第9話 質問責め/徹夜ファミレス
月島弥生は、なかなか俺を解放してくれなかった。
俺も、美味しいハンバーグセットをご馳走になった以上、「もう解放してくれ」だなんてことは思っていても言い出せずにいる。
「アキラは、好きな人はいるの?」
「いるよ」
「……へえ、どんな子?」
「ちっちゃくって可愛い系だなぁ」
「そういう子がいいんだ……私とかは、タイプじゃない?」
「どちらかというと、好きなタイプだけど」
「そうなの? うれしいな。あ、アキラ、誕生日いつ?」
「十二月」
「何日?」
「二十二日」
「血液型は?」
「B型」
「私、O型なんだけど、たぶん相性いいよね。動物占いは?」
「やったことないな」
「苦手な科目は? 私教えてあげるよ?」
「苦手なのは数学だ」
「ああ、やっぱりね、そんな雰囲気する」
どういう意味だ?
ていうか、なんだこの質問責めは。
そして、ドリンクバーだけでどれだけ粘ってるんだよ。
俺がハンバーグセットを平らげてから何時間経っただろう。腕時計を確認してみる。
何だと……午前三時だと?
「弥生」
「はい?」
「家には帰らなくて良いのか?」
「ああ……家……。家は、大丈夫。どうせ帰っても、勉強しかすることないし」
「でも」
両親が心配するんじゃないか、と言いかけてやめた。家に帰りたがらず、心配するはずの両親にも連絡をする素振りすら見せない。何か家庭の問題を抱えているか、親がいないかのどちらかだろう。月島弥生への好意はあるにはあるが、それほど親密ではなく、親密になり過ぎる気もない以上、立ち入ったことは聞くべきではないと思った。
弥生は、一つ緊張を吹き飛ばすように溜息を吐くと、目を逸らしながらこう言った。
「私ね、アキラに出会うまで、心動くことなんてほとんど無かった。だけど、アキラのことが気になりだして、それが恋って感情なんだって気づいた時、どうしても我慢できなくて、あなたの学校の前で待ち伏せなんてしていたの。
私らしくないと自分でも思ったけど、どうしてもアキラに会いたかった。今まで、こんなことなかった。まるで自分じゃないみたいで、自分の中に違う誰かが生まれたみたいで、こわくて、でも、うれしくて、あ……ごめん。わけわかんないこと言っちゃった」
果たして、それは恋なのだろうか。
現実逃避の類なのではないか。
なんて思ってはみたけれど、俺が田中みかんを好きな理由だって、似たようなものだと気付く。
月島弥生は、しばらく俺の反応をうかがっていたけれど、返事がこないと判断するや、幼いころの習い事の話だとか、そのピアノ教室での話だとか、話題を変えたのだった。
★
結局、朝五時まで制服姿でファミレスに居たわけで、補導や通報されてもおかしくはなかったのだが、大丈夫だった。
俺と弥生は、勘定を支払い、外に出た。異常な寒さだった。
「さっむいわね……」
「ああ。凍えるようだな」
「うん……あ、アキラ。携帯教えてよ」
「ああ」
俺は、白黒モザイク模様のなんとかコードとやらで、自分の携帯電話番号やメールアドレスを送り、弥生の最新型スマートフォンから、情報を受け取った。昔に比べて、ずいぶんと便利になったものだ。
「それじゃあ、また、連絡するね」
「おう」
弥生も可愛いなとか思い始めている自分が、少し憎い。しかしそれ以上に愛しかった。
俺は、一つ欠伸をしてから、天に向かって伸びをした。
一歩一歩、確かめるように歩き出す。
徹夜で話し込んでしまって、これから始まる一日が不安だ。だが俺が眠らなくても太陽が昇って、また沈む。
今日もまた、一日が始まる。