4話 『風穴』
重い。
黒竜が生み出す一撃はどれも想定よりも重く、俺の鱗越しにダメージを与えてくる。
一方、こちらの爪や牙は黒竜の鱗を貫く事ができていない。
これが、重ねた年数の違いによる体格の差なのだろうが、見た目よりも5割増し程になっている。
それが只の見間違いであれば俺の目が節穴であるだけであるが、どうにもそれとは違うようだ。
「そんなに力んでおるとエネルギー切れを起こすぞ。……言うても無駄か」
「グアアアア!」
竜種同士の戦いでは、基本的に生死によって決着はしない。
生物として完成されているが故に、致命傷という概念が存在しない。
仮にその様なダメージを負った場合でも、内包しているエネルギーで治療可能だ。
では、そのエネルギーが尽きれば死亡するかと言えばそうとも言い切れない。
ある程度の域を超えると復活のみを目的とするエネルギーの塊――つまり、卵へと還元する。
その際、ある程度の知識も継承されるが、流石に意識は別物になるので、個体としての死と捉える事もできるのだが。
とにかく、黒竜の力の使い方は荒い。
竜種の戦いは本来エネルギーの消耗戦となる筈であるにも関わらず、こうも無駄使いされたとなれば、ただ相手の攻撃を躱すだけ、ただこちらの攻撃を当てるだけで勝負が決してしまう。
まして、降参する知性も失われているとなれば、その先の結果まで予測できる。
「しかし、こうも知性の欠片すら残っておらぬとはな」
拍子抜けも良いところだ。
己れのエネルギーの限界を調べる良い機会だと考えた先程の思いは既に露と消えた。
精々、黒竜の重い攻撃を数回食らったとしても、エネルギーの底は見えなかったくらいがせめてもの収穫だろう。
他の収穫を得ようとするならば、1つ気になることがあるのでその確認だろう。
それは黒竜が身に付けている首の鎖――アーティファクトの効果だ。
これだけの古竜の意識を完全に封じ、尚且つ操れるなんてとんでもない。
将来的に俺に使われる事も危惧して、せめて知識だけでも知っておく必要がある。
それを知っている者――黒竜を操っている者がいる場所の候補は2つだ。
1つは塔の地下、もう1つが塔の最上階だ。
そこに大きな反応が2つある。
地下の方は恐らくアカネ達が向かっていることだろう。
となれば、向かうべきは最上階だ。
「さて、折角だ。付き合って貰おう」
俺は黒竜に背中を向けると、塔の最上階へと真っ直ぐ飛び始めた。
当然それを黒竜は許す筈はなく、俺を追い掛けてくる。
脇目も降らず全力の飛行であるが、直ぐに俺の視界を影が覆った。
俺の真上、そこに既に黒竜が居た。
恐らく黒竜は飛行時の加速にもエネルギーを使っている。
俺も真似したいところだが、エネルギーを無理やり捻出する術を未だ心得ていない。
とにかく、マウントを取った以上黒竜がする事は1つだ。
「ぐっ!」
身体を回転させる様に回避したつもりであったが、黒竜の爪が僅かに触れた様で右側の翼の皮膜が裂かれた。
それにより高度がガクンと落ちるが、翼で風を掴み持ちこたえる。
既に翼の皮膜は完治している。
代わりに内包しているエネルギーは減っている筈だが、この程度で尽きる事は無いと判明したので今はエネルギーの残量は考慮に値しない。
自分の身体ながら、俺が内包しているエネルギーの残量は未知である。
産まれた時からかなりの量があり、通常の竜種とも異なるだろう事は把握していたが、親と呼ぶべき竜種からその知識は引き継いでおらず、謎の特性となっていた。
そのエネルギーを使用する方法も2つしか認識していないので調べる事も出来ていなかった。
1つ目はダメージを受けた際の自動回復。
そして2つ目はエネルギーを圧縮し前方へ放つ竜種の奥義――ブレスだ。
これまでも何度か使った事はあるが、通常の物質であればどれも消し炭になってしまい、威力の上限がどこにあるのか不明だった。
そのブレスを体内に溜め始める。
「グオオオオオオオオ!」
「来たか。やはり判りやす過ぎる」
背後から危険な気配を感じたため、今度は一気に飛び上がる様にその場を離れる。
その結果、その場所――俺の身体の下を黒い閃光が走り抜ける。
黒竜のブレスだ。
俺がブレスを溜め始めたのに反応して撃ってきたのだろう。
そして、狙いもストレートであったため、方向の調整も余裕だった。
「予定通りだ。さて、いかな者が待ち受けている事やら」
黒竜のブレス――それは塔の最上階の側面を掠める様に当たった。
その結果、塔の最上階に俺も通れる様な風穴が空いている。
世界の崩壊により発生する赤い粒子は、今も塔の屋上から吸収されているが、どうやらその先は地下ではなく最上階に集まっている様だ。
それが風穴から見てとれる。
つまり、どうやら塔の最上階に居るのはこの世界を創造した神族らしい。
こんな崩壊する世界なんてものを作った者が竜種を操る様な知性があるとは思えないので、黒竜を操っているのは恐らくアカネ達が向かった地下にいる方の存在だろう。
そんなちぐはぐな2つの存在が同じ建物に居る理由は不明だが、そいつの顔を拝んでみれば判明するかもしれない。