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手紙とみかんと催眠術  作者: 黒十二色
六日目~数日後
25/37

第25話 時間切れ/みかんの手紙

 何なんだよ、突然すぎる。


 確かに、思い返せば、みかんには不自然なことが多くあった。


 果物のミカン以外を口にしないことや、人間とは思えない軽さ、体調を崩してもすぐに治り、さっきは影も無かった。


 目の前にある、彼女の命を保つ最後のミカン。それが無くなることが、田中みかんが消滅する引き金のようなものだと知らされて、食べられるはずがない。今までミカンを食べまくってしまったことに対する罪悪感も、無限に湧き上がってくる。


 俺は何があっても、このミカンを守り抜き、彼女を消さないようにすると決めた。


 もしも奇跡が起きるなら、彼女が消えないようにと願う。


 でも、既に奇跡の果てにいる彼女に、これ以上の奇跡が起こる確率なんて、限りなくゼロに近いだろう。それでも、ゼロではないのなら……。


(アキラちゃん)

(アキラちゃん)

(アキラちゃん)

(アキラちゃん)

(アキラちゃん)


 幻聴のように、みかんの声が頭の中に響く。彼女の声で埋め尽くされる。みかんと過ごした数日の記憶が、終わらない紙芝居のように何周も何周も繰り返され、いつの間にか朝になっていた。


 閉じたカーテンの隙間から、ミカン色の光が少しだけ射していた。


「おはよう。アキラちゃん」


「ああ、おはよう、みかん……」


「元気……ないね」


「木林は?」


「寝てるよ。たぶん、夕方くらいまで起きないと思う。夜更かし、しちゃったから」


「そうか」


 部屋で二人で話しこんでいたのだろう。あるいは、俺にしたのと同じように、別れの挨拶をしていたのかもしれない。


「…………」


 静かな冬の朝だった。何の音もしないような、止まったような世界だった。


 いきなり、みかんが倒れた。みかんが机にぶつかる音で彼女が倒れたことに気付いた。


「みかん!」


「ゲホ……ゲホ……」


 咳だ。まずい。


「大丈夫か? みかん」


 俺は、彼女を持ち上げて、ソファに寝かせた。


「……思ったより……早いな……もう、時間切れなのか……」


 いつもより高い、かすれた声。


 みかんの症状は、あの日……みかんが風邪のような症状で倒れた日に似ていた。あの日と同じなら、咳の後には、高熱と異常な発汗が見られるはずだ。


「ア……キラ……ちゃん……」


「何だ? どうした? 時間切れって何だ?」


「ミカン……食べたい」


「なっ! ダメだ。これは、ダメだ。絶対に、ダメだ!」


「苦しい……」


 どうすればいいんだよ。


 このミカンが無くなれば、みかんは消えてしまう。だから、このミカンだけは失わないようにって思ってた。なのに……。


 そうだ、そういえば言っていたじゃないか……。みかんが命を維持するためには、定期的にミカンを食べなくてはならないと。酷すぎる。みかんは、ミカンの数が自分の消滅へのカウントダウンと知らされたまま、生きていたってことかよ。


 苦しそうに息を吐くみかん。手足は冷たく、体は熱い。体中から水分が抜け出るように、汗が流れ続ける。


 悔しい。


 俺はそう思って泣きながら、最後のミカンの皮を剥いた。


 何が悔しいって、何もできない自分自身が悔しい。


 彼女を消させない力があればと思う。せめて、彼女の命を延長させる力があればと思う。


 だけど、そんな力、持っていない。


 みかんの口に、ひとかけらずつミカンを運ぶ。よく噛んで、飲み込んでいった。


「おいしいか?」


「うん。おいしい」


 笑ってた。


「どれくらい食べれば治るんだ? あと三口くらいか? 半分くらいか?」


「一個、全部……食べないと」


 そんな……。


 そんなことしたら消えるんだろう?


 いなくなってしまうんだろう?


 そんなの嫌だ。


「きっと、皆、あたしのこと、忘れちゃうだろうけど、できれば、アキラちゃんには、あたしのこと、忘れてほしく、ないよ……」


「忘れるもんか! 俺は、みかんが好きなんだぞ! 世界で一番! 好きなんだぞ!」


 そして、最後のひとかけらが……みかんの中に消えた。


「みかん!」


 俺の大好きな女の子は、オレンジ色の光の中で、霧散した。


 ヒラヒラと、室内に一枚の紙が舞う。彼女からの手紙だった。


『あなたに会えた。あたしは、あなたが好きです。大好きです。やったね。両思いだね。もっと一緒にいたかったね。でも、おわかれです。何よりも、それが、悲しいです』


「みかん……」


 この手紙は、大事にしようと思った。大事にしようと思った手紙は、これで二通目だ。箱に入れて大切に保管しておこう。失くさないように大切に……。


 裏面を見る。何も書いてなかった。しかし次の瞬間、あぶり出しのように、


『さようなら』


 文字が浮かび上がり、直後、手紙も消滅した。


「…………」


 好きだった。


 大好きだった。


 そのちっちゃな体も、小さな胸も、少し茶色い、くるくるした髪も。甘い匂いも。


 恋していた。愛していた。


 いつか、俺も彼女のことを、忘れてしまうのだろうか。


 忘れたくない。忘れたくない。絶対に忘れたくない。


 忘れない。


「忘れない……」


 呟いた。呟いた後に、考えた。


 何を忘れないでいようと思っていたんだっけ?


 どうして忘れないでいようと思ったんだっけ?


 憶えていないといけない大事なことが、あったような気がする……。


「…………」


 思い出せない……。


「白昼夢でも見ていたのかな」


 再び呟き、俺は立ち上がった。





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