12話 『神社』
神社か。
横に建っている小さめの建物の前には、赤い鳥居が建っているので、反転世界の中の日本という地域特有の宗教建築物であると植え付けられた知識が言っている。
反転世界の建物がある場合、大体2つのパターンに分けられる。
1つは、迷い込んだ反転世界の住人が建てた場合だ。
だが、前者の場合でも宗教施設をわざわざ建てるのは珍しい。
何故ならば、神族をそのまま反転世界で崇めている神と同一視する場合が多い為だ。
異世界転移なんて経験をしているならば尚更だ。
一応、特に信仰心が強い場合は神族を神とは認めない場合もあるが、日本という国ではそこまで元の宗教に固執する方が稀だ。
そしてもう1つは、神族の誰かがわざわざ日本風の世界を創造した場合だ。
そう言えば、この世界の仕様から学んだ言語も日本語なので、恐らくこちらの方が可能性が高い。
先程もナギが家族4人で迷い込んでいる事に疑問に思ったが、この辺の事情が何か関連しているのだろうか。
「ちょっと待ってね。着替えるから」
ナギはそう言うと、神社の横にある物置の様な小屋を開き、そこから巾着状の布製の袋を取り出した。
そして、その袋から紺色のコートを取り出すと、腰にぶら下げたナイフ等が隠す様に羽織った。
「お待たせ。後、悪いんだけどこれに入っていて欲しいんだ」
ナギがそう言って開いたのは先程の巾着状の袋だ。
大きさ的には入れない事もない。
だが、何故そこに隠れる必要があるのだろうか。
仮に神族や人間に目撃されたとしても、神族と竜種は別に敵対している訳でもないし、魔物の様に人間の脅威になる訳ではない事は知れ渡っている。
別に竜種が歩いていたとしても、精々珍しい目で見られるだけだ。
まして幼竜であれば警戒される可能性も低い。
「ほら、皆びっくりしちゃうでしょ。僕もバレたら色々まずいし」
なるほど。
要するに、単純にナギは目立ちたくない訳だ。
それならば、遠くからナギに付いていくとか他の方法でも良い訳だが、ここで離れれば指示に従っていない事に気付かれるし、ここはナギの提案通りで良いだろう。
身体が何かに束縛されるのは気になるが、いざとなれば袋を切り裂いて抜け出すことも容易ではある。
「ガウ」
そう結論を出して袋に入り込む。
そして、袋の中で身体を回転させ、袋の入口から頭だけを出す。
「うーん。まぁ、それで大丈夫か。誰かが近くに居そうだったら首を引っ込めるんだよ」
ナギはそう言うと、袋の紐は持たずそのままおいらを小脇に抱えて歩きだした。
紐を引っ張るとおいらの首が絞まることでも気にしただろう。
その程度ではなんともないが、首を引っ込める動作は確かにできなくなるので、ナギの行動は妥当な判断ではある。
ナギが歩く先は当然神社の前に続く小道であり、その先は林の中に消えている。
と言っても良くみれば、人が通れる程度には整えられており、知る人ぞ知る道なのだろう。
「入口が有るダンジョンって珍しいらしいんだよ。α時代にこのダンジョンに逃げ込んで助かった子供達が居たらしくて、それで協会がそこの神社を作ったみたい」
ナギが神社の歴史の様なものを語ってきたが、これは全く理解不能だ。
入口が無いダンジョン――つまり迷宮だが、それは迷宮と呼べるのか。
また、α時代と言う言語体系にない、造語の様な言葉まで聞こえた。
協会と呼ぶなんらかの団体の存在も謎だ。
「その時は守り神みたいな何かが居たみたいだけど、今は居ないみたいだね。あのモンスターがそれとは思えないし」
道中に居た一つ目の魔物か。
あれは知能も大したことはなく、何かを守る行動もしなさそうなのでナギの見解は正しいだろう。
だが、神族ではなく未知の生物を神格化して崇めたのであれば、この世界に神社が有ると言う謎は解けた。
「さ、そろそろ表に出るよ。誰も居ないと思うけど、気をつけてね」
林を抜けると視界が広がった。
広場に出たと言うよりも、そもそもここは岡の様な高台に位置していたらしい。
そのお陰で、辺りの様子だけではなく高台の下の街並みまで良く見て取れる。
そう、街並みまでだ。
「ここは元はお城があったみたいだけど、今は公園なんだよ。まぁ、こんな田舎だから人が集まってはこないけどね。それに今はモンスターと遭遇しても困るしさ」
ナギから理解不能な情報が追加されたが、それに疑問を感じていたのはつい先程までだ。
今であれば、何故そんな話が出てくるのか良く判る。
その根拠は今見えている光景による。
ナギは人が集まらないなんて言ってのけたがとんでもない。
辺り一面、ところ狭しに建物が建っている。
神族が住む街でもここまでの規模ではないし、そもそも建築様式が全く異なる。
その全てに人間が居ると考えれば、過去を含めて迷い込んだ反転世界の住人全てを合わせてもここまでは居ない筈だ。
つまりここは神族が創造した模倣世界でも、その模倣元の世界でもない。
更にその根元、反転世界そのものに間違いがない。
何故、反転世界に居るのか、反転世界に関わらず神族の世界のルールが適用されているのかは不明であるが、他の可能性よりもよっぽど理解ができる。