9話 『命名』
「あ、僕はナギだよ。えっと……」
少年の後ろを付いていくと、ふと思い出した様に少年が名乗った。
名前については興味無いが、それよりこの少年の姿に違和感を覚える。
やけに軽装過ぎやしないだろうか。
辺りに渦巻く魔力の質からしてもここは迷宮の最終層に違いない。
そんなナギと名乗った少年の腰にはナイフが1本しかぶら下がっていない。
余程の手練れか、ナイフ自体が上等品なのかとも思うが、どちらにもその様な気配は感じられない。
「あー、そうか。僕が名前を付けないといけないのか」
どうやらナギはおいらの名前を考えているらしい。
確かに産まれたばかりで名前などは無い。
前世にはあったのかもしれないが、親とも呼べる竜種から引き継ぐのは記憶ではなく知識でしかない。
有名な個体ならいざ知らず、只の竜種の名前が知識のレベルまで昇華しているとも思えない。
仮に記憶があったとしても、それはやはり別の個体であるため名乗るつもりもないが。
「んー、そうだなー。そのままじゃあれだし……聞いてみるか。なぁ、トが良い? それともス? もしくはクとか? 後良さそうなのは――――」
「グガ!?」
まさかの1文字。
知識レベルの古代の竜種では、6文字程度の長さ、濁点を含んだ、聞いただけで脅威の象徴と感じられる名が付けられていると言うのに、流石にそれは無いのではないだろうか。
「そうか、クか。僕もそれが良いと思う」
抗議のつもりで出した声だったが、全く伝わっていなかった。
タイミング的にクと言う名前に反応したと思われた様だ。
特段、変な名前を付けられたからといって支障は無いが、意思がこうも伝わらないのは如何なものだろうか。
そうか、別に言葉でなく行動で示せば――――、
「じゃあ、アルク。これからよろしくね」
爪で引っ掻く事を検討していたところだったが、どうやら1文字ではなく、決まっていた2文字に続く文字を考えていたらしい。
「グガ?」
何故その2文字なのか、それが気になったが流石に伝わらないか。
とりあえず、抗議する時は引っ掻けば良い。
後は鳴き方の違いを設けて、肯定か否定を伝えられる様にすれば多少は意志疎通が楽になるか。
「あー、アルって名前はね。父さんがテイムした最強のドラゴンなんだって。世の中では倒したって言われてるけど」
偶々だろうが、聞きたい事をナギが答えてくれた。
ナギは簡単に話しているが、只の人間が竜種を倒せる筈も、手懐ける事も出来るとは思えない。
何か伝説級のアイテムを使ったか、そのドラゴン――竜種の気まぐれによるものではないだろうか。
とにかく、そいつがナギの父親の近くに居るのであれば、会って話してみるのが早いだろう。
「グガ」
「あぁ、そのドラゴンは父さんと一緒に僕が小さい頃に未帰還者になっちゃったみたい。母さんは生きているって言ってたけど、それはどうなんだろうね」
今回も聞きたい事の応えが返ってきた。
もしかすると、ナギも段々と意志を汲み取れる様に慣れてきたのかもしれない。
未帰還者という言葉は不明だが、要するに行方不明という事だろう。
しかし、竜種も共にという事ならば、確かに簡単に死亡したとは思えない。
その母親の言う事も強ち根拠が無いとも言いきれない。
「グアア」
「あー、気にしなくて良いよ。だいぶ前の事だし、もし居たとしたらそれはそれで人目が気になるしさ。今はスズ――妹と放任生活を楽しんでるんだ」
放任の結果で、迷宮の奥にまで入ってくるなんて無謀な行動を引き起こしている訳だがそれは大丈夫なのだろうか。
しかしだ、今までの話を重ねると1つおかしなところがある。
ナギには父親も母親も妹も居るらしい。
反転世界からの転移者は稀であるが故に天涯孤独になる可能性が高い。
それが偶々知り合い2人という事はあっても、家族全員ともなるとその可能性は限りなく低くなる。
そうなると、偶然転移に巻き込まれたと言うよりも、もっと大規模な事故の様なものが発生したのではないだろうか。
「グガァァ」
「そうだよな。折角来たんだし、他に何か無いか調べてみよう」
ナギの不憫な運命を憂いた言葉だったが、流石に伝わらなかった。
勘違いしたナギは無警戒にフロアの奥へと向かっていく。
普通なら危険な行動であるが、この階層には特別魔物の気配を感じない。
その理由は恐らくおいらが居たからだ。
より正確に言えば、おいらを産んだ竜種が居た筈で、その住み処に他の魔物がおいそれと入れなかっただけだろう。
尤も、これだけ大きなダンジョンであれば、1つ上の階層も強力な魔物が1体フロアボスの様に君臨している筈だ。
この階層に入るならばそいつ位で、そいつが最下層に来るつもりが無ければ他の魔物は入る余地はないだろう。
しかしながら、そんな所にこんな子供が入り込んでいるので一概にそうだよも言えない訳だが。
「おー! すげー。こんなにあった! でも、全部は持ち帰れそうにないかな」
先に行ったナギから驚きの声が聞こえてくる。
いったい何にそんなに驚いているのかと、声のした方へ歩いていくと、確かに驚くべき物の山がそこにあった。