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手紙とみかんと催眠術  作者: 黒十二色
記憶にかかる雲
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第29話 非通知設定/事件

 引っ越して来てから、色々な出会いがあった。


 家族と再会した。口数が少ないながらも優しい父、優しさしかない母、普通の事しか言わない地味な姉。たまたま隣の席だった石河と知り合い、木林いのりと出会い、木林みのりと出会い、月島弥生と出会った。


 一日で三人に殴られたなんてこともあった。


 家を出て行くことになって、俺は死んだということになってしまって、誰かに命を狙われてしまう可能性があることも知った。ロリロリ詐欺とかいう妹萌えの人々を標的にした詐欺にも引っ掛かり、財産を失うなんてこともあった。


 俺は、全てを知らなくてはならない。父と石河に深く関わる人格彫刻や催眠術について。その真実を知るために、石河の家に行く。


 手紙を読み終えて外に出たのは、深夜から早朝になる時間帯だった。


 いつの間にか後輪がパンクしていた自転車に乗って、五分か六分。急な坂を立ち漕ぎで必死に上って、石河開の家の前まで来た。


 ピンポン連打した。


「…………」


 返事が無い。


 いないのだろうか?


 俺は、どうしても石河開のところへ辿り着かなくてはならない。そのためには、多少の、良い子が真似をしてはいけない行為にだって及ばなければならない。


 そう、不法侵入。


 石河の家も施錠されていなかった。 


「おーい石河ー?」


 やはり返事が無い。


 俺は、何回か来たことのある生活感の無い部屋に入る。


 ちゃぶ台の上には、何も無かった。てっきり置手紙でもあるんじゃないかと思って期待していたのだが……。


 と、安堵と落胆が混ざったような息を吐いた時、携帯に着信があって、俺はびっくりして身を弾ませる。鳴いて震える携帯のディスプレイには、またしても『非通知設定』の文字があった。


 ひっ、非通知設定だと?


 萌え系妹を装った詐欺で五百万騙し取られた時の電話も非通知設定だったし、この五文字には良い思い出が無い。でも、この電話は、何か重要な電話だと思う。


 消えた石河。このタイミングでの電話。何か関係があるに違いない。


 ここは勇気を出して、電話に出よう。


「も、もしもし……」


『お、アキラか?』


 女性の声。そのぶっきらぼうな声を、俺は何処かで聴いたことがあった。しかし、何処で聴いたものだったか、思い出せない。


「誰……だ?」


『おいおい、私の声を忘れた? 姫乃だよ。結城姫乃。お前の姉ちゃんだ』


 姉?


 両親と一緒に逃げたんじゃなかったのか?


 というか、俺の姉って、こんなキャラだったか?


 こんなに、はっきりとした声で喋る女だったっけ?


 背は高かったが、猫背で、普通の超地味系な高校生女子じゃなかったか?


「本当に姉ちゃん……なのか?」


 姉を装った詐欺の可能性が頭に浮かんだが、次の一言で、本当に姉なのだと理解した。


『これ以上、首を突っ込むと、本当に危険だぞ? わかってるか?』


 姉は、全てを知っているようだった。


「……わかってるさ。だけど、俺は知らなくちゃいけないんだ。全てを」


『そうか。でもな、私は、アキラを巻き込みたくないから、父さんの言いつけに逆らってでも――』


 その時、電話の向こうで、ピロポロペンというような奇怪な音のチャイムが鳴った。初めて耳にする音だったが、音の質が学校のチャイムに近かった。抑揚をつけて喋り続ける姉の声よりも、そのチャイムの音が気になった。


『……とにかく、この事件は、私の方で処理する』


「事件? ちょっと待ってくれ、一体何が……」


『気付いていない? 木林みのりを探しているんじゃないのか?』


「それ、どういうことだ? みのりが、どうしたってんだ? 何なんだ?」


『うん、アキラには、関係なかったな。切るぞ』


「ちょっと待っ――」


 プツ。そんな音を立てて、わけのわからない電話は切れた。


 何だ……何が起きている?


 みのりに危機が迫っているのか。そう考えるなら、石河がこの場所にいないのも当然だ。


 木林みのりが行くとしたらどこだ?


 待てよ、姉らしき電話の相手は「事件」という言葉を使った。ならば自分から何処かへ行ったのではなく攫われたと考えるのが自然だ。


 俺も弥生と一緒にいるうちに、少しは物事を推理する力が付いたのだろうか。かつてないほどの閃きの洪水。効果音を付けるなら、ちょっと子供っぽいかもしれないが、「キュピーン」という感じだ。


 そして俺は、以前、月島弥生とファミレスで交わした何気ない会話を思い出した。


(みのる学園のチャイムって、変よね)

(変? いや、キーンコーンカーンコーンってやつだろ? 至って一般的だと思うぞ?)

(え……マジ?)

(明輝学園が変なんじゃないのか? どんなチャイムなんだ?)

(なんか、ピロポロペンみたいな?)

(ごめん、伝わらない)

(まあ、とにかく、変なのよ)


 先刻、電話の向こうで鳴っていたチャイムは、なるほど確かにピロポロペンだった。


 つまり、俺の姉、結城姫乃がいるのは……弥生の通う高校。


「明輝学園だ!」


 俺は石河の家を出て、冬の朝、パンクした自転車で疾走する。


 ガタガタガタタと後輪が揺れる。


 急な下り坂を下り切った後すぐ、急な右カーブで後輪が滑り、転倒した。


「く……」


 自転車の後輪が電柱に激突し、派手にに曲がってしまっていた。申し訳ないが使い物にならなくなった愛車とはここでお別れ。


 走り出す。


 俺が一ヶ月間、家族と共に住んだ家の前も走り抜け、周囲の景色は住宅街から商店街へ。


 早朝の街、シャッター通りを、駆け抜ける。




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