。汚泥にまみれたことのない人間の間にいるのが嫌になったんです。ひとりになりたかった、、、。いえ、、、もう取り返しのつかない人生に絶望していました。死ぬことも容易い選択でした」

「く、熊ちゃん、、、」

「、、、それで?」

熊谷の告白に、なぎは困惑と、それから悲しいような顔をしていた。熊谷とは長い付き合いで、仲の良いなぎにとって、熊谷の過去を、暗い部分を知ることは、辛い選択でもあった。

「せつなは、私に、後生、人生の光になるようなものを見せてくれると言いました。だから、ミュージシャンをやめて、マネージャーとして働くようにと言ったんです」

「光、、、?」


「ええ。光、と彼は言いました。もちろん最初は意味がわからなかった。けれど、、、それはせつなの実験でもあったんでしょう。私もまんまと利用された側です。、、、共犯だなんて思ってはいません。せつなは聡いし、賢い。」

「なぎのことか」

「えっ?」

れいとが言い当てた。

これは、正確だった。

「そうです」

「へ?俺?」

「なぎを、あんたに会わせて、あんたは見事になぎのことを好きになって、持ち直したわけだ。白鳥せつなの実験、そういうことだな」

「え?え?」

「3年前、なぎ君の妹が、なぎ君が歌って踊っている動画を動画サイトに投稿して、せつなはそれを見てなぎ君を見初めたんです。」

「あ、うん、、、あー、そうだったけど、、、」

「そして、せつなは自分となぎ君とのユニットを作りました。メリ、です。そのマネージャーが私です。私は、最初は、なぎ君にそんなに才能があると思いませんでした。失礼ながら、歌はもっと上手い人間はたくさんいます。、、、ですが、なぎ君の、素晴らしい部分はそんなことではなかった。」

「、、、」

「私やせつなには無いものが、なぎ君にはありました。愛され、大切に育まれてきた人間のみが持つものです。嘘偽りのない心からの他者への思いやりや、愛情です。駆け引きや計算なく、失敗を恐れず、演技や裏表を持たずに、ありのままの自然な自分でいて、それでいて、、、とにかく、私は、、、なぎ君が、、、なぎ君が、確かに、人生の光だと、、、言えます。なぎ君に会ったことで、人生が変わったと言い切ることができます。いつ、どこでも、誰の前でも、何百、何千の人間の前で、言えます。それ程、、、私は、、、」

「く、熊ちゃん、、、」

壮大な話だった。なぎ自身は自分をそんなに、ひとりの人間の人生を左右するような人格者だとは当然思っていない。これは、凄い、とか偉いとかのものさしで図る話ではなかった。非常に狭い関係での、ありふれた、陳腐な、それでいて古典的な、、、人間関係の話だった。


「あんたになぎを引き合わせた。あんたは見事になぎにハマったわけだ。で、そこからだ。白鳥せつなは次に何を計画していた。」

「、、、ここからは憶測も入ります。私も全容は知りませんから。、、、せつなは、なぎ君を利用して、人を集めることができると考えていたようです。」

「ひと?」

「結局、ひとが集まるひと、というのは、なぎ君のような人間だと、せつなは考えていたのでしょう。私やせつなに群がるような人間ではなく、、、白樺君、あなたやひゅうがのような、才能と人格のバランスの取れた若者のことです。」

「実際、なぎの周りはいいやつが多い」

「せつなは、メリの活動を、なぎ君が世間擦れしない程度の活動にとどめたり、作曲も教え過ぎない程度にコントロールしたりしていました。そして、なぎ君を突き放しました。今度はなぎ君をひとりにして、この、、、白樺君との状況を作り出したわけです。クリエイティブイベントや年末ライブのことまで計算に入れていたでしょう。状況はすべて、せつなの計算通りです。今、PPCのPレーベルは国内有数のアーティストを抱え、彼らの全盛期であると言っても過言ではない、、、。そして彼らはなぎ君、、、メリとの交流の中でなぎ君と懇意になり、メリに力を貸す、という所まで来ました。」

「なぎ君を、、、メリをエサにすれば、ひゅうがや他のユニットは、動くでしょう。彼らはメリを見捨てない。」

「、、、櫻井か」

れいとは、答えが出ていた。

「櫻井の、、、GGI、グランレーベルへ、全員引き抜く、、、そういう計画なのか。メリを人質に」

「白樺君はいつから答えが出ていたんですか」

「白鳥せつなと会ったからな。顔見て、とんでもねぇクソ野郎だって思った。それで、先日櫻井と会ったことと繋がった」

「せつなが当然櫻井氏と、金なんかで動いているわけではないとは思います。ですが櫻井氏は5年前にもPPCを潰そうと、アーティストの大量の引き抜きを行っています。実際PPCはかなり苦境に立たされましたが、それを立て直したのが悦子、、、代表ですね。櫻井氏がなぜここまで弊社を目の敵にしているかは不明ですが、櫻井氏、せつな、このふたりの間には何かしらの利害の一致があったのでしょう。」

「、、、ちっ、あの野郎、、、」

「れいと君に声がかけられたように、、、ツインテイル、ミーハニア、ポップコーン、サンライズ、ファーレンハイト、、、彼らにも声がかけられているでしょう。移籍しないかと。、、、メリを人質にして、ね。さらに、、、」

「、、、俺か」


「そうです。白樺君、あなたです。櫻井の目的はふたつになりました。そのため、せつなとその面でも手を組むことにしたはずでしょう。あなたを手に入れる。そのために、、、黒瀬、、、覚えていますか?懲戒になった新人の教官の黒瀬です。」

「あいつも?」

「買収されてました。黒幕は、櫻井氏だったです。」

大事になってきた。黒瀬の悪行を暴いたのは自分だ。会計のあの日に。まさか黒瀬の黒幕が櫻井だったとは。


「あっ、あのさっ、、、」

がたん、なぎが立ち上がる。

「俺、えと、話難しくて、よくわかんなくて、、、それでも、かんばって考えて、、、合ってるか、きいてほしいんだけど、、、」

なぎの声が、震えているように感じた。

ここでれいとはようやく、まずい、と感じた。急ぎ過ぎた。自分が情報を整理したいがために。なぎには、もっと時間が必要だった。


「せつな君は、俺とメリで活動してたのは、、、全然、楽しいとかじゃなくて、計画があって、、、ってこと?」

「、、、なぎ君」

「熊ちゃんは知ってて、、、けど、それで、せつな君はなんか目的があって、俺のこと、ひとりにして、俺が、俺ががんばって、、、れいと君のこと見つけて、、、それからも、、、それで、みんなが、俺たちに力を貸してくれるくらい仲良くなって、、、それが、、、」

れいとも熊谷も何も言えなかった。




「お、俺が、かんばってきたこと、作曲とか、コラボとか、、全部いろいろ、、、」




「俺が、、、頑張ったせいで、みんなに迷惑かけてる、、、ってこと、、、?」





れいとも熊谷も、答えはひとつだった。そうだった。せつながそう仕向けた。なぎに、メリに、他ユニットが入れ込むように仕組んだ。それも、土壇場でメリを見捨てるような人間ではなく、最後まで仲間のために戦う、そんな人間の集まったユニットが、メリに接触するように仕向けた。クリエイティブイベントはコラボユニットは抽選だが、それも何か仕組まれていたのかもしれない。全部だ。いや、そうではない。全部だ。なぎが、せつなに会って、メリとして今まで活動してきた全部、すべてが。


せつなの計画のためだった。


「なぎ、、、」

れいとも立ち上がる。

「ごめんなさい、、、」

「えっ」

「ごめんなさい!」

なぎは大きく叫んで、それから走って会議室を出た。

「なぎ君!」

熊谷も立ち上がる。しかし、れいとに制止される。

「白樺君、なぎ君を追わないと、、、」

「俺たちが?」

「、、、」

「白鳥せつなの味方のあんたに、、、なぎが、努力して手に入れたと思ってたもののひとつである、俺が?」

「それは、、、」

「今なぎに声かけるのは俺たちじゃないだろ」

「、、、」

「、、、七星先輩に連絡を。」

「わかりました、、、」


なぎは、どこまで行ったのだろう。

れいとは窓の外を見た。もう、暗くなりはじめている。

外は小雨だ。奇しくも、これはまるでなぎがせつなと別れた日の空港の天気と同じだった。

自分の軽率な行動がなぎを傷つけてしまったかもしれない。

いや、、、なぎは傷ついているだろう。

自分と、熊谷といるべきではない。

自分がすべきは何かをれいとは考えた。

れいとはなぎの後を追わずに、ビルの外へ出た。向かった方向は、誰も知らなかった。




ーーーーーーー




「おにいちゃん、歌ってよ」


これは過去の回想だ。

なぎは、ひとり冬空の下を走りながら、3年前のことを思い出していた。


3年前。なぎはまだ13歳だった。どんな子供かと言われれば、平凡の一言につきる。マイペースで、乱暴ではなかった。おっとりしたタイプだった。それなりに、ゲームや漫画やアニメが好きで、それなりに勉強をしていた。

ある日、妹ふたりがなぎの動画を撮った。ファーレンハイトの新曲を歌ったものだ。それを勝手に、なぎの許可なく、動画投稿サイトに投稿したのだ。


なぎはそのことを知らずに、それから数日して、突然自宅に、せつなと熊谷が来た。

なぎの動画を見て、なぎをスカウトしにきたのだ。

両親と、なぎが揃っている時間帯で、ふたりは難しくい契約書なども持って来ていた。なぎをPPCに迎えたいと、せつなは熱心に話をした。

当然、両親もなぎも時間をくれ、といった。両親はなぎの意見を尊重すると言った。学業との両立が条件だった。

なぎは、考えた。ファーレンハイトや、他にも好きな音楽グループはたくさんあるが、じゃあ自分が作詞や作曲をする気があるかとしたら、別だった。歌うのか好き、も多分、ごく一般的な、カラオケが好き、程度だった。繰り返すが平凡な子供だった。何が、何故、せつなが自分を選んだのかわからなくて、なぎはせつなに連絡をして、ふたりきりで会った。

せつなは、こう言った。

「楽しそうだったから。それも、才能だよ。君のために曲を作るよ。作らせて欲しい。歌ってくれる?」

嬉しかった。

だからなぎも、メリとしての活動をがんばった。

嬉しかったのは、どの部分だろうか。

せつなに認められたことか。新しい友人になれたことか。自分のための曲か。歌うことか。メリとしての活動か。


今はもう、すべてが、よくわからない。



ーーーーーーー





PPCを出て、冷たい外気の中をひたすらに走った。もうすっかり暗い。気温も落ちて、凍えそうだった。それでも。


とんでもないことになってしまった。

自分は選択を間違えた。

そのせいで、多くのひとに迷惑をかけている。


なぎは自責や恥じらいでいっぱいだった。

選択を間違えた部分は、せつなに別れを切り出された後だ。せつなが行ったことが一字一句脳裏に蘇る。





それでね、なぎにはふたつ選択肢があるんだ。僕が脱退して、そのままメリを解散するか、それともなぎひとりでメリとしてやっていくか。





これも、せつなに仕組まれていたのだろうか。自分が選んだと思っていた。違ったのだろうか。


今頃、他のユニットのメンバーはどうしているのだろう。メリを盾にゆすられて、きっと皆困惑している。大事な年末ライブを前に、こんなことになるなんて。


それだけじゃない。

せつな。

せつなのことを心から信頼していた。

熊谷のことも。熊谷が言う、光だのなんだのの部分は、自分のこととは思えなかった。熊谷ほどの実績を持つ人間が自分のどこに惹かれたというのか。

せつなは、本当にすべて、自分とメリとして活動していた時間のすべてが、計画のためだったのだろうか。

優しい態度や、自分のために作ってくれた曲や、一緒に共有した思い出はすべて、演技だったというのか。


れいとのことも、考えた。

こんなことになるなら、彼をメリ誘うべきではなかった。先日ファーレンハイトのライブで見たif、の世界。れいとがファーレンハイトに入っていたら、というもしもの実現。あれが、本来の正しい未来だったのだ。自分が、まんまと乗せられて、それを潰してしまった。


「、、、」


気がつくと、無我夢中に走って来たせいで、まったく知らない場所についた。

公園だ。昼間せつなと会った公園を思い出して、気分が沈む。小川も流れている。川のせせらぎは、いつもれいとと通る河川敷を彷彿とさせた。


どうでもいいとも思った。

何も考えたくなかった。

このまま消えてしまいたいくらいだった。

しかし、バイクの音が近づいてくるのがわかった。それが誰かも。


「なぎ!」

「ひゅうが君、、、」


頭に浮かんでいたとおりの人物だった。

バイクを降りて、近寄ってくる。

「来ないで!」

「!」


なぎは、ひゅうがから遠ざかり、小川へ入った。ひざくらいの高さだが、真冬だ。あまりにも水が冷たい。

「なぎ!」

ひゅうがが後を追うが、なぎは再度、来ないで、と言った。

「なぎ、、、話、全部聞いた、、、」

「、、、」

「とりあえず、帰ろう。寒いだろう。早く、こっちに、、、」

ひゅうがも珍しく、狼狽しているようだった。せつなの真実や、それこそ、なぎが心配できたのだろう。ましてやなぎがこの12月も半ばの真冬に川に突入したのだ。早く事態を切り上げなくてはならない。


「お、俺のこと、恨んでるでしょ、、、」

「は、、、?」


なぎの口から、予想だにしない発言を受けて、ひゅうがは困惑した。


「誘われた?GGIのグランレーベルに、、、」

「、、、あぁ」

「メリを助けるから、って言われた?」

「近いようなことを」


やはり。

「俺の、、、せいで、、、」

「なぎ。違う。違うから、こっちに。早く。寒いだろう。」

ひゅうがも、ざぶ、と川に入る。

水は刺すように冷たい。体に障る。

なぎを早く、水から上げないと、と思った。


「なぎのせいじゃないし、恨んでもいない。だから迎えに来た。俺の気持ちは、変わらない。白鳥だの櫻井だの、どうでもいい。なぎ、、、お前は俺の、、、ファーレンハイトの恩人だし、大切な友人で、後輩だ。兄貴の友人でもある。、、、お前が心配なんだ。」

これが、ひゅうがの心からの気持ちだった。

嘘偽りない、心からの、言葉。


ひゅうがは先ほどまで、PPCで事務的な作業をしていた。慌てた熊谷が現れた。

なぎがせつなと会ったことや、熊谷が自身のことを打ち開けたことなど、それから、なぎが出て行ったことを聞いた。

せつなに関しては、絶対に、何か裏があると思っていた。自分が清廉潔白だとは思わない。自分も悦子との「契約」の上で動いている。それでも、せつなとは違う。

せつなの突然の脱退、それから帰国の報に、櫻井暗躍。何かがあるとは思っていた。それでも少しばかり、期待と信用をしていた。同じアーティストとしてだ。せつながなぎを、ここまで酷い扱いにするとは、考えていなかった。

ざぶ、ともう一歩踏み出す。なぎに近寄る。

熊谷はなぎをスマホのGPSで追っていて、それをひゅうがに伝えて、ここに辿り着いた。

簡素な公園。手入れもされていない小川。


「ひゅうが君、ぜんぶ、それも、全員、せつな君が、、、」

「なぎ、声、震えてるから、こっちに、、、」

「俺に、恩、、、?それだって、、、」

「嘘じゃない。あの、、、3年前だって、、、俺たちを助けてくれた件だって、選択を、、、行動を、したのはなぎ自身だ。それを、俺は尊敬している。白鳥なんか、関係ない。」

「でも、、、」

さらにもう一歩近づくと、手を伸ばせばなぎの腕を掴めるほどの距離まで来た。

「あいつの、、、したことは、酷いことだと思う。許せないと、、、。なぎは、悪くないだろうう?誰もなぎを悪いと思ってない。話そう。だから、、、」

「でも、、、」

ようやく、なぎの顔を見た。

泣いている。寒いのだろう。酷い顔色だった。


「俺、、、どうしよう、、、」



川の音に消え入るような、ほとんど静寂に近いような、ただただか細い声だった。


ひゅうがは、ぐ、となぎの腕を掴んで、引き寄せた。抱き寄せる。どうしようもない感情だった。負けるな、と言わなくてはならなかった。


負けるな。俺も、お前も!

ひどく冷たい体を引っ張って、川を出た。指先は氷のようだった。


なぎはもう、何も言わないし、抵抗もしない。

濡れたままなので、どうにかしないといけない。熊谷になぎを見つけたと連絡をした。それから、なぎの家よりも自分の家が近いと思って、アリスになぎを連れて帰宅すると連絡をした。俯いたままのなぎをバイクに乗せて、バイクを走らせた。


ーーーーーー




家に着く。なぎの手を引いて急いで部屋へ向かう。なぎも自分もずぶ濡れなので誰にも会わなかったのは幸いだった。

部屋のドアを開けると、アリスがなぎに抱きついた。

「!」

「なぎ、辛かったね。おいで、もう大丈夫だよ」

すぐにアリスは離れて、なぎを部屋へ誘う。

リビングを通ってバスルームへ。廊下で、なぎは、自分がずぶ濡れなことに気づいて、部屋を汚してしまうから、とここで初めて、立ち止まった。アリスは笑って、ひゅうがが掃除する、と言った。なぎは、涙や鼻水で顔はぐしゃぐしゃで、アリスはそれを、袖でぬぐった。アリスは湯船にあたたかいお湯を張って待っていたのだ。上着や、靴下を脱がせる。

「あ、あの、アリス」

「ひとりでできる?ちゃんとゆっくりあたたまってから出て来れる?」

「お、俺、俺よりひゅうが君、、、」

「え?あいつは大丈夫。拭いとくから。」

アリスはひゅうがを雑にもののように言ったが、冗談だろう。

「とにかく、なぎ、ほら早く早く。風邪ひいちゃうよ。うち狭いからふたりは無理だからね」

「あ、、、」

どうにもぱっとしないなぎのために、アリスが本当に全部、脱衣を手伝った。

シャワーもした。暖かいお湯で、犬みたいに、なぎを洗った。それからなぎを湯船に入れて、20分は入っているように、と言って、アリスは出て行った。

なぎはアリスの言う通りにした。ひゅうがが心配だったし、他人の家の風呂を借りるの恐れ多い気持ちだったが、なんだかどっと疲れたような気がして、何も考えたくなくて従った。


「任務完了〜」

アリスがリビングに戻ると、ひゅうがは着替えていて、なぎの靴を乾かしていた。ドライヤーで。アリスが笑う。

「明日までに乾く〜?」

「服は洗濯機回した。靴は、、、サイズが、貸せないから。」

明日まで。アリスもひゅうがも、なぎが泊まる前提で話をしている。

「熊谷呼び出した。兄貴は、、、大丈夫か?疲れてないか?先に休んでていいけど、、、」

「え、やだやだ。体調全然いいから、なぎのお世話したい。自分より小さい弟、貴重!」

「でかくて悪かったな」


アリスはキッチンへ向かって、集めている紅茶を選んだ。仕方なくインドア気味なので、趣味は多岐にわたる。そのひとつがフレーバーティーだ。リラックス効果のあるものがいい。けれどなぎなら、フルーツフレーバーがいいかもしれない。鼻歌まじりで、キッチンから話しかける。

「熊谷って、あの、元シンガーソングライターのだよね?味方なの?」

「、、、今のところ、一先ずは。」

「微妙ー。顔すごく好きなの。男前だよね」

「白鳥との件だけで言えばロクデナシのひとりだ」

アリスは、すべてを知っていた。ひゅうがが話した。なぎの友人で、力になれる存在だと思ったからだ。PPCのPレーベルのアーティストではない上で、事情を知っていてもおかしくない友人の枠。

「アリス」

「んー?」

「、、、俺も、いや、俺に、これから何かがあっても」

「、、、」


「なぎの味方でいてやって欲しい」

ドライヤーの音に混じって、随分と小さい声だった。

キッチンからは、ひゅうがの後ろ姿しか見えなかった。表情はわからない。

しかしアリスには、十分に聞き取ることができた。ひゅうががどんな顔をしているが。


「何があっても、お前たちふたりの味方でいるよ」



すると、バスルームのドアが開く音がした。ぺたりぺたりと、裸足の音。

なぎだった。

「あの、、、お風呂ありがとうございます、、、」

控えめに言うなぎを見て、ひゅうがは靴を、乾かすのをやめた。

「あったまったか?、、、顔赤いな。アリス、何度だったんだ」

「え、40度」

「熱いだろ。」

「え、そう?なぎ、熱かった?それで早くあがってきたの?あたたまったかな?」

「あ、、、はい、あの、、、」

「なぎ」

アリスが近寄る。なぎをもう一度抱きしめてみた。じゅうぶん温かい。それを確認して離れた。

「なぎは酷い思いをしたよね。傷ついてる。なぎを労いたいんだ。癒してあけだい。何でも言って?わがまま言って発散した方がいい。今、なぎの要求が、俺にはわかる、、、」

「え、、、」


「お腹すいた!でしょ!」

アリスがいると、場が明るくなる。屈託のない性格。ちなみになぎが言おうとしたのは違う。

「ひゅうが、ピザにしよ!ピザパーティーだ!」

「なぎ、何食べたい。」

「え、えと、、、」

「泊まるようにお家に連絡済みだから大丈夫!くつろいで!ひゅうがのカードだから、ウナギとかにしちゃう!?」

はしゃぐアリスにひゅうがは呆れたようにため息をついた。結局、ピザにうなぎにアイスやオードブル、アリスは思いつくままの出前を頼んだ。


食事を終えて(といってもなぎはあまり食べなかった)ソファで、なぎはぼーっとしていた。頭が回らない。

「なぎ、はいどーぞ」

アリスが紅茶を持って来た。花の香り。

「あ、ありがとうアリス、、、」

アリスが隣に座る。ひゅうがはキッチンで、残り物を冷蔵庫にしまっている。アリスは食べたい所にだけ手をつけて、たいていが中途半端で残った。これらはすべてひゅうがが残りを食べる。いつものことらしい。

なぎは、何度もひゅうがの家に泊まっているので、リラックスしてきたし、気持ちが落ち着いてきた。家に帰るよりも正解だったように思った。逃げる場所がある。恵まれている、という、熊谷の話に何回か浮かんだワードが思い起こされた。

「高校はもう冬休み?明日クリスマスだよ。明日の予定は?」

アリスが問う。

「あ、、、」

そうだ。学校のことを思い出した。明日のクリスマスを経て、もう年末ライブだ。

「一年って早いよね〜」

「明日、、、」

明日のことは考えたくなかった。

どこにも行きたくない。級友に挨拶をする気力も無かった。

「ね、いつまでいる?一生?ならもっといいとこ引越しだね!」

「へっ」

アリスが、とんでもないことを言い出した。


「なぎここに住んでよ〜。なんもしなくていいよ。いるだけでいいよ。毎日遊ぼうよ!」

「え、、、と、、、」

明日の予定、まではわかる。それ以降はあまりに飛躍していた。

「こら、アリス」

キッチンからひゅうがが戻ってくる。手にはコーヒー。

「じゃどーすんのさ!なぎは傷ついてるんだよ!なんだっけ、白鳥せつな?とかPPCとか、もう忘れさせてあげようって提案なの!」

アリスはソファから身を起こして、自身の主張を続けた。

「なぎはメリを辞める!学校は高卒でオッケーで、その後は、ひゅうがに養ってもらお!ニートニート!なーんもしなくていいよ!そういう人生もアリじゃない?あ、いっそ外国に移住しよっか!ギリシャ行こうギリシャ!」

「、、、」

「なぎ」


ひゅうががなぎの向かい側のカウチに腰掛けて、話しかける。

「俺、、、は、、、」

なぎはようやく状況を振り返った。

せつなの、真実。

それを受けて、どうするか。

ひゅうががなぎを見つめる。優しい眼差しだった。

「それでもいい。どんな形でも、助ける。、、、けれど、ライブが近い。ライブに出たくないなら、それを決めなきゃならない。、、、俺が引き継ぐ。青木もいるしな。」

「、、、」

どうしたいのか、どうするべきなのか。

すると、アリスがなぎの手を握った。

「俺、なぎの友人として、なぎを助けるよ。ね。何でも話して?」

「アリス、、、」

「それに、何も、思い詰めることはない」

ひゅうががスマホを取り出す。

メッセージアプリの画面を見せてくる。

それはライブに出るユニットのリーダーで作ったグループだ。




「みんな、、、!」


そこには、なぎを気遣うメッセージが入っていた。

それぞれが、移籍を打診されたこと。メリを盾にされたこと。


、、、断ったこと。


卑劣なやり方への非難や、なぎへの気遣い。


ななみは誰よりもなぎの心身を心配していた。

ぎんたはいつでも頼れ、と言っていた。

とうまは櫻井に怒りを滲ませていた。

あつしはなぎのためなら何でもすると言う。




そして。


「誰も、なぎを責めてない」

「、、、」

「なぎが悪いなんて思ってない。」

「、、、」

「迷惑をかけられたとも思ってない」


なぎの荷物を預かっていたアリスが、スマホをなぎに返却した。

留守電やメッセージの通知がたくさん入っていた。

「、、、」

じわりと目頭が、熱くなる。

仲間たちはこんなにも、強い。

強く、優しい。

すると、インターフォンが鳴る。

「来たか」

ひゅうがが立ち上がって、誰かを迎えに行った。

しばらくして現れたのは熊谷だった。

「熊ちゃん、、、」

「なぎ君、、、」


なぎがソファから立ち上がる。

熊谷の懺悔。

複雑な気持ちだった。

しかし、ひとり足りない。

「あ、、、れ、れいと君は、、、?」

「、、、私はすでに、白樺君がなぎ君と合流していると思っていたんですが、、、」

れいとはどこへ行ったのか。


熊谷がなぎに近寄る。頭を下げた。


「すみませんでした」

「!」

ひゅうがとアリスは無言で一連の、流れを見守った。

「え、、、と、、、」

謝罪をされても、なぎは熊谷に何かされたわけでもない。

「せつなが何か考えていることを、、、黙っていたこととです。それに対する謝罪です。怒っているでしょう。失望したでしょう。」

「あ、、、」

それなら合点がいく。

しかし、なぎはもう、別のことを考えていた。

れいとは、どうしたのか。

ちゃんと帰宅したのだろうか。

彼もまた、困惑しているはずだ。ひとりではないのだろうか。誰かがそばにいるのか。


熊谷を見る。

せつなとの再会。それから、熊谷の告白は衝撃的だった。いまだにどう受け止めたらいいのか、わからない。


「どんな罰も、処分も受けます。なぎ君の思うようにして下さい」

「、、、」


ひゅうがが迎えに来てくれた。

アリスが世話を焼いてくれた。

仲間たちの気遣い、勇気。


せつなだけで、世界が回っていた。

今は、違う。

考えや選択が、すべてせつなにコントロールされていたのかもしれない。

それでも。


「熊ちゃん、、、俺、、、」

「はい、なぎ君」

熊谷が顔を上げる。


「熊ちゃんのこと、好きだよ」

「なぎ、君、、、」

「だって、俺、いつも熊ちゃんに頼りっぱなしで、助けられてて、、、謝らないで、ほしい。俺あんまり、よくわかってないことも多いんだけど、、、。 」


「どうしたらいいかまだわからない。このまま続けるのが、多分楽だとは思う。けど、楽かどうかで選択したくない。けど、本当に熊ちゃんのこと、怒ってもいないし、失望してもない、、、」

それが、本心だった。

熊谷は驚いていた。ひゅうがとアリスは、さも当然といった顔だ。

「なぎ君、ですが、、、」

「ほんとだよ。」

「私は、、、」

これからのことは決まっていない。これから、もあるとして、熊谷に罰を与えるとか、解雇だとか、そういうつもりはなかった。

なぎひとりでは考えられない。

れいとと話さなくてはならない。

れいとに会いたい、、、。

なぎは、顔を上げた。


「れいと君は?れいと君と、話したい、、、」

「熊谷、あいつは?」

「それが、連絡がつきません。メッセージが既読にもならないし、電話も出ません。私だからかと思うのですが、、、」

すると、アリスがなぎのスマホを勝手に操作した。何も恥ずかしいことはないので、なぎは特段気に留めなかった。


「あー、これまずくない?」

「!」


一同がアリスに注目する。

アリスも珍しく、真剣な表情だ。

アリスはなぎに届いたれいとからのメッセージを読み上げた。




「白鳥せつなに会いに行く」





ーーーーーーー



れいとが失踪した。


それは、ライブに出演する他のユニットにも告げられた。

ライブまで、あと二日。


「失踪!?」

驚いた声をあげたのはたくとだ。

この日、PPCに、年末ライブ出演のユニットのリーダーが集まった。

ほかに余暇のある仲間が集まった。当然、れいとのことを話すためだ。

召集をかけたのはなぎだ。

「ど、どうして、、、?」

ななみが不安そうにする。

ほかに、この場にいるのは、るき、ぎんたととうま、あつし、ひゅうが。

それから、つきは、エリック、ほまれ、とらちよ。

「いや、またかよ!あいつは姫かなんか!」

つきはが言う。未成年の失踪なので、事は重大だが、ファーレンハイトにとっては2度目だ。

「うちにも来てねぇし、、、どこ行ったんだ?」

るきもれいとを心配している。それだけではない。るきはリハの後からもなぎのことも心配していた。当然、それは隠していたが、ファーレンハイトのメンバーらにはばればれだった。

「もちろん、できるだけ手を貸すよ。」

「う、うん!メリの解散を食い止めることも大事だし、皆で力を合わせよう」

ほまれとエリックが、協力を申し出る。ふたりは学生なので、今は冬休みだ。

「あ、ありがとう皆、、、ほんと、迷惑ばっかりで、、、」

「迷惑なんてこれぽっちも思ってねぇよ。んな顔すんな」

「ほら!俺の言った通りだった!使徒は試練を乗り越えねばならない!」

あつしととらちよも続く。

「えと、そ、それでね、、、話さなきゃならないことがあって、、、れいと君の失踪というか、メリそのもののことで、、、」

「なぎ」

ひゅうがが止める。

「ひゅうが君、、、」

そう、あの後、れいとの家で、アリスがれいとからのメッセージを読み上げた後、一悶着あり、今に至る。

ひゅうがは夜遅くまでれいとを探してくれたし、熊谷も同様だった。落ち着かないなぎのそばに、アリスはずっといてくれた。れいとに連絡はつかない、家にもいない。せつなにも連絡はつかない。ふたりは会ったのだろうか。どこへ行ったのだろうか。


なぎは当然、れいとが心配で仕方がなかった。

どこへ行ってしまったのだろう。せつなと、何かがあったのだろうか。

れいとの家族は1週間帰ってこないようなら警察に相談すると言っていた。未成年にしては長いが、いなくなることはたまにあるらしいとのことで、逆になぎを気遣うくらいだった。


「、、、」


話さなくてはならない。

せつなの真意を。

すべてを知ったら、目の前にいる皆も、態度が変わるかもしれない。

それでも、話さなくてはならない。


「話があって、、、」

「なぎ」

「だ、大丈夫。話す。、、、自分だけ情報を隠して、皆に協力させるなんてこと、したくない」

せつなから移籍の打診はあったものの、当然、ひゅうが以内は、ことの経緯は知らない。

話さなくては、ならない。

なぎ自身にとってもそれは、辛い事だった。恥ずかしいことだった。心から信頼していた人物が、自分に対してした仕打ち。


それでも、話さなくてはならない。


れいとを思い出す。

まだ中学生だ。大切な相棒だ。自分が、守らなくてはならなかった。

今は、自分のことなどもはやどうでもよかった。メリも、ライブも。れいと本人を、どうしても取り戻したい。


「皆」


なぎは顔を上げた。


「メリ、、、メリ結成のいきさつの真相とせつな君のほんとの計画のことを、話します。それで、それを聞いた上で、、、今後も、れいと君を探すことや、俺たちを助けてくれること、、、考え直してほしい、です。」


なぎは、深呼吸をして、できるだけ、ゆっくり、話を始めた。

それは自分へ言い聞かせるかのような、自分を説得しているかのような、そんな口調だった。


「まず、せつな君は、俺と音楽がやりたくて、俺を勧誘して、メリを作ったわけじゃ、なかった」

「!」

その場の一同全員、突然の話に驚く。

皆はあまりせつなを知らない。

「と、待て待て、白鳥せつなだよな?」

るきが問う。特に、PPCに入ったばかりのるきは、せつなの情報を、ほとんど持たない。

「白鳥せつな。天才音楽家。PPCでの活動はマイペースで他者と交流を持つタイプでもなかったから、僕たちもあまり知らないんだ」

解説をしたのはほまれだ。

謎の多い人物。全員の共通の認識だ。

なぎは話を続ける。


「せつな君は、俺に、、、人を惹きつける才能があるって、考えた。それは、ただの人じゃなくて、皆みたいな、、、才能もあって、性格もい人たちのこと。それで、まず、熊ちゃんを、、、実験として、俺に会わせた。それで、実際熊ちゃんは俺と仲良くなってくれたから。それを見て、そう確信したみたい。」

会議室の隅に立っていた熊谷に目線が集まる。メリのマネージャー熊谷。なぎにべったりなことは有名だった。それにすら、ただならぬ理由があったというのか。

「それで、俺を使えば才能ある人物を集められると思った。だから、俺を、うまく、利用して、、、」

凪の、声が震える。

「な、なぎ君!」

立ち上がったのはななみだ。

なぎへ駆け寄る。

「話したくないなら、いいよ、無理しないで!こんな、、、こんな話、、、!僕は、白鳥さんは、なぎと楽しくメリをやっていると思ってた。それが、なぎを、ただ利用していただけだっていうの?ひどいよ!」

ななみにしては珍しく、強い言葉だった。親友のなぎを心から思っているのだ。

「う、ううん。、、、ありがとう、けど、話さなきゃ。」

「なぎ君、、、」

なぎは今にも泣き出しそうな声だった。

「メリを急に抜けたのも、計画だったらしくて。そうしたら俺は、新しい人材を見つけたり、クリエイティブイベントで他のユニットとコラボして、いろんなひとと親しくなる。そうしたら、俺のまわりに、たくさん、才能あるひとが集まる、、、」

ここで、一同は気づいた。年末ライブ。出演するのは全員、メリとコラボをしたユニットだ。偶然か、運命か。

「結果的に、白鳥の望むような人材が集まったのが、年末ライブの出演ユニットってわけか、、、」

ぎんたの発言がことの真相だ。

こくり、なぎがうなづく。

全員が、せつなからの、移籍の打診を受けている。

「し、白鳥さんの望むような人材って、、、?僕、そんなたいした人間じゃないけど、、、」

エリックが問う。

「ただのアーティストならごまんといる。そうじゃなくて、人格面も含めてってことだろう。」

「人格?」

答えたのはあつしで、さらに隣のとらちよが疑問を重ねた。


「、、、メリを見捨てずに助けようとする、だろ」

とうまが答える。

そう。自分たちは、解散を迫られているメリに手を貸した。困っている後輩への手助け。アーティストとしての相互関係。なぎやれいとを、見捨てられない。

これまでの状況が、せつなによる人事のジャッジだったのだ。そして、選ばれた者へ勧誘というチケットが渡る。GGI、グランレーベルへの移籍の打診。

一同はあまりの状況に、驚き、困惑していた。

白鳥せつな。

あまりにも、恐ろしい男。

それでいていまだに、真意がわからない。


「俺が頑張るほど頑張るほど、せつな君の思う通りになっていった。俺は何も気づかずに、、、この、状況にしてしまった。皆、なのに、優しくしてくれて、優しくしてくれたのに、、、」

なぎはゆっくりと頭を、下げた。深々と。


「ごめんなさい、、、」


涙声だった。

なぎ君、と横にいるななみまでつられて泣きそうになっていた。

すると、今度立ち上がったのは、ぎんただった。

なぎへ近づく。

しゃがんで、なぎを覗き込んだ。


「なぎ、話してくれてありがとうな」

「、、、」

なぎの肩をそっと支えて、顔を上げさせる。

「俺は、、、なぎの話を聞いて、改めて決めた」

にか、とぎんたが、笑った。

「なぎを助ける。」

「!」


なぎは驚いて顔を上げてぎんたを見た。

すると。

「僕も!」

「もちろん僕もだよ」

エリックと、ほまれが立ち上がる。

「俺たちも、な」

「言われなくても助けてやるっつーの」

つきは、るきが続く。

「サンライズも全員、なぎの味方だ」

「なぎ、使徒の指名を果たそう!銀河を守るんだ!」

あつしと、とらちよも、なぎへ視線を送る。

「み、みんな、話、聞いてた?俺のせいで、いろいろみんなに迷惑を、、、」

「迷惑だなんて思ってねぇよ!」

「青木先輩、、、」

「謝る必要もない。つーか、その白鳥とかってやつをぶっとばしてやりてー気分だよ!何様だっつーの!」

とうまは不遜に足を組み直した。

「皆、、、」

「なぎ」

「ひゅうが君、、、」

「メッセージの通りだ。真相を知っても、誰ひとり、なぎが悪いとは思わない。謝罪もいらないし、なぎを、、、白樺を、メリを助けたい。」

ひゅうがの声は落ち着いている。

なぎはひゅうがを見つめた。

昨夜、公園で、冷たい川に入ってまで、自分を迎えにきてくれた。それだけじゃない。ひゅうがには、過去に何度も何度も何度も何度も、助けられ、支えられている。

「どう、、、して、、、」

「なぎを助けたいから。白鳥の勧誘も断った。自分で決めたことだ。、、、お前に恩を返したい。生涯を、かけて。」

恩。

そう、あの時の。

それを、ひゅうがはいつも、口にする。

「つかよ、話してくれ良かったよな。白樺は白鳥と一緒にいるかも、なんだろ?話がすすんだじゃねぇか。早速探そうぜ」

つきはが話を切り替えた。ファーレンハイトなら情報通はすずだ。

「白鳥せつなの行動も考えるべきだな」

「それぞれできることをしよう。白樺くんの行き先、、、考えてみるよ」

「あっ、心当たりあるよ!」

たくとと、それからほまれも切り替えは早い。エリックも話に乗る。

皆、同じ気持ちだった。

白鳥せつななど、関係ない。

たとえせつなの計画どおりにことが進んでいて、せつなに操られていたとしても。

自分で選んだ道だと、胸を張って言える。言えるように。言えるようにするために。

ざわざわと、その場にいた全員が各々行動を始める。他のメンバーへの連絡や、相談。れいと捜索の道。


「皆、、、」


ひとりじゃない。

ぎんたが立ち上がる。

横にななみと、ぎんた。それからひゅうが、熊谷や見守る。

あの時の光景のようだった。


では、自分は。

仲間たちが人事を尽くしてくれているというのに、自分だけがいつまでも立ち止まっていていいはずがない。


決断を。

選択を。行動を。


「俺、、、は、、、」


後悔のないように。

本当に大切なもののために。


なぎはもう一度、頭を下げた。

なぎらしい、大きい声が、出た。


「みんな!ありがとう!!!!!」


一同、なぎが、立ち直ったのをしっかりと感じ取った。

真剣な、強い、眼差し。


「俺は、、、メリを続けたい!」

なぎは上着を着た。

れいとを探しに行くつもりなのだ。

「れいと君と歌いたい。解散したくない。来年も活動したい。ライブをしたい!みんなの、Pレーベルの一員でいたい!」


なぎは、ななみとぎんたのもとをそっと離れた。ひゅうがが見守る。

そして、壁際にいた熊谷のもとへ行って、腕をひく。走り出す。


「なぎ君!?」


珍しく、本当に熊谷が心から驚いているであろう顔をした。

「行くよ熊ちゃん」

「なぎ、君、、、!でも、私は、、、!」

「熊ちゃんにマネージャーでいて欲しい!」


「まだ俺の、、、俺たちのマネージャーでいて!これからも!力を貸して!」

「、、、!」


光。

せつなはそう言った。

さきほどの、会議室ではそれがわかる人物と、わからない人物が混在していた。

圧倒的な光。心奪うもの。心を癒すもの。人生の指標になるような存在。暗い海で行く末を示す灯台のように。真夜中の森で暗示をかける星空のように。

それに出会う側なのか。はたまたは本人がそれなのか。


せつなは言った。

たしかにそうだった。

なぜせつなは、あの短い動画でそれを感じ取ったのだろう。なんの変哲もないホームビデオだ。

なぜなぎを、選んだのだろう。


「なぎ君、私、私は、、、」


廊下をふたりで、走る。

なぎがふりむいて、にこりと笑った。


光。

一瞬の、刹那の、光。光の衝撃。

彼は見たのだ。

そして自分も今、やっと、見えた。


せつなの計画。彼の深淵。そこに近い場所にいると思っていた。違った。

なぜ、せつながメリを、メリと名づけたのか。


「なぎ君、もちろん、私でよければ、、、!」

「!熊ちゃん!」

「なぎ君、私は、、、酷いことを、なのに、あなたは、、、」

「酷いことなんて!今まだどおり、やっていこうよ!」

「何でも言ってください。どんなことでも。」

「うん!もちろん!いっしょにれいと君を探そう!年末ライブに出る!メリは解散させない!」

なぎが力強い表情をした。


やるべきは定まった。

いや、はじめから決まっていた。

ライブへの出場。

メリの存続。

れいとと、歌うこと。




なぎは熊谷と、時間の許すかぎりれいとの捜索を続けた。




ーーーーーーー






「情報を整理します」


れいと失踪から一日と、それからもう一日が過ぎ去ろうとしていた。明日が、ライブ当日だ。しかし。


「れいと君、、、」


れいとは、見つかっていない。

駅前のカフェで熊谷となぎは会っていた。

なぎは覇気がない。昨日も今日も、れいとを捜索したのだ。しかし、どこにもいない。連絡もつかない。せつなにもだ。いよいよ家族も失踪届けを警察に出すことを考えているという。

「まずはファーレンハイトの面々からの情報です。」

「うん、、、」

ほかのメンバーも、忙しい合間を縫って情報を集めたり、捜索に協力をしてくれた。他にも、ライブでの諸連絡やなぎの仕事を手伝ってくれた。


「三宅君が、れいとくんのスマホの動き、せつなのスマホの動き双方を調べましたが、どちらもつかめませんでした。またふたりの口座や、せつなのクレジットカードなどにも動きがまったくありません。監視カメラに映った様子もないので、繁華街なとにはいないのではないか、とのことでした。」

すずは相変わらず、そんな違法な捜索をどうやってやっているのか。情報はあまりに完璧だ。

「五十嵐君は、昔不良グループにいた頃の知り合いに聞いてくれたそうです。手がかりなし。他のメンバーも、自分たちなり白樺君を捜索してくれたそうなのですが、手がかりは掴めなかったそうです」

それから、他のユニットの報告も、熊谷から寄せられた。

サンライズ。あつしととらちよ、ゆうひ、ふれい、それぞれ自分たちのツテにれいとの話を聞いた。環境保護や人権擁護に熱心な知り合いが多かったために、未成年が行方不明とのことでかなりの人数が力を貸してくれたらしいが、これも手がかりはなし。

ミーハニアはほまれがかなりがんばったらしい。金の力だ。自家用ヘリで海上や山などを捜索した、と告げられなぎは開いた口が塞がらなかった。さらには海外の港や空港にも情報網を広げて調べてくれたらしい。あまりにも壮大な話だが、それでも手がかりはなかった。

ツインテイルは、たくとが、個人的にれいとを指導しているので、ふたりで行った場所などを回った。

それだけじゃない。カメラマンの道明寺や、るきの友人の井口など、れいとを知る人物は快く捜索に協力してくれた。

しかし、れいとはどこにもいない。


「ど、どうしたんだろう、、、どうして、、、」

焦る。

れいととの最後の別れを思い出す。

自分が、せつなから明かされた真実を受け止めるのに精一杯で、同じくらいにショックを受けていたであろうれいとを気遣うことができなかった。

なぜ、あの時、れいとを置いて飛び出してしまったのだろう。

「お、俺が、、、もっと、、、」

「なぎ君。なぎ君は悪くありません。それよりも、一旦、別のことを考えなくてはなりません。ライブのことです。明日です。このまま白樺君が見つからなかった場合、、、どう、しますか?」

「えっ、、、」

「なぎ君ひとりでステージに立つが、出演そのものをキャンセルするか、です。」


「、、、」

その選択肢はまるで、せつなに脱退を告げられた時のものと同じような選択肢だった。


ひとりでやるか、やめるか。


「明日のライブまでに決めなくてはなりません。」

「う、、、うん、、、。えと、、、」

れいとの顔を思い出す。

れいとなら、どうするだろう。

「私は、なぎ君ひとりでもステージに立つべきだと思います」

「えっ」

珍しく、熊谷から、なぎへ意見を述べた。熊谷は基本的に受け身で、なぎの意見を肯定する。先に自分の見解を話すのは珍しい。

「白樺君が帰ってくる場所を、守る。それが、なぎ君が今やるべきことだと思うんです」

「、、、!」

年末ライブに合わせて、れいとの作った曲。なぎの作った曲。これが、メリとして最後の曲になるかもしれない。

いや、させない。


「うん、、、!」


まだ、負けていない。

なぎは気持ちを切り替えるようにした。

れいとは心配だが、なぎはライブの演出の責任者だ。

「熊ちゃん、わかった。これから会場に行ける?最終確認をしたい!」

「はい。行きましょう」



ーーーーーーー


会場につく。

もうライブは明日なので、準備は整っていて、何も、することはない。


「あ、ここ、ちゃんと照明の角度直してある!」

なぎととうまが指摘した点などが改善されていた。会場を歩く。

「!」

無人の観客席に、ひとり女性がいた。

「悦子さん」

「お疲れ様さまです」

「お疲れ様、熊谷、凪屋君。」


PPC代表取締役波々伯部悦子。

「さっき、一ノ瀬君にも会いましたよ」

「るき君来てるんですか?」

「ええ。、、、白樺君は、、、」

「えと、まだ、、、」

熊谷が悦子に状況を説明した。当然、ことの次第は悦子にもすべて入っていた。

せつなのことも。


「明日は、メリはどうするつもり?」

「えと、俺一人でも、歌います。、、、最後になるかも、だから」

「そう、、、」

悦子はなぎをよく知っている。悦子自身なぎに恩がある。なぎを見捨てたくはない。そのために猶予を、チャンスを許した。それすら、せつなの計画だった。

「白鳥君のことは、、、何と言ったらいいか。私には理解できない情報量だった、、、。」

「、、、」

悦子が無人のステージを見つめる。

3年前のあの時を、思い出す。悦子がはじめてなぎを認識したあの日。

「けれど、あなたの努力を、私は認めています。白鳥君なんか関係なしに、あなたは素晴らしいアーティストです。」

「悦子さん、、、」

「明日、楽しみしています。、、、そうだ、聞かせてもらえる?今ここで」

「えっ」


悦子が提案する。

今ここで、なぎに、新曲を披露しろ、という話だ。

「えーと、いいけど、あ、れいと君のとこどうしよう、、、」

「そりゃ、俺だろ!」

ステージの前方から手を振る影。

「るき君!」

るきがなぎたちのところへ近寄ってくる。

「よ、大丈夫か?」

「う、うん、、、」

「明日までにきっとあいつ見つかるって。」

「うん、、、だと、いいな、、、」

るきは勤めて明るく、なぎを励ました。

「あなた、メリの新曲を歌えるの?」

「皆知ってますよ。皆で添削したんで。覚えました」

悦子の問いにるきが答える。

「なぎ君、歌えば、少し気分も、晴れるかもしれません。一ノ瀬君と、歌ってみては?」

「そっか、、、そうだよね、じゃあ、、、」

なぎとるきが、メリの新曲を披露することになった。悦子と熊谷が見守る。なぎたちがステージへ向かう。

「なんか新鮮」

「そうだね。ファーレンハイトのライブの時は、3人だったもんね。、、、俺、れいと君とるき君のデュオ聞きたい」

「じゃあ、来年だな。」

ギターを少し調整して、るきとなぎが並ぶ。

るきも楽器がかなり上達した。ファーレンハイトでは、楽器の担当はないが、今後はわからない。るきも、日々努力を重ねていた。

自分がリーダーに、、、などという大口は、今だって嘘ではない。


なぎのギターがイントロのメロディを紡ぐ。最初はなぎが歌う部分だ。

しかし。


「?なぎ、、、?」

なぎが歌わない。歌い始めない。るきが不思議そうになぎを見た。

観客席にいる悦子と熊谷も、何かがあったと悟る。

「なぎ、おい、どうした?」

なぎはぱくぱくと口を動かしている。

なぎ自身も何が起きているのかわからない、そんな状況のようだ。のどを抑える。


「なぎ、、、なぎ!」

るきの声に悦子と熊谷が急いでステージへ向かう。

なぎは、るきの手をとって、その手のひらに、ふるえる指で文字を書いた。





こえが、でない。






ーーーーーーー






「どうでした?」



病院。

熊谷と悦子と、それからるき。なぎを病院に連れてきた。熊谷が、医師から診断を聞いた。診察室から出てきたふたりに、悦子とるきが近寄る。


「精神的な理由、、、だそうです。」

「病気とか怪我とかじゃないってこと?」

るきが問う。

「はい、、、なので、、、いつ回復するかも不明、だそうです。」

「、、、!」


ライブは明日だ。

れいとの失踪。今度はなぎが、精神的な理由で声が出なくなった。

「なぎ、、、」

るきがなぎを見つめる。

なぎは顔面蒼白で、虚無を見つめていた。

「お家まで送って、ご両親に説明をしましょう。」

「わかりました。なぎ君、一ノ瀬君はどうしますか?」

「、、、」

悦子と熊谷、ふたりがいればなぎは大丈夫だ。

なぎは、どうして声が出なくなったのだろう。

れいとが、あいつがいれば。


「俺も、、、ついてきます。なぎの家まで」

4人で、なぎの家へ向かうことになった。


車の中は静寂だった。悦子が2回ほど、短い電話をかけたが、熊谷も、当然なぎも無言だ。

熊谷が運転して、悦子は助手席だ。

後部座席になぎとるき。

るきがなぎを見る。

何を考えているか、わからない。

普段明るく能天気ななぎがこの様子なのは、心配になった。

るきは考えた。れいとのことを。

なぎが回復するきっかけがあるとしたらそれはれいとの帰還以外に他ならない。

れいとを、探さないといけない。


車が進む。代表自ら、なぎの両親に話をするという。

代表は、メリに、いや、なぎに優しいというか、どうにも甘い、るきはそう感じていた。

それで、ファーレンハイトの、顔あわせの時を思い出した。ひゅうがが、るきに言ったこと。他にも、るきが入る前のファーレンハイトは全員がなぎに恩がある、と。

ずっと疑問だったことを、聞こうと思った。


「代表」

「なんですか?」

「ずっと気になってたんスけど、、、3年前、ファーレンハイトはなぎに助けられたって、何のことですか?」

「、、、」

「凪屋君このことは、、、」

悦子が鏡越しになぎを見る。

「なぎ君、話しても良いことですか?」

熊谷も確認する。すると、なぎは、こくりとうなづいた。

「、、、では私から話します。」

悦子か少し、換気のために窓を開けた。冷たい風が車内に吹き込む。


「クリエイティブイベント、それから年末ライブ。この2点は私が考えたことで、5年の歴史があります。3年前のクリエイティブイベントで、はじめてファーレンハイトは年末ライブに出場が決まったの。」

5年前。るきは少し、ひっかかった。聞いたことがある。確か、れいとの本当の父親の櫻井とかいうやつが、5年前にも何らかの計略で、PPCを潰そうとした、、、と。

「5年前、、、他社に大量にアーティストが流出する事件があり、、、PPCは大きく傾いたの。それを打開するために考えたのが、クリエイティブイベントと年末ライブなの。そして私が最も力をいれて育てたユニット、ファーレンハイト。この3つをPPC再建の柱に、私は社運を賭けて打って出たのよ」

「、、、」

るきがファーレンハイトに入る前の話だ。そして、誰も、教えてくれなかったことだ。

「ファーレンハイトは大いに成功しました。そして年末ライブ、、、これへの出演、ライブが成功すれば、PPC、Pレーベルの評価は一気に上がる。PPC再建の重要な足掛かり。絶対に失敗できないステージだったの」

だった。つまり、何かがあった。

「ファーレンハイト全員がライブ会場へ向かう途中、高速道路で事故があって、会場への到着が大幅に遅れることになったの」

「!」

そんなに都合よく、事故が起きるだろうか。るきは真っ先に、櫻井を疑った。妨害だ。あの男ならやりかねない。

「ライブに出演する他のユニットに、ファーレンハイトが到着するまでの前座を頼めないか打診したのだけれど、どのユニットも及び腰だった。」

それも、もしかしたら櫻井が手を回していたのかもしれない。何もかもが疑心暗鬼だ。

「誰でもいい。近くにいるアーティストに片っ端から連絡をしたの。唯一、前座をしてもいいと言ってくれたのが、、、」

「せつなだったんです」

熊谷が話に入る。

「その時せつな、なぎ君、私の3人はライブの観客として関係者席にいたんです。せつなに確認をしました。私はてっきりせつながステージに立って、ファーレンハイトが来るまでの前座をするのかと思ったんです。」

「思ったんです、って、、、まさか、、、」

るきは、驚いてなぎを見た。まさか。

「そう。白鳥君は、なぎをひとりで、ステージに送り出したんです。まだデビュー前の、まったくの素人のなぎを、、、」

「、、、!」

あまりの話に、るきはくらりとめまいすらした。

そんなことがあり得るのか。

「観客には、事故でファーレンハイトが遅れるので、訓練生が前座を務めるとその場でアナウンスし、凪屋君は一曲を歌い切りました。ひとりで。」

「、、、あんたはそれを承知したのかよ」

るきがミラー越しに熊谷を見た。

「ええ。せつなに、、、従いました。今なら、止めるでしょう。、、、ですがその時の光景は、、、私の人生で、、、最も色鮮やかな瞬間のひとつでした、、、」

「ただ、一曲では当然、間が持たなくて、2曲目も、ということになりました。その時に、凪屋君に協力したのが、ツインテイルの音村君と、ミーハニアの水島君なの」

「!」

「この日ふたりも観客としてきていたの。ふたりはこの頃は顔見知り程度だったそうよ。それでも、ひとりでステージに立つ凪屋君をみて、いてもたってもいられなくなったそうなの。ステージに乱入したと言ってもいいわね。ふたりは凪屋君の隣にきて、いっしょに歌ってくれたの。その後に、なんとか、ファーレンハイトが会場についたのよ」

ツインテイルのななみ、それからミーハニアのぎんたはなぎの親友だ。このことがきっかけだったのか。

「ステージから戻ってきた凪屋君の顔を今でも覚えています。、、、緊張や不安や、やりきったという高揚感や、様々な、、、複雑な機微をもった表情でした。せつなも凪屋君を褒めていました。きっとこの時にも、せつなは凪屋君が人を惹きつける才能があると感じたことでしょう。彼の実験のひとつだったんでしょうね」

「、、、」


るきは、なぎを見た。

なぎは俯いている。

ずっと疑問だったことが、ようやく明かされた。ひゅうががなぎに尽くす理由。

「これが、ファーレンハイトが、凪屋君に助けられたという事実の真相です。凪屋君のおかげで、ライブは成功したと言っても良いでしょう。そしてPレーベルは勢いを増して、PPCそのものの再興の礎ができた日でもあります。凪屋君には私個人からも、会社も、恩があるのよ。」

「、、、そのなぎのいるメリを解散させるってのは意味わかんねーけどな」

るきが悪態をつく。

素人が何万人もの観客の前でいきなり歌えるような偉業。それができるような精神の持ち主のなぎが、ストレスで声が出せなくなった。そもそもの原意は白鳥せつなで、メリの解散だ。

「ええ。私も抵抗したわ。けれど役員や株主は私のあやつり人形じゃない。ファーレンハイトだっていつメリと同じになってもおかしくないわ。ウチは実力主義。社内評価を覆すには、メリの実力を見せてもらうしかない、、、」

車がなぎの家へ近づく。駐車場を見ると、両親が揃っているのがわかった。

「なぎ君、大丈夫ですか。つきましたよ」

なぎは無言で頷いた。とにかく、家で休んだ方がいい。

「熊谷。行きましょう。一ノ瀬君はどうしますか?」

「、、、俺、も降ります。なぎの両親見たいし」

車が停車して、それから、るきがなぎを支えた。別にその必要なないのだが、なんだかそうしなければいけないような気がした。

当然、大所帯で押し寄せたので、なぎの両親は面食らっていたが、悦子にも会ったことがあるし、熊谷は言わずもがな。全員が、リビングに通された。妹たちが、なぎを心配して、なぎの側にきた。


「おにいちゃん?」

「おにいちゃん、おかえり言わないと!お兄ちゃん?」

なぎは心配をかけさせまいと、ぎこちなく微笑む。両親と、悦子、熊谷が話す間、なぎは妹たちが邪魔にならないように、リビングから続く和室へふたりを誘導した。なので、るきもそちらへついていく。

「あ、あの、、、もしかして、、、」

すると、みあが、るきを見て話しかけてきた。

「よう、俺は一ノ瀬るき。知ってるか?」

るきは妹ふたりに声をかけた。子供は好きじゃない。けれど、なぎの妹だ。

「は、はい!ひゅうが様の、、、あっ、ファーレンハイトの新メンバーの!」

どうやらみあはファーレンハイトのファンらしい。さらにかれんもはしゃぐ。こんな形でも、兄の友人の訪問は一大イベントだ。

「えー!かっこいい!れいと君と同じくらいだ!」

「こ、こら、かれん、、、」

「れいと君知ってる?かっこいいんだよ」

「あー、知ってる知ってる。けど、俺の方がかっこいいだろ?」

るきがからかう。するとかれんがわざときょとん、としたので、るきはかれんを追いかけるようなそぶりをした。するとかれんは喜んでその辺りを走る。

その様子を見て、なぎは少し、気持ちが落ち着いたようで、表情が柔らかくなった。

かれんがるきの背中によじのぼってきた。随分と人懐こくて遠慮のない子供だと思ったが、肩車することにした。


「なぎ」

るきがなぎに声をかける。

「さっきのあんたの話すげー驚いたよ」

「、、、」

なぎは喋れないので、無言でるきを見上げた。

「あんた、すごいやつだったんだなー」

そう言いながらるきはかれんをあやす。

みあがかれんを注意する。凪屋家のいつもの光景。珍しく、るきが素で笑っているような気がした。

るきの家とは真逆の凪屋家が、新鮮なのかもしれない。適度な汚れ、生活感。子供のいる家庭のにおい。

「いやマジで、最初会ったとき、なんだこのちんちくりんって思ってさ、なんか邪魔してくるし、なんだこいって、、、」

るきとの出会いも、れいととの出会いと同じ日だ。

「あれから、いろいろ、あったよな」

「、、、」

「な、明日、ライブ来るよな」

「!」

歌えない。声が出ない。れいともいない。行っても、何もできることはない。

「れいとのこと、待とうぜ。ステージで。歌えなくたっていい。俺が隣に立ってやるよ」

「、、、」

「だから、来いよ。簡単だろ。あんたならさ。信じてるよ。できるって。」

少し前に、るきが言ったことを、なぎは思い出した。


おまえの、ふたりの、味方でいる。何があっても。だから、、、


ファーレンハイトとのコラボで、れいとが攫われる前の、夜の河川敷。るきの、弱々しい声だが、はっきりと聞こえた、本懐。


「、、、」

「泣くなよ、、、」

気がつくと、涙が出ていた。

「おにいちゃん?」

「おにいちゃん!」

妹たちが心配そうにしている。

るきはかれんを下ろして、それから妹たちがティッシュを持ってきたので、それをなぎに渡した。

「明日な」

なぎが頷く。

何度も頷く。

あの日、あの夜の、河川敷で、るきが決めた、覚悟。ふたりの味方でいる。最後まで。

るきは妹ふたりにそれぞれ、手を振って、それから悦子と熊谷のもとへ行った。

ふたりともちょうど話を終えたようだった。

るきも頭を下げた。

「おじゃましました」

「あ、いいえ。なぎのために、わざわざ来てくれてありがとう」

なぎの母親。なぎに似ていると思った。

「るき君、よね?れいと君と、るき君っていう、すごく仲の良いお友達がいるって、なぎがよく言っているから、、、今度、ぜひ遊びにきてね」

「え、、、あ、っす、、、はい、、、」

友達。なぎは普段、どんな話を親とするのか。親との交流のほぼないるきには想像もつかない世界だった。

「あの、俺も、、、」

何を言えばいいのか。見舞いの言葉か。きっと悦子と熊谷から散々聞いた。

「なぎ、君、のこと、なんでも、力になります。えーと、おだいじに、、、」

熊谷がくすりと笑った気がした。るきの年相応な面がおかしいのだろう。

また悦子が、丁寧に挨拶をして、三人でなぎの家を後にした。


「なぎ君、何か言ってましたか」

「あー、、、明日、送迎。なぎを会場まで連れてきて」

「!」

熊谷の問いに、るきが答える。

「あいつは、、、立ち直る。大丈夫。強いやつだから。けど、状況が改善しないといけない。」

「、、、白樺君ね」

白樺れいと。彼の存在がキーだ。

「けど、れいとも、、、強いやつだ。だから、、、、俺は、、、なぎと、ステージで待つ。れいとは、絶対に来る。メリはライブをする。人気投票で、3位以内に入る。必ず、来年もメリとして、あいつらふたりで歌う」

熊谷はあまり、るきを意識したことがなかった。生意気なルーキー。しかし、どうだろう。強い眼差し。たしかに、50000人の頂点に立つだけのものを持つ。ファーレンハイトの一員だけはある。彼もまた、特別な人間なのだ。


れいとはせつなに会ったのか。

ふたりはどこへ消えたのか。

ライブへ間に合うのか。

なぎは声を取り戻すことができるのか。

メリは解散を免れることができるのか。


嫌でもすべてが、明日、決まる。





ーーーーーーー


ライブ当日。

朝からSNSやニュース番組の芸能欄はライブのことで持ちきりだ。PPCのPレーベル中でも生え抜きが集う年末ライブ。さらに今年は注目度の高いユニットが揃った。このライブの成功はPPCのさらなる飛躍に繋がる。


なぎが自宅を出る。熊谷が待っていた。

もちろん、れいとはまだ見つかっていない。

なぎの声も出ない。


「それじゃあなぎ、後でね」

今日は、なぎの家族も、関係者席に来る。全員だ。なぎはにこりとした。家族に手を振って玄関を出る。

「なぎ」

なぎが車に向かうと、母親が追ってきた。

「なぎ、、、よく、かんばったね。」

「、、、!」

「いつでもなぎを応援してるよ。これからも。」

「、、、」


なぎはにこりと笑って、それから車に乗り込んだ。

「なぎ君、体調は?」

なぎは珍しく、助手席に乗った。

熊谷に、スケッチブックを見せる。そこに、大丈夫と書いてあった。れいと君は?とも。

「、、、白樺君はまだ見つかっていません、、、」

熊谷の声も心なしか暗い。

当然、なぎも、れいとへの心配や、メリや自身の今後を考えると、能天気にしてはいられなかった。


話せなくなってから、なぎは、考えた。

最初は、病院では、どうしたらいいか戸惑うばかりで、とにかく頭の中がパニックだった。しかし、家について、普段と変わらない様子でなぎを気遣ってくれる家族と接して、ようやく心が落ち着いてきたのだ。


何も、変わらない。


メリが解散したとしても。

家族はそばにいてくれる。

仲間や、友人もきっと。

年末ライブに出るとのことで、普段交流のあまりない級友が応援してくれたり、もちろんからんところんもなぎをねぎらいに来た。


何も、変わらない。


熊谷が悦子は自分を過大評価していると思う。自分はそんな大それた人間じゃない。

メリが無くなれば、ただの平凡な普通の男子高校生だ。それでもいい。

ただ、最後まで諦めない。

応援してくれる家族や、仲間や友人に、恥ずかしいような真似はしない。

何より、やるべきことがある。


れいとだ。

れいとを、待つ。


彼は来る。

ふたりで最後まで、メリとして歌う。

そう、誓った。

彼は約束を破らない。

必ず、来る。


車は、ライブ会場へ近づいていった

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