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6話 『竜殻』

「そうか。あの黒竜は既に竜殻(りゅうがい)であったか」


 竜種は、存在が潰えると卵へと還元する。

 だが、自ずから卵を産み出す事も可能ではある。

 完成された生物であるため子孫を残す意味も無く、わざわざその様な行動を取る意味がないだけだ。

 そもそも、子孫という概念は存在しない。

 卵を産むと、竜種が持っているエネルギーのほぼ全てが卵へと持っていかれる。

 つまり、繁殖と言うよりは転生の方が近い。

 なんらかの理由でエネルギー切れ――いわゆる死を迎える事は稀にあるとしても、黒竜の様に自害する竜種など殆ど例が無いだろう。


 だが、黒竜がそんな選択をした理由には想像が付く。

 言わば意地の問題だ。

 恐らく、アーティファクトを取り付けられた後も操られる事に抵抗していたのだろう。

 その抵抗も永くは続けられないとみて、自ら死を受け入れた。

 つまりはそういう事だ。


『竜殻?』


 どうやら神族でも聞き覚えの無い言葉だった様だ。

 自ら死を選択する竜種が極稀である上に、竜殻を形成する条件も重なるとなると、確かにそれは伝説急の話になる。


「なんて事はない。あらゆるエネルギーは卵へと還元するが、歳を重ねる事で増大する身体だけは別物だ。それは全体と比べると微々たるものであるが、重ねた年月が限りなく大きければ、暫くの間身体の形状が維持される事がある」


 竜殻を加工するとアーティファクトになるなんて話もあるが、黒竜に関してはアーティファクトで竜殻自体を動かしている状態だろう。

 つまり、あの黒竜は既に意識の欠片も残っていない只の遺骸にすぎない。


「グオオオオ!」


「来たか」


 小娘がフロアを召喚した事により、閉めきられた監獄の様相は消え去っている。

 つまるところ、窓の様な外と通じる箇所が出来ているが、そこから黒竜が顔を覗かせていた。

 だが、その飛び方はどうにも弱々しい。


 それもその筈。

 竜殻である以上、エネルギーは自動的に回復しない。

 ブレスという大規模な出力をした以上、消耗して当然だ。


「グアアアアアアア!」


「くっ! やはり、理性の欠片も存在しないか」


 今にも消えて無くなりそうな黒竜であるが、その口許には再びブレスの為のエネルギーが溜まっている。

 それが黒竜の最後の力である事は言うまでもないが、そんなものをおいそれと食らうわけにもいかない。


「その卵と共に離れておれ」


『え……? あ、はいっ!』


 小娘は危険に気づいていなかった様だが、俺も対抗するようにブレスを溜め始めたのを見てやっと距離を取り始めた。

 建物の中に居る以上回避は難しい。

 であるならば、ブレス同士の撃ち合いがこの場では最良の選択だろう。


 本来、黒竜のブレスと俺のブレスがぶつかれば当然黒竜のブレスに軍配があがる。

 だが、黒竜は竜殻且つブレスを1度撃った直後だ。

 十分に勝ち目はある筈だ。


 先程一瞬溜めたブレスの起点――その小さな灯火へ体内から溢れるエネルギーを巻き付けていく。

 そこに込めるエネルギーは全力だ。

 ブレスを撃った後の事を考える余地はない。

 それだけ、もはや燃えかすに過ぎない筈の黒竜から危険な香りが漂って来る。


「ガアア!!」


 来た。

 黒竜の顎が開き、そこから黒い奔流が放たれた。

 それを受け止める様に俺も赤く揺らめくブレスを放つ。

 それは塔の壁を突き破り、空中の中心で拮抗する。


 暫くその状態で静止していたが、何故か徐々に押され始めた。

 俺の出力が減った訳ではない。

 向こうの出力が上がった為だ。


 エネルギーを生み出す事が出来ない筈の黒竜がどこからそのエネルギーを調達したか。

 その理由は見れば判る。

 黒竜の尻尾、後ろ脚、前足、その他胴体に至るまで、身体がボロボロと崩れ始めている。

 もはや身体を構成する基礎エネルギーまでブレスに供給した為だ。

 

『あ、わ……私に出来る事は……』


 神族であれば竜種に対抗する技術は持ち合わせている。

 だが、それを竜種である俺に聞いてくる時点でこの小娘にはその様な知識も技術も無いのだろう。


 だが、その必要はそもそも存在しない。

 俺も未知であった体内のエネルギーの総量であるが、今回のブレスでようやく底が知れた。

 そこで撃ち負けると覚悟したのだが、それはつい先程の事だ。

 今は逆に余裕すら感じる。


 結局、何が起こったのかまで理解は進んでいない。

 全力でエネルギーを込める事で、確かに一度枯渇した。

 だが、そこでいきなりエネルギーが全快した。

 エネルギーがタンクの様な物であるならば、それが丸ごと入れ替わった様なイメージだ。

 恐らくこれが、俺が持ち合わせていた特性――もしくはその片鱗だろう。


 とにかく、そうして復活したエネルギー。

 それを惜しみ無くブレスに注ぎ込む。

 その結果、俺が放っていたブレスの太さが倍増し、黒い奔流をそのまま呑み込んだ。

 そして今度は止まる事なく黒竜まで呑み込み空へ赤い線を残すと、そこで初めて薄れる様に消えていった。


「さて、これで本望だろう」


 黒竜が居た空中にはもう何も残っていない。

 耐久度が高く破壊が困難なアーティファクトですら、2回分のブレスを受けて跡形もなくくだけ散った様だ。

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