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手紙とみかんと催眠術  作者: 黒十二色
いつも心の中に
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第32話 みのりの部屋/守りたい

 まるで、石河の家みたいな、生活感の無い、何も無い無機質な部屋だった。


「ふはははは」


 耳障りな笑い声が響いた。部屋の奥、右隅にいる戒刃嶽人の声だった。


 その少し手前、何も無い部屋の中央にぽつんと存在する椅子に、木林みのりがいた。こちらを向いて座った姿勢のまま静かに眠っていた。


 普段激怒した顔ばかり見ているからか、その安らかな寝顔が、とても綺麗だと思った。


「やはりなぁ。やはり石河は、木林いのりの部屋へ行ったか。計算通りだ」


「何だと」


 勝ち誇った笑みを浮かべた戒刃を睨みつける。


「そう、オレは、こうなることを予測していた。木林いのりの部屋には石河が行く。デイドリームメイカーの設計では、部屋に異物が混入した時、防衛システムが働きその正体を解析するから、数分は抜け出すことはできない構造になっている。


つまり、石河を数分足止めできるというわけだ。そして、俺は木林みのりの部屋で待ち伏せをしていれば……デイドリームメイカーの息子と木林みのりを厄介な石河から切り離すことができる」


 石河が裏をかかれたということのようだ。


「人格彫刻家とかいう凶悪犯罪者を刈り取るのも、人格破壊者の仕事の一つだからなぁ。これは最高のシチュエーションだぜェ! フフッ、もちろん、オレの最優先は、石河だ。オレを置いて逃げたアイツだぁ。『ブレイカーズ』を抜けた裏切り者に、敗北の味を教えて悔しがらせてやることこそ、オレの人生の目的! 


ハハッ、だが、ついでに、多重人格者を作り出す可能性のある人格彫刻家、その血統を持つ人間、結城アキラも殺すことも出来たら、ヤツの悔しさも倍増だろうなぁ。ついでに女もやっちまえる。まさに一石三鳥の神作戦ってわけさぁ。まったく、天才だなァ、オレって奴ァ……」


 よく喋るな、この男。一気に喋りすぎで半分以上理解できなかった。目的を語ったつもりなんだろうが、本当の目的が何なのか全然伝わってこない。とりあえずヤバイ状況ってことは何となくわかるが……。


「さあて、先に木林みのりを壊すぜ」


「ちょっと待て。何故……みのりを壊すんだ? みのりは……みのりは後から付け足されたわけではなく、元から存在した人格なのでは……」


 しかし、戒刃は無視をした。まるで俺のことなんか眼中に無いみたいに。


「ふははっ、そうすれば、石河は悔しがる。『守れなかった』と悔しがる。ふふふ……楽しみだ」


「待てよ」力強く声を出す。


「あん?」


「どうして簡単に、人格を壊すだなんて言えるんだ? それは、人殺しをすることと何も変わらないんじゃないのか?」


「何を言っとるんだ。人殺し? ククッ、なるほどぉ、あの人形の真実を、石河から聞かされていないんだな? 友人も騙すなんてなぁ、堕ちたもんだなぁ、石河も。


いいか? オレのやろうとしていることは、何もおかしな事じゃあない。オレたち人格破壊者は、秩序を守るために存在しているんだ。不自然な存在を排斥することによって、平和を維持する存在、すなわち正義なんだぜぇ」


 ああ、そうか。こいつ、やっぱり自分に酔っているのか。自己陶酔も行くところまで行けば病気と同じだということが、あらためてわかった。


 少しだけ、ほんの少しだけ話せばわかるんじゃないかと信じたかった。でも、この気障りな男は、やはり敵なのだ。何とかしなければならない。そうしないと、俺もみのりも殺されてしまう。


 敗北の、嫌なイメージが脳裏をよぎる。


 いくら石河から見て小物だったとは言っても、何もできない俺よりは戦闘力があるはずで、俺が戦ってどうにかなるのだろうか。


 そんな俺の迷いを見透かしたのか、敵は恍惚とした上ずった声で言う。


「さぁて、結城アキラ、お前一人で何ができる? 自分の身を守ることすら他人に依存する程の力しか持っていない、お前に! 命乞いでもするかぁ? もうすぐ石河が駆け付けるとでも思っているのかぁ? この精神の部屋の構造上、そう簡単には来られないぞ?」


「くっ……」


 悔しいが、この男の言う通りだ。


 ――俺には、力が無い。


 今ばかりは、それが悔しい。何故こんなにも自分に力が無いんだって憎い。


「ふむ、そうだな……調子に乗って、グズグズしていると失敗する。お喋りはここまでだ。さっさと木林みのりを殺すとするか」


 戒刃嶽人は平然と、今日は生ゴミの日だから袋を外に出さなくっちゃ、みたいな口調で殺人宣言をして、木林みのりの背中に歩み寄る。


 ダメだ。させない。手を出させるわけにはいかない。俺はまだ手紙の件もキスの件も、木林みのりに謝っていない。みのりだけじゃない。いのりにも謝っていない。二人に許してもらうまで、誰も死なせてなるものか!


 別れたくない。絶対に別れたくない。


 それが辛く苦しいものだって、どういうわけか俺は、痛いくらいに知っているから。


 俺は、好きなんだ……。


 木林いのりも、木林みのりも好きなんだ。


 失いたくないと思っているんだ。


 まだ知り合って日が浅いけど、でも、家族よりも家族みたいに思える存在なんだ。


 ――だから!


「やめろォ!」


 俺は手を伸ばす。


 今、この瞬間、木林みのりを守れるのは俺だけだ。


 もしかしたら、木林いのりだけでなく、木林みのりも人為的に作られた存在なんじゃないかと思ったことがある。


 考えないようにしていただけで、その可能性は、むしろ高い。


 でも、そんなことは問題じゃないんだ。


 消えて良い存在なんかじゃ無い。


 たとえ作られた人格だったとしても、一つの命だ!


 戒刃の手から木林を破壊しようとする光の束が放出された。


 間一髪、俺の手が、光を放つ戒刃の手を掴み上げたため、光は、木林みのりを貫くことなく、部屋の扉を少し焦がしただけだった。


「ほう……先に死にたいんだな、結城アキラ。良いだろう、その勇気に免じて、予定変更だ。お前から殺してやろう」


「や、やってみろよ!」


 距離をとって身構え、虚勢を張った。



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