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手紙とみかんと催眠術  作者: 黒十二色
いつも心の中に
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第33話 闇の魔法/祝福

 木林みのりを亡き者にしようとした戒刃の攻撃、一度は防いだが、ピンチであることには変わりない。標的を自分に向けさせて虚勢を張った。


 俺の予想では、精神世界での強さは身体能力だけでは決まらないのではないかと推測される。


 心の強さを生むのは何だ。


 自信からくる心の余裕ではないだろうか。


 だから、強がる。


 でも、なんとか強がろうとする俺とは違い、相手には圧倒的な精神的余裕がある。何度も精神世界のなかで戦闘してきた経験値から来るものだ。


 戒刃は、前髪をかき上げながら、やはり余裕の表情を浮かべている。


「フハッ、臨機応変に対応する能力も、仕事が出来る破壊者の条件だからな」


「お前なんかに、殺されてたまるか。石河に勝てないなら、俺にも勝てるはずがない。俺なんか、石河よりテストの点は上だったんだぞ!」


 全く関係ないようだが、きっと効果はある。石河より勝っている部分があれば、こいつよりも上だと思い込める。この男は、背の高さ以外のあらゆる要素で石河より下なんだろうからな。


 それで心意気を奮い立たせるんだ。


 戒刃は、また手を振り回し、呪文を唱え始めた。


「――狂いて堕ちたる闇の壺、絶望の中のさらに闇、震える心と怯える体、無慈悲に消えゆけ、ブラックホール!」


 この、何が言いたいんだかよくわからない呪文によって、状況が一変した。


 それまでは、心で負けていなかったと思う。でも、やはり力の差はあまりに大きかった。


 呪文に呼応して、視界のあちこちに黒いものが発生した。俺の体よりも大きな漆黒の球がどこからか発生し、それらはゆっくりと俺に迫った。


 接触した。


「いっ?」


 球状の物質が目の前を通り過ぎ、俺の身体に触れた時、触れた場所が消滅した。腕や脚、俺の身体の一部が消えた。


 消える?


 俺が消える。


 思っている間に、また黒いものが俺を襲い、一部が消える。


 鈍い痛みが継続して襲う。そこにあるはずの体の一部が感覚だけを残して無くなった。背筋は寒くて、身体が熱くて……どうすりゃいい。どうなっちまうんだ、俺は。


 何だよ、これ、魔法?


 反則だろ。


 ……死?


 人生で最も身近に、俺は死を感じている。


 この精神世界ってやつの中で死んだらどうなるんだ?


 やっぱり現実世界でも死ぬのか?


「はははは! いいぞ、もっと怯えろ! そして死ねぇ」


「くぁ……ぐ……」


 高笑いを続ける変態に向かって言い返す余裕もない。


 苦しい。飲み込まれる。痛い。何かが痛い。何が痛いんだかわからないが、この黒い物体が触れた部分が抉り取られたみたいで痛い。体験したことの無い鈍痛だ。


 どうすればいいのか、わからない。誰かに教えて欲しいと思った。でも、この状況じゃ、誰にも、何も、教えてなんてもらえない。


 黒いものが、だんだん大きくなりながら目の前に迫ってくる。


 これが真正面から激突したら、きっともう命はない。けど、片足だけでは、もう避けられない。


 その時、木林みのりの横顔が、涙で滲んだ視界に入ってきた。


 無表情だったけれど、ひどく怒っているように見えた。


 きっとそれは、俺に対して向けられた怒りだ。


 全身の血が、沸騰した気がした。確実に心の温度が上がった。


 倒れるわけにはいかない。負けるわけにはいかない。俺がここで倒れれば、木林みのりも死ぬんだ。


 そうだ。


 今、彼女を守れるのは、俺だけなんだよ。


 ここで本気出さないで、いつ本気出すんだよ。


「痛み。はっ、痛みなんてどうでもいいんだよ……」


「はぁ? 何だって?」


「俺が、木林を守るんだよ!」


 瞬間――。


 閃きや、輝きをイメージするような甲高い音色。続いて耳鳴りのような音が響いて、鮮やかなオレンジ色が一気に部屋を満たした。大好きな柑橘系の香りと共に。


 二つの黒い物体は一気に消滅し、視界は橙色に染まる。


 強い光のなかで、ひるんで身構え、目を瞑った戒刃嶽人(かいばがくと)の姿が、はっきりと確認できた。


「なッ、なにィ?」


 狙いをつける。復活した足で床を蹴り、走り出す。


「戒刃ァ! この卑怯者がぁ!」


 俺は叫びながら、反撃に出た。


 拳を振るったものの、後ずさった戒刃には当たらなかった。避けられた。


「何故だ! たしかに『ブラックホール』が直撃したはず、なぜ身体が戻った! なぜ動ける!」


 なぜなぜと問われても、全くわからないし、答えている余裕もない。俺は追撃する。


 これまで何度も女の子に殴られて溜めたパワーを放出するイメージで。


「そもそも僅かでも当たりさえすれば致命傷のはず! 助かる術など存在しないはず! なぜだ!」


「知るかよ、そんなの!」


 そこでようやく、俺の攻撃が当たった。壁に追い詰められていたことに敵が気付かずに隙ができ、パンチが腹に入った。


「ごふっ……」


 戒刃は消えなかった。


 ここに強制的に入れられるときに姉に攻撃された。そのときに腹に衝撃があったから、腹部を殴ることで強制退場させられるかと思ったが、そういう原理でもないらしい。ここから簡単にいなくなってはくれないようだ。まだ攻撃する必要がある。こいつを無力化しないことには、木林は安心して目覚めることができないんだ。


「おのれ、結城アキラとかいったか……これが、デイドリームメイカーの力……なのか?」


「さあな、俺はそんな変な名前のやつの力は見たことないから知らないが、不思議な力が働いた気はしてるぜ。力がみなぎってくるんだ」


 俺はオレンジ色に光る拳を見つめ、そいつを叩きこむイメージを固めた。


 まばゆいほどの光が拳に集まっていく。


「何が起きている。オレの勝ちは、どこへいったァ!」


 叫ぶ敵を見据えて、その身体の真ん中に、全身全霊の一撃を入れてやる。


「そんなもん、最初っから、無えよ!」


 走って距離をつめる。固く握った拳が回る。腕が勢いよくのびていく。


 苦し紛れに悪者は、「――弾けろ、光よ!」などと呪文めいたもので攻撃した。やつの腕から発射された光の球は、俺に直撃したものの、なんともなかった。弾かれた。


 もしかしたら、本当に親父の力なのかもしれない。あるいは、姉ちゃんが何か仕掛けを打ったのかもしれないし、石河の(イキ)な計らいってやつかもしれない。いずれにしても、もはや相手の術は封じられていた。(だいだい)色の謎の力に包まれて、俺は走る。


 相手だけが有利な状況は失われ、不利な条件は無くなった。


 あとは、自分の心で答えを出してやる。


 俺は木林の上をまたぐように、大きく飛び上がった。


「ひっ」


 そんな小さな悲鳴を上げた戒刃に、体重の乗った一撃を見舞う。


 助走をつけた一撃が、男の顔面にめり込んだ。


「うおおおおおおお!」


 そのまま殴り抜く。


「ぐぁあッ」


 深く入った。殴った拳が痛いくらいだ。とても鈍い音がした。戒刃は、コンクリのような壁に背中を強打した。気を失って、だらしなく倒れた。長い手足から力が抜け、完全に沈黙している。


「……やった」


 勝った。守った。


「木林……」


 みのりは目覚めない。静かな美しい寝顔のままだった。


 心なしか、何となく感じていた怒りの感情も消えている気がした。


「えっと、この後は……どうすれば……」


 気を失っているのは一時的なものかもしれない。何が起こるかわからない世界の中で、黙って動かない二人を眺めつつ、どうしたら良いのかと戸惑うしかない、


 と、そこでようやく扉が開いた音がして、慌てた様子の石河が入ってきた。


「結城! 平気か!」


「ああ、余裕だったぜ」


 俺は笑って親指を立てた。


 石河は一つ安心したように息を吐くと、呆れたような調子で、沈黙する長身男に語りかける。


「戒刃……さすがに、催眠術師でもない普通の人間に負けるのは、あり得ないぞ……」 


 普通の人間、か……。ずっと普通の人間と言われたがっていた俺だったが、言われたところで、あまり嬉しくなかった。


「それより、すごいな、こいつは僕より弱いといっても、組織の中じゃエース級の実力だったこともあるんだぞ。よく勝てたな、結城」


 褒め言葉に素直に大喜びするわけにもいかない。俺にはこの遅れてきた男に訊きたいことがあった。


「……なあ石河、正直に答えてくれ」


「何だい? 勝利の祝いだ、今なら何でも正直に答えるよ」


「木林いのりだけじゃなく、木林みのりも、デイドリームメイカーが作り上げた人格か?」


「へぇ……結城らしくないな。正解だよ」


「そうか……」


 ふと、俺が俯きながら呟いた瞬間のこと。


「――そう、その通り」


 まるでスイッチが入ったかのように、いきなり誰かの声がした。その頭の中に直接語りかけるような声が聴こえた時、石河も戒刃も木林みのりも俺の意識の中から消え去り、周囲の景色は少しずつ黒で塗りつぶされてゆく。


 そして世界は、静かな闇に包まれた。


 一切の光が無い。右も左も、上も下もわからない。完全な無明の闇。


「誰だ……?」


 俺の問いには返事をせずに、声は言う。


「人格彫刻において、人格まるごとの書き足しなど誰にも不可能なのだ。できるのは上書きと書き直し。ゆえに『彫刻家』というのだ。『創造』でも『製造』でも『生成』でもなく、形を掘り出す『彫刻』でしかない。


つまり、木林いのりも、木林みのりも、人格を書き直すことによって生まれたのだ。一本の幹からひとつながりの二つの像を削り出すようにして、作られた存在なのだ。この真実に辿り着けないようでは、お父さんの子ではないな」


 この言い回しには覚えがある。


 声の主は、置手紙の主、すなわち父親だったようだ。


「父さん……なのか?」


 訊きたいことが山ほどあった。母のこと、姉のこと、今の木林みのりといのりの話もだ。


 木林姉妹が二人とも書き直された存在なのだとしたら、もとの依頼人である木林みのりは、どこへいってしまったのか……。しかし、闇の中の声は俺に質問の隙を与えることなく声をかけてくる。


「よくここまで来たな、アキラ」


 闇の中で、声だけが響く。


「私にできるのは、ここまでだ。あとはアキラが自分で考え、自分の力で向き合え」


「向き合う……? 向き合うって何にだ?」


「そう、木林みのり、木林いのりと向き合うということは、そういうことだ」


「どういうことなんだ。さっきから録音テープみたいに一方的に喋りやがって!」


「悲しい現実に立ち向かうには、一人だけでは辛いことだろう。お前のよく知る人間をひとり、お前を助ける役目としてつけよう。取り扱いには注意するように」


「俺の知り合い? 誰のことだ? 姉ちゃんか?」


「では、アキラ。生きていれば、またいつか会うこともあるだろう。どうか家族で一緒に暮らせる日が来ることを、願っているよ」


 父のその言葉を最後に、世界は暖かな色に包まれた。爽やかなシトラスの香りもする。


「くそ、俺も……父さんたちのこと、もっと知りたいのに」


 そして、どうやら俺は、木林の精神世界の中で、意識を失ったようだ。




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