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第17話 二重人格/人格破壊者

 ほとんど何も無い部屋にただ一人残された俺は、今聞いた話の整理をすることにした。


 木林みのりの中には、木林いのりがいて、二重人格。そして、その状況を作り出したのが、催眠術師であり人格彫刻家である俺の父親。


 これらの事柄は、石河が催眠術師であることや、石河が木林いのりのことが好きだと言った理由とはどうも繋がらない気がする。石河は、さっきの話のどこかで嘘をついているのかもしれない。少なくとも、まだ俺に言っていないことが、いくつかあるんじゃないだろうか。



 詳しくは想像もつかないが、それはもしかしたら、覚悟を決めなくてはならないほど、かなり言い辛いことなのかもしれない。


 石河は出て行ってから数分して、戻ってきた。


 目をつぶって、意識が無いまま歩いている様子の……木林みのりと共に。


「い、石河……何で……木林がここに……」


 石河は俺の向かいに座り、木林は俺の右側に座布団を敷いて座った。丸いちゃぶ台を三人で囲む。


「僕はね、木林いのりに恋をした。木林いのりを守ると決めた。どんな手を使っても守る。それが、人間の心を操るという最低の行為であったとしてもね」


「石河……まだ俺に、言ってないこと……あるんじゃないか?」


「そうだね」


「お前の正体は、何だ」


「僕はね、かつて、人格破壊者だったんだ」


 破壊者、だと?


「人格彫刻家の失敗作の中に、人格が際限なく増加してしまい、凶悪事件に繋がるというケースがある。明確な二つ以上の人格を持っている人間なんて多くはない。だから、主にそういう人間を調査し、人格彫刻家が関わっていることがわかった時が、僕の出番。


根本の人格ではない人格を完全に殺し、対象の自己同一性を保つ。……つまり、一人の人間に一つの人格という秩序を守るんだ。まあ、木林は失敗作ではないけどね。それが、僕のかつての仕事だった」


「き、木林いのりも……破壊するのか?」


「結城さあ、今の話、何聞いてたの?」


「え?」


「言ったでしょ。僕は、木林いのりのことが好きなんだよ」


「お前……本人いる前なのに、よくそんな涼しい顔で言えるな……」


「今は木林みのりだし、それ以前に完全に眠ってるから大丈夫、ってか、そういうことじゃなくて、僕は、その人格破壊者の組織を裏切って、追われる身だよ」


「な、なるほど……」


「さっき、木林みのりが、歩道を泣きながら走っていたからね、僕が声を掛けたら結城の野郎ぶっころすーって騒いでたから、眠らせちゃった」


「そ、そうか」


「木林みのりも、木林いのりも、彼女たち自身にとっては、本物なんだよ。互いが互いを本物だと考えている。僕は、いのりのことが好きだけど、みのりのことも嫌いじゃない。いのりに催眠をかけて、自分を好きになるように仕向けようと思ったこともあるけど……それはやっぱり違うよね」


「…………」


 俺の視界には、どこか現実感のない世界が広がっていた。


「これが、僕をめぐる秘密ってわけだ」


「……今、眠ってるのは、みのりだったか。どうすれば目覚めるんだ?」


「僕が暗示を解けば」


 石河はそう言って左手を伸ばし、木林みのりの右肩に触れた。


「じゃあ、性格が変わるときは?」


「それは、キスをするしかない」


「キス?」


「そう、キスだ」


「それだけ?」


「ああ、キスしかない」


「他に方法は?」


「ない」


「いやいや、何か裏技があるはずだ」


「ないよ。キスだけ」


「おでこや手の甲に――」


「唇を重ねないと無理だね」


 まてよ、キスで人格が入れ替わるということは、つまり、木林いのりが俺のファーストキスを優しく奪ったのは、俺に、二重人格だという自分の秘密を明かすためだった……ということなのだろうか。


「実を言えばね結城、強力な催眠術をもってすれば、無理矢理に人格を切り替えることもできなくはないけど、失敗する恐れがあって、その時何が起きるかわからないからね。事実上、口と口でのキスだけだ」


「何で……キス?」


「それは結城のお父さんに訊いてよ」


「どういうことだ」


「言っただろ? 木林いのりは、デイドリームメイカーが作った。そして、二つの人格が入れ替わるためのスイッチとなる暗示が、キス。簡単に入れ替わってしまったら、日常生活に支障が生じる可能性があるからだと思うよ。たぶんね」


「木林みのりのクソひでえ性格じゃあ、入れ替わらなくても支障きたすけどな」


「あのさ、結城……。さっき、木林みのりの肩に触れたときに彼女を起こしたから……きこえてるよ……?」


 おい何だと、いつの間に?


 うお、確かに目を開けて、俺を睨みつけている。


 おそろしすぎる……。


「結城……立ちな」


 木林みのりは昨日俺を殴った時の月島弥生のようにゆらりと立ち上がって、左手で俺の右腕を掴んで、無理矢理立たせた。


「すまん。ごめん。申し訳ない」


 謝罪の言葉を並べ立てたが、きこえないフリをされた。


 ああ、また殴られるのか。痛いの嫌だな。殴られたら、許してもらえるかな。


 でもさ、俺はみかんが好きだから、彼女に許してもらうために痛いのだって我慢するさ。


 拳を大きく振り上げた木林みのり。その恐ろしい姿が見えて、思わず目を瞑った。


「……」


 は?


 唇に、何かが触れた。温かくて、柔らかくて。


「あ、あの……アキラくん」


 優しくて、怯えたような声。


 どうやら、みのりから、キス……されたらしい。


 目の前にいるのは、木林いのりのようだ。みのりよりも少し声が高い。


「いのり……?」


 石河は、驚いた表情で俺たちを見ていた。


「私、変な人間でしょう?」と木林。


「ああ」


 二重人格なんて、普通であるはずがない。


「それでも、私は、アキラくんのことが好きです!」


 上擦った声。


 二度目の告白だった。


 答えは、俺の中に用意されていた。


「俺は、田中みかんが好きだから! 木林、お前とは付き合えない!」


「……うん……」


 わかってた、とでも言いたげに俯いた。


「木林のことだって嫌いじゃない。木林の長い髪も、起伏の少ない体型も、背が高いってことも、二重人格でさえも、素敵だなって思う。けど、やっぱり俺が全力で好きでいるのは、みかんなんだ」


「みかんちゃん……いい子だもんね……」


 俯いて、目に光なく立ちつくす木林いのり。


「えっと、大丈夫……か?」


「大丈夫じゃ、ないよ」


 目から大粒の涙をこぼす木林。どうすればいいんだ。触ったら崩れてしまいそうな雰囲気だ。石河、助けてくれ!


 そう思った俺は石河の方を見たが、石河も静かに泣いていた。涙が頬を伝っている。


 何故だろうかと考える。


 石河開は、木林いのりが好きだという話だった。


 だとするなら、その木林いのりが、俺のことを好きだと言ったからだろうか。それとも、いのりの失恋の涙をもらい泣きか。おそらく前者だろうな。


 泣き続ける木林。


 困り果てた俺が口走ったのは、


「あ、あっ、あの、キス、していい?」


 これ以上いのりでいて欲しくなくて、みのりに戻って欲しくて、俺はそんなことを口走ったのだろう。弱カスな心を持つ俺は、涙を流す女の子を見ているのが耐えられなくなったのだ。


「さ……最低だよ……アキラくん……」


 俺もそう思った。でも、そんなにボロボロ泣かれると、もう冷静な判断なんてできない。


 何でキスで入れ替わるように設定したんだ。設定したやつを全力でぶん殴ってやりたくなるくらい憎い。


 そして石河が静かに部屋を出て行き、木林と二人残されてしまった。


 どうすればいいんだ。石河は何処へ行ってしまったんだ。


 誰か助けてくれ!



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