2話 『食事』
竜種には世界を渡る力がある。
しかし、いきなり数次元も異なる未知の異世界へいきなり渡れる訳でもない。
精々、神族の造り出した模倣世界間、もしくはその模倣元の世界くらいだ。
そもそも異世界と言っても、模倣元の世界の裏世界――反転世界しか観測はされていないので、ほぼ全ての世界に渡る事ができると言っても過言ではないのだが。
「へー、じゃあ、この世界が壊れても平気なんだね。凄いじゃん」
「壊れるまで出れぬのが腹立たしいがな」
先程遭遇した少女に対し、この世界についての説明と苦言を言った。
2体の小竜は我関せずといった具合に休眠を取り始めたので、この少女との会話相手は専ら俺の役割になっている。
例の塔へ連れていけという話は承諾したものの、出発は食事を取ってからという話になり、今に至っている。
「でも、世界が崩壊する時っていきなり宇宙に投げ出される様なものでしょ? 私達みたいにワームホールを探さない?」
宇宙の概念については反転世界側のものだ。
何故かその知識は俺の中にあるが、竜とは世代交代の際に知識を継承する生き物である。
恐らくその中で反転世界に行った経験がある竜でもいたのだろう。
とにかく、この少女――名前をアカネと言ったが――は、この世界をブラックホールに例えた。
ブラックホールとは、重力が重すぎる星であり、空間が歪むが故に光すら抜け出せなくなる箇所だ。
世界の端から崩壊が進み、コアへと還元される流れが激しく、俺も抜け出せなくなっている状況は正に今の状況と同じだ。
もしそれが、俺を閉じ込める為に造り上げたものであるならば称賛もするが、ところどころの造りが雑であるためにそうではない事は明らかである。
アカネの目的はワームホール――つまり、コアへと接触し、そのエネルギーを使用して反転世界に帰るというものらしい。
これだけエネルギーを回収しているコアであるため不可能ではないが、それには神どもも苦戦している制御が必要だ。
目の前の少女には手に負えない様には思うが、2体の小竜のサポートがあればそれも可能な様にも思えてくる。
「俺は神の方に用があるし、世界の狭間なぞ特に苦痛にもならぬ。まして、反転世界になぞに行っても騒ぎにしかならないであろう」
アカネに付き添う小竜の様に、身体を縮小する事ができれば隠れ住む事もできるかも知れないが、その様な術も知らず、自由が束縛されるとあっては行きたいという願望すら湧いてこない。
「うーん。特に問題ないと思うけどなー。まあ、いいか。ドラゴンさんもご飯食べる?」
そう言ってアカネが鞄から取り出したのは、小さい箱――つまるところ弁当箱だ。
この世界では植物や動物の残骸を加工する事はほぼ不可能であるため、反転世界からの持ち込み品で間違いがない。
「いらぬ。竜種に食事は不要である事は知っていよう? そもそも、その程度では食いごたえを感じぬ」
別に食事を取る事は不可能ではないが、それをしなかったところでエネルギー不足になることもない。
その特性のため、こんな世界に閉じ込められても特段問題は生じていない。
「そう? ノインは何でも食べるし、おじいちゃんもたまに食べるけどなー。それもやっぱ、お兄ちゃんの料理が美味しいせいかな?」
ノインと呼ばれているのは青い小竜の方で、おじいちゃんと呼ばれているのは紫色の小竜の方だろう。
その呼び馴れている印象から、2体の小竜はこちらの世界で会ったのではなく、元々反転世界で生活していたとみて間違いない。
自由が制限されて何が楽しいのかは不明だが、その楽しみの中に食事でもあるのかもしれない。
「なるほど、興が乗った。食べてみようではないか」
「お? そっか、じゃあ何がいいかなー」
アカネは再びごそごそと鞄を漁り始める。
しかし、不思議なものだ。
弁当が出てきた以上、アカネがこの世界に来たのは長くても1日程度だろう。
つまり、その大荷物も反転世界から持ってきた物に違いないが、それにしては準備周到過ぎないだろうか。
まるで、初めから異世界転移することが判っていたかの様に。
「お、これが良さそう」
アカネが鞄の奥から取り出したのは、白い容器だ。
その容器に被さっている蓋を開けると、茶色くて丸い物体が沢山詰まっている。
反転世界の知識からすると、ドーナツであると認識できるが、何故か懐かしい様な感覚が湧き上がってくる。
「私は、専門店で買うものってイメージしかなかったけど、簡単におやつとして作り始めるから凄いよね。どこからあのモチベーションが生まれて来るんだろう」
アカネは兄と呼んだ人物でも思い浮かべているのだろう。
とにかく、その人物が作ったとされるドーナツ――それをアカネは容器をひっくり返す様に全て俺の口に流し込んできた。
あまりにいきなり過ぎるので文句でも言おうかと思ったが、意識は自然と口の中の物に向かった。
旨い事は旨い。
だが、特段絶賛する程飛び抜けている訳でもない。
そんな代物であるが、どこか懐かしさを感じる様な不思議な味わいだ。
これを作った人物に会ってみたい様な気になってくる。