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手紙とみかんと催眠術  作者: 黒十二色
はじめての手紙
34/37

第34話 あたらしい朝/結城姫乃の裏の顔

 閉じた目に朝の光がぶつかって、その眩しさに目を開く。


 目の前には、窓からの光を背に、明輝学園ではない別の高校の制服姿で、メガネを光らせている姉がいた。


 落ち着いた小さな声で語り掛けてくる。


「あ、アキラくん、起きた?」


「夢……?」


「どうしたの? こわい夢でも見た?」


 どういうことだ?


 まさか、全て夢だった?


 ここは、自分の家だ。目の前にいるのは、黒髪セミロングの地味系メガネっ娘。身長は百八十センチ近いのに、どういうわけか全然目立たないという俺の姉、結城姫乃。


 明輝学園校舎の屋上に行ったのも、普段のイメージからかけ離れた派手派手で格好良い系の姉に会ったのも、木林の精神の中に入ったのも、石河の話も、戒刃との戦いも、父との対話も、全て夢だったのか?


 それ以前に、木林いのりと出会ったところから既に夢だったのか?


 もしかしたら、普通になりたくない俺が無意識で考え出したヤバイ理想妄想を、夢に見ちまったとか、そういうことなのかな。


「どこからが夢だったんだ? 記憶が……」


「ふっ、引っ掛かったわね!」


 俺の姉は突然口調を変化させると、頭からウィッグ、つまりカツラを取り、床に叩きつけた。そして派手な髪を後ろで縛り、ポニーテールに。更に、一度物陰に引っ込み、明輝学園の制服に着替える。スカートの丈を瞬く間に短くしながら出てきて、屋上で出会った格好良い系の姉に大変身した。


 女子としてはかなりの長身で、木林以上にでかくって、胸まわりもでかくって、髪の色おかしくて、顔つきも表情も明るくなり、超目立つ派手な女の子になった。


 二重人格、というわけではなく、ただ俺の前でこれまで本性を隠し続けていたというだけである。


 結城姫乃は四つん這いになり、仰向けに寝ている俺に覆いかぶさるような姿勢になった。そのまま迫り寄って来る。


 近い、近い、近すぎる。そんな息が掛かるような、今にもキスできそうな距離に顔を置かれたら、心臓が暴れまくってしまう。血の繋がった姉にドキドキする変態だってことを自覚したらショックで立ち直れなくなりそうだから、離れて欲しいのだが。


 姉は、俺の髪を優しく撫でながら、わざとらしく甘い声を出してくる。


「安心して、アキラぁ。昨日、あなたが体験したことは、全て現実よ」


 夢なら夢でそれはそれでよかったんだが。


「あの、姉ちゃんは、どうしてここに?」


「何言ってんの。ここは、私の家なんだから、居たって不思議じゃないでしょう」


「でも、父さんたちと一緒に逃げたんじゃ……」


「ああ、うん。それはそうなんだけど……お父さんと喧嘩して戻ってきちゃった」


「そうなのか……」


 家族仲良くってのが理想なのだが、父にも姉にも、どうしようもない事情があるのだろう。


「まあ、とにかく、朝ごはん作ったわ。食べて」


「あ、はい」


 姉の後に続いて階段を下りる。そしてキッチンで、寝覚めが悪くなる光景を見た。


「どう? 美味しそう?」


「何をどう見たらそう見えるんだ……? 催眠にでもかかってんのか……?」


 黒い物体にまみれた皿。けたたましい換気扇の音。開け放たれた窓。キッチンを満たす白い煙。割れた土鍋。焦げたフライパン。


「ご覧の通り! 頑張り過ぎて失敗したわ。ファミレス行きましょうファミレス、あはは」


 笑ってんじゃねえ食材に謝れと言いたいところだが、慣れないことを頑張ったのは一目瞭然だし、今回は、その優しさに感謝するだけにしておこう。


 そして俺は、結局また駅近くのファミレスへと赴くのだった。


 ちょうど良い、もしも月島弥生がいつもの席にいるようだったら、頭の良い弥生に事件の詳細を話して考察をお願いしようとでも思っていたところだ。


  ★


 いつものファミレス店内に入ると、いつもの窓際の席に月島弥生が居るのが見えた。休日だから私服姿である。


 スマホを軽快に操作していた弥生が俺の視線に気付いたらしく、顔を上げ、手を振りかけたが、直後驚いた表情に変化した。


 どうしたんだろうかと不思議に思ったのだが、どうやら、俺の隣に居た女性に原因があるようだ。


「あら……あれは」


 俺の姉、結城姫乃は呟き、迷惑なことに店内通路を突然走り出した。


「やーよーたーん!」


 叫びながら弥生に抱きついて、すりすりと頬擦りし始めた。


「ちょ……あの、わ、か、会長、ちょと……やめてください……」


 会長ときたか。そういえば、弥生は生徒会副会長をやっていたって話だ……ということは、まさか、この狂った姉が生徒会長だということか。名門だと聞いていたけど、うちの姉が会長ってだけで、やばい学校だと思わざるをえない。


「やよたんきゃわいいよー」


 俺の中での姉のイメージが、完全に崩された。おとなしいメガネっ子キャラにかなりの好感を持っていたのに、ひどいキャラ崩壊っぷりだ。実に嘆かわしい。


 秘密を抱えてた石河や木林といい、裏のあるやつが多すぎだ。どっかに裏表のない、小さくて素直なかわいこちゃんは居ないものか。


「かいちょ、会長……転校したんじゃ……」


「やよたんが恋しくて戻ってきてしまったよ……ってその前に、私はいつも言ってるはずでしょう? 姫乃ちゃんと呼びなさいと。同学年なんだから」


「抱きつかないで下さい」


「んー、だって、やよたん抱き心地最高なんだもん。ちょうどいい細さで、ほどよい弾力で」


 ほう、そうなのか。それは興味深い。だが、その前に、俺が訊きたいのは、もしや俺の姉は可愛いものには何でも抱きつくような変な人なのか?


「あのさ、アキラ……やっぱり、会長とアキラって……」


「そう、アキラは私の弟よ」


「まさか俺も、こんなおかしな姉がいるとは知らなかった」


「失礼ね」


「ちょっと……頭をなでなでしないで下さい」


 さっきから俺の姉は弥生のことを抱きしめたり、色んな所をなでまわしたりとやりたい放題。お気に入りのオモチャで遊んではしゃぐ子供のようだった。弥生も突き放そうとしているが、姉の方が力は強いらしい。


「でも、意外だわ。全然似ていないから、姉弟だとは……」


「そりゃだって、私とアキラ、血繋がってないもん」


「ええっ!?」


 俺は迷惑も顧みず、ここ数週間で最大の声を出した。


 さらっと衝撃の事実を告白しやがったぞ。


「つまり、私とアキラが愛し合っても何も問題は無いの。姉と弟の禁断の恋とかね」


 姉は、俺の腕を捕まえ、ぎゅぎゅっと抱き寄せてくる。


 なんという、豊かで柔らかな弾力。


 もう俺には何が何だかわからん。抗えない柔らかい感触のなかで思考停止した。


「あの、姫乃会長……」


「何、やよたん」


「とりあえず……弟さんを、私にください」


 何言ってんだ、弥生。


「うーん」


 悩むとこか、姉ちゃん。


「いいよ」


「いいのかよ!」


「やった♪」


「おい、姉ちゃん、俺の気持ちとか無視か?」


「だって、やよたんを妹にしたい」


「目的はそれか……」


「嗚呼、義妹(いもうと)よ、弟は乗り気じゃないようだ! お姉ちゃんの胸でお泣き!」


 姉は俺を解放し、月島弥生の頭を捕まえると、胸に抱いた。


「うわっぷ」


 弥生の顔は大きな脂肪の塊に埋もれて、窒息しそうになってじたばたしている。


 姉は「ニヘヘヘ」と締まりなく笑っていた。


 俺の姉ちゃん、だいぶ頭おかしいんだけど、どうしたもんかな……。




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