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濃厚接触

作者: たかあきら

 まさか、自分がこんな立場に立つなんて。


 うちの職場は、個人事務所。所長個人の資格で営業する、(さむらい)業だ。

 職員は、所長の息子である私と、もう一人。だったのだが、もう一人は去年の春(というか初夏)に、退職した。

 そしてもう一人の職員が退職したタイミングで。

 うちの所長が「末期腎不全」の診断を受けた。


 「透析をしなければ余命一年、透析をすれば三年」などと散々脅され、何度か入退院を繰り返し、そして10月から透析を開始する。

 毎週、月水金の午後。送迎タクシーが午後2時に事務所の前までやってきて、そのまま夜まで。

 そうなると、事務所の営業は事実上午前中だけになってしまう。そして所長は役立たず。


 そんな状況で、ちょっとした問題が生じた。未処理の郵便物が、山を為してきたのだ。

 私も所長も、実はそういった軽作業は不得手だ。当然ながら出来ない訳じゃない。けど、「しない」んだ。「いつでも出来るから、あとでやろう」と放置した結果、半年分。

 そこで、軽作業をしてもらう為に、人伝(ひとづて)に頼り、お手伝いさん(以下「Aさん」)に、週一回、毎週水曜日に来てもらうことにした。その後こちらからお願いして水金の週二に来てもらう日を増やした。これが、今年(令和四年)一月のことだった。

 が、そのAさんが、コロナの妖精(フェアリー)になった。つまり、うちの所長と私は、濃厚接触者になったということだ。


 だから。

 後世の記録とすべく、その状況の時系列を追ったタイムテーブルに記録してみる。


◇◆◇ ◆◇◆


DAY:-2 令和4年01月17日(月)

 Aさんは、月曜日は小学校の事務のパートをしているのだという。その為この小学校で感染した可能性が大きい。

 ……小学校の、職員室で感染ってことは、コロナウィルスを持って先生方が教室に行くってことだから、学校全滅? ちょっとやばいな。


DAY:X 令和4年01月19日(水)

 Aさん、うちに来て、軽作業。私と所長は、Aさんと同じフロアで業務。最接近距離1m未満。Aさん、私、所長のいずれもマスクなし。


DAY:02 令和4年01月21日(金)

 朝にAさんから電話。「熱があり、具合が悪いのでお休みします。来週以降の出勤に関しては、PCR検査の結果は明日出るそうなので、明日以降に改めて連絡します」とのこと。

 来訪客なし、営業訪問等(外出)なし。


DAY:03 令和4年01月22日(土)

 病院からAさんに、PCR検査の結果が告げられる。陽性だったそうだ。しかも自覚症状アリ。

 それを知らない私と所長は、それぞれスーパーに買い物等に行っている。店員さんとの最接近距離、レジを挟んで1.5m程度。私、所長、店員さん、マスク着用。


DAY:04 令和4年01月23日(日)

 うちの所長宛に、AさんからPCR検査の結果の報告を伝えられる。

 うちらが濃厚接触者になったことに伴い、保健所に電話をするも、回線パンク中で繋がらず。

 私と所長は、一日対人接触皆無の引き籠り。


DAY:05 令和4年01月24日(月)

 相変わらず保健所に電話が繋がらず。だからこのままバックレれば、日常業務可能かと思ったけど、万一訪問先でクラスターが発生し、「たかあきらが来たから」なんて言われたら嫌なので、「10日間の自主隔離」を決定。

 来訪予定客、こちらから出向く予定がある客等に事情を話す。PC、FAX、電話での対応は可能の為、最低限の業務は遂行可能だった。

 所長は透析患者。そして透析は月水金だから、対応を考える必要がある。病院に連絡。病院は、透析時間を通常と変えることで対応するとのこと。従来は14時開始(送迎タクシー)だが、12時に病院に(私の運転で)来るように言われた。

 12時00分、病院に到着。但し、駐車場に停め、けれど車から降りることを禁じられた。

 12時05分、防疫服を着た女性看護師がやってきて、所長に対し、助手席に坐らせたまま簡易PCR検査。10分後、陰性と判断出来るということで病院内に入場することを認められる。私、所長ともに車内でマスク着用。

 16時20分、透析終了時刻を事前に通達され、その時間で病院前に迎えに行くことを要求される。但し、下車禁止。到着すると、病院のエントランスに「現在スタッフ不在の為、病院内立ち入り禁止」のプレートが置かれる。けれどそれぞれの事情で入場する患者はいて、その人間の行き来が途切れるのを待って、所長退場。


DAY:06 令和4年01月25日(火)

 実は昨日から、事務所はシャッターを降ろしブラインドを閉めている。対外的には、営業をしていない体裁をとっている訳だ。だから当然、来客はなし。結果、対人接触なし。

 所長の病院から連絡。今週いっぱいの所長の透析の送迎は、昨日(DAY:05)同様私が担当することになった。建前上業務停止状態なのだから、まぁ可能ということに。

 そして、週明けの31日(月)(DAY:12)に電話で状況確認の後、通常シフトに戻すことになるようだ。面倒臭いけど、仕方がない。


DAY:07 令和4年01月26日(水)

 自主隔離開始から、五日目。私も所長も、自覚症状等はなし。

 正直、自粛疲れ。本来ヒキコモリ気味の私は、人と会わないこと自体はあまり苦痛じゃない。けれど、直接会わないと処理出来ない業務が完全に凍結してしまうのは、さすがに色々困ってしまう。

 実際、オミクロンの潜伏期間が2-3日と考えると、もう心配無用のはず。デルタだったとしても3-4日だというのだから。もう大丈夫。そういって自粛期間を終了させたい。

 その一方で、トンガの復興支援の為に派遣された自衛隊のチーム内でクラスター発生、とか、同じく豪海軍艦内でクラスター発生、という話を聞くと。

 大本の感染者がいて、濃厚接触者がいて、無自覚感染者が出て、その無自覚感染者の濃厚接触者が派遣部隊内でクラスター元となったと想像出来る。

 なら最初の「濃厚接触者」が無自覚だったのか、それとも自覚しながら隠していたのか。少なくともこの人の隔離が充分だったら、そこから先の感染はなかったはずなのだから。

 そう考えると、あと四日。「ぜったい、だいじょうぶだよ?」って言える状況になるまでは、頑張るしかないでしょう。


DAY:08 令和4年01月27日(木)

 厳密には、DAY:07の続きだけど。

 所長が透析の為に通っている病院からは、保健所によるPCR検査が熱望されていた。要するに、「簡易PCR検査」の結果ではなく公的機関による陰性証明が欲しい、というのが本音だった。

 けれど、病院から保健所に連絡しようにも、相変わらず電話回線はパンク中。連絡は取れない。

 仕方がないので病院で本格検査を行うことに、方針変更。

 けれど、このオミクロンの騒ぎで、検査キットが不足しているという現況になっている。幸運にも、病院にはまだ一つ(最後の一つ)キットが残っていたということで、それを使って検査。結果は二日後(DAY:09)に出るのだそうだ。

 とはいえ、この時点では患者本人である所長も病院側も楽観的に。「濃厚接触してから一週間、しかもちゃんと自主隔離している状況が確認出来ているから、多分問題はないでしょう」と。

 それでもまだ、科学的検査の結果は出ていないのだから、安心は出来ず。


DAY:09 令和4年01月28日(金)

 うちの顧客から電話があった。

 「昨日・一昨日と事務所に行ったら、シャッターが下りていた。気になって電話した」

 「すみません。今うちの事務所、濃厚接触者で自主待機で業務停止状態なんです。週が明けたら通常営業に戻りますから」

 そう、うちはよくてもお客さんの都合を考えると、かなりの大迷惑。

 その一方で、ウィルスを撒き散らす可能性を考えると、是非全ての濃厚接触者が完全な自主隔離をしてほしいと思う。

 濃厚接触者が自主隔離してしまうと経済が止まる。そう主張する経済学者もいるけれど、「濃厚接触者」が「感染者」だった時の経済に与える影響を考えると、自主隔離の方がまだマシだろうから。

 だから隔離期間の短縮だの、職種による隔離期間の差別化だのは、感染拡大に寄与する以外の何の意味もない。

 勿論、「隔離期間」自体何ら科学的・医学的意味がないこともわかっているけれど、隔離しないことに比べたらよっぽど防疫的な意味があるのだから。


DAY:10 令和4年01月29日(土)

 建前上の、自主隔離期間最終日。だから引き籠ってなろう三昧。

 ちなみに、DAY:04以来、Aさんからの連絡はなし。もしAさんが快癒しているにしても継続治療中であったとしても、こういうのってAさんの方から連絡してくるものじゃないの? 「回復しましたけど、経過観察であと○日動けません」とか、「入院することになりました」とか。

 ちょっとそのあたり、気分が良くない。

 ……自主隔離に伴う気鬱ゆえの八つ当たり、というのは自覚しているけれど。


DAY:12 令和4年01月31日(月)

 うちの事務所は、通常営業再開。

 9時30分、Aさんから電話が。DAY:10には、完治の診断を受けていたのだそうだ。まぁAさんはうちらより二日早いから。そして予定通り、2月2日(水)から再び出勤するとのこと。

 10時30分、病院から電話。DAY:07のPCR検査の結果報告。陰性だったそうだ。そして口頭で所長の体調確認のうえ、今日からの透析のスケジュールは通常に回帰するそうだ。送迎タクシーもいつもの時間に。つまり、完全な意味で、通常に回帰する。


これで、長い自主隔離の期間が終わった。もう二度とこんな体験はしたくないな。


◇◆◇ ◆◇◆


 自主隔離期間が終了して。結局は「何事もありませんでした。良かった良かった」で終わりましたけど、そうでなかった場合を考えると。

 うちでは、「コロナはただの風邪」と考えています。でも、だから「マスクは不要」というのではなく。


 「性質(たち)の悪い風邪が流行し(はやっ)ているのなら、マスクは必須だし濃厚接触が懸念される場所には立ち寄るべからず」が前提でしょう。だから普段はマスクをしていなくても、店内や公共交通機関、或いは人口密度の高い雑踏の中を歩くときは、マスク必須が当然で。そして万一感染してしまったら、他人に感染させ(うつさ)ないように配慮するのは当然のことで。


 そう、「ただの風邪だから過度の警戒は不要」なのではなく、「性質の悪い風邪だから適切に警戒する必要がある」のです。昔から、風邪を(こじ)らせて命を落とす人なんか、いくらでもいるのですから。その上で。


 土足で絨毯の上を歩くような民族や、裸足で地面を駆けまわった挙句に寝室にまで入り込むような民族。

 週に一度しか風呂に入らず体臭は香水で誤魔化すような民族や、手洗いうがいを習慣化されていないような民族。

 そういった連中にとっての『防疫』と、それを「不潔」と無条件で断ずる民族の『防疫』が、同じ基準のはずもなく。


 禅では、「~さえすればいい」という考え方を否定します。

 「0か100か」という考え方を、嘲笑します。


「マスクをすれば感染しないというけれど、マスクをしても感染した。だからマスクは役に立たない」

「ワクチンを打てば大丈夫だと聞いていたのに、ワクチンを打っても感染した。だからワクチンは役に立たない」


 主張するのは勝手。でも、感染症、ウィルスも、大自然に存在するものの一つ。

 それが「●したら100%▲になる」という考え方。それ自体が実は、不自然なんです。


 数多く言われる、防疫施策。その全てを行えというのではなく。

 一つでも多くを実行する為に、励んで行おう。それが、防疫施策。


 「多分、大丈夫だろう」。その考え方が、疫病を媒介するのですから。


◇◆◇ ◆◇◆


 追記:

 DAY:14 令和4年02月02日(水)

 Aさんの職場復帰日。

 8時過ぎに、Aさんから電話があった。


「熱があり、咳が止まらず、喉に違和感がある。

 だから今日から復帰の予定だったけど、病院に行って検査を受けて来る」とのこと。


 この状況で、「今度はただの風邪」と言って、信じる人っているんでしょうか?


《終わらない?》

(4,825文字:2022/01/24以降活動報告にて随時更新 2022/01/31エッセイとして掲載 2022/02/02追記を追加)

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[一言] 適切な対応、ご苦労様でした。 うちの職場でも、クラスターにはなっていないのですが散発的に感染者が出ており、頻繁に注意喚起のメールが出てます。 昨年は大きなクラスターが1回、小さいのが数回あ…
[良い点] お勤めお疲れさまでした(`・ω・´)ゞ [気になる点] つまり次話は「濃厚接触♥」編と|д゜)チラッ
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