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第6話 木林に近付くな/待ち構え

 あっという間に午前の授業が終わり、昼休み。


 チャイムが鳴ってすぐに、石河が話しかけてきた。


「結城、結城。食堂行こうよ」


「ああ」


 石河と一緒に学生食堂に向かう。思い返せば、昨日の夜からミカンしか食べていないから空腹だ。おなかと背中がくっついちまいそうなくらいに俺の腹はメシを求めている。


「僕はラーメン」


「俺はカレー」


 食券を買って、愛想の良いエプロンおばちゃんに渡すと、すぐに食べ物が出てきた。


 俺はカレーライスを、石河はラーメンをそれぞれトレイに乗せ、座る席をさがす。何故か今日の食堂はかつて無いほど混雑していて、二つ席が空いている席は、一ヶ所しかなかった。


「ここ、いいですか?」


 俺は、その空席の向かいに座る女子に訊いた。その女子は、昨日の放課後、教室の真ん中らへんに一人ぽつんと座ってた女の子。名前は、たしか……。


「はい。どうぞ」


 長身の黒髪ロングで、とても美しい。名前は、そう、確か、木林いのりだったか。


 ところで、石河の家に行ったとき、木林には近付くな、というようなことを言われた気がするが、この場合は仕方ないよな。他に席はないんだし。


「結城くん」


 木林は、俺に気付いて、俺の名を呼んだ。少し震えた声だった。


「ああ、木林。いつも食堂だっけ?」


「うん」


「何食ってるんだ?」


「これはね、日替わりパスタ。今日はカルボナーラ」


「そうか。美味いか?」


「うん」


 柔らかな微笑みで応えてくれた。


「…………」

 いつもなら食事中でもかまわず話しかけてくる石河は、無言で、無音で、ラーメンを食べていた。


 無音でラーメン食べるのって、逆にすごい器用な気がするよな。


「…………」


 俺は、カルボナーラを食べる木林を見つめていたが、木林は石河を見つめていて、そして、横から石河の視線を感じた。謎の三角形サイクルが完成していた。よくアルミ缶とかに書かれてるリサイクルマークみたいだな。


 木林が食べ終わって、フォークをカタンと置いた時、俺は彼女に、


「ミカン食べるか?」


「え?」


 俺は、ポケットからミカンを取り出すと、木林いのりに無理矢理手渡した。


「ありがとう」


「石河も、いるか? ミカン」


「いや、僕はいいよ。苦手なんだ。みかん」


 何だと、ミカンが苦手な人間がこの世界に存在するのだろうか――。なんてな。まあ、人間には好みというものがある。俺は差し出しかけたミカンを引っ込めた。俺だって、好き嫌いが無いわけじゃない。ミカンは一番の大好物で、カレーが二番目に好きな食べ物であるが、実はウニが食べられなかったりする。食わず嫌いだけども。


「きっと俺はあれだね。世界で一番ミカンを愛してると思うよ」


「へぇ」


 石河は気の無い返事をして、ラーメンのスープを音もなく飲み干した。


 俺はといえば、まだカレーを半分も残していた。


「結城、食べるの遅いな」


「おっと。すまん」


 石河は、木林が目の前にいるからか、普段からは考えられないほどに口数が少なかった。その上、何故か俺を責めるようなジトっとした瞳を向けてくる。今日の俺は、何か石河を怒らせるようなことしただろうか。


 考えられる理由といえば、昨日石河が、木林に近付くなと言ったのに、ここでこうして共に昼食を摂っているからか。やっぱり石河は木林のことが好きなのだろうか?


「あの、結城くん。石河くん。私、先に行くね」


 ミカンを食べ終わった木林いのりはそう言って立ち上がり、ミカンの皮の載ったトレイを持ち、食器返却カウンターに置いてから。軽い足取りで視界から消えていった。機嫌が良さそうだった。


 俺と石河の間に、心地悪いタイプの無言時間が流れる。とても機嫌が悪そうだ。


「あ、あのさ、石河、俺さ、何か悪い事したか?」


「……僕さ、昨日言ったよね。木林みのりに近付いたら後悔するって」


 木林みのり?


 木林いのりの間違いじゃないのか?


 それとも俺の聞き間違いか?


「言ったよね?」


「あ、ああ。言った」


「それでも結城は、木林に近付く気なんだ?」


「何だ? 嫉妬でもしてるのか?」


「そういうわけじゃ……ないよ……たぶん」


 一瞬、もしかして石河開(いしかわひらく)は、俺のことが好きなんじゃないかという疑惑が脳裏に浮上したが、頭をぶんぶん振って疑惑を振り払った。


 俺は皿に残ったカレーライスを飲み物であるかのように急いで平らげ、グラスに入った水も飲み干した。


「よし、教室に戻るぞ」


 俺はそう言って、トレイを片手に持って勢い良く立ち上がる。


 そして、歩き出そうとした時、石河は言った。


「待てよ、結城、忘れ物だぞ」


 石河開は、テーブルに置き忘れた果物を投げ渡してきた。


 不覚。大好きなミカンの存在を忘れていた。


  ★


 授業時間が終了し、放課後になった。掃除当番だったので、真面目に教室を掃除する。


 ああ、それから、転校して来た日に渡された、クラス全員の名前が書かれた紙を授業時間中に見て確認したら、木林は、いのりじゃなくて、みのりだった。木林に「おぼえたぜ」とかキメ顔で言っておいて、記憶できていなかった俺は、やはりニワトリ並みに記憶力が弱い子なのだろうか。今までそんな自覚はなかったのだが……。


「よし、掃除終わりっと。結城、帰ろうぜ」


 石河も五限六限の約二時間の間に機嫌を直してくれたらしい。


「ああ」


 俺は掃除用具入れをパタンと閉めた。


 教室を出て、階段を下りて、昇降口を抜けて、校門へ向かう。


 その間、石河と、他愛の無い話をしていたのだが、その会話が、突然途切れた。


「あれ? 他校生徒だ」


 石河はそう言って多くの生徒が通り抜けて行く門の方をを見ていた。


「ん? あれは……」


 俺は、そのショートカットの他校生徒に、見覚えがあった。


「見てよ、結城。あの制服、明輝学園めいてるがくえんの制服だ。僕らのような普通の人間が手の届かない超名門だ。誰かを待っているのかな」


 朝、俺が道を訊ねた高校生女子だった。


「さあ……」


 もしも、俺を待っているんだとしたら、理由は何だ?


 まさか、道を教えた見返りを求めて来るつもりだとでも言うのか?


 俺は、平静を装って、その明輝学園の生徒の横を通り抜ける。


「あ! 結城アキラ!」


 気付かれたァ!


「え、結城……? 知り合い?」


 石河は、驚愕の表情を浮かべている。きっと、名門校な上に美人が多い明輝学園に知り合いがいるとは、結城アキラやべーな、とか思ってるんだろう。


「ええと、月島弥生さん……だっけ?」


「ええ。今朝は、その、どうも」


 何がどうもなのかわからん。わからんが、何か返さなきゃいけない気がして、俺も、「はあ、どうも……」と返した。


 俺の言葉を待つような無言が気まずい。通行する他の生徒の視線も気になる。


「ええと、どうしてこんな所に……?」


 俺が訊いたところ、月島弥生は、


「あの……あなたのことが気になって気になって、仕方がなくて」


 あれ、まさか、もしかして、俺、これ、告られたのか?


 石河は更に驚愕の表情……で石化していた。大袈裟じゃなくて、微動だにしてない。


 あの明輝学園の女子から告られてるし、結城アキラまじやべーぞとか思ってるのだろうか。それともショックのあまり現実逃避状態なのか。


「えっと……でも俺、月島さんのことほとんど知らないし……」


「これから知ってよ」


 何だアグレッシブ娘は!


 道を訊いただけの女子にこんな恋のアプローチを受けるということは、俺は実はモテたのか……今まで知らなかったぜ。


「私は、結城アキラのことを、もっと知りたい」


「はぁ……」


 正直な話、月島さんのことはどうでもいいと思ってしまった。


「ごめんなさ――」


「待って! まだ結論を出すのは早いわ。断るなら、私がどんな人間か知ってからにして」


 何だこのノンストップ娘は。名門校に通うだけあって、プライドが高いのか?


 なんて、名門校イコールプライド高いというのは偏見かな。


「なぁ結城、可憐な女の子がこう言ってるんだからさ、話だけでも聞いてあげたら?」


 なにい。現実に復帰した石河まで月島弥生の味方についただと?


 そんでもって、「あれ? アキラちゃん。何して――うお! 明輝の制服ぅ?」などと声がした。


 後ろから田中みかんまでやって来ただと?


「いや、これは、あの、その」


「結局、この子は、結城の何なの?」と石河。


 俺が聞きたい。何でこんなことになっているのか。何で俺が、帰宅する生徒たちから好奇の眼差しを向けられなければならないのか。


「月島弥生は……俺の……」


 静かだ。


 みんなが、ごくりと、唾をのむ音がきこえてきた。


 なんだこれは。あまりに、いたたまれない状況だ。


 恋人であるわけはないし、ただの知り合い、というには互いのことを余りにも知らない。かといって、「全然知らない人だよ、誰だおまえ」といった言葉を浴びせたら、わざわざ会いに来た女子を傷つけることにもなりかねない。


 どうする。どうすればいい。


 迷って、迷って、そして思考は停止した。


「……わかるかぁ、ちくしょう!」


 俺は叫ぶようにそう言って、全力で逃げた。



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