第22話
20××年4月4日 16時00分
「ハァ!ハァ!ハァ!……ふうぅぅぅ」
13個目のコンクリートブロックを落とし終えた誠二がその場にしゃがみこむ。
「まったく、手間取らせやがってよ…」
巨大ゾンビの頭部は完全に潰れていた。
「……」
ピクリとも動かなくなった巨大ゾンビがゆっくりと水中に沈んでいく。
「…ちっ」
難敵を倒したというのに誠二の表情は苦い顔をしていた。
「勝負に勝って試合に負けたってやつだな」
誠二が自分自身の右腕をじっと眺める。その手には深い裂傷が出来ていた。
(墓場にふっ飛ばされたあの時だな…やつの爪か何かで引っかかれたか)
「……」
(体の調子がおかしい。高熱を出したときのあの感じに似ている。考えられる可能性は1つだけか)
「…時間が無い」
巨大ゾンビの死を確認した誠二が足早に寺の事務所を目指す。
「……」
何が起きたのか、事務所内の至る所に血痕が飛び散っていた。そして頭部が潰された男性の死体が無造作に転がっていた。
「……」
ガレージに移動するとそこには誠二の予想通り車が停まっていた。
「車はあるが、鍵が無いな」
「……」
誠二が転がっていた死体のポケットを漁る。そして目的の鍵を見つけた。
「よし、これで帰れる」
キーを差し込みエンジンを始動させる。そして車を発進させた。
20××年4月4日 16時44分
「ハァ…ハァ…」
鉛のように重い体を引きずりながら誠二が部屋のドアを開ける。
「…ったく…こんなときだってのに…貧乏性は治らねえなほんと…」
誠二が背負っていたクロスボウと荷物を無造作に床へと落とす。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
風呂場へと移動した誠二が手の状態を確認する。そこには異常な程赤黒く変色した腕が鏡に映っていた。
「おかしい…感染の速度が…早すぎる…ぐぅ…」
異常な体の寒さと強烈な吐き気に誠二の意識が飛びかける。だがそれを彼は意志の力で無理やり引き戻した。誠二は既に理解していた。意識を失えばそれがきっと最後になるだろうと。
「ゲームオーバーか…はっ…まったくもって…クソゲー過ぎるだろうが……」
死ぬ前の最後の晩餐を行おうと誠二の足が食料置き場へと向かう。そして手当たり次第に食料を口に入れようと行動する。
「うぐぅ!? げえおおええぇぇぇぇ!!!!!」
食欲よりも吐き気の方が勝り誠二が口から吐しゃ物をまき散らす。体がダメになった事よりも最後に好物を味わえなかった事に誠二は深い悲しみを感じていた。
「くそ…こんな事なら…先に好きな物を…食べとくんだったな…」
フラフラとした足取りで誠二がベッドへと倒れ込む。そこで誠二の体力は完全に尽きた。
「…何だったんだ…俺の人生は……」
走馬灯のように誠二の脳内で過去の記憶が駆け巡る。そのどれもが退屈という言葉に満ち溢れていた。だがその退屈はある日を境に掻き消える。そう、誠二の通う大学にゾンビが現れたあの瞬間からだ。
「…はは…なんだ…そういう事だったのか」
誠二はようやく自分がここまで積極的に行動していた答えを理解する。
「俺は…楽しかったんだ…この…非日常が…」
ふっと息を吐き出す。その表情は苦しみよりも楽しさに満ち溢れていた。
「ああ…そうだな…」
「最後は…意外と悪くは…なかった…かな…」
「俺…の、クソッタレな…人生…も…よ……」
「……あぁ」
そして、大川誠二はゆっくりとその重たい瞼を閉じた。




