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第22話 はちあわせ/巨乳願望1

「さて、そろそろ行きましょうか」


 食事を終えて、数分。月島弥生は立ち上がった。


「あ、おう」


 俺も立ち上がる。映画を見に行くのだ。


 しかし、店の出口に向かう通路で、信じられない光景を目にする。


 ばったり、という効果音がピッタリだと思えるような見事な鉢合わせだった。


 並んで歩く俺の目の前には、田中みかんと木林みのりがいた。


「あ……どうも……」


 なんとなく気まずさと焦りを抱えながらも、みかんだけに挨拶をする。


「知り合い?」と弥生。


「ああ」答える俺。


「どういうこと?」木林みのりが、怒ったような口調で、「いのりという存在がありながら、何でこんな女と二人きりでいるわけ?」


 俺をジロリと睨みつけている。


 こわい。超こわい。視線だけで小動物の命くらいなら奪えそう。


 だが、そんなことを言われても、俺には、いのりとは付き合えないってちゃんと言った記憶があるぞ。しっかりと誠心誠意お断りしたはずだ。


「こんな女とはご挨拶ね。私のこと知りもしないくせに」と月島弥生。


 どうも彼女にとって引っ掛かる言葉であったらしく、危うい雰囲気になってしまった。


「へいへい二人ともやめろよ、こんな所で」


 俺が二人を止めようとした時、みかんが言った。


「そうだよ、みのり。折角カノジョと二人きりでいるところを邪魔しちゃ悪いよ」


 うおぉ……。盛大に誤解されている。俺が好きなのはみかんなのに……。


「違うんだ、みかん。この人は、恋人とかじゃなくて……」


 俺は必死に否定する。


「みかん……? ああ、例のみかんちゃんか」


 弥生がそう言ったのを受けて、みかんが、


「もしかして、例の弥生さん?」


 何だ、この状況……。相変わらず、みのりは俺を睨んでるし……。


「アキラ。デートは中止よ。四人で話し合いをしましょう」


 デートという言葉を使わないでくれ。それから、何を話し合うってんだよ。


「返事は?」


「はい……」


 飼いならされていた。


  ★


 俺は、窓側、つまり奥の席に座らされていた。逃げられないようにするためか、月島弥生が蓋をするように隣に座っている。正面には田中みかんが座り、その横に木林みのり。


「私は月島弥生。明輝学園三年。元生徒会副会長」


「あたしは、田中みかんです。みのる学園二年三組です。美化委員です」


「あたしは、木林みのり。みかんやこのクズと同じクラス」


 クズとか言われたし……。


 三人の視線は、俺に集中した。俺にも自己紹介をしろということらしい。


「あー……結城アキラです。好きな食べ物はミカンです」


 そして、静かになった。


 三人分の沈黙がおそろしい。誰か、助けてくれ。俺は今、体力も精神力もガンガン減らされている。


 逃避するように窓の外を見ると、長身長髪の男が、遠くの壁に寄りかかっているのが見えた。なぜそれが気になったかというと、どうも、こちらを見ているようだったからだ。まさか変装した父親ではなかろうなと思い、視線を送り続けてみると、しばらくして悠然と歩き去っていった。


 まさか、俺を狙った刺客だったりして。なんてな。


 本当に欲しいのは、俺をこの場から連れ出してくれる、石河みたいな男友達なんだけども。


「あたしより、胸は小さいわね」


 木林みのりは、月島弥生に喧嘩を売った。


「みのり、そんなこと言ったら、あたしどうなっちゃうの?」


「みかんは、ちっちゃいのも可愛いさの一つだからいいのよ」


 ちっちゃいみかんがカワイイ。みのりの発言だから頷きたくはないが、不本意ながら同意見だ。


「ふっ、胸の大きさくらいでどうのこうの言うなんて、子供ね」


 さすが弥生だ。一つ年上というだけあって、大人っぽく見えるぜ。


 ただ、胸のことに関して個人的見解を語らせてもらおう。三人ともどんぐりの背比べであると。みんな寂しい胸をしているじゃないか。単純に大きさだけで比べるならば、みのり、弥生、みかんの順になるが、身長から考えたバランス理論に基くならば、三人の胸のふくらみに差は無いと言っていい。


 しかしね、まだ君たち若いんだから、希望を捨ててはいけないよ。


 と、そこへ店員さんが注文を取りにやって来た。飲み物を欲した俺がこっそり呼んでおいたのだ。


「ご注文ですか?」


「はい、ドリンクバーお願いします」と俺。


「あ、あたしも」みかんが言った。


「チョコレートケーキ下さい」これは木林みのり。


「抹茶アイス」と弥生。


「では、確認します、ドリンクバーがお二つと、チョコレートケーキ、抹茶アイス。以上でよろしいですね?」


 すっかり顔を覚えてしまった巨乳の店員さんがそう言った。


 みかんと弥生とみのりの視線は、ウェイトレス服の大きな胸に向けられていて、それに気付いて後ずさった店員さん。


「胸大きくても良いことないわよね。肩こるし、バカそうに見えるし、痴漢されやすいし」


 おい、木林ふざけんな。さらりと可憐な店員ちゃんにまで喧嘩を売るな。そもそも、巨乳を経験したことないのに何で肩こるなんて言えるんだ。それから、バカそうとか完全に偏見じゃないか。


「ご、ごゆっくりどうぞー」


 店員さんはそう言って、そそくさと奥に消えていった。逃げるように引っ込んだ形だ。


「木林さん、だっけ?」


「何ですか、月島弥生さん」


「ひとを胸で判断するのは、おかしいと思うわ」


「そうだよ。やっぱり、人間は中身だよね」


 みかんがまともな事を言った。その通りだと言わんばかりに頷きまくる俺。


「私は、胸が大きくても頭が良い人を知ってるわ。顔や体型を攻撃する発言をした木林さんの方が、よっぽどバカっぽく見えるわよ」


 正論だ。


「ねえ、折角男の子いるんだからさ、聞いてみようよ。どう思うのか」


 うぉい、ちょっと待て、やめろ、みかん、俺に話題を振らないでくれ!


 そもそも、こういう話題はマジでよくないよ!


 こんなご時世だし、やめようよ!


「そうね。どう思うの? アキラ」


 矢のような視線が、俺に向かって飛んでくる。この三本の矢は、きっと折ることができない。受け止めるしかない。俺に言えるのはただ一つ。


「――小さいのは、鑑賞のしがいがある。そう、鑑賞美だ」


 すると弥生がすぐに、


「巨乳は?」


 あーなんというかそのぉ、男にとっての女性の胸というのは母性の象徴であり女らしさを測るデバイスとなっており性的興奮を促すための道具となりうるまさに兵器と呼ぶことのできる力を伴った武力に他ならずその最大の破壊力は感触に秘められどんな聖人君子の水面をも波立たせるほどの本能へのダイレクトアタックを仕掛ける事のできるものであるが問題となるのは大きさではなくむしろ、


「形なんだよ、大事なのは」呟くように。


 逃げ口上でもあり、本音でもあった。


「……ただ、あたしたちのは、形以前よね」


 みかんがそう言うと、暗い雰囲気に包まれた。俺が悪いんだろうか。


 何となく気まずいと感じた俺は、「ちょっと……飲み物を取りに行ってくる」などと言ってみたのだが、月島弥生がどいてくれない。腕組をして座っている。俺を見つめる吸い込まれそうな曇りなき瞳。


「逃げる気でしょう?」


 ああ、できれば逃げたい。一秒でもはやくこの場を離れたい。だけど、諦めるしかないようだ。


「飲み物なら私が取ってくるわ。()()()()でいいわよね」


 そんなことを言って、逃げる気なんて無くなったのに、何度も確認するようにチラチラと振り返りながら、ドリンクバーのカウンターに向かった。


「みかんも何か飲むでしょう? あたし、行ってくるわ」


「あ、本当に? ありがとう、みのり」


 そして、木林みのりも立ち、俺とみかんの二人が残された。


「アキラちゃん、ごめんね」


 田中みかんは、茶色いくるくる髪をいじくりながら、そう言った。


「何がだ?」


「カノジョさんと一緒のところ、邪魔しちゃって」


 これは、誤解を解くチャンスだ。こんなに早くやって来るとは思っていなかった。


「違う違う、弥生は、恋人じゃないよ。ただの友達」


 ドン!


 と激しい音がして、黄色い液体が少し机にこぼれた。


 目の前に、ミカンジュースが現れた。弥生が、戻ってきていたのだ。


 広がる沈黙。


 えっと、ちょっと待て、何だこの、針のむしろに置かれたような空気は。何も間違えた事言ってないぞ。俺はみかんのことが大好きで、弥生とは恋人同士じゃないというのは、事実だろう?


「……どうしたの? 変な空気だけど」


 戻ってきた木林みのりはそう言った。手に持ったミカンジュースを、田中みかんの前に置いた時、弥生から発散されるダークなオーラが強まった気がした。


 俺は、このミカンジュースを飲み終えたら、寝ることを決め、そして、すぐさまミカンジュースを飲み干した。


 その後の記憶は無いから、きっと本当に眠ることに成功したのだろう。俺は、睡眠に逃げたのだ。




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