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手紙とみかんと催眠術  作者: 黒十二色
記憶にかかる雲
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第26話 テスト結果/謎の転校生

「あたしたちって、何で一緒に住んでるんだっけ?」


 夕方になって起きてきた木林みのりは、長い黒髪を手で梳かしながら挨拶代わりにそう言った。


「さあ……」


 少し考えてみて、さっぱりわからなかったので、曖昧な返事をする俺。


「あんたとあたしって、何か関係あったっけ?」


 恋人同士?


 という言葉が頭をよぎって、絶対にそれは無いと思った。天地がひっくり返っても有り得ないな。


「…………」


 木林みのりは二重人格だ。しかも、いのりの方はまだ可愛げがあるが、この、みのりの方の人格はきつい。凶暴だ。どう考えても俺の手に余る。


 俺がみのりの家であるマンションの三階の一室に住む事になったのは、俺が親から捨てられ、妹を装った振り込め詐欺の被害に遭い、野良犬のように街を彷徨っているところを、みのりに拾われたのだという記憶がある。


 そうだ、そういう理由で、俺が居候させてもらってるって話だった。


「んー……まあ、いいか」


 木林みのりはそう言って、開いていたカーテンを閉じた。


 そして、異常な眠気に襲われた俺はベッド代わりのソファの上で、そのまま眠りに就いたらしい。


  ★


 起きたのは次の日の朝だった。


 期末試験が終われば登校日は少なくなるのだが、今日は答案返却日で、学校に行かなければならない。


 答案返却日。それは、俺たち生徒が「ひどい点数だったらどうしよう」と悪い意味で胸をドキドキさせる日。しかし、それが終われば、もう今学期の授業は無いに等しく、冬休みへとまっしぐらである。


 一緒に暮らしている木林みのりは、眠る俺に声もかけずに先に登校してしまったらしく、俺が遅刻したらどうするんだ、と文句を言いたいが、そんなことを言えば殴られたりすることも目に見えているので、やめた。


 いのりの方が表に出てくれていたなら、きっと俺を優しく揺り起こしてくれたのだろうが、みのり相手に理由無くキスするなんてのは至難の業だからな。痛い思いはしたくない。


 遅刻せずに教室に到着した時、ちょうど担任の片岡梨々子先生がやって来て、ホームルームが始まった。


 ふと視界に、不自然な空席があるのが目に入った。確か、今日は誰も休んでいないはずだけど。まあ、気にしなくても全く問題は無いな。他に誰も気にした素振りを見せていないし。


 全教科の答案用紙が、最前列の席の机の上に並べられ、出席番号順に教室の廊下側に並んで、工場のベルトコンベアを流れて行く物体のように動き、一枚ずつ回収していく。全教科を受け取った者から、自分の席へと戻る。


 俺は、先月転校して来たばかりなので、一番最後、三十九番目だった。


 俺は全ての答案を手に取り、自分の席に戻って確認し、驚いた。


 いわゆる赤点と呼ばれる、補習を受けなくてはならないような点数は一つも無く、それどころか九十点とか、八十点とか、俺の今までの成績からは考えられない好成績だったからだ。


 うぉぉ、さすが月島弥生先生。一体どんな魔法を使ったんだ……と、過去を回想しかけたが、俺の脳細胞が「思い出すのは危険だ!」と騒いだ気がしたので、その勉強の記憶は思い出さないことにした。


 担任の梨々子先生が言うには、


「今回は頑張ったのね、結城くん。前の学校の時の成績みたら……その、ちょっとアレだったから、心配したけど、平気そうね」


「あ、はい……」


 自分の実力で取った点数ではない気がして、元気の無い返事をした。


 けれど、俺の元気が無いのには、もう一つ、別の理由があった。テストが返却され、もうすぐ冬休みだというのに、モヤモヤした何かが頭の中に残っていたのだ。その正体もわからないモヤモヤのせいで、テストの高得点も冬休みも、素直に喜ぶ事ができない。気になって仕方がない。


 喩えるなら、爆笑必至の超面白いジョークを思いついたのに、メモをとる前に忘れてしまった時のような感じだ。わかりにくいかな……。


「木林、どうだった?」


 俺は木林みのりに話しかけた。


「…………」


 反応が無い。まさか、全部の答案で名前を書き忘れて零点だったなどということはないだろうな。そんなおっちょこちょいをやらかすような人を、知っているような気がするが、それが誰なのかと言われると、ちょっと思い出せない。木林姉妹は、自分の名前というもの対して執着心が強いだろうから、そういうミスはしなさそうだけど。


「木林、聞いてるか? どうだった?」


「え? ああ、うん。全部満点だった」


 何だと、恐るべし。


「さすが、月島弥生先生だな」


「うん……ちょっと、びっくりしちまって……」


「はい、皆さん、一度席に着いて下さい」


 梨々子先生がそう言うと、素直な二年三組の生徒たちは、静かに着席した。


「実は今日、もう一つ、大きなお知らせがあります。実は、先月の結城くんに続いて、またしても、転校生がやって来ました」


 教室に「おお」という、驚きと期待が混じった声が響いた。


 転校生か。それで、不自然な空席が一つあったんだな。どんな女の子だろうな。やっぱり小さい娘で、茶色い髪とかで、可愛いのかな。


 ところが、扉が開いて現れたのは、残念なことに男だった。


「それじゃあ、自己紹介、お願いします」


 と梨々子先生が言うと、その男は、くねくねと気持ちの悪い踊りをしながら、言った。


「はじめまして、オレは戒刃嶽人かいばがくと。ヨロシクだぜ!」


 格好つけてポーズを決めた。あまりに残念な男の登場に、教室中が、ガッカリした瞬間であった。


 女子がぼそぼそと「あのメンズせっかく顔と名前は良いのに」というようなことを話していた。


 そう、転校生の戒刃嶽人は、顔を見れば、イケメン、ハンサム、二枚目、男前……どれだけ褒めても足りないほどの、造形の良い顔をしていて、おまけに身長も百八十センチを越える長身とスタイルも抜群。つまり容姿は最高級。しかも名前もガクトって響きが格好いい感じだった。だが……くねくね踊りと謎ポージングのせいで、きっと、このクラスのほとんどの人間が近寄りがたい印象を抱いたことだろう。


 何となく「自分格好良い」と思っていそうな、いわゆる「ナルシスト的雰囲気」も悪い印象を与えたようだ。自己紹介の大失敗例を見た気がした。


 ところで、イケメンの語源は「イケてるメンズ」か「イケてる顔面」なのか、どっちなんだろうね。どっちでもいいね。俺がイケメンじゃないからね。


「こんな変な時期に転校してきたけど、俺は普通の人間で、決して、あやしい人間じゃないので、安心してくれよな!」


 と、戒刃。あやしい人間ほど、自分があやしくないと言い張ると思うのは俺だけか?


「結城、結城」


 隣の席の石河の声を、何日かぶりに聞いた。二週間ぶりくらいかな。あるいは、俺が忘れてるだけかもしれんが。


「どうしたんだ? 石河」


「戒刃には、気をつけろよ」


「知り合いか?」


「……ああ。知り合いだ」


 石河開の知り合い。ということは、それはつまり、あの男も催眠術師ということになるのだろうか。少なくとも催眠術に関わっている存在であると断定してしまっていい。石河開と知り合うことは、催眠術に関わることだ、と言っても過言ではないからな。


 でも、気をつけろと言われても、どんな風に気をつければ良いのやら、見当もつかないな。


「それじゃあ、戒刃くんは……そこの、空いてる席に座って」


 戒刃嶽人は、梨々子先生の指示に従って、不自然に存在した空席に座った。格好つけて足を組んで座った。どうやらあの席は、戒刃嶽人が座る為に用意されていたようだ。


「…………」


 何だかなぁ、ものすごくモヤモヤした気分になった。




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