妄執の外にある現
白い壁が輝く建物を、溢れんばかりの太陽が照らす。
その陽光は、室内の2人の男を照らし出す。
ピッシリとしたスーツの男、宮本マサキは白衣の男に内心を吐露する。
「鳶谷院長。加害者のお話を聞いてきました。
全く要領を得ず、ちぐはぐです……正直訳が分かりません。
正気で作り話を話しているのか?
或いは精神が壊れて、そのお伽話を本気にしているのか・・・。」
「マサキ検事、彼女は本気だよ。
あの手記は『彼女と彼の旅行記』なのだよ。彼女が1人で綴った、ね」
鳶谷シンジ院長は、真剣な眼差しで答える。
「は、はぁ……一人で二役の手記を、ですか。
私は彼女を今度こそ罪に問うため、此方へ来ました。
が、確かにあの様子では……難しいですね」
「でしょう、検事。
彼女という人格はもう直らぬ……壊れている」
無機質な白壁、本棚、変哲のない診察室。
本棚には「遺伝子と精神発達 著:ジェーン・シーマ」という、研究書から「ミランダ航海日誌」という物語までジャンルがちぐはぐかつに並べられている。
机上には枯れかけの花が鉢に佇み、隣には監視される叶和乃が映るPCがあった。
「黒久叶和乃。事件当時26歳、茨城県つくば市出身。
5年前の7月11日に幼馴染の津王真央を殺害。
事件当日、街中で出会った後に二人は被害者の家へ。
そこで事件が起きたものと思われます。
死因は背中から胸を包丁で一突き、殺害理由は不明。
殺害後はすぐに手足を切り離し解体」
ここでマサキは一息つく。
調書の紙がゆらりと揺れる。
「これだけでも猟奇的ですが……
その後、大型トランクに詰めて京都へ逃亡。
4つの手足をそれぞれ清水寺、荒木神社、桂離宮、金閣寺にばらまく。
ただし、桂離宮のものは焼けきっていた。
解体と、一部火葬の動機は今なお不明。
そこから事件発生3日後。
異臭に気付いた旅館の女将が部屋に侵入。
胴体と首のみになった被害者を、抱く彼女を発見。
その場で即刻逮捕。
見返せば見返すほど意味不明です」
マサキ検事は首を傾げながら、読み上げった調書を机に置いた。
「検事さん、起こった事柄自体は非常に明快だよ。
ただ、女がずっと愛した男を衝動的に殺して壊して、バラ撒いた。
バラバラバラと撒いたその地は、二人が初めて互いを異性と認識したであろう場所。
なんともまぁロマンチックなお話じゃないか」
淡々と鳶谷は語る
それを受けて若干苛立った目つきで、椅子に深々と座りながらマサキは言葉を返す。
「そんなことは判っています、院長。
ですがねぇ、この事件の判らないポイントが幾つもある。
先ほど仰ってた、彼女の語る思い出話と手帳の旅行記。
あれは一体なんなのですか」
マサキは、こめかみに指をあてて首を傾げる。
それを見て、窓から入る日光越しに鳶谷は口を開く。
「あれかい?あれは、彼女の無意識がつくった殺人の記録さ。
彼女の精神が二つに分裂して、役柄をずっと演じていると見える。
旅行記を見る限りは二人旅。
だが、実際周囲からしたら妙だったろう。
箱を抱えた女性が独り言をいいながら観光していたのだから」
「殺人の記録?精神が分裂?」
余計にわからない、とマサキの顔に書いてあるのがありありと判る。
「理解出来ないのは正常だ。
考察することはできるけどね」
マサキの眼に、鳶谷のニヤニヤは少々怖く映った。
「ここから僕の頭で考える想像だ。
例えば検事さんが、自分の長年最愛だった人をその手で殺してしまったら、どうする?」
何を言っているのだ、この男は。
そもそも好きな人を殺す道理があるだろうか。
マサキは脳内で、認識が麻痺していくような感覚へ次第に落ちていく。
同時に徐々に自分の顔が引きつっていくのを自覚した。
「想像も出来ない、といったところだろうね。
検事さんが普通のヒトの感覚を保ちうる人格で良かった」
試されていたことに、内心ムッとする。
「通常そんなこと、余程の憎しみでも無ければ起こりえない。
しかし、何らかの切欠でそれは起きてしまった。
本人にも予想外の形で。
結果、彼女は自分の行い・罪の意識。
そして目の前に広がる死を、心が拒絶して蓋をしたんじゃないかって僕は思ってるんだ。
片方の彼女は愛する男を演じ、片一方の彼女はまるで何事もない自分を演じた……あぁ、そうか!」
いきなり大きい声を出す院長にびっくりしてしまった。
「わかったぞ!!
この時既に『現実の重圧』と『罪の意識』でもう黒久叶和乃という人格は壊れて亡くなってしまったんだな。
そうして彼女は、虚妄の二人旅に出たんだ」
現実とは思えない文脈の数々が、鳶谷院長の口を注いで出る。
この感情は何だ、恐怖か悲哀か。
はたまた憐憫か。
黒くて赤い感情の波が、少しづつ満潮になる海岸のようにひたひたと押し寄せる。
「しかし、殺害動機。
肝心の殺害動機が明らかではないです。
いくら理由を問うても、『彼は、永遠に等しくなったの』しか言わない。
はっきり言って言葉の意味が分からない」
一瞬鳶谷が黙りこくる。
「・・・本当に意味が分からないかい?僕にはそのままに聞こえるけど」
その言葉に、マサキは貧乏ゆすりを止め、鳶谷の目を不思議そうに見た。
「旅行記の文脈で、『完全性』に焦点を何度かあてられている」
マサキには彼が何を言いたいのか、全くわからなかった。
「重ね重ね僕の妄想、答えではないかもしれないんだが。
二人が再会した時。
彼女は被害者に『不完全な何か』を目にしてしまったんじゃないかな」
「不完全な……何か?」
彼女を黒い衝動に堕とした、不完全な何か……とは。
その箱が今、開こうとしていた。
本棚にある本の、うち
「ジェーン・シーマ」と「ミランダ」は僕の別小説である【輪廻創世アルヴァーナ】の人物です。
これは……客演?並行世界?
そういえば、アルヴァーナの最初の舞台も『京都』からはじまりますね……ふふふふふ( ◠‿◠ )