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手紙とみかんと催眠術  作者: 黒十二色
いつも心の中に
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第31話 精神世界/戒刃嶽人

 意識が戻った時、見知らぬ場所に立っていた。


 青空と、白い地面が、地平線の先まで広がっていた。不安になるほどに寂しい世界だと感じる。


「結城」


 石河開の声がした。


「どこだ? 石河!」


「いや、足元を見てくれ……」


 言われた通りに足元を見てみると、石河の背中を踏んでいた。


「あっと、すまん」


 俺が飛び退くと、石河は立ち上がり、制服に付いた白い砂をはたき落とした。


 雪みたいに見えていたものは砂のようだった。地面が白い砂みたいなものに埋め尽くされており、触ってみても熱くも冷たくなかった。太陽が出ていないからか、青空なのに薄暗く感じる。


「……こんなところまで来てしまったら、もう本当に普通には戻れないじゃないか。僕は結城とは普通の友達のままでありたかったのに」


「石河、一体、ここは……何なんだ?」


「木林みのりの中……つまり、精神世界の一部だ」


「何だそれ?」


 ていうか、こいつ、精神世界の中でまで制服姿なのか。


「石河は、木林の中で何をしているんだ?」


「言っただろう、戒刃嶽人に気をつけろと。戒刃嶽人は人格破壊者なんだよ。相変わらず何も聞いていないんだな。結城が目を離したおかげで木林いのりがピンチだ……何で彼女を一人にしたんだよ。戒刃に気をつけろと言っただろう」


「それに関しては事情が色々あってだな……つまり俺が最低最悪の行為をだな……」


「セクハラでもしたのか?」


 ラブレターを盗み見るというのは、ある意味ではセクハラよりも酷いし、無理矢理キスしたというのはセクハラというよりも痴漢とかに近いかもしれない。犯罪的だ。でも、ああしないと俺はみのりに撲殺されていたに違いない。


「まあ、そんなところだ」


「最低だな」


「自分でもそう思ったさ。で、石河はここで何をしているんだ」


「だから……また話を聞いてなかったのかい? 戒刃嶽人が、木林いのりと木林みのりを破壊しようとしているんだよ。僕はその蛮行を阻止するために、ここに来た」


「なるほど」


「結城、ここに来た以上、何があっても僕が君を外に出してやる手段はない。もう、後悔しても遅いからな」


 みんなして、俺に引き返せみたいなことを言ってきたけれど、残念ながら、俺の覚悟は決まってしまった。父親の意図が何なのか知らないが、俺は人格彫刻について、全て知りたいと思ったんだ。だから、俺はここに居るッ。なんて、石河は、そのことを全部わかった上で、俺に「後悔しても遅い」なんて言葉を投げて来たんだろう。


「……それで、みのりといのりは、どこにいるんだ?」


「それはさ、さっさと敵を倒してから教えてあげるよ」


 石河が何も無い空に向かって左手を伸ばすと、今まで何も無かった手の中に青い弓が現れた。胸の前に弓を構えて右手で弦を引くと、白く輝く光の矢が現れる。


 キリキリキリキリと弦を引いて、ようやく発射準備が整う。弓を持っていた右手をパッと開くと、光の矢は発射された。


 矢は一度上空へ光の尻尾と共に舞い上がり、弧を描いて二十メートル先の白い砂地に落ちた。文字で表すなら「几」という文字を右から左になぞるような軌道だった。


 矢は砂にぶつかった時消滅したが、代わりに大量の砂を巻き上げるほどの爆発を起こし、俺と石河の頭に、白い砂が降った。石河の弓は、左手の中に吸い込まれるように消えた。


 砂埃の中から姿を表したのは、長身の自己陶酔男。戒刃嶽人だった。


「相変わらず、察しがいいなぁ、石河は」


「気付いて欲しそうに殺気を放ってたのはそっちだろう」


 そんな石河の言葉に対し、戒刃はフフッと笑った。なんか、えらく鼻につく笑い方だった。


「ほう、デイドリームメイカーの一人息子か、いいものが釣れたな」


 またしても謎のポーズをとる。文字で表すなら「匁」みたいなポーズだ。格好つけているつもりなのだろうが、そのポーズのままグネグネされると、はっきり言って気色悪い。


「戒刃」


「なんだい、石河ァ」


「帰れ」


「酷いなァ。折角このオレが会いに来てやったというのに」


「僕は戒刃に用は無いんだ。殺さないでやるから帰ってくれ」


「ははっ、面白いことを言うなぁ。石河には無くとも、オレは石河に用があるんだよ」


「木林いのりに手を出すなと以前にも言ったはずだろう」


 どうやら、石河と戒刃は、知り合いだったようだ。人格破壊者時代の知り合いとか、そんなところだろうか。


「ああん? 木林だ? そんなのはどうでも良いんだよ」


「……どういうことだ。上から言われて来たんじゃないのか?」


「関係ねえなァ。命令なんて。オレはね……石河と戦って、勝ちたいだけなんだよォ!」


 戒刃は全力で叫んだ後、長い腕を不規則に動かす。滑らかな動きだった。


「――闇の中にて見つけた光、数億数兆ある光、天地に満ちて、戦地に現れ、我に仇なす全てを(ほふ)れ!」


 目の前の空気を薙ぎ払った。


 何の呪文だろうか。


「結城、伏せて!」


 石河はそう言うと、再び弓を構えた。


 戒刃の手からは直径五メートルほどの光の弾が発射され、超高速で俺たち二人の居る方に向かってきた。


 俺は石河の指示通りにうつ伏せになり、衝撃に備える心の準備をした。


 石河の放った矢が、戒刃の光弾に触れた時、世界は轟音と強風に包まれる。


 目も耳もおかしくなりそうだ。


「はははは! オレは、待っていた。本気のお前と戦えるその時をな!」


「お前は、いちいち僕に喧嘩を売るが、一度も僕に勝った事ないだろ」


 パチン、と耳から脳を突き刺すような激しい音がして、光弾と光の矢がぶつかり合い、共に弾けた。


 後に残されたのは、直径十メートルほどのクレーターのような穴だった。


「だからこそだ!」


 その異次元戦闘に面喰ってしまって、元々乏しい俺の思考能力が更に低下していた。


 俺の脳みそが必死に状況を把握しようと回転を試みていた時、また戒刃嶽人が手を不規則に動かしながら呪文のようなものを唱え出した。


「――夢見た場所には炎があった、盗み出された炎があった、森の緑も、黒……」


 きっとデイドリームメイカーとかいう俺の父の変な二つ名も、コイツみたいな変なヤツが名付けたに違いない。何となくそんな気がする。


「…………」


 石河は、無言で弓を構え、光の矢を発射した。


「ちょ……待っ――」


 大砲が直撃したかのような爆音。


 戒刃の目の前で、光の矢は爆発し、戒刃は尻餅をついた。かなり格好悪い。


「呪文長すぎだよ」


「く……おのれ石河ぁ!」


 呪文詠唱中の戒刃嶽人は確かに隙だらけだった。石河開はヒーローの変身や合体の時に空気を読んで攻撃しない怪物ほど優しくはないらしい。そもそも戒刃は顔こそ良いが、姿勢や言動が全くヒーローっぽくないから仕方ない。


「……そうだ。良い作戦を思いついたぞ。もうなり振り構っていられないからな」


 戒刃はブツブツと呟いた後、高速移動し、俺を羽交い絞めにした。


「な、何してんだ」


「さあ、デイドリームメイカーの息子を人質にとったぞ! どうだ、参ったか!」


 うわあ、何だろう、すごいピンチのはずなのに、全くピンチだと思えない。戒刃から小者オーラが溢れんばかりだ。


 こういう卑怯な作戦に出た悪役は、正義の石河開あたりにボコボコにされると相場が決まって――


「……いや、僕にとっては、結城なんてどうでもいい」


「えっ!」


「ちょ、おい何だと。俺を見捨てるのか、石河!」


 よくよく考えてみれば、木林いのりのことが好きな石河からしたら、俺は恋敵ってやつじゃないのか。


 出会って間もない男との友情よりも、俺を亡き者にしたほうが得と考えたっておかしくない。


 しかし、そこで石河は言うのだ。


「ただ……結城に傷でもつけたら、本当に殺すけどね」


 はぁ、よかった、見捨てられたわけではないようだ。疑って申し訳ない。だけど、殺すとか物騒だぞ。完膚なきまでに傷めつける、くらいでいい。


「う、ならば……これならどうだぁ!」


 戒刃嶽人は石河の迫力に気圧されて、俺を解放すると、白い砂の上を走っていった。


「えっと、逃げたのか、アイツ」


「やばい! 追うぞ結城! あいつ足だけは速いんだ」


 叫ぶ石河は駆け出し、俺の前を通り過ぎる。


「石河、どうしたんだ? あいつ、何をしようとしているんだ?」


「今度は木林を、人質にするつもりだ」


「何と卑劣な!」


 そこまでやるか、戒刃とやら。さすがに卑怯すぎる。そんな事をさせるわけにはいかないと思い、俺も勢いよく立ち上がり、石河に置いて行かれないように全力で走った。


 二人の背中を追っていく。


「はははは! この試合は、木林とかいう女を殺せば終わりだ」


「言っていて恥ずかしくはないのか!」と石河。


「もう、手段なんか選んでいられないのさ。木林の人格を破壊することこそ、『ブレイカーズ』から与えられた俺の元々の任務。だから、仕事の出来る男であるこの俺は、既に木林とかいうのの居場所を把握していたのさ!」


 ブレイカーズってのは、何だろう。話の流れから察するに、敵の組織の名前だろうか。


「結城、よく見ておきなよ。あれが戒刃嶽人だ。性格はとことん卑怯。目的のためなら手段を選ばないけど、超自己中心的な性格のため、しばしば任務を無視することで昔から有名だった。僕を勝手にライバル視しているが、僕はアレに一度も負けたことが無い」


「やたら説明っぽいな。要するに、お前からすれば雑魚なんだな?」


「そうさ。いつもピンチになると卑怯な手を使おうとするが、それでも絶対に僕に勝つことのできない先天的な小者だよ。あの小者っぷりは、何回死んでも治らないだろうね」


「……はは……ふははは! そんな挑発には乗らないぞ! 石河を悔しがらせることこそがこのオレの目的!」


 なるほど、挑発か。石河が戒刃を足止めするために放った戒刃をコケにする言葉の数々だったようだ。しかし戒刃は止まらなかった。俺たち三人は走り、目に見えないカーテンのようなもので隠されていた裂け目を通り抜けた。


 人が二人分通れるほどの亀裂だったから、すんなりと次のエリアへと行くことができた。


 景色は一変して、夕焼けのような(くれない)の空と灼熱砂漠が視界を覆った。地平線の果てまで、熱砂が続いていて、立っているだけで全身が燃え出してしまいそうだった。


「ひどいね、これは。こんなのは初めてだ」と石河開。


「まるで地獄だな」


 なんて言っては見たものの、地獄行きになどなったことないから、わからないけども。


 先刻の白砂が「哀」だとするなら、ここの熱砂は「怒」といったところだろう。


「まずい」


 石河が呟き、更にスピードを上げた。赤い世界を駆ける。


 どうやら、木林の居場所が近いらしい。


 戒刃は空高く跳躍し、高所にあった別の裂け目に消えた。


「僕らも行くよ!」


 石河もジャンプしてその赤い空を引き裂く闇の中へ入った。俺も熱砂を蹴ってジャンプしてみるが、空間の裂け目までは届かない。手を伸ばしても届かない。身体がうまく動かない。


 そこで、情けなく落ちかけた俺の手を、裂け目から飛び出した石河の小さな手が掴んで、何とか空間移動を果たせた。


「あ……ありがとう、石河」


「いや、精神世界に入るの初めてなんだ。無理もない。むしろ、よく耐えてるほうだ」


「ああ、何ともないぜ。……そう言っといたほうがいいだろ?」


「さすが、よくわかってるね。ここでは心の強さが大切だ。精神的に優位に立てば、結果はおのずとついてくるさ」


「それよりも、ここは……?」


 周囲の景色は、また変化していた。


 今度は、まるで船や潜水艦内の通路のような場所。灰色のコンクリートに覆われて、いくつもの管が壁や床を這っている。通路は、どこまでも続いているようで、前を見ても後ろを見ても、突き当りが見えない暗闇で、どこにも終点は無いようだった。


「ここが、木林が居る場所だ」


 戒刃の姿は見えず、かわりに、壁に二つの扉があった。左右の壁に一つずつ、金属のような材質の、重たそうな扉だ。


「いのりっ!」


 石河はそう叫ぶと、一人、右側の扉の中へ消えた。鉄扉が閉まる重たい音が、静寂の中によく響いた。


 この状況で……俺は、どうするべきだろうか。


 戒刃が木林いのりの部屋に行っていれば問題は無い。いのりが人質に取られていても石河が敗北することはないだろう。しかし、もしも石河がミスをしていて、入ったのがみのりの部屋だったという場合は、大ピンチだ。


 あるいは、戒刃が、この木林の精神世界に手を加えて、部屋をすり替えているなんてことも考えられるが、その可能性は低いだろう。石河なら、絶対にその変化に気付くと思う。あとは、戒刃が最初から木林みのりの部屋に入っている可能性。


 戒刃がどちらかを壊すとしたら、木林いのりの人格のはずだ。なぜなら、石河が言うには、「木林いのりは、書き足された存在」だからだ。みのりの方が基盤となる人格だという話であって、人格破壊者が狙うのは、木林いのりの命以外に考えられない。


 だが、何か引っかかる。


 悪い頭で、起こり得る全ての可能性を考えつくした。


 俺は答えを出す。


 最も危険なのは、石河が入ったほうの部屋に敵がおらず、どちらかの木林がなすすべなく消されてしまうこと。


「……よし」


 俺は、石河が入った部屋とは別の部屋。向かって左側の部屋の扉、そのドアノブに手をかけた。


 扉は、重たそうな外見からは考えられないくらいに軽かった。中に入ると、激しく冷たい音を立て、自動的に扉が閉じた。




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