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第12話 ひと安心/ロリロリ詐欺

 石河との狂った会話の後、俺は梨々子先生に、ブツブツ文句を言われながら英語の宿題を提出した。職員室をゆっくりと出て、ひとり通学路を歩いた。同じような景色が続くアスファルトの道。


 何処に向かって歩いているのか分からなくなったが、一ヶ月間毎日のように歩いた道を、自然と歩いていた。


「あ……」


 気付けば、家族がいた頃に住んでいた家の前に立っていた。


 ここに来てはいけない。ここは危険なんだった。


「そうだ。みかん……」


 みかんのことが心配だ。何で忘れてたんだ。俺のせいで風邪を引いてしまった田中みかんのことを……。


 ニワトリ以下の記憶力が憎い。


 自分の右頬を、ぱちんと叩いて、俺は走り出す。目指す場所は、田中みかんが住むマンションだ。


 俺は、この街のことを、ほとんど知らない。小さな頃から、ずっと狭い世界で生きてきた。今の学校にやって来てからだって、そうだった。色んな人間がいることだって、知ったつもりでいた。でも俺は何も知らなかったんだ。自分のことしか見ていなかった。


 その自分のことだって、きっとまだ俺が知らない俺自身がいるはずだ。結局のところ、何も知らない大馬鹿野郎だったんだってわかった。


 全ての事柄から逃げずに向き合うには、どうしたらいいのだろう。その方法を、俺は知らない。


 父親が危険な仕事をしていると言っていた。その具体的な内容を俺は知らない。学年一つ上の姉貴が何処の高校に通っているのかも、俺は知らない。母親が、本当に俺を産んだのかどうかさえ、俺は知らない。もしかしたら、自分の人格が、何者かによって作り出された偽者かもしれない。そんなこと、考えたくない。


 俺が作られた人格で、田中みかんも、月島弥生も……クラスメイトも全て……。


 考えていくと、この世界そのものが、誰かが捏造したもので、限りなくグラグラなものなんじゃないかって思えてくる。おそろしくて、考えたくなくなる。


 もしも、誰かの手によって作られた偽者の人格というものが本当にあるんだとして、俺はその存在を、肯定して良いのだろうか。一つの命だと思えるんだろうか。


「はぁはぁ……」


 息を切らせて、みかんのマンションの前に立った。鍵は持っていないので、エントランスで部屋番号を押して『呼び出し』と書かれたボタンを押した。


 軽快な音が鳴るだけで返事が無い。出ない。


 三回くらいピンポン連打した。


 しかし返事がない。


 不在なのだろうか。それとも眠っているのか?


 まさか……倒れてしまっているのか?


 田中みかんに死なれたら、俺の生きている意味の半分は消えるぞ。


 マンションから出てくる人が、明らかに怪しい俺に怪訝な顔を向けながら通り抜け、エントランスの半自動ドアが開いた。俺はマンション内に不法侵入した。本当は絶対にやってはいけないことだが、みかんが危険な状態になってる可能性がある以上、外から雨どいを伝ってよじ登ってでも、中に入らなければならなかった。


 エレベーターに乗って、三階へ。


「みかん!」


 俺は扉を何度かノックして、返事がなかったため、ドアレバーに手をかけた。鍵は掛かっていなかった。


 室内を、ミカンの甘い香りが満たしていた。


 みかんの眠っている部屋に行ってみると、田中みかんは、幸せそうな顔で眠っていた。


 安定した呼吸もしている。


 無事でよかった。


  ★


 ようやく落ち着きを取り戻しかけた俺は、荷物の中から気に入っている普段着を取り出し、着替えた後、リビングで夕方のニュースを見ていた。大好物のミカンを口に運びながら。


『えー、続いては、ニッポンの新犯罪のコーナーです』


 女性キャスターの声。それに続いて、男のナレーターの声が入る。


『被害が増え続ける振り込め詐欺。次々と新たな手口が生まれ、世間を騒がせている。電話で肉親を装い、家族を演じて大金を振り込ませる。過去にオレオレ詐欺と呼ばれた手口が現れた頃から、その手口は信じられないほどに多様化している。


孫を装い、未成年の女の子を妊娠させてしまった、このままじゃマジ捕まる、ヤバイヤバイと言って、大金を振り込ませようとしたり、交通事故を起こしてしまって、示談金が必要になったと言って、大金を振り込ませようとしたりと、リアリティ溢れる手口へと変化、すなわち劇団型犯罪へと進化してきた。そんな振り込め詐欺の手口の中で、最近被害が増えているのが、妹を装った振り込め詐欺だ』


 何とまあ、妹を装って大金を振り込ませるなんて、とんでもない不届き者だな。


『被害に遭った男性はこう語る』


 男性ナレーターの次は、ボイスチェンジャーで声を変えられた被害者男性の声。


『えー、最初にですね、おにいちゃんと言われるんですよ。それから、たすけてと言われるんです。その後に、ヤクザみたいな人の声がして、妹はあずかってる、なんて言うんですよ。野太い声で。それは、助けるしかないじゃないですか』


 あれ、どっかで聞いた事あるような……。


『ちなみに、妹はいらっしゃるんですか?』これは別の男性レポーターの声。


『いません』


『いないんですか? いないのに何で引っかかるんですか?』


『何ででしょうね……』


 そして再び男性ナレーターの声に切り替わった。


『このように、被害者のほとんどが、実際には妹のいない男性であり、その事実から、現実と虚構、三次元世界と二次元世界の区別が付けられない、所謂オタクと呼ばれる人たちを標的にしているという見解が示されている』


「それはちょっと、オタクに対する偏見じゃないのか?」


 ニュース番組にツッコミを入れた自分に気付いて、少し悲しくなった。


『このニュースについて、オタクの聖地と呼ばれるアキバハラで聞いた……』


 次々とインタビュー映像が流れていく。


『ありえないっすよ。僕そんなの絶対引っかからないっすよ』二十代男性。

『何ていうんだっけ? オレオレ? いやアタシアタシか。語呂悪いね』四十代男性。

『俺ちょっと引っかかっちゃうかもしれないっスね。妹いるんで』二十代イケメン。

『なんか、きもいね』『ねー』十代女子二人組。

『妹萌えを逆手に取った犯罪……許せぬですなぁ』年齢不詳のいかにもなオタク。


「…………」


 さっきから薄々思ってるんだが、昨日、五百万円振り込まされたのってもしかして、今ニュース番組でやっている特殊詐欺なんじゃないか……。


 画面はスタジオに戻り、女性キャスターが、コメンテーターのようなオジサンと、この振り込め詐欺について、話す場面へ。


『こんな詐欺に引っかかる人がいるんですかね』


 女性キャスターは、失笑しながら、そう言った。それに対してオジサンコメンテーターが、


『これは、あれですね。ロリロリ詐欺ですね』


 女性キャスターはシカトした。


『さ、続いては天気予報です』


 早口の天気予報士が出てきて、色々喋っていたが、何を言ってるのかわからなかった。


 俺の頭の中は不覚にもロリロリ詐欺という言葉でいっぱいになってしまっている。誰かに相談したいが……みかんには、こんな阿呆な犯罪に引っかかったなんて知られたくない。


 携帯の電話帳を眺めてみたところ、月島弥生という名前が目に付いた。彼女なら頭が良いから冷静な分析ができる気がする。俺は、弥生に電話してみることにした。


 とにかく他人の意見が聞きたかった。


 そしてできれば、それは詐欺じゃないよ大丈夫、という結論に至りたいところだ。


 耳元に当てた携帯から二回ほどコール音がして、通話。


『もしもし、アキラ?』


 携帯から明るい声がした。


「弥生か?」


『うん! どうしたの?』


「あー、なんというか……相談があるんだが……」


『え? 何? 電話じゃ無理?』


「忙しいならいいんだ、別に」


『ううん。暇だよ。今スマホでニュース見てたのよ。何かアホな振り込め詐欺のニュースやってたわ。あんなの誰も引っ掛からないわよねぇ』


 相談したいのは、まさにそのことなのだ……。


「その、会って話したいんだが……」


『……ん、わかった……昨日のファミレスわかるよね?』


「ああ」


『今すぐ出られる?』


「もちろん」


『昨日の席確保しておくわ。そこで集合ね』


「わかった」


 ピッ、という電子音とともに通話を終了し、みかんが静かに眠っているのを確認すると、俺はまた外に出た。さすがに風邪の女の子一人残して鍵も掛けずに出て行くのは危ないと思ったので、鍵を持って出かける。外は寒いのでコートを羽織るのも忘れない。


 扉にはしっかり施錠した。



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