33話 『依頼』
「ヤスタカ、何か困った事でもあったのか?」
少女の依頼に我が応えるより前に、ハヤトが近くに居た大柄の少年――ヤスタカと言う名前らしい――に質問した。
「あぁ、具体的に言えば天使だ。昨日の夕方頃に空から落ちてきたらしい。場所は塗壁が居た辺りだな。傷だらけだったが治療は終わっている」
天使と来た。
人間の言う天使とは、具体的に言えば翼の生えた人間の姿を言う。
そして、その姿は神族の姿そのものである。
この場所、このタイミングに現れる神族で一番最初に思い当たる存在と言えば、当然小娘だ。
魔物に見つからない様、コアの出力まで抑えて存在を隠していた訳だが、見つかってやられたとでも考えれば辻褄も合う。
「なるほど。何処にいるんだ?」
「直ぐそこだな」
ヤスタカが示したのは、この部屋の出口だが、ここが簡易的に作られた病室であるとすれば、別の病室があると考えて良いだろう。
ハヤトはやはり怪我は無かったようで、そそくさと靴を履くと、ヤスタカの示した病室の方へ向かった。
「協力的なのか?」
「まぁ、襲ってくることはない。モンスターとも違うのだろう。だが、会話が困難でな」
すんなりとハヤトが居た病室から、近くの別の病室へと移動する。
その部屋に入ると、案の定ベッドの上に翼を携えた少女が座っていた。
だが、その翼の色は予想していた色ではなかった。
着るものから髪、そして背中に広がる翼まで、その全てが白一色だ。
強いて言えば肌のみがやや赤みを帯びていると言えるが、別に小娘の属性が突然切り替わったとかではなく完全に別の存在だ。
「ハヤト? カグラが何処に居るか知らない?」
その相手は、我――いや、ハヤトの方を見ると神族の世界の言語で尋ねてきた。
この言語は昔、水の世界に住んでいた神族と交流を取るために覚えたが、あまりに効率的に情報を伝える事に特化していて、情緒が無く好きな言語ではない。
「頑張って解読しているんだがな。『ド』が『あなた』、『ク』から始まる言葉が動詞なんじゃないかとは思うんだが、検証に協力してくれる様子はない」
「アル、なんて言ってるんだ」
まぁ、小娘を除く神族の愛想の無さはそんなものだ。
特にこいつに至ってはその傾向は顕著だ。
小娘が居ないため、翻訳魔法も掛かっておらず、その印象も底上げされている。
「なんだ、誰かと思えばあの小娘の取り巻きではないか。通訳はしてやるが、面倒だから我の事は話すでないぞ」
ヒルデ――小娘の従者だ。
我が最初に小娘と出会った際には居なかったが、そこで悪魔に捕らえられた事件に遭遇した反動か、以降は小娘のお目付け役として共に居るようになった存在である。
転移の直前には小娘と別行動を取っていた様だが、そんな存在が何故こんな人間の集団の中に居るのか、そして肝心の小娘は何処に行ったのか。
一応、我の声が聞こえる様になるには、アミュレットに接触する程の何かが必要な筈だ。
初対面な今であればまだ聞こえるとは思えないし、実際に聞こえていない様だ。
「言っている事はシンプルだ。こやつも小娘を捜しているらしい。なのでこう言ってやれば良い。ネクルクアと。知らんという意味だ」
『ネ』を付ければ否定になる。
ただそれだけの言葉だ。
「えっと、カグラが何処に居るかは判らない」
これは驚いた。
ハヤトは教えていない単語だけではなく、文章として返事をしていた。
この程度の理解をするのは難しい話ではないが、人間が知らない言語をいきなり使える訳がない。
そうなると、何処かで聞いた事があることになるが、それは何処だろうか。
「残念……。それなら回復を優先する」
その言葉の通り、ヒルデは目を閉じると座ったままの姿勢で直ぐ様寝息をたて始めた。
翼が邪魔になるとはいえ、なんとも器用なものだ。
ヒルデは小娘の従者でありながら、死神という異名で怖れられる存在だ。
この眠りへの早さ、そして体勢は例え寝ていたとしても危険が及べば直ぐに動き出す為のものらしい。
ただ、逆に危険さえ及ばなければ全く起きてこないところは、主と似たり寄ったりではある。
とにかく、この状態になった以上これ以上の会話は不可能だ。
「なんて言ったんだ?」
ハヤトはある程度の文法までは理解している様だが、流石に聞き覚えの無い単語が混じっていた様なので教えてやる。
「残念、じゃあ寝る、だと。まったく、相変わらず主と同じで無口なやつよな」
尤も、小娘の方は話そうとしながらも上手く話せていない印象だが、ヒルデの方はそもそも会話自体を求めていない印象ではある。
とにかく、ヒルデは寝てしまった以上、こやつから情報を引き出す事はできなくなった。
ともすれば、ハヤト達が持っている情報の確認に戻るのが良いだろう。
「さて、こやつなら特別敵対することもないであろう。であるならば、先程の確認作業の続きといこうではないか。我もお主らに確認したい事がある故な」
「そうだな。じゃあ、さっきの部屋に戻ろうか。俺も意識が無かった時に何が変わっていたのか知る必要があるし」




