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第19話 不安/あぶりだし

 なんだか頭がボンヤリしている。


 ここが、本当にリアルな世界なのか疑いたい。


 だって、おかしいだろう?


 それとも俺がおかしいのか?


 この世界じゃなく、この俺が?


「…………」


 寒い。


 何が寒いって、心も身体も両方寒い。せめてもの救いは、暖かいコートがあることだった。思い返せば、田中みかんはコートもなしに、この冬と呼んでも問題ない十一月の夜を越したのだ。だから、これは報いなのかもしれないな。


 身分証明が必要な場所には行けないって縛りがあるのは、本当にきつかった。


 寝泊りする場所が全く思いつかないので、公園の自動販売機で缶のホットミルクティでも飲もうかと思い百二十円を入れたところ、売り切れだった。仕方ないのでコーヒーにしようと、光るボタンを押したところ、またしても冬の夜の静寂が訪れてしまい、入れたはずの百二十円が見返りなしに飲み込まれたりした。至れり尽くせりとはまさにこのことだ。


「…………」


 それを言うなら踏んだり蹴ったりだろう、というツッコミを入れてくれる人もいてくれない。寂しい。


 信用できない自販機に見切りをつけ、隣の自動販売機にあった温かいココアを購入し、公園のベンチに座る。


 俺にマッチ売りの少女気分を体験させるために誰かがわざと置いていたかのように、百円ライターがベンチに置き忘れてあった。


 手に取り火をつけてみた。


 炎を見ると、暖かいような気がしたが、すぐに錯覚であることに気付いてしまう。そんな自分の普通さが憎い。


 マッチ売りの少女のように、美味しそうなごはんを思い浮かべる。


 ハンバーグセット、カレー、ラーメン。


「あぁー、美味そうだ……」


 幸せな光景を思い浮かべる。


 家族四人でコタツを囲み、皆で果物のミカンを食べる光景、そこから変化して、田中みかんの満面の笑顔、月島弥生のどこか不安げな横顔、木林いのりの悲しそうな泣き顔、みのりの怒った泣き顔……。


「あー、幸せだ……」


 途中から全く幸せな光景じゃなくなった気もしたが、無理矢理にでも幸せだと思い込まなくては、やっていられない。


 と、そこで炎が消え、幻も全て消滅した。


 もっともっと現実から逃避したい。


 しかし、逃げてはいけない気もしてる。


 またファミレスや、なんとか喫茶とかで夜を越すか。宿泊施設で夜を越すか。どちらも、俺が高校生である以上難しいことだ。更に、俺は警察に関わるわけにはいかない。警察だけじゃなく公的な身分証明をすることは、命を狙われることに直結するというのだ。学校は例外のようだが。誰だって、そんなリスクは背負いたくないだろう?


 弥生にも、もう出来る限り迷惑を掛けたくないし……。


 それにしても、身分証明ができないというのは、かなり厳しい状況だ。つまりそれは、俺が人間じゃないってことと同じような意味になってしまう。


 何でこんな難しい立場になってしまったんだ。せめて財産でもあれば、救いがあるかもしれない。でも、俺が信じられないバカさを発揮して、五百万を騙し取られたため、もうすぐこの寒空の下でダンボール生活を強いられる可能性がある。もやし炒めに大歓喜するような生活が始まるのだ。


 一ヶ月前の俺は、ようやく普通の高校生として生きられると思っていた。ようやく家族関係も再スタートだって、不安と期待を抱いていた。なのに、今じゃ、不安しかない。光がない。今、俺を照らす外灯の薄暗い明かりほどの光も見えない。目の前が真っ暗すぎる。とにかく目先の幸せが欲しい。


 木林いのりが作られた人間?


 父親がデイドリームメイカーとかいう天才人格彫刻家?


 石河開が人格破壊者で裏切り者で追われている?


 人格の書き直しだの書き足しだの、二重人格だの催眠術だの……。もう、夢であって欲しいことばかりだよ。現実と虚構の区別がつかなくなりそうで、おそろしい。ただ、俺自身は、寒さや痛みを感じるし、何度だってこの世界で目覚めてしまう。俺の現実はこの世界にしかないのだ。


 今、俺の精神を支えているのは、結城アキラという自分自身が、田中みかんのことが好きであるという事実くらいのものだ。それにすがって、自我を保つしかない。それしか精神を保つ術が思い浮かばない。


 何はともあれ、恋って、本当に偉大だよね。


 そういえば、ふと思ったんだが、田中みかんがミカン以外をたべている所を見たことがないな。学校でも、みかんの家でも、食べてるのは、いつも果物のミカンだ。栄養足りてるのかな。「みかんがミカンを食ってるー共食いだー」なんてみかんに言ったらまた引っ叩かれるかな。引っ叩かれてもいい。とにかく暖かい布団で寝たい。


 そして俺は、田中みかん、木林みのり、月島弥生の三人の平手打ちをもう一度思い出していた。思い出すだけで両側の頬が熱くなる。一番痛かったのは、月島弥生の一撃だった。


 次に、月島弥生をキーワードにして俺が思い出したのは、父親の手紙のことだった。


「そうだ……。弥生が誰かに見られたら危険だって言ってたな。燃やさないと」


 ついでに暖をとることもできそうだ。たった一枚の紙はすぐに燃え落ちてしまうだろうから、一瞬のことだろうが……。


 俺は再び百円ライターに火を点けた。控えめな炎がゆらめいている。そして、くしゃくしゃ気味になっていた父の置手紙に炎を近づける。


「ん?」


 手紙の裏面、その余白部分に、茶色い文字が浮かび上がってきた。


「あぶりだし……だと?」


 それは、火にあぶることで文字が現れるという、遊び心たっぷりの伝統技術!


 透明な液体で文字を書いたり絵を描いたりして乾かし、一見白紙に見えるが実は何かが書いてあるという状態を作り出し、火であぶると書かれたものが文字として現れる。ミカンの汁等でもできるという、あぶりだしの仕掛けが、この手紙にも使われていたというのか。何故そんな手の込んだことをする必要がある?


 俺をおちょくって遊んでいるのか?


 ともかく手紙を燃やすのを中止した。書かれているであろう文字を全てあぶり出してから、外灯の明かりを頼りに、その文章を読む。


『お父さんのことを知りたいのなら、石河開のところへ行きなさい。命を狙われる身になることを後悔するようなら、石河開には近付くべきではない。手紙を火であぶって確認もしない子は、注意力散漫すぎで、お父さんの子ではないと思います。手紙はこのまま燃やして下さい』


 ああ、俺はこの手紙を書いたお父さんの子ではないかもしれない。注意力散漫でごめん。でも、あぶりだしで何か書かれてるなんて、普通、思わないじゃないか。


 そして、もう既に、石河から父親のことを聞いてしまったということは、俺、命を狙われるような立場になってしまったってことなのか?


 どうすればいいんだろうか。


「まあ、とりあえず、燃やそう……」


 そうして今度こそ手紙に火を点けようとしたのだが、なかなか点火しなかった。大事なところで点かなくなる百円ライターが、俺の心のようであった。


 五十回ほどしつこく点火を試みて、ようやく復活した百円ライターが、父の手紙に火をつけた。灰になって燃え落ちていくのを、どこかフィクション世界にいるような気分で眺めていた。




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