3話 『黒竜』
「おー、同じドラゴンでもおじいちゃんとは乗り心地が違うね」
竜種を乗り物の様に扱うアカネだが、いったいどの様な環境で育てばこうなるのだろうか。
それに、やはり紫色の小竜は身体を大きくする事は可能なようで、それならば何故わざわざ俺を捕まえたのか理解できない。
「主に属性が違うからであるな。体表から判るであろう。儂は紫、こやつは赤である。風を遮る事はできなくとも、寒くはない筈だ」
俺の疑問は余所に、紫色の小竜が属性の話をアカネにし出した。
属性は基本、魔物の体表に現れる。
紫ならば、それを司る属性は『風』だ。
騎乗するならば、空を飛ぶ際に吹き付ける風を完全に封じる事ができるので、やはり紫色の竜に乗る方が俺に乗るよりも適している様に感じる。
とは言え、そこは考えても仕方がない。
俺の役目は既に目と鼻の先にある塔への入口へ、アカネ達を運搬することだけだ。
それさえ完了すれば、俺を解放するとの契約だ。
それならば、変に介入する必要もないだろう。
「ほら、もうすぐ着くぞ。塔の入口で良いのだろ?」
断崖絶壁の岩の上、そこに聳え立つ塔の入口は普通に1階部分にある。
その入口は俺でも通れる程のサイズであるが、そのサイズであるのは神族の建物にしては珍しい。
神族には翼があるので、通常そこまでの広さは必要がない。
あるとすれば、アーティファクト級の特殊な乗り物や、大型の生物が出入りする目的があるくらいのものだが。
「うん。ありがと。ここまででいいよ。……後、ごめんね」
「なに、気張ればなんとかなる。頑張るのだな」
「きゅきゅい!」
アカネ達は不穏な言葉を残すと、未だ空中であるにも関わらず、俺の背中からいきなり飛び降りた。
そのまま落下すれば、只の人間であるアカネに対処法はない。
だが、それも杞憂だった。
アカネの背中の鞄を紫色の小竜が掴み、翼を広げて滑空を開始していた。
しかし、何故小竜のまま翼だけを大きくしているのだろうか。
それではまるで大きくなって目立つ事に何かデメリットがある様ではないか。
「――――うおぅっ!」
そんな事を考えて警戒していた為だろうか、唐突に何かの気配を感じると同時に身体を捻ることでなんとか回避が間に合った。
異変はアカネ達が向かった塔の入口にあった。
そこから黒いエネルギー波が放たれ、それが俺の僅か横を通り過ぎていった。
その攻撃を行なった張本人、そいつはのっそりと入口から現れた。
「珍しい事もあるものだ。竜種が同時に4体も居るなんて殆どあるものではない」
塔の入口、そこから出てきたのは黒い鱗を持った竜種だった。
その身体は大きい。
その大きさからある程度の年齢が類推できるが、この黒竜は老竜や古竜と呼んでも差し支えのないレベルだ。
基本的に竜種は産まれた時からほとんど完成された状態である。
そのため年齢が高ければ強いと言う訳ではないが、単純な身体の大きさ、知識の多さ、エネルギーを溜め込んだ時間といった要素により、通常は年齢の高い竜種の方が強いと言われている。
「しかし、やってくれる。俺は囮という訳だな」
黒竜は塔の入口を飛び出し、外敵の親玉である俺へと向かってきた。
途中に居る矮小な人間――アカネ達を無視してだ。
恐らく、アカネ達は黒竜が居る事を知っており、そいつとの戦闘を避ける為に俺を巻き込んだのだろう。
この黒竜と紫色の小竜では、恐らく黒竜の方が歳を重ねている。
だが、紫色の小竜の方が明らかに強い。
それは生物的な本能で感覚的に伝わって来るが、その理由は主に黒竜の方に問題がある。
「アーティファクトか。竜種ともあろうものがその様な物を付けられるとは」
黒竜の首、そこに巻き付けられているのは鎖だ。
だが、只の鎖とは言えず禍々しい黒いオーラが漂っている。
その効果は黒竜の眼を見れば明らかだ。
光が殆ど宿っていない。
つまるところ、何者かに操られているのだろう。
アーティファクト――古代の遺跡から発掘されたり、伝承にのみ伝わっているアイテムである。
例えば、殺戮兵器とされる空中要塞、破壊不能な魔剣、あらゆる存在を封じる宝飾品、魔物を使役する板、そして、世界を創造するコアもその一つだ。
それらは、神族や竜種よりも起源が古く、どうやって生まれ、どの様な理屈で動いているかは判っていない。
判るのは精々どうやれば使えるかという、試行錯誤の上に判明したものに過ぎない。
とにかく、生物として完成している竜種を縛る事が可能なのはアーティファクトでしかあり得ない。
「グガアァァァァ!」
「どんなに上位の竜種であっても、その身体を操る知能が無いのであれば、只の獣と変わらぬ」
アカネや紫色の小竜に良い様に扱われたのは癪であるが、この黒竜は少々不憫である。
せめてもの竜種の矜持として、葬ってやるのもまた竜種たる俺の役目だろう。
産まれてこのかた全力を出すことは無かった。
竜種としての己れの力――そして産まれた時より授かっているある特性を確認するまたとない機会でもある。
その意味では、こんなチャンスをくれたアカネ達に感謝しても良いくらいだ。