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ある婦人の記録

 白い無機質な部屋と、光の差し込まない窓枠。

ベッドで上半身を起こしながら、その婦人は顔を紅く染める。


「その時彼はね、私を強く抱きしめたのよ。

耳元で『好きでした。今も尚』って囁きながら」

女性は、側に立つ穏やかそうな男性に噺した。


「そうなんだね、そんな浪漫あふれることを清水寺や金閣寺で演じてた、と」

柔和な笑顔、ぴしっと決まったスーツ姿。


丁寧に揃えられた短い髪。男は朗らかに答える。

「マサキさんは私の若い頃の甘酸っぱい思い出を、熱心に聞いてくれるのね。

最近は誰とも話すことなど無くなってしまったのよ。

マトモに聞いてくれる間柄の人がいなかったから嬉しいわぁ」


婦人は心から人と話せることが嬉しそうだ。

まるで砂漠で何ヶ月も一人取り残され、漸く人に出会ったかのように。

それだけ永いこと語らうこともなかったかのような程だ。


「勿論ですとも。

斗和乃さんの行いや、感情の動きにはとても興味がありますから。

真央さんというのは、そこの戸棚の上の写真……そこにご婦人と映っているひとですか?」


若い頃の写真なのだろう、二人で笑顔のまま額に収まっている。

 「そうよ、その人が真央くん。

私にとって後にも先にもない、想い人。

『永遠に変わることのない人』よ」



「それはそれは。

きっと魅力的な人だったのでしょう。


その旅行を記したというのが、この手記ですよね。

これも真央さんの遺品ですか?」



マサキは、手に持っているくすんだ赤色の手帳を、婦人の目の前で振った。


「あらぁ、そうよ。

あの人が旅行前からずっと書いていた日記ね。

不思議と幻想的な描写よね。それがどうかしたのかしら?」


無機質な城壁に、反射しそうな位明るいほどの顔で返答した。

その表情を見てユウキは、内心目の前の婦人の感情に移入しかけた。


不意にそう思ってはいけないのに、可哀相だと感じたのだ。

知ってしまったからこうなったのか、知る前からこうだったのか。


それはきっと本人にももう分からないだろう。

 「金閣寺を出てからはどうしたのですか。」

 「ふふふ、その後はね――」

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