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第8話 おごるから/月島弥生

 二日連続でみかんの家に世話になるのも何だか悪い気がしたので、今日は別の場所で寝泊りしようと考えていた。朝になったらみかんの家に行って、昨日終わらせた英語の宿題を持って学校に行く予定だ。


 ――さて、何処に行こうか。


 夜になり、俺が寒空の下で駅前ベンチに座って曇り空を眺めていたところ、


「やっと見つけたわ」


 あのアグレッシブ娘に見つかってしまった。やはり、みかんの家に戻っておくべきだった。


「月島弥生……またおまえか」


「暇そうね」


「そんなことはないぞ。喜びに浸っているんだ」


「喜び? 何か良いことあったの?」


「月島弥生には関係ないな」


 と、弥生のまっすぐな視線から目を逸らした時であった、俺の腹から、グゥゥぅギュルルゥと腹の中で化け物が唸ったような音がした。


「おなか、減ってるの?」


「ま、まぁな」なんとなく恥ずかしくなって、目をそらしながら答えた。


「私と、少し話さない?」


 月島弥生はそう言って、左手で俺の右手首を掴んだ。


 捕まった。完全に問答無用オーラが出ている。


「何について話すんだよ」


「私、月島弥生についてと、あなた、結城アキラについてよ」


 お見合いかよ。


「おごるから」


「行く」


 結局、おごるという言葉につられてノコノコと付いて行く俺が、限りなく情けないなと思った。言い訳をさせてくれ。妹を救ったことで、金がなくなってしまったんだ。


  ★


 二十四時間営業のファミリーレストランに入った俺と月島弥生は、窓際の比較的ふかふかしたシート席に向かい合って座った。四人掛けのボックス席を二人で使う形だったが、幸い店内は空いていた。


「何でも好きなもの頼んで良いわよ」


「じゃあ……ドリンクバー」


「へ? お腹減ってるんじゃないの?」


「ああ、えっと、でも、やっぱり悪いかなって」


 おごってもらったりして、何か見返りを求められたら俺はどうすればいい?


 金のない俺は、カラダで返すしかないじゃないか。奴隷的なポジションに収まりたくはない。


 だから、本日限り半額で、百九十円というドリンクバーのみで我慢しよう。大丈夫だ、俺は昼にカレーを食べた。水分さえあれば、明日の朝くらいまでなら我慢できる。


「……ダイエットでもしてるの?」


「いや、別に」


「ああ、言い方悪かったわね、減量?」


「してないしてない」


「じゃあ遠慮することないわよ。私が無理矢理連れてきたんだからね」


 それは確かに、そうなのだが。しかし、なんとなく女性からおごられるということに抵抗感がある。


「…………」


「まあ良いわ」


 月島弥生はそう言って、店員を呼び出す音符マークのスイッチを連打した。


 連打するなよ……マナー違反だろ。


 どうやら月島弥生は、かなりせっかちな娘らしい。


「ご注文ですか?」


 可憐な店員さんがやって来て、そう言った。巨乳エプロン素晴らしい。


「ええ、注文。ドリンクバー二つと、ハンバーグのライスセット、日替わりスープはミネストローネで」


 月島弥生は、慣れた感じで注文すると、メニューをパタンと閉じた。風が月島弥生の前髪を揺らした。


 ピ、という音を立てて、リモコンのような形をした機械を操作した店員さん。


「アキラは?」


 おっと、呼び捨てですか。


「俺はいいって……」


「じゃあ、とりあえず以上で」


「はい、以上で。では確認します。ドリンクバーがお二つと、ハンバーグのライスセット、スープはミネストローネ……でよろしいですね?」


「はい。よろしく」


「ごゆっくりどうぞ」


 胸の大きな店員さんはそう言って、店の奥へと消えていった。


「……ねえ、アキラ」


「何ですか」


「私たち、恋人同士だとか思われたかな」


 何をはしゃいでるんだこの娘は。


「思ったかもな」


「あ、飲み物とってくるね」


「ああ」


「アキラも、何か飲む?」


「じゃあ、オレンジジュース」


「……え、子供っぽいわね」


 失礼な! そしてオレンジジュースに謝れ!


  ★


 月島弥生は軽い足取りで戻ってきた。手には飲み物の入ったグラスを二つ。そしてそのうちの一つを、俺の前に置いた。


「ほい、これアキラの。オレンジジュースとミカンジュースとあったから、混ぜてきた」


 ミカンジュースなんてあったのか。ふとファミレスの壁を見ると、黄色い液体が入ったグラスの絵が描かれた『期間限定、ミカンジュース』という文字が躍る貼り紙があった。ミカンジュースとオレンジジュースだったら、俺はミカンジュースを選ぶぞ。ミカン大好きだからな。というかその前に……ドリンクバーで勝手に飲み物混ぜて寄越すな。


 とはいえ、わざわざ飲み物を持ってきてもらったんだ。一応礼は言っておくか。


「ありがとよ。で、弥生のは?」


「ウーロン茶」


「そうか」


「てかさ、今、アキラさ、弥生って呼んだよね」


 おっと、しまった。下の名前で呼ばれたから、つい下の名前で返してしまったらしい。このままでは、月島弥生と仲良くなっていってしまう気がする。完全に彼女のペースだ。なんとか素っ気無い態度で軌道修正しなくては。


「気のせいだ」


「ふーん。まあいいか。それでさ、アキラは、部活とかやってる?」


「いや、先月転校してきたばかりだからな。今は何もしてない」


「転校? 何でこんな変な時期に……」


「話せば長くなるがな……」


「そういう風に言い出した時って、五文字くらいで話終了したりするのよね。私、昔塾に通っていたんだけど、その時にね、遅刻してきた生徒がいたの。その子が講師に対して言い訳する時に『話せば長くなるんですけど……』って言ったの。その後に出てきた言葉が『寝てました』って五文字よ。ホントおかしな子だったわ。で、何で転校して来たんだっけ?」


 これは、俺も五文字で言えって言ってるのか?


「捨てられてた」


 六文字になってしまった。


「へ? 何それ」


「そしてまた、両親と姉に置いて行かれてしまいました」


「んん?」


「住んでいた家にも、もう戻れなくなりました」


「んんん?」


 腕組をして小さな唸り声を上げながら考え込む月島弥生。そりゃあ、いきなりこんなことを言われても意味がわからないだろう。


「うーん……あ、つまり、ホームレスだ」


「そういうことになるな」


 この短時間で核心に至るとは、さすが名門校に通ってるだけのことはある。


「私の家に来る? 部屋はいっぱい余ってるよ?」


「いや……」


「アキラさ、私のこと、嫌い?」


「嫌いじゃないぞ」


「そう。私は、さっきも言ったけど、アキラのこと、好きだから」


 本格的に告られた。


「待てまて。さすがに変だ。何で弥生は俺のこと好きなんだよ」


「わからないよ」


 理由がわからないのに好きだということはつまり、嫌いになるのが困難だということでもあるのかな。どうなんだろ。


「だけど……初恋だから」


 何かすっごく重たいんですけど……。


 しかし、この月島弥生という娘は、とても凛々しい女の子だった。短い黒髪で、身長は、みかんよりは高く、木林いのりよりは低い、つまり中くらい。百六十センチくらいだろうか。華奢な体つきをしていて、肌も綺麗で、更に左利きで、綺麗な目をしていて、その上、明輝学園という名門校に通うほど頭が良いときてる。俺には絶対勿体無い。


 それにね、俺にはすでに好きな女の子がいる。田中みかんっていう子だ。


 とはいえ、今すぐに、そんなことを伝えることもあるまい。とりあえず流して、普通に雑談を続けよう。


「弥生は、何か部活動してたりするのか?」


「ううん。してない。でも、去年まで生徒会で副会長してたよ。もう引退したけど」


 去年、生徒会副会長だっただと。副会長って、なんか会長より忙しそうだし、ある程度の経験がないとできない気がする。一年目から副会長なんていうのは考えにくいから、去年の時点で二年だったということであり……そうなると、


「もしかして、弥生って……三年?」


「そうだよ。高校三年生」


 年上じゃないか。


 やばい。同学年か年下だと思い込んでいた。


「あの、俺年下でした。さんとか付けた方が良いっスか?」


「へ? アキラそんなの気にするの?」


「ある程度は」


「気にしなくていいって。今までと同じでいいよ」


「わかった……。あれ? でも、三年って……受験生じゃないか。しかも十一月っていったら、もう大学受験が近付いてるような……」


「そうだね。でも、多分大丈夫だよ」


「なんだその根拠の無さそうな自信は」


「全国二位だもん」


 うわあ、すごい根拠あった。化物か。


「それはつまり……同学年の人々の中で二番目に成績が良いということか?」


「違うよ。今年大学を受験する人の中で、だよ。まあ、テストの順位なんてアテにならないけどね。テストの種類にもよるし」


 実は凄い奴だったのか、月島弥生……。今までアグレッシブ娘だのノンストップ娘だのと心の中で言ってしまって、申し訳ない気分だぜ。


「お待たせいたしましたー」


 弥生が注文したハンバーグセットが運ばれてきて、テーブルに並んだ。


「どうもー」


 弥生は、去っていく店員さんにそう言うと、置かれた全ての皿の向きを変えて、俺の前に差し出した。


「弥生……?」


「おごるって言ったでしょう?」


「でも……」


「じゃあ半分こする? 店員さんにお皿持ってきてもらおうか?」


「それは、すごい恥ずかしい気がする」


「じゃあ、食べて。アキラのために頼んだんだから」


 あ、やばい。俺はどうも、女の子のこういう台詞にも弱いらしい。月島弥生がものすごく魅力的に見えてきてしまった。そして何よりハンバーグ美味そう。


「……いただきまァす!」


 俺はフォークとナイフを手に取った。



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