第26話
20××年4月1日 14時00分
「……」
雄二を乗せたバスが研修施設へと到着する。正門を通り抜けると大きな施設が見えた。
「……」
「……」
「……」
「……」
バス車内が一斉に静まり返る。
目の前の施設は普通の状態ではなかった。ありとあらゆる場所のガラスが破壊されている。とくに正面玄関の状態が悲惨だ。辺り一面に付着した大量の血痕が現実感を消失させる。それはまるで殺人現場そのものだ。
「うっ…!?」
そして乗員全員が「それ」に気づいてしまう。子供が散らかしたオモチャのように転がる人間の足や腕の数々に。
「う…嘘だろ…?あれ、人間の足じゃねえか?」
「い…いやいや!?ドッキリか何かだろ?こんなのありえねえよ!!」
男子学生達のその認識はある意味で正しい思考だ。今までの常識で考えればそんな事がありえるはずがない。何かの冗談だと思う事も当然の話だ。だが、それはときに判断を誤らせる。生き残る為に必要な行動を。
「助けてえええええええええええ!!」
「やだやだ!!こっちに来るなあああああああああああ!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!?」
「痛い痛い痛い!!!」
「やめて!! 来ないでええええええええええええええ!?」
施設から響く阿鼻叫喚の悲鳴。その声にバスに乗る乗客の多くが動けずに固まる。
「…っ!!」
その中で唯一、雄二だけは生き残るために必要な覚悟を終わらせていた。全ての荷物を抱え今直ぐにでも逃げる事が出来るという姿勢を崩さない。
「おい!開けろおおお!! 開けてくれえええええ!!!」
「…!?」
ガンガン!!と、返り血に塗れた学生がバスのドアを殴りつけていた。
「いい、今開けますから!?」
運転手が慌てて手元の操作を始める。それを見た雄二の顔から血の気が引いていく。
(まさかこの状況でドアを開けるつもりなのか!?)
「ドアから離れて!!今開けますから!!」
あまりにも平和ボケしたその対応。平常時なら褒められるような対応の速さとも言えるが、この状況、このタイミングではあまりにも悪手なその対応に雄二の脳がオーバーヒートを起こす。そして次の瞬間、目に映る景色の全てがスローになった。
(これは…あれだ。走馬灯とか…ゾーンとか。そういうアレだ)
ガンガンと雄二の脳内で警鐘が鳴り続ける。強烈な悪寒。こみ上げる吐き気。震える手足。その全ての答えを雄二は理解する。
(今だ。今、決断しろ。じゃないと取り返しのつかない事になる)
雄二の脳内で提示された選択肢は2つ。
<バスを降りる>
<降りない>
命が懸かった選択肢。決めなければいけない。選択しなければいけない。雄二自身の意思で。
「っ!!」
時間が正常に流れ始める。そして次の瞬間にはもう雄二は弾丸のように自分の席から飛び出していた。バッグを背負い唖然とした表情で雄二に注視する乗員の視線も無視して全速力で車両の先頭まで走る。
「降ります!!」
「え!? おい君!!」
男と入れ替わるように雄二がバスの外に飛び出した。
「っ…!?」
走る。ただひたすらに全力で走る。そしてちらりと背後を振り返った雄二の視界。そこにはバスの中に大量に雪崩れ込む人々の姿が映っていた。




