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嘗ての足跡

 伏見稲荷に着くと、彼女は僕の右腕をとった。


「早くいこ!狐さんの場所だよ!

鳥居が沢山あって神秘的で、来るだけで本当にドキドキするわね。

覚えてない?貴方が当時言った言葉よ」


片目を閉じ、ぺろりと下を出しながら意地悪く言う。

何年も前のことをよく記憶しているものだ、と感心する。


「僕は、その記憶をなぞるだけで精一杯だよ」

――否、内心ドキドキした感覚は何年経とうとこの手に、この胸に遺り続けていた。


そうだ。

この旅は嘗ての足跡をたどるだけでなく、同時にできなかった選択肢を取るチャンスなんだ。


そんなことを心の片隅で幽かに感じた。

心なしか、昔より距離が近い。


約15センチ、すぐ隣。

それ以上の距離を詰めることが出来なかった。


 1日目午前の旅先は、当時の流れのまま、さらりと神社を一周した。

変わったことと言えば伏見稲荷に関わる研究内容の説明が若干変化している点。


日々進みゆく歴史研究の歩みが見える。

その後は自由時間、付近の神社を数社廻った。


鬼法尼寺、荒木神社と、案外伏見稲荷以外にも多くの目を引く神社があるものだ。


「さぁもう一箇所廻るわよ、午後は桂離宮だったかしら。

そんな記憶があるのよねぇ」

荷物をギュッと抱きしめながら、彼女は微笑む。


そうだ、桂離宮。

佐竹が足を滑らせて右足から池に落ちたっけ。


そんなインパクトある思い出の地も、年月を経て観光してみるといやに落ち着く。

木々の生命力ある翠が、水面に反射して眩しい。


その時、ふと斗和乃の腕を取ってひこうとしていた自分に気づく。

何をしているのだろう、あまりにも旅心地に浮かれてどうかしてしまったのだろうか。


その瞬間。

僕は、過去に友が滑った場所と同じところで、左足から水面に落ちた。


宿に着くまで斗和乃はくすくす笑って馬鹿にしてくるばかりであった。

ちょっと理不尽である。



 宿も当時と同じ宿に宿泊したかった。

しかし、既に主人が亡くなっていたのか閉館していたため、太秦土本町の本端寺前に宿をとった。


このあたりは古墳もあり、肥沃な土地なのだそうだ。

ただ、宿という点で決定的に違うとするなら今回は『相部屋である』ということである。


此ればかりは漂う明確な、ぎこちなさを肌身で感じる。

「私は、その……浴場行ってくるわね」

少し上ずった声を発声しそそくさと部屋の扉を閉めた。


部屋に一人きり。

残された部屋を見渡すが彼女の「いた」香りが鼻腔の奥をくすぐり、落ち着かなさを増幅する。

あまりにも緊張の波が高まった僕は、気を紛らわすためテレビのスイッチを、押した。


その行為は、気恥ずかしさを緩和する点に於いては正しく、またある意味では肝を冷やし意気消沈させる点に於いて間違った選択であった。



「今日の昼頃、伏見区の荒木神社にて人の右足が発見されました。

桂離宮では同一人物のものと思われる片腕が遺棄、白昼堂々と行われたこの犯行について、猟奇性の高さから警察は怨恨の線から捜査しており……」



 昼の伏見稲荷と桂離宮。

ゆっくりと過ごす私達がいる一方で、血生臭い時間を送る人があの場所にいたのだ。


旅と殺人、2つの非日常が交錯していたら、どうなっていたのだろう。

僕達も手足をあの場に置いていくことになってしまったのだろうか


 ふと、部屋の匂いを吸い込む。

芳しい畳の匂いと、そして鉄の臭いが脳髄を直接刺激している。

なぜかそんな気がした。

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